男達の夕暮れ~in特別監査室~
エリザベスがいない特別監査室での話。
王女エリザベスが婚約者であるナクガア王国へ行って、また新たな転生者に出会っていたその頃……レミゼ王宮では、そんなに変わったこともなくゆったりとした時間が流れている。
そんなゆったりとした夕方の話である。
「ベスが居なかったら本当に静かだよな、ここ」
ヘンリーはため息のように言葉を吐き出した。
「そうですね、確かにエリザベスさんがいないとここも寂しいです。」
ショーンも確かにそう思っていた、いつも明るく朗らかな王女が居なくなってみると途端にこの特別監査室も寂しいものとなった。
「しかも、なんでお前と2人なんだよ………。つまんねぇ!本当につまんねぇな」
「何がですか!まったく………つまらないのならどこかで遊ぶなり何なりとすればいいじゃないか」
さっきから、こちらをチラチラと見ながら苛立った様子で物言うヘンリーにショーンも少し苛立ちを感じた。
「いや、その~なんというかそういうのじゃないんだよね、うん?もしかしてお前の方こそ遊びたい気分だった?だったらとびっきりいい店紹介してやるよ」
「………どうしてそうとらえるのですか?まったく、貴方と言う人は。私はそういう店には行きませんし帰りますよ、戸締まりちゃんとしてから貴方も帰ってくださいね!」
足早に帰ろうと入り口の扉に手をかけようとすると、扉はギギギと音を立てて開いた。
「やあ、ヘンリー!久しぶりに話でも……」
そう言って扉から顔を覗かせたのはこの国の頂点に君臨する男であった。
以前のような若者が好む豪華絢爛な整った衣装を身に付けることをやめ、年相応のものを身に付けるようになってから彼は変わったように思う。
「国王陛下……」
ショーンは臣下の礼をとったあと、建物から出ていこうとしたが、ショーンの様子などお構い無しと言うふうに彼は話を振ってきた。
「君がショーン=オンリバーン侯爵か。君の父上にはとても世話になった、まだ若いうちに亡くなったこととても残念に思っているぞ」
「は、亡き父も陛下にそのように言っていただけることをあの世で喜んでいると思います」
「おい、なんか余計にしんみりしてしまったじゃねぇか……それでお前は何の用だよ?」
ショーンは苦笑した。
いくら従兄弟で同級生であったとして国王をお前呼ばわりするのはヘンリーだけだと、そしてその気楽さが彼の良いところなのだろうと頭の中で思った。
「いいや、エリザベスがよくここに来てると言う話を聞いてどんなところかね気になったんだよ。」
王は優しい温和な顔をして、ヘンリーがお前呼ばわりしたことなど気にもとめず話を続けていく。
おそらく2人の間ではこれが普通なのだろうということがうかがえた。
「ベスは多分ションちゃん目的だぜ?なあ、ションちゃん」
「え、いや違いますよ!」
「ほう、そうなのかい?オンリバーン侯爵も相変わらずモテるな」
ヘンリーはやはりふざけている、国王の前でそのような戯れ言を言うなんて……ショーンはやはり早く帰っておけば良かったと後悔した。
「違います!陛下、王女は別に私が目的で来ている訳では……それにしても、相変わらずモテるとは一体どういう意味ですか?」
「ああ、そういえばお前はションちゃんとは今日初めてまともに喋ったよな?」
話をなんとか、王女と自分から別のものに移すことに成功したようだ。確かにヘンリーの言う通り国王とこんなにも話したのは今日が初めてのことであった。
「オティアスがよく言っていたんだ、1つ上の学年にとても優秀で人気のある先輩がいるってね」
オティアスとは、20年以上前に病死した王弟のことだ。
生まれつき体が弱く滅多に学園に来ることも、王族として祭典への出席もままならずその顔を知るものはほとんどいないまま18で人生を終えたらしい。
「オティアス、懐かしい名前だ」
「オティアス様……」
その頃は王として即位してまだ数年、ヘンリーもまだ結婚をしたばかり、ショーンもまだ父は健在で将来有望な官僚候補生だった。
「たまになエリザベスを見ていると、もしオティアスが病弱ではなかったらこんな感じだったんじゃないかって思うんだ」
「お前………」
王の言葉にはよくわからない重みがあった、言葉では言い表すことのできない重みがあった。
ヘンリーとショーンはまともに国王の顔を見ることが出来なかった。
「そんな顔しないでくれ、私は別に……。
なあ、こんな話はもうやめよう。ところで君たちはエリザベスのことをどう思ってる?」
「俺、俺は別に……明るく楽しいヤツだと思うけど、一体なんなんだ?」
「私も彼女は明るいお方だと思います、婚約者との関係も今のところ良好で悪いところは何もないと思いますよ?」
「そうだよね、私もエリザベスは良い子だと思う。けど心配なんだよ、あの子は優しいぶん何かが起きたときにちゃんと冷静でいられるかとかね」
ヘンリーはそう言う王の顔の皺が深くなっていることに気づいた。だから老いというものに対して不安を持っているから気弱になっているのか、服装の変化もその現れだったのだろうかと考えた。
「エリザベスは良い子なんだ、だからせめて彼女の嫁入りくらいまで生きたいと思ってるよ」
「陛下、そのように弱気にならないでください。」
ショーンは王を慰めた。
だが王はヘンリーの思うような老いへの不安を持っているわけではなかった。自分の後、アルベルトが継ぐことに1つの懸念があった。
王には6人の子がいる。
1番上の子マリーは王女の務めを理解し嫁いでいった。
2番目の子マーガレットも少々人を見下す所はあるが問題にするほどでもなく、10月には王妃の祖国へと嫁いでいく。
4番目、5番目の子アン、イザベルも王家の人間としては真面目にしているので問題はない。
だが、3番目の子で世継ぎのアルベルトと末娘エリザベスのことは心配であるのだ。
「エリザベスもそうだがアルベルトは押しに弱い所があるからな……そこが不安なんだ」
「確かにな、反国王派による傀儡になりそうだもんな……」
アルベルトが押しが弱く自分の意見をハッキリと言えない王になるのではと不安がある。
エリザベスに関しても優しすぎるところが命取りになるのではと思っていた。
「陛下もいろいろと大変なんですね……」
「いや私も大変だけどね、君も世継ぎは確保しなきゃ……歴史あるオンリバーン侯爵家断絶なんて事になったらこっちも処理が大変なんだからさ。」
「コイツに言われるなんてションちゃんもどうにか世継ぎ問題解決させなきゃダメだぞ!」
「いや、ですから私は別に……さようなら!」
「あいつ!逃げやがったな待て。」
結局心配されるのかとショーンはため息を吐きながら特別監査室から走った。




