長い歴史
王宮の西の端にあるエリザベスの部屋には今3人の人間がいる。
1人は部屋の主であるエリザベス、もう1人はエリザベスと同じ転生者で駐レミゼ大使のシス王女、そしてヒロインに狙われているフェルナンドの姿があった。
「フェルナンド様、最近彼女はどうですか?」
「最近はなんというか前に比べたらマシになったような気がします。
バレンタインの時みたいに手紙とかは無くなったし、もう僕に興味が無くなったんじゃないかな?」
私の問いにフェルナンド様は答える。
最近の彼女の行動ははっきり言って変だ。いきなりの児童会会計への立候補、反国王派の令嬢達と仲良くなる……不審な動きだ。
「本当にそうでしょうか?私にはまだ諦めていないように思えるんです」
「どうしてよ?今の状況から言うと彼女は学園で権力を握りたいようにしか見えないけど」
「シス王女の言う通りですよ、エリザベス王女。」
そうなのかもしれない。
今の状況を見る限りシス王女の言う通り学園で権力を握りたい、頂点に立ちたいと願っているようにしかみえない___。
けれどもあれほど狂信的に愛していたフェルナンド様を簡単に諦めるなんて……
私が考えあぐねていると、
「それに、僕にはちゃんと護衛も付いているし大丈夫です。」
フェルナンド様は真っ直ぐとこちらを見て優しい笑みを浮かべる。
気が緩んでいるのではと私は少しフェルナンド様の態度に不安をもった。
彼は知らないのだろう、彼女が持てるものを全て使えば“フェルナンド”など簡単に手に入れることができる恐ろしい人物であると言うことを。
「エリザベス、言いたいことは分かるがそんなに彼に怒った所でどうにもならないだろう……。」
「分かってる、それは分かってる。
私はね、“前”からこういう人なの。何でも悪いことばかり考えてしまうから失敗したのにそれを直すことも出来なかったみたい。」
フェルナンド様は大丈夫かと言う風に私の顔を覗き込んでくる、私は視線を逸らして大丈夫、少し考えすぎたと一言言った。
「王女、今の所は学園初等科だけの問題だから、なんとか彼女が勢力拡大することだけを防ぐことが必要かと」
「そうよね、彼女の行動を止めてしまわないことには解決しないわよね。
すぐに対抗措置をとるようにするわ」
フェルナンド様は私に丸投げするようだ。
確かにこれは初等科の問題だからそうなってしまうのだろうけれど少しは協力してくれても良いんじゃないかと口を尖らせた。
少し話した後フェルナンド様が出ていった、そしてその後シス王女は急に顔を近づけてきて
「ねえ、あの噂聞いた?」
噂……おそらく“ヘンドリック=オンリバーン先代侯爵”の事だろう。
先日、無能な内務大臣がちょっとした騒動を起こした。その際にションちゃんが今まで沈黙していた“先代侯爵の死”について病死であると認めたのだ。
「ヘンドリック=オンリバーン先代侯爵の件ですか?」
「そうそう、私ね陰謀論とかそういうゴシップは結構好きなのよ!私が思うに病死は嘘ね。
公式発表では病死、だったら病死と早く言えば良いじゃない。今の今までどうして黙ってる必要があるの?」
「それは………ションちゃんにもいろいろと複雑な思いでもあったのでは?それに噂されて言い出しにくかったのかもしれません。」
「なるほどね、個人的興味でオンリバーン侯爵家の事を調べたんだけど、あの家はただの歴史ある名家ってだけでは無いわね……」
シス王女は紙の束を取り出した、表紙には『オンリバーン侯爵家の歴史』と書いてあった。
~オンリバーン侯爵家の歴史~
系譜によると建国時の爵位は伯爵、叙爵はソレイユ=レミゼ暦元年。叙爵理由は、レミゼ王国建国の功績を讃えて。
その領地は当時の国境付近の要所。
レミゼ暦75年の記録によると、
『オンリバーン辺境伯の領地面積だけでいえば数年前に設立された3公爵をしのぎ、その広さは独立国並みである。だが中央との繋がり薄く、官位は爵位に見あったものではない。』という記録があった。
レミゼ暦178年、クイーン・ゼノビアの御代の頃、当時の当主バーマス=オンリバーン辺境伯は女王に嫌われており意見が対立することがあった。だが、女王は嫌っていたものの彼の事を『自分と考えは違うが目的は同じ、行動力のある男』と評している。
バーマスの死後、中央との繋がりはますます薄くなり地方貴族となる。
レミゼ暦432年、侯爵となる。昇爵理由不明。
___(以下略)
レミゼ暦530年3月、カルロス=オンリバーン侯爵の3男ヘンドリック=オンリバーン誕生。
カルロスは5男2女の子宝に恵まれたが、3男ヘンドリック以外は全て夭折した。
レミゼ暦554年7月、ヘンドリック=オンリバーンがハーミット子爵令嬢マルグリット=ハーミットと結婚。
なお、カルロス=オンリバーン侯爵はこの結婚に反対していて結婚式を欠席した。
レミゼ暦557年9月、ヘンドリック=オンリバーンの長男としてショーン=オンリバーンが誕生。
レミゼ暦573年、ヘンドリックが『サルディン移民検討委員会』と呼ばれる私的な集まり《サロン》を開く。
レミゼ暦574年、不祥事を起こし農林産業大臣が辞任、ヘンドリックが後継の農林産業大臣に任命される。
レミゼ暦575年2月、国王逝去。
4月、建国以来初めて公爵位以外の者が宰相となる。
ヘンドリック、農林産業大臣に再任。
レミゼ暦579年7月、宰相選挙。
候補者は5公爵、ヘンドリック、ノースネデル伯爵の7人。最終的に国王が指名したのはノースネデル伯爵。
レミゼ暦580年1月上旬、ヘンドリック=オンリバーン侯爵死亡。死因は心労が祟ったことによる心筋梗塞とされた。
1月中旬、ショーンがオンリバーン侯爵位を継ぐ。
4月、ノースネデル伯爵が宰相となる。
レミゼ暦585年、ショーンが農林産業府に着任。
レミゼ暦596年4月、ショーンが新設された特別監査室に異動。
「………ここまで調べましたの?」
何が目的なのだろう?
建国から今までの歴史全てが記されている。
「うん。私はねヘンドリックの死因も気になるんだけどこの“侯爵位への昇爵理由は不明”って所も気になるのよ」
「けどもう200年近く前の話ですよ?」
気にはなるけど、調べようもない事だと思う。
「ま、この国はねキナ臭い事ばかり起こってる。不穏な事ばっかり…………。
それとね、私が調べたのは個人的興味だけじゃないのよ?貴女も知りたがってただろうと思ったからよ」
確かにションちゃんの事をもっともっと知りたいと思っていたことは事実だ、だがいざ知ってみると後ろめたい気持ちに襲われる。
「そんな顔しないの!」
「ええ、そうね」
私は息を整えて落ち着かせる。
「それと………もう1つ気になることもあるんだけど、貴女『“前”からこういう人だから失敗した』って言っていたよね?それってどういう意味……」
「前世での話よ、気にしないで」
シス王女は訝しげにこちらを見てきた。
彼女は困惑した様子でこちらをうかがっている。どう切り出そうか迷っているのだろう、この気まずい雰囲気から抜け出すために
「とにかくヒロインはこっちで何とかするから」
そう言って私はシス王女を残して部屋から出た。




