もしもの話(世界線C):パパが謎に満ちてるから私がこんな目に遭うのよ!
あの恋人の浮気目撃事件から3日が経ってようやく私は起き上がれるくらいには復活した。
「姉ちゃん、大丈夫か?あの男の事はもう忘れろよ。」
「それにしても許せない、僕のお姉様をここまでにさせるなんて!」
私が、恋人のシーザー=ドクトリーネに浮気されていたという情報を知った家族が優しすぎます……。普段はムスッとして無愛想な7歳下の弟クラウン(9)が優しい……そして下の弟ロベルト(6)も優しい&可愛い!何なんだこの天使……。
「あんのシーフードサラダめ……ドレッシングに溺れて死んでしまえ!」
「お兄様、お姉様をこんな目に遭わせた奴ってシーフードサラダって言うの?」
そうじゃないんだけど……シーザーって言うのよと私はロベルトに優しく教えたのだが、ロベルトは『もうサラダでいいよ、僕野菜嫌いだし。』と頑なに“サラダ呼ばわり”を止めませんでした。彼なりの意地なのかもしれないので止めるのはもう止めました。
部屋を出てリビングに行くと、パパとママが居た。ママはいつも通りご飯を作っていた、パパは新聞を読んでいた。2人はこういう時でも騒がない大人なんだなとしみじみ思っていたのだが、ママは無表情で無心になって料理を作っていたしパパはよく見れば新聞を持ってる手がプルプル震えていた。
「あ、起きたの……マリエちゃん。朝ご飯はもうちょっとで出来るから待っててね。」
「おはよう、マリエ。」
2人はにこやかにこちらを向いて言ってくる、ハッと気づいたがこれはおかしい光景だ。だってこの2人はいつもこの時間なら子供の眼も気にせずにイチャイチャしていてあまーい空気を醸し出している時間である、頃合いを見てマリエらが声をかけて朝ご飯というのがいつもの日常なのである。しかも、ママが私の事をちゃん付けするときは大抵私や弟達が何かしでかして怒っている時か珍しくパパと夫婦喧嘩した時のどちらかである。つまりこれは、かなり2人は怒っているという事だ。
しばらくすると弟2人も階下に降りてきて、気不味い朝ご飯の時間が始まった。誰も何も話さない、皆黙々とご飯を食べるだけであった。
そして久しぶりに弟達と一緒に学校に行く、その道中で遠慮がちに話題を切り出したのはクラウンだった。
「あのさ、姉ちゃん……パパもママもかなり怒っているよ、多分姉ちゃんの予想以上にね。
特にパパは、3日前の昼にアベルおじさんに言われて門限の時間繰り下げたし、ママがうっかりシーフードサラダ男の事ばらした時も『アイツもそういう歳か……余程変な奴でヘンリーみたく女に汚かったりクズじゃない限りは頑張って温かく見守るよ』って前向きな事言い始めたばかりの時だったから。その怒りは物凄いと思うよ……」
「そう、だったんだ………」
「パパ怖かった………」
「姉ちゃん、学校行って大丈夫?」
ロベルトも思い出したのか涙目になって震えていた。ロベルトのくせっ毛を撫で回しながら何故か心配してくるクラウンに
「大丈夫、大丈夫。」
そう元気に言ってみせた。2人は初等科なので校門を入ってから少しした所で別れてから高等科まで歩いていった。
高等科の校舎に入り、2年生の教室がある2階に昇って教室などにいると何か違和感を感じる……刺々しい視線を皆が突き立ててくるのだ。逃げるように化粧室に向かうと、4、5人の少女達がヒソヒソと何か言っている。
「ねえねえ、聞いた?シーザー様、あのナナリア=コズガミネ様と婚約なさったらしいわよ。」
「あら?でもあの方確か、2組のカナシトさんと付き合ってなかった?」
「ああ、マリエ?あの子は捨てられたっていうか二股かけられてたのよ……あの子、なんか良い子ちゃんぶっててムカついてたから正直良い気味ね。」
黒いセーラー服に身を包んだ少女達は密やかに化粧室で噂に耽っていた。
………ふざけないでよ!私の何処が良い子ちゃんぶってたのよ。
その日から惨めな日が始まった。シーザーは私の事を睨んでくるし、ナナリア=コズガミネ伯爵令嬢は近づく度にヒッと声をあげて小動物みたいに逃げていって、その後にシーザーは私の話も聞かないで彼女の話を鵜呑みにして私を一方的に責める。
「僕らにつきまとうのも止めろ!お前とはもう終わったんだ!」
彼女を背後に庇うようにして守りながら言ってくるその姿は、お姫様を守る騎士そのものだ。
(いやいや……付きまとうどころかそっちが近づいてくるだけだろ!)
私も迷惑している、妙な噂が立つのは嫌だしなんでこんな御花畑の為に私が“愛し合う2人を邪魔する悪女”という生贄にならなければならないのか………そもそも、ナナリアが本命だったのかもしれないけど、私も騙された被害者なのですが!
