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ああ、私はただのモブ。  作者: かりんとう
初等科4年生
81/229

建国600年記念式典・夜

お父様は私をこじんまりとした小部屋に連れていった。そして、おもむろに座りながら話題を切り出した。


「エリザベス、お前はあのメイデン子爵令嬢を敵にまわしたそうだな。

これは忠告だ、もしかするとお前やあの愚かな令嬢達に敵う相手じゃないかもしれんぞ」


苦い顔をした国王は落ち着かない様子で私に言う。


「どういう意味ですか?メイデン子爵令嬢は確かに予測不可能な事をする危険性はありますが、恐れるほどの相手とは思えません。」


国王がここまで言うのはなにかあるのだろうとは思うものの、納得できないと感じた。


「彼女の、メイデン子爵家の後ろにはバードミル前公爵がいる。厄介なことだ……私はあの男ほど権力欲にまみれた奴は知らん。」


バードミル前公爵が……。一体何のために、あの家を利用したところでなんの得もないと思う。

国王は私の考えを読み取ったのだろう


「アイツは普通の人間が自分の得にならないと判断するような者すら利用して、散々使って使いきってから切り捨てる。自分がどう見られようともかまわない、神と自称しているのもなんか目的があるのかもしれん。

そんなアイツに唯一傷を負わせられたのはもう今は亡きヤヌス元子爵家の先代子爵くらいだ。」


「そんな、そんな方が……彼女の味方に、それじゃどうすれば」


「エリザベス、今は彼女達と争わないことだ。彼女にアイツが味方するとは限らない、だがもしもの時を考えてなるべく衝突は避けなさい」


今は静観あるのみ、いつまでそうしていれば良いのだろう。


「すまない、エリザベス。私が、私がもっと早くにアイツをどうにかしていればこんなことには。

もちろん私の目が黒いうちはそんなことさせない、だがアルベルトが継げばアイツは間違いなく__」


「お父様、そんな弱気な事を……」


国王は重い腰をあげて笑顔をつくった、その笑顔は普段から温和で優しい笑みと変わらないようにみえてどこか弱々しいモノだった。


「だが、大丈夫だ。

私がいなくなってもヘンリー、ライオンハート侯爵やオンリバーン侯爵などの良識がある人間がまだ残っている。もし私になにかあっても彼らがこの国の暴走を止めてくれる、私はそれを信じる。」


「お父様……」


「ああ、そんなに心配するな。大丈夫だ、ほら広間に戻りなさい……」


お父様の顔をまともに見ることが出来なかった、私は振り返らず広間へと戻った。


「………私は、」


だが、広間に戻っても私の心は落ち着かない。

何故お父様はあんな話を私に、言うのならバードミル前公爵の事だけで良かったはずだ。

何も考えたくなかったので庭先に逃げて外壁へもたれてから大きく深呼吸をする。


あてもなく庭園をさまよっているうちに、ずいぶんと人気の無い木々に囲まれている奥の庭に来てしまったようだ。

外は暗くなっており、迷わないうちに戻ろうかと思ったのだがその庭に1組の男女の姿を発見した。


「__!」


心臓が止まるかと思った!

