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ああ、私はただのモブ。  作者: かりんとう
新たな始まり
228/229

平穏な未来で


__エ……ベス……エリ、ザベスさん……。


顔は黒く塗り潰されたように隠されている、見知らぬ筈なのに何処か懐かしい渋い声が頭の中に響いてくる。


__きっとまた会えますから、泣かないで……。


待って、行かないで!貴方は誰なの……?

こう私は叫ぶけれど、“彼”の声は次第に小さくなり私の意識は急浮上していく。


______


レミゼ暦982年の9月1日、今日は始業式の日だ。そんな日の朝に少女は妙な夢を見て目覚めた。


「ううん……またこの夢だ」


ピリリリと鳴る目覚まし時計を止めてから、眠い眼を擦りながら起きる。

最近、妙に変な夢ばかりを見る。真っ暗な闇の中、誰かがアタシの事を“エリザベス”と呼ぶ……時に嬉しそうに、時に悲しそうにアタシをそう呼ぶ者がいるのだ。


「アタシの名前、エリザベスじゃないんだけど。」


アタシの名前はユーリエ=ススキノ、エリザベスなんて何処かのお姫様みたいな名前は持っていない。中間管理職で遅くにしか帰ってこない父と専業主婦の母、大学生のお兄ちゃんとアタシの4人家族、平凡な一般家庭である。

リビングの方に降りるとお父さんはもう会社に出発したみたいだけど、お兄ちゃんはトーストを食べていた。


「ちょっと、ユーリエ!早く食べなさい。この間みたいに間に合わないからって食べないのは許さないからね!」


「はーい……」


ドタバタと騒がしいが、今日はまだマシな方である。アタシは中学の頃から遅刻寸前常連組だった……高校に入って多少マシにはなったけどいつもはもっと騒がしかったりする。

朝ご飯を身体の中にかきこんで、ローファーを履いて、スクールバックをチャリのかごに乱暴に置いてから『行ってきます!』と元気な声で学校に行く。閑静な住宅街を抜けて、お金持ちのセレブが多いショーベスの街の高級住宅街を横目に、セーラー服と学ランに混じってアタシも登校する。だいたい皆この道を利用するからついていけば迷うことはないし、高校入学からもう半年近く……しいて言うなら中学受験で入ったからこの通学路も4年目、だいぶ手慣れてきた。


「げっ……タナカじゃん!」


セーラーと学ランの群れに混じって登校していた私は、校門の前に今時こんな教師いる?って格好の学年主任のタナカの姿を発見した。ジャージに手には竹刀、顔は頑固そうで取っつきにくい。


「おいお前、スカート丈短いぞ!」


「よぉメルディジーナ君、この間のテスト散々だったらしいじゃねぇの!」


女子からは『スカート丈測るために竹定規を腿に当ててくるなんてセクハラ!』と蛇蝎のごとく嫌われ、男子からは見た目に反して馴れ馴れしいけど嫌いじゃないという評価のタナカ先生、アタシは嫌いじゃない。彼を見ていると誰か懐かしい人を思い出すんだよね……なんかアタシはその誰かに“ベス”って呼ばれてた気がする。


(思い出に耽ってないで早く教室に行かなきゃ!)


教室の机に突っ伏して、考える。

夢の中に出てきて、アタシの事を“エリザベス”と呼ぶあの謎の人を“ベル様(仮称)”と呼ぶことにした。ベル様は小さい頃見てたアニメに出てきてたヒーローキャラだ、夢の中のかの人と雰囲気は真逆だけど。ベル様(仮称)はきっとアタシの大切な人だったのかも、何処で出会ってどんな顔だったのかも思い出せないけど。


「ユーリエ、なんか今日ウチのクラスに転校生来るらしいよ!しかも、男の子だって!イケメンだったらいいなぁ!」


「ねえ聞いた?この後、体育館で校長の話らしいよ?」


「へぇーそうなんだ、転校生かぁ。……あの校長、毎回学園の由緒正しき歴史の話だからもう飽きたよ。」


興味のない話だ、同級生の男子は正直言って幼いから恋愛対象じゃない。

しばらくして、予鈴が鳴って整列して体育館に移動してから、長い長いお経のような校長の話だ。


「であるからにして~」


生徒達は聞き飽きて眠そうだ。

このアルアール学園は、200年ほど前の758年の遷都で当時の王立学園が移転してアルアール学園と改称した由緒正しき学校である。幼稚園から大学まであり、大金持ちの子女や今は今は形骸化しているが貴族の子女、さらには王族も通う名門私立学校である__(以下略)。

とまあ、大変由緒正しき学校でアタシみたいな一般家庭の子も大勢いるが、彼らは生まれから違うのか周りに少女漫画の1コマみたく薔薇が咲いてるようなエフェクトが見えるときがある。


