もしもの話(世界線B):秘めた激情
⚠BLもどきです。
見たくない方は回れ右を。
__自分の抱いている気持ちは罪になるのだろうか?
アベルの宰相就任祝いとひとしきり飲んで酔っぱらったヘンリーは、物置になってしまった元職場でゴロンと寝転んで思い悩む。もうずっと前から彼は恋をしている、それが問題なのではないし彼はもう独身だ、何も問題はない。その相手が問題なのだ。この世界には、男と女がいて男と女が結ばれるのが当然だと大多数の人間は考える。__彼らの中には、同性に恋愛感情を向ける人間など存在しなかった、そんな人間は排除されるべき異端者だった。
だからこそ、彼は苦しんだ。自分がその排除されるべき異端者だったからだ。__彼が恋したのは男だった、盟友のショーン=オンリバーン侯爵……13、4歳も年下の彼に年甲斐もなく恋をしてしまったのだ。
『ヘンリー、どうしたんですか?』
彼は俺の気持ちなど知らずによくそう言って無防備に近寄ってくる、その度に心は歓喜に震える。もう自分でも末期だと思う、苦しくて苦しくて仕方がない。
「本当に俺はどうしちまったんだろうな……しっかりしろって祖父さんに泣かれそうだ。」
自分が気を抜かない限りはこの気持ちはバレる事はないだろう、自分は女泣かせとして名を馳せているし息子や娘だっている。そんな俺が甘くて苦い気持ちを抱くとは未だに信じられない、まるで無垢な乙女のようにソワソワと毎日彼に会うのが楽しみなくらいにもうやられてしまっている。
「俺は本当に嫌になっちゃうくらいにダメな奴だ!」
自分の不甲斐なさが嫌になる、起き上がって頭をかきむしりながら思った。表に出す勇気がないのなら、キッパリ諦めれば良いのにそれが何故か出来ない。仕方無い……やけ酒だ、こういうときは酒を流し込んで忘れるのみ!
懐からブランデーを取り出してから
「やっぱ夜は酒に限るわ」
と言いながら、水割りを作る。そして、流し込む。もう一杯飲もうかと思っていると、階下からなんか人の気配を感じる。こんな物置に用がある奴なんているのか?ははぁ俺分かっちゃったぞ、これは妻に隠れてどこぞの誰かと不倫しちゃった奴がここを逢い引きスポットにしちゃったヤツだな!
ゆらりゆらりと影が揺れる。
「まさか、本当にお化け?」
「何言ってるんです?貴方からのお馬鹿な言葉は聞きあきていますが、今のは近年稀に見る馬鹿発言ですね。」
ドキリと胸が飛び上がった。
俺に呆れながらそう言う“彼”の姿だった。その声は、酒に酔っていた俺を更に酔わせた。
「ん…ションちゃん?」
「そうですよ。明日は就任初の会議です、それに遅刻する訳にはいかないでしょう?」
彼はだいたいそんな感じの言葉を言ったのだと思う、酔い過ぎて本当にこうだったのかはヘンリーには分からない。でも、真面目すぎる彼はきっとこう言ったと思う。
「うう、会議なんてどうでも…良いよぉ。俺はションちゃんと……」
普段のヘンリーなら絶対にそんな真似はしなかったと思う、だがもう耐えきれなくなった彼にはそこまで気を回す余裕もなかった。
両腕を床につき、切羽詰まった様子で彼を押し倒す。
「ヘンリー、な、な、何を!?」
「許してくれ……」
そこから先は想像にお任せする。
息が荒くなる、身体が熱く燃え上がる、官能の世界に2人は飛び込んでしまった。
_______
ショーンは眼が覚めた。
動きたくても動けなかった、痛みから呼吸が大きくなって、身体が悲鳴を小さくあげたような気がした。
「ションちゃん……ごめん、俺はどうして……」
その声に現実に引き戻されてショックを受けた。ああ、そうだ。私は昨夜、この男に犯されたのだ。
「ヘンリー、貴方という人は……」
そこから先の言葉は続かなかった、その先を言えば何かが崩れる気がしたからだ。__もう既にひび割れて崩れているだろうけれど、これ以上壊したくはない。
「すまない、本当にすまない…………」
ヘンリーの脳裏には『イヤだ、やめて……』という彼の悲痛な声が響いた。
こんな思いをするくらいなら、彼を傷つけるだけなのに、どうして早く思いを断ち切らなかったんだと自分を責めた。
思いを口にして、彼を傷つける気なんて微塵もなかった……それなのにどうして!
