内務大臣立てこもり事件
ヘンリーが特別監査室に待機していた間の話。
一体何をしてるんだ!あの無能な内務大臣は……。
アベルは憤りを隠せない。
アベルに付いているカールとショーンもおそらく同じような気持ちでいるだろう。
(こんな忙しい時になんだってこんなことを………!)
走って宰相執務室の方へ向かうとそこには人垣が出来ていて、執務室の扉すら見えない状態だった。
その人の波をかき分けて進むと重厚な良質な木でできた扉が姿をみせる。
ドアノブを回してみるが、内側から鍵が掛かっており扉は開かなかった。
「室長、どうしましょう。」
「ペンヨーク伯爵、貴方はナチュダ様を連れてきてください!この状況で内務大臣を説得できそうなのは弟である彼だけかと思います。」
分かりましたと言いカールは風のように駆けていった。
「とりあえず、バードミル公爵が来るまで私達は説得するべきでは?」
「ションちゃん……彼はまったく人の話を聞かないんだよ、こんな事をしたいんだって理想だけが高すぎて周りが付いていけてないことに気づいていない人だからね」
ショーンはアベルの言い分を聞いてため息をついた。
近頃は自称神を名乗る前バードミル公爵のユーロ=バードミルは以前から良い噂を聞かない男だ。
ショーンが思い浮かべる彼の印象といえば顔と噂が一致しない、一見すると良識的な人物なのにいざ関わると中身が無く具体性に欠ける男という印象だ。
「彼が今さら増額を言ってきた理由、アベルはなんだと思う」
「………バラマキじゃない?来年の宰相選挙の為の、どっちにしろ5公爵の中からは候補者出なさそうな気がします。出たとしても私はヘンリーが推薦されそうな気がします」
「やはり、それですよね……。あえて多めに予算を組んでおいてその余りを賄賂として渡す、賄賂の分は表向きはちゃんと経費として使われたことになる」
…………それにしては人騒がせな事をするものだと宰相を人質にとるのはいかがなものかと思う。
「室長~……どうも遅くなってすみません。ナチュダ=バードミル公爵を連れてきました。」
「どうも、兄が迷惑をかけてすみません。」
現在、民部大臣補佐官をしているバードミル公爵は気が弱そうな小太りの男性だった。
バードミル公爵はもううんざりだといった表情をしてゆったりと歩きながら扉の方へと向かう。
そして扉の前にドッシリと立ち、息をすうっと吸った後、
「出てこい、兄貴!皆が迷惑してることに気づいてないのか!」
扉をガンガンと蹴りながら怒鳴るその姿は憐れにも思えた。
「あんたね、いい加減にしろ!神だかなんだか知らないけどこれ以上ここに籠るんだったらこんな扉こじ開けてお前を焼き鳥にしてやる!!!」
激しい怒りは声だけじゃない、彼の体はプルプルと怒りで震えていた。
「焼き鳥……」
彼は鳥じゃないというツッコミが出来ないくらいにこの場の空気は重々しいモノだった。
___ガチャリッ
扉の鍵がゆっくりと開いた。
その派手な装飾は無いが品のある扉を開けると、
真っ赤な服を着た顔の整った男と汗をダラダラとたらして引きつった顔をした宰相の姿がある。
「近づかないでください、これ以上近づくとどうなるか分かりますよね?」
前バードミル公爵の顔がニヤリと歪む。
宰相は毅然として何も言わないでこの状況を静観している。
「どうも、内務大臣。結論から言いますと増額の件は了承出来ません。」
「貴方は……ああ、ペンヨーク伯爵か。どうしてだ?建国600年記念だぞ!」
その彼の真っ黒でがらんどうな瞳を見ていると、何か別の生き物と接しているような気持ちになりショーンは数歩後ずさる。
「確かに記念式典は大事ですが………こんなことを言いたくはないのですが、貴方の出した修正案は中身が大変不正確、不透明……この“だいたい150万レミゼ”の費用、だいたいではなく何に使うのかと正確な金額をちゃんとして頂かないと賛成は出来ません。」
「はぁ、決まってるじゃないか。君も察しているだろう?」
この部屋にいる誰もがこれは“バラマキ”だと分かっている。
少し補足しておくと、国王・宰相はもうアベルを次期宰相として推していくと密かに決めているので意味の無い行為なのだが。
「………さあ、なんのことでしょう?もう1度言います。中身が大変不正確・不透明、こんな案を採用するわけ無いですよ!」
カールの声で前バードミル公爵は一瞬怯んだが、すぐに落ち着いた調子に戻って何かを言いかけたが
「ふう、もういい加減にしないか内務大臣よ。ペンヨーク伯爵の言う通り、勝手に理想を持つのは結構だが中身の無いモノを採用するわけにはイカンからな………。
私も周りもは何をされても言われても変わらん、それにこれ以上こんなことをしたところでバードミル家が不利益を被るだけ。
今回は国王陛下ではなく私に対して行われた事だから黙っているが次は無いと思ってくれ!」
疲れた様子で宰相がため息混じりに言ったことに対して
「何を……!たかだか伯爵の癖に偉そうにしよって、この“人殺し”!
私は知っているぞ!19年前にヘンドリック=オンリバーン侯爵を殺したのはお前だと!」
苦し紛れに言ったことなのだろうけど、部屋は先程とは違った静けさに包まれた。
宰相の前で“ヘンドリック=オンリバーン”の話題に触れることはタブーと噂されているからだ。
「なあ、オンリバーン侯爵よ。そなたもなにかこの悪徳宰相に言ってやれ」
ねっとりした口調で目を細めてショーンの方を見る。
いきなり話を振られたショーンは戸惑いながらもゆっくりと目を閉じた後にハッキリと前を見て言った。
「父は宰相閣下に殺された訳でもなんでもありません、ただの病死です!
根拠の無い噂だけで人を貶める事は止めてください。」
「な、な、なんだと!」
周りはざわめきに包まれる。
今までヘンドリック=オンリバーン先代侯爵の死について、息子であるショーンはハッキリと明言する事を避けていたからだ。
「まったく貴方という人は!宰相とオンリバーン侯爵に謝ってください、根拠の無い噂だけで人を非難するとは………こんなのが兄で私は情けない!」
「………ふん、冗談だ。本当にそんなことを思っていたわけではない、許せ。」
弟に泣かれて不貞腐れた様子で謝る、近年ここまで心がこもっていない謝罪があっただろうか。
「落ち着いた所でもう1度言います、貴方の出した提案は中身が大変不正確なモノですので賛成は出来ません!
では、失礼しました。」
カールは出来ません!のところを強調して言うとペコリと頭を下げて部屋から出た。
それを追いかけてアベルとショーンは部屋から出る。
「………!」
ショーンが部屋から出る前にソオッと振り返ると、前バードミル公爵の顔は嗤っていたような気がしたが扉が閉まってしまったので本当にそうだったのか確認することは出来なかった。