「あのさ……シーザー君、君はカナシトさんの話も聞かないで責めてるけど、彼女が何かした証拠はあるの?」
「フン、誰だ……お前?とにかくお前には関係ない!マリエ……俺達の愛は邪魔させない。近々お前の所を訪ねる、その時に格の違いを見せてやる!」
謎の捨てゼリフを残してシーザーは去っていく。残された私と私を庇ってくれた男子生徒は呆気に取られて、御花畑空間を眺めた。
「なんだあれ、感じ悪いな。カナシトさん……大丈夫?ああ、俺はゲオルク=エネロシア……同じクラスだから名前くらいは覚えててほしかったな。」
「ごめんなさい、でもありがとう。」
ゲオルクの優しさが身に染みた。
__その後すっかり本性を現したシーザーによって、4日後の土曜日にウチで双方の家族の話し合い(彼曰く「お前の家族に身の程を知らせてやる」とのこと。)が行われる事となった。
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「ほう……上等じゃありませんか。だいたい話す内容は予測できますけど、聞いてやろうじゃないですか。」
「はぁ……まさか3ヶ月で浮気なんてね、浮気は3年目って言うのに。マリエちゃん、貴女がこれ以上ボロボロになることはないと思うわよ。」
家に帰って、シーザーの言葉をオブラートに伝えた所、両親からはブリザードが吹き荒れて……ママなんて笑顔で怒ってて“ブラックママ”になってる。ちょっと2人とも落ち着いて、弟達が怯えてますから!私が落ち着くように言うと2人はハッと現実世界に戻ったように纏っていた雰囲気がふんわりしたモノに変わった。
「ショーン、当日はどのような格好で勝負に挑むつもり?」
「そうですねぇ……モーニングでビシッと決めたい所ですが、相手を油断させる為におとなしく普段着でいきましょう。だってウチのマリエを泣かせた男とその家族が来る程度の事にモーニングを着るなんて礼節は必要ありませんから。」
「それに、着られるかも分からないしね。うんうん、それでいいよ。」
勝負って……勝ちも負けも無いと思うのですが。そしてそこに好奇心旺盛なロベルトがこんな事を言う。
「モーニングって何?朝ご飯?」
「違う。結婚式とか特別な場所でしか着ない服の事……だったと思う。」
「クラウンは物知りね、ロベルトもその説明で分かった?」
「うん!モーニングはサラダに必要ないんだね。」
ロベルト、貴方まだサラダ呼ばわり止めてなかったのね…………。
「さてと……まずは敵の顔を知るとしますか。」
「ショーン、貴方まだまだいけるんじゃない?素敵、そういう所にしびれるわ。」
気がつけば、当事者よりもその両親が燃え上がっている事態に発展しました、イチャイチャするのか燃え上がるのかどっちかにしてよ……本当に大丈夫かな?
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4日後、ドクトリーネ男爵夫妻とシーザーが尊大な態度でウチを来訪した。
男爵夫妻はにこやかだが『ウチのシーザーをたぶらかしたアバズレはとっとと消え失せろ』と顔にありありと描いてある、これはシーザーが都合の良い情報ばかりを吹き込んだか彼らの総意なのだろう。アバズレはナナリアの方なんだけど。
「___それと、もう1つ気になる事があるのですが……貴方達夫妻は19年前の605年9月に結婚していますよね?でも、いくら調査をしてもそれ以前の記録が出てこないんですよ。特に旦那さん、貴方は大学を卒業してから約20年間どこで何をしていたのかが一切ね……正直、そんなどこの馬の骨かも分からない、何をしていたのかも分からない夫婦の娘より伯爵令嬢の方が良いに決まってますよ。」
その言葉を聞いて両親はハッとしたようですが、すぐに切り返した。
「……ふう、どこの馬の骨ですか。ウチのマリエがどこの馬の骨かも分からない娘だとしても、どこの馬の骨か分かってても人の男を取る薄汚い娘もいるものですから……ねぇ。」
そう言ってパパがシーザーの方を嘲るように見ると、彼は屈辱的な顔をして俯いた。
男爵様とパパの間ではバチバチと火花が散っている、ウチのパパって本当に何者?しおしおにやられるどころか互角な口撃戦を繰り広げるなんて……しかもこっちが元々劣勢な筈なのに。
「ショーンの言う通りだわ、それに心情をすぐにばらすなんて……貴方達の方こそ本当に貴族ですの?そんな事していたら必ず足をすくわれて悲惨な末路を辿るわ、まぁそんな間抜けなたかが男爵家ごときに可愛いマリエを嫁入りさせずにすませてくれた事のみは感謝するとしましょう。」
「何を……たかがだと!ウチの200年続く男爵家をお前ら平民ごときが侮辱するのか!」
男爵は完全に怒ってしまった。改めて思うが貴方達は親ではなく鬼の間違いではないのか……男爵のプライドを粉砕しかねない行為だ。
「200年?ウチは600年間続いているのですがね、でも私はそんな年数で格が決まるそういう貴族特有の年功序列至上主義は嫌いなものでして……家柄で食っていける時代なんて、もうとっくの200年前に終わってるんだよ!ウチのマリエをこんな前時代的な廃退した考えを持つ家に取られなくて良かった……。ああ、それと慰謝料は後日、日を改めて請求しに参りますのでお忘れなきよう。」
「先祖代々立派な平民様の間違いじゃないか?それが男爵に楯突こうなんて、200年早いわ。
いつか泣きわめいても遅いぞ!