「私達の間には、何もなかった。昨夜の事を口外するつもりはありません。私は黙っていますから、これでいいですよね?」
周りから、兄弟のようだと言われた彼との関係が変わった瞬間だった。
「ああ……」
彼は俯いてから小さくコクコクと頷いた。
「今日の会議はこんな姿じゃ到底参加出来ないですので、アベルには休むと言っておいてください。」
「ああ……」
辺りには服が脱ぎ散らかされて、髪は乱れて、自分の顔も人様に見せられるモノではないだろう。太股には痛々しい血の筋が……。
ヘンリーには、その痛々しい姿ですら艶かしいものに見えてきたが、崩壊した彼との関係を更に崩す気にはなれずにその思いを幾重にも鎖をかけて心の奥底に沈めてしまえば、良い……もうこれ以上は崩したくないと思って何も言わずに彼の頭を撫でた。
__何故こうなった。
頭を撫でられたショーンの身体がカッと熱くなったのだけれども何故そうなったかショーンには分からなかった。自分が女のようになって身体を熱くした理由が、隠したい一夜限りの過ちに心乱れている理由が分からなかった。
「ショーちゃん、本当に、ごめんね。」
悲しくなって、唇を噛み締めて寝たふりをしている私に、申し訳なさそうな顔をしたヘンリーはソッと触れてから外に出ていった。
その後、ショーンの眼からは一筋の涙がこぼれ落ちた。その後、声を押し殺して人知れず涙を流した。だが、それがどういう感情の涙なのかは流した本人にも分からなかった。
_______
『……………つまらんな。オティアス、ここにはヘンドリックも居るんだぞ?ちょっとは彼の気持ちも考えてやれよ、実の息子がこんな目に遭うのを見るのは辛いことだという事くらいは理解しておけ!』
『なんか後味悪いねぇ……僕はもうちょっと幸せになってほしかったよ。そして、僕から言い始めたのにこんな事言って申し訳ないと思うけど、この三流小説感は何なのだろう?』
『だから、僕が言いたいのはそういうのじゃない、それは作者の文章力の問題だ!あーもう、僕が言いたいのはヘンドリックの気持ちを考えてやれって事だ。それにしてもこれ、時系列的には“アベルの宰相就任直後”みたいだけどこの後色んな意味で大丈夫なのかなぁ。』
神2人を見てヘンドリックは苦笑いする。
お節介で世話焼きなヘンリーと1人っ子なのに末っ子気質のある息子ショーンは確かに仲良かったが、たとえ2人が男女だったとしても、こういう関係になると上手くいかなくなる気がする。所謂イイ人止まりというヤツだ。
『同性愛がタブー視されない管理世界だったら幸せだったかも!ミラーナ君、この2人を幸せにしてやろうよ!』
『オティアス、それは越権行為だ。僕はただでさえ、この世界に干渉してあの2人を傷つけた。この世界の維持活動の為に必要な行為だったとはいえ、これ以上の干渉は控えたい。
この世界線はここまでにしておいて次の世界線を見るぞ、これはヘンドリックも見たい話だろうからな。それに、こっちは僕も気になっていた……。』
眷属になって間もないヘンドリックにはこの空間はよく分からない。
どうやら、彼ら管理者は姿形での性別の区別はあっても中身の性別などは無いらしい。そして、地上の人間に比べると罪悪感など感情はあまり何もなく、オティアスがおどけて、ミラーナがそれに呆れるというのも彼らの中に組み込まれている“感情記憶学習ぷろぐらむ”なるモノがこういう時は悲しむべき、こういう時は怒るべきと予め決めているらしいので、彼らは決められた行動をしているに過ぎないのだという。
『はぁ……』
こうだと決められていた……息子の行く末も、その後の未来も……。だが、オティアス曰く必要なのは“アベルが国外追放され、ショーン=オンリバーン侯爵が死んだという事実”のみで本当に死なせなくても良かったらしい……論じても無駄だが、虚しさだけが心の中に残った。
『ヘンドリック、どうしたの?
君の息子は今度こそ幸せになれる、世界線が違うけどね。悲しい顔をせずに見ていこう。』
またミラーナは腕輪を弄って、世界線を移動した。今度は幸せな物語らしい。水面に波紋が浮かんだ。
次は幸せな話です。