その男女は、私の婚約者イチヤ王子と3番目の姉アン王女だったからだ。

しかもただ一緒にいるだけではない、2人は抱擁して唇を重ねている。

その光景はまるで本当に恋人同士の様に見える、私などよりもお似合いに見え、なんとなく予感はしていたが惨めな気持ちになる。


「エリザベスさん?」


後ろから声が聞こえてきて、私はビクリと肩を震わせた。


「あ、ションちゃん……。どうしてここに?」


声の主はションちゃんだった。薄い灰色の生地に金糸で刺繍された礼服を着ていていつもより凛々しくみえる。

私の好きな人、この国を誰よりも愛する人、皆に好かれる人。



「夜風にあたりに、ずっと会場にいるのはさすがに疲れまして。」


私、こういう社交場はあまり慣れてなくてと微笑を浮かべる。

幸い、ションちゃんはあの2人の存在にまだ気づいていない様子だったので私はなんとかこの場から離れるための口実を考えてそれを言おうと口を開いたのだが、


「ねえ、ションちゃん…?」


遅かったようだ、彼は2人の方を見て口をポカーンと開いたまま固まっていた。


「エリザベスさん!あれは、な、どういう………」


「それは__」


私には、どう説明すればいいのか分からなかった。

そうしているうちに彼はひどく狼狽えながら


「どうしてあの2人を止めないのですか、あれは立派な不貞です。」


そうひねり出すようにつぶやく。


「私には、イチヤ王子を責める資格なんて無い。彼を責めるのはやめて!」


そう、イチヤ王子を責める資格なんて私には無い。たとえションちゃんを好きになったのが先だとしても、私が持っている思いも彼らと同じものなのだから。


「そこまで言うのなら、私は見なかったことにしておきますが……」


納得のいかない顔でションちゃんはそう約束してくれた。

そうして、私を気遣うように


「取り敢えず、ここから離れましょう。」


そう言い、


「そうね、ありがとう。」


その言葉に甘えて私はションちゃんに付いていった。



「ねえ、どこに行くの?」


「特別監査室です、あそこからは星が綺麗に見えるんです。」


そうして歩いているうちに目的の場所に着いた。


「さあ、2階の方へ……。」


ションちゃんに手を差し出されて私はその手を握り階段を昇った。2階には普段はカール様が籠っている部屋、そして他にも部屋が数室あった。

ションちゃんはそのうちの西端にある一室の扉を開けて窓際の椅子にゆっくりと腰を下ろした。


「どうぞ、こちらに座ってこれを……お腹がすいたでしょう。」


ションちゃんは机の上に軽食を置いていた。


「ありがとう、昼からほとんど食べてなくて」


お腹がへっていた私はあっという間にそれを平らげた。


「ねえションちゃん、私はどうしたらいいんだろうね。私はまた同じ失敗をするのかな?」


「エリザベスさんがこうだと思った方へ進めばいいかと、失敗が何を指すのかは分かりませんが余程道から外れなければ別に誰も責める人はいませんよ。

人は誰もが失敗します、私だってそうです。」


その瞳には力が宿っていた。


「そうよね、私も恐れずに進まなければいけないよね。私の事を皆は信じてくれる限りは。」


「もしかしてそれはメイデン子爵令嬢の事ですか?」


学園内の事はいろいろと噂されている様だった。私もヘンリー達に愚痴っていたし、私以外の他の生徒も家でなにかしらのことを言ったのだろう。


ションちゃんの推測は半分正しく半分間違っている。ヒロインちゃんの事だけじゃない、前世からの私の悪癖を直したいとも思っていた。


「まあ、そうね。私は人と向き合わなければいけない、彼女の話も聞くべきよ。」


「そうですね、彼女もなにか不満が合って行動に出たのでしょう。一方的にこうだと決めつけるのはそれは良くないでしょう。

それと彼女の事以外にもなにか心配事があるのですか?」


流石ションちゃんだ、鋭い。


「私にはもっと人を信じる事が必要よ。もしかしたらあの“2人”以外にもいたのかもしれないし……なんでもない、今のは忘れて。」


「私は、エリザベスさんの事をちゃんと信じています!私だけじゃない、ヘンリーもアベルもジューンも皆、信じてますよ!」


この世界で私はとても恵まれている。ゲームの事やヒロインちゃんの事を除いては本当に恵まれている。


「分かってる、皆私の事を……」


じわりと目に涙が浮かび、視界がぼやけてくる。


「そんな顔しないでください、貴女は泣き顔よりも笑っている方がお似合いだ」


困ったように、そしてなにかを思い出すようにションちゃんは立ち上がって、それにつられて立った私を抱きしめる。私は抱きしめ返す。身長差があり、端から見ればなんとも不釣り合いな抱擁だ。

ぎゅっとしがみついたその体は温かく、大人の落ち着きと爽やかさを感じる匂いがした。


「これ、柑橘系の香水?」


「はい、香水の事はよく分からないので知人に進められたモノですけど。」


その知人はずいぶんとションちゃんの事を分かっている人だと思った。


(もしかして女の人?)


私は随分とはしたないことを考えてしまった。


「ごめんなさい!こんなことを……」


ずっと抱きしめあっていた私達だったが、先にションちゃんが冷静になり慌てて椅子に座り直した。

外では、式典も終わりに近づいたのだろう花火が打ち上げられている。色とりどりの花火がパチパチと音を上げていてそれはとても輝いて見えた。


「あ、花火ですよ……。エリザベスさん、キレイですね」


「そうね、こんなにもキレイなものだったかしら」


まるで夢の中にいるかのように、意識がフワフワとしていく。

やがて花火も終わり耀いていた王宮は暗くなってく、ランプの光のみがぼおっと部屋を照らす。


「エリザベスさん、もう夜も遅いです。そろそろ帰られた方がよろしいですね……」


「うぅん、別に眠くないよ」


「そんなことを言って、子どもは早く寝ないといけませんよ……」


「もう!そうやって子ども扱いして」


前世を含めれば私は26歳、大人なのにと歯がゆい気持ちとなった。


「すみません、ですが夜更しはよくありません」


そう言う彼の表情はランプの逆光を受けていたせいで分からなかった。

しょうがないな、おそらくはそう心の中で思っているのだろう。


「けど、後5分だけ………」


私の意識は真っ暗になった。



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