もしもの話(世界線C):私のパパは謎に満ちている
624年、革命が起こった。革命と言っても人気のないアルベルト王から人気のあるローザンヌ公爵家の方に王統が移った……王位が無条件に譲渡された無血革命、あるいは双方のたゆまぬ努力による交渉の結果という訳だ。
そんな中でショーン&エリーゼ夫妻、2人は長女マリエ、長男クラウン、次男ロベルトの3人の子宝に恵まれて下町で幸せに暮らしていました。
下町に馴染みすぎて、誰も彼らがかつて王宮で華々しく(?)暮らしていた王女と“次期宰相筆頭候補”とまで讃えられた侯爵だったなんて想像がつかないでしょう。
__これは下町で暮らす彼らのある日常。
624年6月の上旬朝に彼ら家族の間ではこんな会話があった。
「エリーゼ、革命だって。ついに若いローザンヌ公爵が王様になったようだよ。アルベルト王はこれは……ストレートに言えば幽閉って言っても良いんじゃないか。」
「あら……やっぱりお兄様の不甲斐なさは健在だったみたいね。」
パパは新聞をたたみながら言った事にぼそりとママは言う。パパは苦笑いしながら食器を片付けてどっか行ってしまった。
………私の両親(特にパパ)にはたくさんの謎がある。
まず、ママもパパもどこで生まれたとか昔の話をしたがらない、聞こうとするといつも口をモゴモゴとして誤魔化される。それに親戚には会った事がない、パパは1人っ子で親ももういないらしいけど、ママはいるにはいるけどと口を濁すだけで1人も会った事がない。
次に、パパの交遊関係は本当に謎だ。この間なんてどう見ても明らかにお貴族様な方が『どうかセーカイフッキを!』なんて言ってウチのパパに土下座していた。いつもはアベルおじさんとボードゲームしたり、のほほんとして完全にお爺ちゃんなのに……。
「ちょっとマリエ、どうしたの?そんな顔して何かあった?」
「ママ、なんで私とパパの洗濯物一緒に洗ったのよ!」
「だって1回で洗った方が楽だしわざわざ別けるのも面倒だもん。」
うわぁ……乙女心が傷つく。何が悲しくてもうすぐ70のジジイの洗濯物と一緒に洗われなきゃならないのか……。弟2人はまたかよという感じで私を見るだけでそんなに気にしていないようだ、フン……男には繊細な乙女心なんて分からないのよ!
「もういい。とにかく、今度からは絶対に分けてよ!」
マリエは怒りながら学校に走っていった。
その様子を扉の影から目撃して、
「昔は……パパのお嫁さんになるって言ってくれていたのに……。」
「ハイハイ、いつの話してるのよ。こら!クラウンもロベルトと早く食べて学校行きなさい!遅刻するわよ。」
目眩がするほどにショックを受けて倒れそうになるショーンとそれを慰めるエリーゼの姿があった。
私は今、王都ラブル内にある学校に通っている。分かりやすく言うと王宮の一部になっている学園の支店みたいな感じだろうか?学園とは違って高等科までしか無くてほとんどは平民クラスの子だけど、正直居心地は良くない。他の子は皆、大金持ちの商人の子供とか地主の息子とかが多くて私みたいなあまり裕福とは言えない家庭の子は少ない。
(本当に謎……私の学費とか何処から出てるんだろ?)
八百屋のアルバイトと内職で家庭を繋いでいるウチに高等科に行く余裕があるとは思えない。お金が無い無い言っているわりには、こういう所ではお金を出してくれる、ああ見えて貯めているのかもしれない。本当に謎だ。
席に座って、仮眠でも取ろうかと眼を瞑ろうとしているとクラスメイトに声をかけられた。
「ねえねえ、マリエちゃん!マリエちゃんってさ今シーザー君と付き合ってるの?」
「ああ、まあそうだね。」
マリエは奇跡的にほとんど両親に似てなくて、父親に似た切れ長で大きいつぶらな瞳、唇はさくらんぼのように赤く、真っ黒な髪はさらさらのつやつや、整った顔立ちをしている方だ。だからなのか“友達”は多い。
「いいなー!だって彼って男爵様の息子なんでしょ?将来玉の輿間違いなしじゃん!」
「マリエなら大丈夫だよ!」
その称賛の声を『アハハ』と笑いながら誤魔化して少し考える、私と彼は長続きしないと思う。身分が違いすぎるからだ、お貴族様の中では最下層の男爵様も平民との間には大きな壁がある。
(そんなに睨まなくても良いじゃない。)
私の事をきつく睨み付けるロココ調の金髪縦巻きロールの同じクラスの少女ナナリア=コズガミネ伯爵令嬢、こういう恨みを買うのは面倒な事だった。
それにウチの場合、立ちはだかるのは身分差だけじゃない。あのウザイパパが認めてくれそうにない、『貴族と付き合えば社交とか大変だぞ?学ばなければならないマナーも多いし』と笑っていない眼でどこか経験したかのような重みを感じる学ぶとマナーをかけた寒いダジャレを言ってるパパが事実を知れば………。
(やだなぁ……)
いたいけな少女が乗り越えられそうにない壁が幾重にも立ちはだかっているのを考えてマリエは、深々とため息をついた。
______
マリエ達3人の子供達が学校に通っているこの時間の家では……ショーンとアベルがボードゲームをしていた。エリーゼは朝干した洗濯物が乾いているか確認したり、買い物や掃除などで忙しそうに動き回っている。
「とてもあのエリザベス王女に見えませんね、彼女は。これでは、貴方達2人を見ても誰もあの王女と侯爵だなんて信じてもらえないでしょうね。」
