もしもの話(世界線C):新婚さんいらっしゃい
アベル:悪徳宰相と呼ばれるが、国外追放まではならない。(事情を知らない周囲からは何コイツまだくたばってなかったのか程度に煙たがられるくらいの認識)
ヘンリー:本編に比べると、長男エドワードを早く呼び戻し、内務大臣と早々に仲直りして彼らとは仲良くやってる。エドワードに家督を譲って優雅な隠居生活を満喫中。
ジューン達:2人が死んだ事になって添い遂げたという事実をかなり後に知ってしょげる。
ショーン:ヘンリーが内務大臣と早く仲直りしたので徹底攻撃されず、正義王の裁判も起こすことなく、普通に表向きは病死として死んで第2の人生を歩み出す。
エリザベス:だいたい本編と変わらず。
※これはもしもショーンが結婚式の後も無事だったらというifストーリーです。上が前提で話が進みます。
どうしてもエリザベスと結婚したかったショーン=オンリバーン侯爵は表向き病死(肝臓がん)として死んだ。だが、戸籍の手続きの際に出来る小さな穴を潜り抜けて彼は平民として第2の人生を送っている。これはほんの一握りしか知らない事実である。
__これは本編では悲劇にも引き裂かれた2人が幸福になった話。
606年5月辺りの話。
こじんまりとした、まだ引っ越ししたばかりで物が少ない家に、その夫婦は暮らしている。ショーン=カナシトとその妻エリーゼ=カナシト夫妻である。カナシトとは前外務大臣の乳兄弟の姓であり、2人はその養子である。
ヘンリーはこの家に来ると毎回、2人の初々しさを感じてこういうのが新婚なのかなどとまるで2人のお爺ちゃんになったような気分になる。
「お前、いきなり侯爵から平民になったわけだが大丈夫か?お前、収入とかどうしてるんだ。仕事紹介しようか?」
「全然大丈夫です、仕事はちゃんとしてますしむしろ前よりも体調が良いくらいです。」
恥もプライドも捨て去ってエドワードに土下座したヘンリーは、優雅な隠居生活を満喫している。皆の中でも比較的(というか1番)暇人であるので、こうしてしょっちゅう2人の元を訪れている。
「そうか……それは良かったよ。ところでベスはどこに行ったんだ?」
見当たらない彼女の所在を聞くと、ため息をつきながらこんな答えが返ってきた。
「今は買い物に行ってるんです、大丈夫ですかね……ちゃんと買えているか心配です。」
「お前も過保護だなぁ買い物くらいで、これだから新婚さんは……。それにしても、お前がベスの心配してると端から見れば夫婦って言うよりは父娘みたいだよな。」
呆れながらヘンリーは言う。そのあまりの過保護ぶりにヘンリーは年月が経つにつれて落ち着いてほしいと切実に願った。
「ああ……確かにそれは思います。ヘンリー、今の若い子って何に興味あるのか分かります?」
『歳が離れすぎるとやっぱり分からないんです』と彼は悩ましげに言う。ヘンリーはのろけるなと心の中で悪態をついてぶっきらぼうに返した。
「俺に分かるわけないだろ、お前よりも歳上だぞ。……う~ん、そうだな。今、王都ではスポーツが流行ってるらしい……ベスとお前の得意なテニスでもしたらいいんじゃないの?」
「機会を見て誘ってみよう……」
メモまでして、そこまでの事なのか?
俺はあくびをしながら気だるげに伸びをする、任期満了で外務大臣を務め上げたヘンリーが選んだ隠居生活というのは仕事をしなくて楽だが、愚痴りながらも仕事をしていたつい1ヶ月程前がとても懐かしく感じる。
「はぁ、俺も王宮から離れてすっかり過去の人になっちまった。お前はベスがいるけど、俺の場合誰も居ねぇからな。あんまり新婚さんの所にお邪魔したくないのに訪ねるところが俺には無いんだよ……」
「レオンの所に行けばいいじゃないですか、貴方達仲良かったでしょう?」
「アイツは最近反抗期が来たのか、俺の方に近寄らん。しょうがない、娘と家でダラダラするか……」
ヘンリーが長居するのはダメだし帰ろうと思いだしたその時、エリーゼは帰ってきた。すっかり下町の町娘の格好で手に買い物かごを持つ少女が1年前まではフリルやレースたっぷりのドレスを着ていた王女とは誰も思わないだろう、それくらいに彼女は適応していた。
「ただいまー!あれ、ヘンリーまた来てたの?野菜買ってきたわ、今日は安くってよかった。けどヘンリー、ちょっと聞いても良い?」
「野菜の種類とか俺は見分けられねぇぞ。昔、ネギとニラを間違えた俺にそういう事を聞くなよ?」
昔、珍しくユーロ=バードミルの弟のナチュダ=バードミルに招かれた時に彼が趣味でしていた家庭菜園を見て『立派なネギじゃないか』と言うと『これはニラですけど』と笑っていない眼で返された。
「貴方が野菜なんて分かる訳ないのは分かっているわ、そうじゃなくてなんかね、やたらと近所の人が私の事をニコニコしながら見てくるんだけどあれって何なのかな?」
『新婚ってそんなモノなの?』と首をかしげながら聞いてくるベス。別に彼女の顔には何もついてはいない、だが首筋に……。
「ほら、これで首の所見てみろ。」
「え?………やだ。もうショーン、これはどういう訳か説明して!」
「わっ!……昨夜の貴女があまりにも可愛かったのでつい。」
俺が手渡した手鏡で首筋の跡を確認した彼女は顔を紅くしながらショーちゃんの頬をつねってそのまま布団に丸まってしまった。
近所のオバさん達が目のやり場に困って生ぬるい視線を向けているのを想像して、少し彼女達に同情した。
「あ~あ、怒らせちゃった。
お前な、新婚で浮かれてるのは分かるが、見境もなくそういうの付けるのはやめてやれ。せめて見えない所にしてやれ。」
「はぁい。」
頬をリスみたいに膨らましながら彼は返事をする。
「そういや、聞くの忘れていたがお前何の仕事してるんだ?」
「…………八百屋でアルバイトをしてます。」
何故に八百屋をチョイスしたんだ。お前、戸籍いじったとはいえ、大卒だろ!探せばもっと良い職場あっただろ!
