ため息
新学期も終わった9月の中旬、児童会はさっそくやらかした。
9月中旬に行われる遠足のお菓子は5万レミゼまでのモノと決まっていたのだが、あの“ヒロインちゃん”はそれを破った。
「メイデン子爵令嬢、お菓子は5万レミゼまでと決まっています!」
「これは、お母様が作ってくれたもので店で買ったものじゃないわ!」
確かに決まりには“家で作ったお菓子”については書かれていないので一応ルール違反とはならない。
(今日の遠足はこの様子じゃ無しね)
そもそも、学園初等科の行事には遠足というもの自体が無かった。
そもそも初等科には行事のぎょの字も無い、あるのは球技大会や学期末のお楽しみ会などのツマラナイモノばかり。ヒロインちゃんが遠足を企画したとき初等科中が湧いた。
そして1、2年生が学園大学の見学、私達3、4年生が王宮庭園内での遠足……というふうに決まった。
「本当に身勝手ね、貴女。」
私はうっかりと口が滑ってしまった、小さい声であったがシンとしていた空間に私の声だけが響く。
「どういう意味よ!」
ズンズンとこちらに向かってやって来るヒロイン、その姿はゲームで見かける可愛く可憐なヒロインとはかけ離れていた。
「そのままの意味よ。だいたい貴女の存在が皆の迷惑になってることに気づいてないの?
……それと初対面の人に馴れ馴れしくするの、やめといた方がいいよ。以前の貴女の常識ならそうすれば友達が寄ってくるのかもしれないけど、ここじゃそんなの通用しないよ」
「私が元平民だからって馬鹿にしてるのね!こんな性根が腐ってるヤツが王女なんて世も末ね」
「別に馬鹿にはしてないよ。マナーをもう少し身に付けろってこと……。まあ、マナーをちゃんとしたところで貴女みたいな都合のいいときだけすり寄ってくるいろいろと性根が腐ってる人と友達になれてうれしい物好きなんていないと思うけどね」
これは私の本音だったけど、周りも同じことを思っていたのだろうかオオーッと歓声が沸き上がる。
私はいつの間にか前世でいた彼女と似たような種類の嫌なヤツと彼女を重ね合わせていた、ヤツもここまでひどくはなかったと思うが。
「……なんなの!よってたかって私をいじめて、そんなに楽しい!?」
彼女は泣き崩れている。この姿だけをみれば本当に悲劇のヒロインだ、今までのやり取りを聞いていれば別だが。
(本当に何も分かっていない…………)
私達には友人を自由に選ぶ権利すらない。
今この国にある国王派と反国王派、中立派の3つは何も政治の世界だけではない。子どもにも影響を与えるものだ、中立派の家の子供が反国王派の家の子供と友人となっただけでその家は反国王派だと見られかねないリスクを背負っている、私達は家の看板を背負っている訳でもあるのだから。
「エリザベス王女、少し言い過ぎです。」
ジスト=メルサイユがこそっと耳打ちをする。
「確かに言い過ぎたかもしれないけど彼女のしていることよりはマシよ」
「……秩序の破壊、確かにそれよりはマシだと思いますが言葉は選んだ方がよろしいと思います」
秩序の破壊、ジストは彼女のしていることをそう表現した。
それはずいぶんとごもっともなことだと私は思った。何百年間育まれてきた学園内のルールを破壊する、彼女がしていることはそういうことだと思った。
(平和の影で悪は育まれる、彼女……いや、あのヤヌス子爵令嬢なんてそのいい例ね)
ションちゃんがあの喫茶店で言っていた言葉を思い出す。学園では長い平和の中でヤヌス子爵令嬢という悪を生み出した、そして彼女がいなくなった後にその悪を受け継いだのがヒロインちゃんだと私は思った。
「王女、彼女のような人を気にかける必要性はありません。彼女のような人間は破滅を待つのみですから」
「メルサイユ様……ずいぶんと厳しい事をおっしゃるのね」
横にいたマリアがジストの言葉に対して少し言い過ぎだという感じで言った。
「それにしても、この調子じゃ遠足じゃなくて反省会になりそうだね……」
「ええー!やだよ、遠足行きたいよ、俺。」
ジストのため息に混じった言葉にシャルルは文句を言った。
その後、ジストの予想通り今日の予定は『反省会』で終わった。




