いつまでも続いて
大通りから外れた路地の奥にアーチ型の店の入り口があった。これがションちゃんの言っていた喫茶店だろう。
王都内に木造の建物が多い中で石煉瓦造りのオシャレな外観の店、その店の名前は『ゼノビア』……何百年も前の偉大な女王の名前だった。
木のドアを押すと、カランカランとドアに吊り下げられたベルが可愛らしく鳴った。
「いらっしゃいませ、2名様ですね。空いている席ならどこでもお好きな所に」
店のウェイターが言う。
店はそのウェイターと老いたマスターの2人で経営されていた。
私とションちゃんは空いていたテーブルに向き合って腰かけた。
「なにか注文しましょう……別にお金の心配なら無用ですので」
「そうね、ありがとう。」
私はションちゃんの言葉に甘えて、店内に貼ってあったポスターの飲み物とデザートを頼んだ。
ションちゃんも私と同じものを頼んだ。
しばらくして、白っぽい色の飲み物とカステラに似たデザートが届いた。
(なんだったっけ……このお菓子、似たようなものを見たことある)
少し考えていて思い出した、シベリアだ!
前世で私が時々購買で買っていたシベリアに似ている事を思い出した。ただ、そのシベリアとは違い上にクリームがちょこんとのっていた。
「相変わらず美味しい!」
ションちゃんはまるで少年のように目を輝かせてあっという間にお菓子を食べて、飲み物も飲み干した。
(なんなの………これじゃまるでデートみたいじゃない!)
そう考えると急に気恥ずかしくなりトクトクと心臓がうるさく鳴り、耳たぶのあたりが熱くなるのを感じた。
2人とも何も喋らず静かに時間だけが過ぎていく、緩やかにまるで夢の中のようにゆっくりと過ぎていく。
私はお菓子を食べ終わり飲み物のコップを手に取り口をつける。
かすかに甘酸っぱい優しい味がした、どこか懐かしくも感じる味だった__ふと、“初恋の味”というある飲み物のキャッチコピーを思い出した。
(初恋の味……初恋に味があるのならこんな味なのね)
以前は初恋に味など無い、ただのキャッチコピーと馬鹿にしていたものだが今はなんとなくだがそれが分かったような気がした。
(本当に幸せ、一生続いてくれればいいのに)
せめて今日1日、といっても今日もあと数時間で終わるのだが、今日だけでもこうしていられたらと私は胸に手をあてて願った。
しばらくだんまりの時間が続いていたが、ションちゃんは急に口を開いた。
「エリザベスさん、王宮を抜け出すのはやめた方がいいですよ?昔は王都も“護身用の剣すら要らない”と言われていましたが今は治安がいいとは言えませんから」
「分かった、気をつける」
確かにあのゴロツキ達のような人々もいるから、危険なのか……。
「それとエリザベスさんは“新聞売り”に興味をお持ちのようでしたけれど、彼らはゴシップ記事も多くガセネタが多いのであまり見ることはおすすめできません」
「新聞売り?ああ、あの瓦版みたいなのを売ってた人達ね」
「瓦版とは………?」
そうだった。この世界には瓦版という言葉は無いんだ、新聞売りは前世でいうところの週刊誌みたいなモノかしら
「それに彼らの新聞は無許可で出版されているモノです、あまり良くないので気を付けてください。」
ションちゃん曰く新聞は不正確なモノが多数なので取り締まりが行われていて持っているところを見られると捕まることもあるらしい。
「うう、少し気になったけど買うのはやめておく……」
「分かったならよろしい」
ションちゃんはニコニコと私の方を見てうなずいた。
「ねえ、ションちゃん」
「なんですか?」
「もしも私が嫁ぐとき、付いてきてって言ったら付いてきてくれる?」
以前からしたかった質問だ。
「それは申し訳ありませんが出来ません、私はこの国を守らないといけないんです。この国の平和を守らないといけないんです」
予想していた通りの答えだったけれども、
「平和を?この国は充分平和だと思うけど……」
“平和”とは、この国は充分豊かで治安が良くないところも存在するもののまだまだ平和ではないかと思った、ションちゃんの言う平和とはなんなのだろうか?
「確かに平和なのだといわれればそうなのかもしれませんが、その平和の影で“悪”は育まれていくものなんですよ。
特に最近は“平和”という2文字を唱えてさえいれば平和と安全が保障されると勘違いされている方が多いように思います。
外交は専門じゃないので分かりませんが、どうも隣国が怪しげな動きをみせているようですしこの国もつねに脅かされているんですよ」
「平和の影で“悪”が………」
「そうです、繁栄することは良いことですが爛熟しすぎると人は目先の享楽にとらわれやすくなりますから………」
ションちゃんの話はとても10歳児にするものではなかった、前世が無いと私はこの言葉の意味を分かることは出来なかっただろう。
もしかすると、ションちゃんは私が思っている意味とは違う別の意味も込めているのかもしれないので私も完全に理解できたとはいえない。
「エリザベスさん、なので私は残念ながら__」
それは出来ません、とションちゃんが言葉を続けようとしたその時、
「エリザベス!」
シャルルの声が聞こえた。
いつも空気を読まない彼が空気を読んでくれた、きっとションちゃんが言葉を続けていたら私の心は押し潰されていた、そう言うだろうという事は分かっていたはずなのに。
「オンリバーン侯爵……?どうして王都に」
「少し買い物にね。シャルルくん、エリザベスさんとしっかりはぐれないように帰ってくださいね。私はこれから行くところがありますので、失礼します。」
ションちゃんは私と自分の分のお金を払って店から出ていった。
私はシャルルに小言を言われながら王宮へと帰ることがちゃんとできた。
王宮で私はマリッサにどこに行ってたんですか!と怒られたが適当にごまかして部屋に帰った。言い訳をする元気も私にはなかったからだ。
(………苦しい、こんなにも苦しいのは初めて。)
誰か(確か和泉式部だっただろうか)の和歌に“はじめて恋の切なさを知った”というような1節があった事を唐突に思い出して、
(彼女と事情は違うけれど、私もはじめて恋の切なさを知った……私は、このまま友達でいるなんてできるのかしら?)
きっと出来ないときが来る、そう私は予感した。