「信じてくれない方が良いんですけどね、この間なんてガブリエール伯爵が『政界復帰してください』なんて土下座して言いに来たんですよ?私はもうすっかり過去の人としてそこら辺の塵程度の存在と思ってほしいんだけれども。」
「ブランクはあるでしょうけど腐っても鯛という言葉も世の中にはありますからね……彼の気持ちも分からなくはないですよ?」
伯爵の考えも彼の気持ちも両方理解できるアベルには首を振った。アベル自身は彼の言う通りだと思う、彼はアルフレッド王の忠臣でありアルベルト王初期の権謀渦巻く王宮を切り抜けてきた彼は新王朝の大多数の人間からすれば、行いがどうだったであれ彼らの大嫌いな悪しき過去の人なのだ。
「私は今十分幸せですし、あの頃だって貴方やヘンリーに苦労かけましたからこれ以上はお荷物にはなりたくありません。助けてほしい時は声をかけますけどね……」
「ふう、貴方らしい。……それにしてもマリエちゃん、男が見たら放っておかないでしょうね。」
「貴方にはあげるつもりはありませんよ」
冗談で言った言葉に真顔でマジレスされた。
彼女の夫になる者はもれなく“漬け物が無いのに家にふてぶてしく存在している重い漬け物石”のようなコレが舅になるのか……苦労が絶えないだろうな。というか夫婦以前に恋人の時点で付き合うの大変そう……。
「冗談ですよ。でも貴方だって可愛がるのはいいけどもう少し息抜きさせてやった方がよろしいかと思います。門限5時半は大変でしょ、今時の初等科生ですらもう少し長いですよ。」
「アベルの言う通りよ、あの子だって恋人の1人や2人……作ってもおかしくない歳なんだし、考えてちょうだい。貴方の事は好きよ、歳とってジジイ呼ばわりされて拗ねてる貴方だって好きだけど、ちょっとはあの子の事考えてよ!」
妻にまでそう言われた彼はしょんぼりしながら、口ごもって言う。
あれから十数年、2人の仲は相変わらず良いがあの頃とは違って常に甘い空気を漂わせてはいない、なんだか熟年夫婦のような雰囲気を漂わせている。
「……エリーゼがそこまで言うのなら門限を6時にすることは検討する。だが、聞き捨てならんな……恋人の1人や2人?」
「エリーゼさん、まさかマリエちゃん……恋人いるんですか?」
彼女はこくりと頷いた。
これは修羅場の予感がする、ヘンリーも遅くに娘が生まれたがここまで溺愛はしてなかった。恐る恐る彼の方を見るとこの世の終わりのような絶望した顔をしていた。
「ムンクの叫びみたい……」
エリーゼの声が響いた。
______
(何、なんか嫌な予感がする……!)
学校にいたマリエの肩がビクリと震える、何なのだろう?ひとしきり考えたが思い当たる事はない……。
「マリエ、帰ろう。ちょっと話がある。」
彼、恋人のシーザーは何かにイライラしたように私の手を引っ張っていく。門限の5時半までは後1時間以上ある、急いで帰ればなんとか間に合うだろう。
本当に嫌なパパ……どうしてママがあんなのと結婚したのか謎だ。“セクシーとキュートを包み込んだ完璧な男だった”からと顔を紅くしてキャーキャーとのろけていたが……私には、セクシーもキュートもどこにもないただの枯れきった男にしか見えないのだけれど。
「ここ行こう……」
「うん、分かった。」
学校近くの皆に人気のあるカフェ『ゼノビア2号店』に入って紅茶とお菓子を頼んで席に座る。こうやって学業に励んだ後に恋人や友達と他愛ない話をして楽しむのは学生の特権だと思う。
「なぁ、マリエ……話があるんだ。」
「ん?話って何?」
なんとなく想像はついた。だけど言わないで、その先は言わないでとスカートをギュッと掴む。
「ん……やっぱりいいわ、なんでもない忘れてくれ。俺、帰るよ。」
彼は気まずそうに眼を逸らして店を出ていった、きっとどっちも分かっている。きっと2人の気持ちは同じなのだ……ただ、打ち明けられないだけで、お互いの縁を切る勇気がないだけで、皮肉な事に同じなのだ。
段々惨めに見えてきて、涙が出そうになったとき私はハッと教室に忘れ物をした事を思い出した。
すぐ側の学校まで大急ぎで走って、教室まで……来た、来たのは良いがそこには学校で聞こえてはいけないような男女の声。
「ああっ……んっ……」
「……ハァハァ、うぅん」
マリエは雷を身体におとされたがごとくショックを受けた。先程別れたばかりの彼シーザーが、クラスメイトのナナリア=コズガミネと睦み合っていた。静かな室内に水音や息遣いは無情にも響いて彼女にこれは現実だと告げてくる。その後も彼らは私の悪口を言いながら嗤い合っていた。
私は泣きそうになるのを我慢しながら、その場から離れた。
家に帰って私は、門限を過ぎた事を咎める弟クラウンの事も門限を6時にすると控えめに困ったような顔で言ってきたパパも勉強よりも食う寝る遊ぶ命の下の弟ロベルトが差し出してきた食べかけのお菓子も無視して部屋に引きこもった。
「何があったんだ………皆心配している。」
パパは部屋にズカズカと入ってくる。
勝手に部屋に入ってこないでよ…………そういう所が嫌いなのよ!
「ごめんなさい……やっぱり身分差の恋なんてしない方がよかったよ…………。」
「お前………」
パパは何があったのか察したようだった、おかしいね。私は付き合ってるのは教えてなかったのに……きっとママがうっかり言っちゃったのかもしれない。
涙でぐちゃぐちゃの顔を上げると、パパは苦しそうに複雑そうな困った顔をしていた。
___その顔を見てなんとなくだけど、あの2人が歳の差を乗り越えて結ばれた理由も分かった気がした。