「またかよ……」


「お前なあ、俺はあれを幼稚園からずっと聞いてるんだぞ。もう言われ過ぎて完璧に暗唱できるくらいに聞き飽きたよ。」


アタシはまだ中学・高校だけだが、中には幼稚園から今まで聞いてあの話を暗唱できるくらいに聞き飽きた猛者もいる。


『__ユーリエ、ユーリエ、もうすぐ“彼”に会える。』


え……?可愛らしい女の声が何処からともなく聞こえてくる、まさか校長の話がつまらなさすぎて幻聴まで聞こえるようになったのかしら………?あまりに女の声がしつこかったのでアタシはキョロキョロと見回すが声の主は見当たらない。

ソワソワと落ち着きのないアタシを見咎めて、タナカがこっちの方に来ようとしている。マズイ……なんとか言い訳を考えないと、そう思っているうちにアタシの意識は暗転した。


_____


「ここは、どこ……貴女は、誰?」


真っ暗な闇の中、アタシの目の前には見覚えのないシルクサテンの豪華なロココスタイルのドレスに身を飾った大人しそうな少女がいた、少女は地味だけど可愛い顔をしているのにドレスのせいで彼女のせっかくの良さが埋もれていて、少しもったいないと思った。


『私の名前はエリザベス、だけど私は貴女、貴女は私。……忘れているの?早く思い出して。』


「思い出す……何を?」


何か思い出せと言われても……ん?そういえば彼女の名前はエリザベス、あの夢の中のベル様(仮称)がひたすらに呼んでたエリザベスさんなのかも。そう思ってアタシが聞いてみると、彼女は困った顔をしながら


『そうだけど……ショーン、いや貴女の言うベル様(仮称)と結ばれる為に私は貴女に生まれ変わったのに、貴女は思い出してくれないんだもの。』


と言って泣き出してしまった。

ショーン《ベル様(仮称)の本名らしい》と結ばれる為にこのエリザベスが生まれ変わったのがアタシ?……まったく意味が分からないわ。


「泣かれても困るよ……う~ん、つまりは貴女とベル様……ショーンは結ばれようとしたけど何らかの邪魔が入って失敗した、それでも諦めきれずに貴女は転生してユーリエ、アタシになって彼と再会出来るのを待っている……貴女の話をまとめるとこんな所?」


『そう、そうなのよ!分かってくれてありがとう、でも貴女がすんなりと話を飲み込んでくれたのには驚きだわ。』


アタシは小さい頃から不思議な所というか違和感のようなものがあった。例えば幼稚園の時のおままごとの時、アタシはいっつもメイドB役だったんだけど、お姫様役の子のナイフとフォークの使い方に何故かイライラしてた、『持ち方が違う』とか『お姫様はそんな下品な歩き方しない』とか毎回思ってたし、一家団欒でテレビのドキュメント番組を見ていた時、『特集 悪徳宰相アベル』という特集の時に彼はこんな悪人じゃない!ってまるでアベルの人となりを知っているかのような考えが頭の中に浮かんできたりもした。


「だから、何となくね……。それでお相手のショーンさんはどんな人なの?転生者だったのには納得出来たんだけど、いまいちエリザベスとして自分がどんな人生を歩んだのか思い出せなくって……」


『そう……でも、思い出さない方がいいかも。あんな思いをするくらいなら2度と生まれ変わりたくもない、私は長い人生の中でこんな身を切られるような思いをするくらいなら死にたい……何度もそう思ったわ。』


彼女の声は急にトーンが低くなった、もしかするとロミオとジュリエットばりの悲恋だったのかもしれない。知るのが怖い、そして急に転生だなんて言われても困る、そんな思いがチクリと胸を刺す。


「でも、貴女はアタシに生まれ変わった。そのショーンって人が諦めきれないからでしょ、純愛ってヤツだ。羨ましいな、アタシはそんなにまでなるほどに誰かの事を好きになった事ないから。」


『フフフ、貴女らしい。けど、時間がないの。再会まで後少しだから、ちょっと強引な方法を使ってでも思い出してもらわないと困るの!』


見た目に反して、少女エリザベスは謎に物騒な事を言い始める。ちょっと、何する気よ!怖いから近づいてこないでよ……。

小動物のように愛らしかった彼女の雰囲気が急に変わった事に驚いたアタシは後ずさるが暗闇の中、足元を取られて転けた。


「止めて、何する気よ……!」


『えっと、私の記憶を貴女に流し込むだけだけど。』


そのままエリザベスはアタシに抱きついてきた。その瞬間、心臓が抉られるように痛みだして頭は沸騰するように熱くなった。

_____“彼”と初めて出会った恥ずかしい思い出、月のように周りを支えて微笑んでいた彼、陰謀に足を踏み入れ父親の死の真相を知って苦悩する彼、相思相愛になって太陽のように燃え上がる私達の想い、後1歩の所で手が届かなかった悲恋、そこから死ぬまでずっと想い続けた暗く哀しい記憶もすべてがアタシに流れ込んできた。最期に覚えているのは、彼から貰った枯れない筈の紅薔薇が枯れた……そんな記憶だった。


