建国600年記念式典・夕方
今日は、ソレイユ=レミゼ暦600年の1月1日。つまりは、レミゼ王国建国600年の日だ。
昼過ぎから人々は集まり、このような儀式に臨んでいる。
式典のためにいつも関わりのある特別監査室の面々などの貴族、マリアなどの貴族令嬢・令息、外国の大使達といった300人ほどの人が広間にいる。
(こんなにも豪華だったの!?)
建国600年記念式典、それが行われている王宮中央にある大広間は美しく上品に飾られている。
出されている料理も王国全土から集められた最高級の物を使って作られていて、料理と共に出される酒も一級品ばかりだった。
「今日は、建国から600年の記念すべき日である。これからも王家への忠義を忘れずに誓ってほしい。」
国王の言葉を合図に広間中央に用意された舞台に立った踊り子達が舞を始めた。
管弦の楽器がキレイな音色を出して観ている者を酔わせる。
(疲れた……)
私はマリアや学園で親交のある令嬢達と談笑をした後、少し疲れたので庭園の方へと出る。
「ふう…なんかいつもよりどっと疲れた………。」
今回の式典はいつもより忙しい、こんなことになったのは2、3割くらいは私のせいかもしれないが残りの7割はあのヒロインちゃんのせいだ!
彼女が学園内の秩序を掻き乱したせいで妙な派閥争いに発展した、そして彼女の対抗勢力となった派閥の長に祭り上げられたのがこの私なのだ……。
(どっと疲れた、ヒロインちゃんを負かしたい人達がどんどん私に話しかけてきて繋がりを作ろうとしてるんだから……)
話しかけてくる人が多すぎて料理をまともに食べることが出来なかったし、今日はなんて日だ……!
(はぁ、国王派の令嬢達がどういう手段に出るか分からないし……。それに、ヒロインちゃんも何をしでかすか、不安しかないわ)
「こんな祝いの日に辛気くさい顔しないの!」
「シス王女?」
考えに耽る私の腕をシス王女は掴んだ。
「ちょっと、あれ__」
シス王女が指を指す先に視線をやると、2人の男が歩いていた。
私達がいる位置はちょうど生垣と木々のお陰で死角となっており、2人を盗み見る形となった。気づかれてはいない。
男の1人は私も見知っているフェルナンド様、礼服がとてもよく似合っていた。
もう1人はどこかで見たような気がするが知らない顔だった。優雅に礼服を着こなしている事から高位貴族の子息であろうことはうかがえる。
聞かれたくない話でもあるのだろう。邪魔するのも悪いと思い、その場から立ち去ろうとしたのだが2人の会話が偶然耳に入ってきた。
「トール、それは本気なのか!」
「本気だ、僕は。フェルナンド声が大きすぎる!」
フェルナンド様は血相を変えて素早く周囲を見回した。
私達は慌ててその場にしゃがみこんだ。生垣が盾となり私達の姿は完全に隠れたのだろう。2人はほっとした様子で話を続けた。
「トール……しかし、それは…。」
「フェルナンド、俺を止めないでくれ……!分かってくれるだろう?」
トール__私の記憶に間違いが無ければ彼は“恋する幸福な国で”の攻略対象トール=ドレリアン、フェルナンドの婚約者の兄だったはず。
私は今まで彼と直接_これも直接とは言えないが_会ったことはない、せいぜい今日のような式典の時に遠目にチラリと見る程度の関係だ。
「あれがトール=ドレリアン……。実物は違うわね、やっぱり」
小声でシス王女が呟いた。
「でも、僕はやっぱり諦めきれないんだ!僕は貴族なんかよりも商人になりたいんだ……頼む、その為に脱出するのを手伝ってくれ」
トールの言葉に私はビクリと肩を震わせた。
トール=ドレリアンはどうやら出奔計画について、友人のフェルナンドに相談している様だった。
「しかし、商業分野なら農林産業府に進めばいいだろ?王政府なら君の父君も納得してくれる、それじゃダメなのか?」
「それは……」
フェルナンド様はとぼけた調子で言い、ため息をついた。
「軽々しくそういう事を言うな、私だったから良かったものの他人の前で言ってみろ。
君の父君に告げ口されてどんな目に遭うか……ああ、想像しただけで震えてしまう。」
「もういいよ、信頼できる他の人に相談する!君に言ったのが間違いだった。」
「“信頼”ねえ、まあいいけど。
そんなこと2度と言ってはいけないよ、特に君の父上の前では。別にさ君が次男坊、3男坊だったら協力するかは別として止める気は無かったよ?けど君は跡取り息子、親不孝な事をするのか?」
フェルナンドの声は心なしか硬かった。
無理もない、貴族令息の友人が商人になると言ったのだ。跡取りが家を捨てる、貴族社会では衝撃的な事だ。しかも女に狂ったは稀にあるが商人になるという理由は今まで無かった。
「だが、」
トールはなおも食い下がろうとした。
「まあ、そういうこと。私は止めといた方がいいと思うよ」
フェルナンドはそう言って広間の方へと戻っていった。私達もコソコソとその場から離れた。
「なるほど……。確かねトールは夢を諦める、農林産業府に進む道を選ぶのよ。それを_やっぱりやめておくこれ以上言うのは、じゃあ私も戻るよ」
ゲームでもここら辺の何かは語られるのだろう。それにしても何を言いかけたのだろう、含みを残したままシス王女は行ってしまった。
「エリザベス、ここに居たの。」
「お母様、それにイザベルお姉様……」
今日はよく声をかけられる日だと思う。今度は母と1番下の姉だった。
「陛下が貴女の事を呼んでいたわ、付いていらっしゃい。」
お父様が?
一体なんの用だろう……。
(なんか嫌な予感がするなあ)
そう思いながらも私はお母様についていった。