俺の気持ちを察したのか布団に丸まっていたエリーゼが顔だけを出しながら代わりに答えてくれた。
「この人ね、大卒とはいえ履歴書の前職の欄に『司法大臣』なんて書けないでしょう?だから空白で出してて条件の良い所は雇ってくれなかったのよ。それでやっとの事で本屋さんで雇ってもらえたけど、お客さんに本の説明をするときに難しい言葉とか使いすぎて『お前の説明は専門用語が多すぎて逆に分からないと苦情が来てるからクビ』ってクビにされて途方にくれてた所を八百屋のオジさんがバイトで雇ってくれたの。」
「なるほどな……よく分かったよ。なんかその説明聞いたら八百屋のオジさんが神に見えてきそうだ。……まぁ俺はそろそろ帰る、何かあったら俺やアベルに言えよ!絶対に助けてやるから、たとえ侯爵じゃなくなってもなんたってお前は俺の盟友だから。」
お邪魔虫は出ていった方が良いかとヘンリーは家から出て考える。
昔から口ベタだったもんな……エリーゼの説明の本屋のくだりを思い出してヘンリーはそう思った。それにしても、王宮は今大変らしい。あの犬以下の無能がアベルの後釜になって混乱してるのに外交の頼みの綱の俺が隠居したとかでてんやわんやだと毎日帰ってきた酒臭いエドワードが愚痴っている。彼は八百屋のアルバイトとして幸せそうだが、もしも彼が侯爵のままだったらきっと新政権の要……柱になっていただろう。
「まあ、そういうのは王宮の奴らが考える事だし、俺は家でなんかするか……。」
退職したのにまだ未練があるのかと案外あの魑魅魍魎の巣窟に馴染んでいた自分に呆れながら、ヘンリーは頭をかきむしって馬車を停めておいた所に急いだ。
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「いつまで布団にくるまってるつもりですか?」
「だって、恥ずかしいよ……これからどんな顔して外歩けば良いんだろう。」
「普通に歩けば良いんですよ。
起きない子にはイジワルしちゃいますけど良いですか?」
皆、何か一言くらい言ってくれたら良いのに。末っ子気質のある彼は甘えて、決して広くはないベッドの中に潜り込んでくる。
「ん……くすぐったいよ。もうすぐ、起きるから……。」
もうその手には乗らないんだからと私は口を尖らせて、布団の温もりと名残惜しくサヨナラした。
「もうしませんから、いい加減機嫌直してくださいよ」
「やだ!当分は口だって聞かない。」
「ええ~!?……エリーゼ、それだけは許してください。」
耳が垂れた子犬みたいに落ち込んだ彼の姿に私はクスッと笑った。きっとこの数分後には、私がそのつぶらな瞳に負けて彼の事を許してるんだから。
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『うん、予想通りのくすぐったさだ。』
『初々しいねぇ、どこぞの女神様と付き合いたてだった若かりし頃のミラーナ君を思い出すよ。』
『うっさい、君は一言余計なんだよ。僕は今でも姿は変わってない、そんな言い方されるとお爺さんみたいで嫌だからやめてくれ。』
微笑ましく見守る管理者2人とは違い、ヘンドリックの心は穏やかにはなれなかった。自分と妻は仲が悪くて息子には苦労かけていたと思う、彼がここまでデレデレになってるのも自分達の家庭環境の悪さの反動かもしれない、そう思ってため息をついていると管理者2人はまだ話を続けている。
『じゃあ、もう少し時期を進めてみようか。面白そうなモノが見えるかもしれない。だいたい1年ほど進めてみたら良いかも。』
『……あのラブラブな様子だと家族増えてそうだな。そうなったら賑やかさだけじゃなく過保護さも増しそうだ。』
家族か……あの2人ならもっと幸せになりそうだ。自分達のような義務的結婚ではないのだから、まだ見ぬ平行世界の孫ものびのびと育つことが出来そうだと思った。
『じゃあ……607年の4月くらいで良いかな?続きを見てみよう。』