「思い出した、思い出したよ、これがアタシの大切な記憶……。」


『そう、貴女の中に眠っていた私の記憶……。

ユーリエ、貴女は間違えないで。彼と幸せになって!目覚めたらすぐに彼と会える筈だから!』


頭の中にエリザベス(もう1人の私)の声が響いた。“エリザベスだった彼女”と“それを思い出す前のアタシ”は1つになって“新たな私”としてまた彼と再会して恋を始めろ、その使命が胸に芽生えた。


______


「……痛い。頭が、痛い。」


激痛と共に眼が覚めたアタシ……私は、目の前に学年主任のタナカの顔がドアップで映ったのに驚いた。


「おおう……眼が覚めたか、ユーリエ=ススキノ。急に倒れるから驚いたぞ。」


タナカが“彼”?ではないかな、彼っぽくない。こんな昭和男に生まれ変わっていたらどんな顔をして声をかければいいのか………。眼が覚めてすぐに会えたのがタナカだったが、きっとエリザベスが言っていた“すぐ”はもう少し後にやって来るのだろう、彼ではない……と思っておこう。

その後、保健室の女医が私に『倒れたススキノさんをタナカ先生が担いで運んできたんですよ~』とのほほんと知らなければよかった情報を与えたり、熱を測ったりした後教室へ帰ってもよろしいと返事をもらってから保健室を出て、教室へ帰っていく。


(……頭がぼんやりする。)


今の私は、王女エリザベスの記憶とついさっきまで当たり前に暮らしていたユーリエ=ススキノの記憶がごちゃごちゃになってこんがらがっている。当然だ、私の中には“西村エリ”と“エリが転生した王女エリザベス”と“ユーリエ=ススキノ”、計3人分の記憶が詰め込まれた状態なのだから……といっても西村エリの記憶は殆どない、エリが転生したのがエリザベスだという概要くらいでどんな人生を歩んだのか、どんな少女だったのかも思い出せない。


(レミゼはあれから発展してるみたいね……相変わらず、アベル達の悪名は消えていないみたいだけど。)


それは悲しかった、アベルは悪事を働いた訳ではない。権力闘争に負けただけ、国を追われただけなのに、それを知る者は私と再会出来ていない彼しかいない。

ともかく、熱くなる頭を押さえながら教室の方にヨロヨロと戻っていくと、あの長い校長の話がようやく終わったのか皆が『だりー』とか『何組か知らないけど女子生徒が倒れたのに話続けやがるんだぜ、あの校長』だなんて違うクラスから廊下から文句が聞こえてくる。


「ユーリエ、大丈夫!?」


「心配したんだよ、急に落ち着きがなくなるかと思ったらバタンって倒れてタナカに担がれていったんだから。」


「助けられなくてごめん、ソワソワしてたのは助けを求めようとしてたからなんだよね。」


クラスメイトの何人かが駆け寄ってくる。

私がエリザベスの声を探してキョロキョロしていたのは、助けを求めようとしていたからだと皆の中では変換されているようだ。前世の自分の声が響いたのでキョロキョロしてましたなんて言ったところで信じては貰えないだろうから、曖昧に微笑んでそういう事にしておいた。

そのうち、担任が入ってきた。


「おお、ススキノは体調は大丈夫なのか?」


担任が心配してくるのをそつなく答えてから、ロングホームルームの時間に入る。普通だったら、適当なお題が出されてそれについて話し合ったり、アンケートをこなす時間だが、その日は違っていた。『入りなさい』と担任に促されて、1人の男の子が教室に入ってきた。そういえば、転校生が来るとかキャアキャアと騒いでいたなと思いながらドアの方を見つめた。

二枚目というのだろうか幼さ残る整った顔立ちの少年が教室に入ってきた。


「転校生を紹介する」


「ショウエイ=テンウィンと言います、よろしいお願いします。」


担任の話によると、お父さんの仕事の関係で編入してきたらしい。だが、私の耳にその情報は殆ど入ってこなかった。


(彼よ……ショーンよ)


私の心がざわめいていた、まだ彼がショーンだと分かった訳ではないのに。本能的に彼かもしれないと思うと眼が離せなかった。


「席は……そうだな、ススキノの隣だ。」


え……!?隣、隣?

恋愛漫画みたいな出来事が目の前で起こった……ただただ呆然としている私に彼は、何処かショーンに似た人を惹き付ける笑顔で


「はじめまして、よろしくお願いします。」


こう言った。

こうして、私は多分ショーンと再会出来ました。




次回で完結です。

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