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ああ、私はただのモブ。  作者: かりんとう
その後、残された者達は………
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秘密の正体

606年4月頃、エリザベスはヘンリーと共に王宮内にある貴族墓地に墓参りに来ていた、ようやく気持ちは落ち着いた。ただし、彼女の中の時間は止まったままである。

……ショーン、貴方の周りはすっかり変わりました。貴方はこの世の者ではなくなって、アベルは国外追放されて、ヘンリーは新政権で外務大臣への留任は出来ませんでした(現在は平役人)。ジューンは相変わらずの補佐官止まりで、カール様は血の涙を流して心を押し殺して味方を裏切った結果『歳だからもう辞めろよ』と大ブーイングを受けながら財務大臣を留任しておまけに民部大臣を兼任する形となり大出世です、パレス君は島流しにあったかのように左遷されました、警視庁にある某トクメー係ではありませんが、陸の孤島と呼ばれそうなほどに隅っこにある日当たりが悪くてじめじめして薄暗い窓際族の仲間入りしてしまったようです。ガブリエール伯爵はローザンヌ公爵と共に公爵領に引きこもってしまいました。


「ショーン……また会いたいよ。」


「そうだな……俺もショーちゃんにそろそろ呆れられたいわ。」


「何それ……」


私は今、王都にあるベアドブーク公爵家本邸で見習い期間を終えて、下級使用人として働いている。貴方が居ないこの半年は世界が無声映画のように灰色になったかのように見える。

屋敷にも馴染めて使用人生活は概ね順調ですが、時々ヘンリーの長男エドワード様が私の事をジーッと見ているような気がします。ですが、『アイツの事なら心配しなくても大丈夫!アイツは13年間国を出てた、その時お前はバブバブ言ってた3歳くらいだろ?バレない、バレてない。』というヘンリーの言葉を信じて気にしないようにしています。


「ふぁぁ……俺も仕事しばらく休みだから暇で死にそうだ。まぁ墓参りに行ける暇も作れたから別にいいんだけど。」


「ショーンの酒癖が悪いって言ってたけど貴方もどっこいどっこいだと思うわ、今からでも遅くないからルナ先生に謝った方がいいと思う。」


「いやぁ最近飲んだときは普通だったんだけども、おかしいなぁ。酒に飲まれるなんて酒と女で馳せた俺の名が廃れるぜ。」


ヘンリーは今、骨折で休職中である。骨折の理由は、数日前に『外務大臣今までお疲れパーティ』を本邸の庭先で、ヘンリー、ルナ先生とイシス、私の4人で開いていた時にルナ先生に絡み酒し過ぎた事である。

順序としては……ヘンリー、酒を煽るように飲み出す。→ハイテンションで主にルナ先生に絡みだす(この時私は、全くノータッチだったのでイシスに『私って女として終わってるのかな』と真剣に愚痴っていた)。→ルナ先生、めんどくさそうに対応→ヘンリー、その対応にキレだす→ルナ先生、眼をギラギラさせながら近づいてきたヘンリーを蹴飛ばす。→ヘンリー、庭の方に思いっきりぶっ飛んで転げ落ちる(恐らくこの時点で骨が一本折れたと思われる)、そしてルナ先生に向かってパンチを繰り出すも華麗に避けられて空を切って拳から床に激突して失神→翌朝、2日酔いの頭痛と右腕の激痛で目が覚める。

簡単に話せばこういう訳である。


「うん……絶対に謝った方がいいわ。」


「それは明日にしておく、今日はちょっとそういう気分になれねぇ。ベス、今から付き合ってくれねぇか?ちょっと行きたい場所がある。」


私の背中を押して、彼は何がなんだか分からないと抗議の表情をする私を馬車に無理矢理乗せてどこかに出発させる。


「ねぇ、急にこんな事してどこに行くつもりよ……!」


「それは着くまで秘密だ。」


ヘンリーはイタズラ笑顔でそう言ってから、前を向いて鼻歌を歌って何も教えてはくれなかった。私は首をかしげながら前を向いた。

馬車には、ヘンリーと私以外木箱が乗っていた。木箱の中には何が入っているのか分からないが、かすかに甘い香りがしている。

やがて、賑わっている王都の街並みを過ぎて、郊外の小高い丘の中に入っていき、そこにある塀の高い屋敷に入っていく。………ここは、結婚までの間私と彼が過ごした屋敷であった。