おい娘、お前はどこの馬の骨かも分からない両親を持った事が運のツキだな。」
負け犬とはこの事を言うのだろう。
でも、私がシーザーに選ばれなかったのってパパが謎に満ちてるからなの……?
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「ごめんな……まさかとは思っていたが、私の経歴も理由の1つだったなんてな。」
「それは貴方のせいじゃない、口実の1つに利用されただけよ……。でも確かに、あの時は結婚することばかりに目が行ってたから空白の20年間の事を失念していたわ。」
男爵との戦いを終えた両親はすっかり落ち込んでいます。
「落ち込むのは良いんだけど、パパは20年何してたの?」
「ええっと……それはまぁちょっと(ヘンリー達と)やんちゃしたり、(内務大臣様と)ケンカしたり……まぁそんな感じの事を。」
「ふぅん……」
なんか見えてはいけない言葉が見え隠れしていたような気もするけど……多分、気のせい。
「それでショーン、貴方あの男爵家をどこまでぶっ壊す気?」
「そうですねぇ……あそこの先代には若い頃お世話になったので、あの……誰だっけ?シーザーサラダ君だっけ、彼をちょっと懲らしめるくらいで済ませてやろうかと思ったが………うん、徹底的に確実的にあの家をぶっ壊す!」
「あら、心にも無いことを。初めからぶっ壊す気満々だったくせに。」
「バレてたか……じゃあ訂正する。あんな男爵家、ちょっと探せばネタの1つや2つ簡単に出そうだしそれを利用しようかと思ったけど……公衆の面前で盛大に吹き飛んでもらいましょうか。」
ちょっと……両親がおっかない顔をしています、パパなんていたずらっ子みたいな仕草で言ってますけど完全に魔王様が降臨してます。距離を取った私達3人に気づいたのかパパは真っ黒い笑みをやめていつもの優しい笑みに戻った。
「やあ、ションちゃん……用はなんだい?」
ノックをしてウチに入ってきたパパの友達アベルおじさん……何故かパパの顔を見て苦笑いしている。
「アベルおじさんだ!」
「ロベルト、おじさんが困ってるだろ。離れろ、お前だけお小遣い貰おうだなんて卑怯だぞ!」
クラウンはロベルトを叱りつけているが、後半部分が本音だろう。皆お小遣いはほしいのだ。
「2人とも、後であげるから……それで用は?まさか無理難題言ってくる訳ではないですよね?」
「いいえ、ドクトリーネ男爵家とコズガミネ伯爵家の弱点を徹底的に探ってください。どちらも中央組ですので弱点なら簡単に出そうですけど。」
「……その2家をどうする気です?まさかぶっ壊す気ですか!?」
アベルおじさん、怯えてパパに言っている。だからなんでそんなに怯えているの?
「いいえ、男爵家の方はそう出来たら良いと思ってますが……何か重要な役割を果たしている家でした?私が居ない20年の間でかの家の存在価値が跳ね上がってしまったのならばちょっと家格を下げる程度の嫌がらせでいいので。」
「いやぁ、別に滅ぼす分には構いませんよ?ここだけの話、あの男爵家はそんなに長く持たないですし無くなった所で変わりません。伯爵家の方は……4女を学園じゃなくて王都にある学校に通わせてるので分かると思いますが、あの家は資金繰りに苦しんでるんですよ……完全にぶっ壊すのは難しいと思いますが、何らかの制裁を与えるのは私は止めませんよ。」
男2人、腹黒い密談……隠してはないんだけれども2人の雰囲気は密談そのものだ。
「なるほど、伯爵に責任を求めるのは酷か。男爵家はぶっ壊すが伯爵家はちょっとスキャンダルを起こす程度にしておくか。………じゃあ、2家の調査を頼んだよ。」
「ハイハイ、頼んでおきます。それにしてもションちゃん、かつての司法大臣だった頃の輝き、取り戻してるんじゃありません?」
「アベルにそんな冗談を言われるなんて……それと、過去の事は話さないでくださいよ。」
アベルは苦笑いを続けながら話を続けていく。その時ロベルトが口を開く。
「ねぇおじさん、“シホーダイジン”って何?」
「べ、別に……おじさんには何の事だか分からないな。じゃあションちゃん、数日内に報告書は持ってきますから、じゃあサヨウナラ。
君らもそのうちすぐに分かるよ、君たちのパパが本気出すとどうなるのか………。」
アベルは机に弟達のお小遣いを置いたまま、慌てて帰っていった。
「ママ……」
「貴女が言いたい事は何となく分かってる、来るときが来たら話すから。ふう、それにしてもあの人を敵に回すなんてドクトリーネ男爵もツイテナイ方ですわね。」
あくびをしながらママは遠い眼をして言った。
アベルおじさんが報告書を持ってウチに来たのはその数日後であった。