「ねえ、どうしてこの屋敷に来たの……?」


私は正直言って、この屋敷に来たくはなかった。この屋敷には楽しい思い出が詰まっていて、ここに来ると在りし日の彼の事を思い出して泣けてくるからだ。


「良いから来い、お前に見せたいモノがあるんだ。俺だってこの屋敷にはあまり足を運びたくはなかったが、お前に見せたいモノがあるんだ。」


「………?」


ヘンリーは複雑そうな顔をしてから、骨折していない左手で私の背中を押して、あの白薔薇が咲き乱れていたあずま屋まで行く。白薔薇はまだ咲いていない、青々しい蕾だった。


「白薔薇はまだ咲いていないわよ?」


「俺が見せたいのはそっちじゃない。ほら、こっちだ。」


ヘンリーに腕を引っ張られた先には、綺麗な色とりどりの花が咲いていた。


「これは………」


ヘンリーはこんな可愛らしい花達を愛でる趣味は無さそうで、そもそも愛でるどころか枯らしてしまいそうなタイプの人間である。多分ヘンリーが植えたモノではない。


「ショーちゃんがお前に隠してた秘密だよ。」


そういえば去年の9月上旬、彼が逝ってしまう少し前に、庭先に何か埋めていた。

『春になるまで秘密です。』眼を閉じると、彼が人懐こい笑顔を浮かべてそう言っていた事をまざまざと思い出す。

__彼が隠していた秘密は“愛らしい花達”だった。


「ショーちゃんらしいよ。結婚したら新居に住むからここには帰ってこないのに、そういうちょっと抜けた所がアイツらしい。ああ、もしかしたら植え替えて、新居の庭先で2人、幸せに花に囲まれて暮らすつもりだったのかもしれないな……」


ヘンリーの苦い仮定の言葉は暮らす人も居なくなって寂しさ残る屋敷に響いた、そもそもその答えを知るたった1人はもう居ないんだ。


「そうかもね、きっと私を驚かそうとしたのにこの屋敷に植えたままだということに気づいて今頃真っ青になって大慌てで王都にいる貴方の所に行っていたでしょうね」


「ああ、きっとそうだ。それで俺が『俺んちと間違えて隣の屋敷の戸を叩いた所も含めてお前らしいな』と大笑いしたら、アイツは拗ねてそっぽ向いて、何日も口を聞いてくれなかったんだ。きっと、きっと可愛いアイツはそうだったんだ。」


私達はお互いの傷を舐め合うように、叶うこともない、叶うこともなかった仮定の言葉を紡ぎ続ける。


「私達が騒いでいるのをお母様やルナ先生が呆れたように見てて、アベルはケンカを諌めていたの。しょげたヘンリーをパレス君の猫が慰めてて、ジューンやカール様達が見かねて肩をポンと叩いたら、フェルナンド様の制止も聞かずに空気を読まないレオンがヘンリーに向かって水鉄砲をかけて、その場が笑いに包まれたの。」


「ああ、きっとそうだった。なぁ、自分から言い出した事だが、仮定の話はもう止めにしよう。悲しくなってくる。

さてと、俺は全治2ヶ月だし復帰できるまではここで暮らすことにした。荷物はちょっとずつ運んだからベス、馬車の木箱を取ってきてくれ。」


淋しそうにヘンリーは言って私にあの馬車にあった木箱を取りに行かせた。


「この中には何があるの?」


「それはな……ジャーン!見覚えあるか?」


箱の中にはピンク色のチューリップの花。彼と出会ったばかりの時に、私がお母様から貰って彼に贈ったチューリップだった。


「今まで、大切にしてくれていたんだ……」


「ああ、拘束されていた時だって大切に水をやって、裁判の後屋敷を出る時も本や家系図や侯爵印と共に持ち出すほどに大事なモノだったみてぇだ。アイツが居なくなった後は俺が使用人に枯らせないように育てさせていたが、ここに一緒に植えてやった方がいいと思ってな。」


「じゃあ、この薔薇と一緒に植えよう。」


あの教会で彼が私に最期に贈った深紅の薔薇と共にチューリップを植え替える。その薔薇は不思議なことに季節が過ぎても枯れることなくずっと凜と咲いている。


「ああ、そうだな。」


「私、笑って生きるから。きっとまた会えるから、だからその時までは__。」


そこから先に言葉が続かない、私を慰めるようにヘンリーが肩を叩く。

花畑を見て香りを吸い込む。寂しさを慰める為に彼はこの薔薇をくれた、私はまた会えるその時まで笑って生きよう、いつまでも悲しんでいたらダメだと彼に言われている気がするから。



___エリザベスの中の止まった時間は再び動き出した気がした。それを祝福するように、優しい風が吹いた。

その後彼女はヘンリーの元で使用人を続け、彼の死後はホテルの掃除婦として働き、70近くまで生きたらしい。その彼女の家は、ピンク色のチューリップと枯れることの無い紅薔薇、庭には花達が咲き乱れていたと言う。





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