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ああ、私はただのモブ。  作者: かりんとう
その後、残された者達は………
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北の住人から見た悪の滅び

広大な北のオンリバーン侯爵領は605年2月20日の偉大なる“正義王の裁判”の後に東西南北の4つの地方ごとに分割された。王家直轄領となり、山が多い西と交易で栄えていた北は国境に近いという理由から軍務府の役人が派遣されて、海に近い東と農業地帯であった南は更なる生産増を目指すという理由から農産府の役人が派遣されてきた。


そんな623年の真冬の話、旧侯爵領北部にあるリザールの街に1人の老人がトボトボと歩いていた。その老人の名はチャーリー=ヘンブレン、地主の家に生まれた彼は地主職を息子に譲って自身は優雅な隠居生活を送っている……というのは嘘だ、寂しい隠居生活を送っている。息子の嫁が言う事を聞かないとか息子が冷たいとかそういう理由ではない。


(許されるものか、自分の行為が許されてなるものか。)


彼はかつて、不本意なことに友人であった侯爵を助けられなかった。誰かに吐き出したい、自らの罪を、自らが犯した罪を。

そう思ったチャーリーは教会の方に足を進めた。教会の懺悔室の方に背中を丸めて、進んでいく。教会には、マルセイ=サマードックという80代に差し掛かろうという彫りの深い顔の司祭様と数人の敬虔な神官様が忙しく動いている。

カーテンに仕切られた懺悔室の向こう側に人の気配がかすかにする。敬虔な信者のように膝まずいて祈りの姿をとり、チャーリーは懺悔を始めた。


「私はかつて罪を犯しました。こんな事を言ったら村八分に遭うかもしれません、だけれども私はあの“正義王の裁判”は間違っていたと思うのです。その裁判で処されたショーン=オンリバーン侯爵は私の友人でした、幼い頃に父と先代に引き合わされたのが彼との出会いでした__。」


あの頃の彼は、病気がちで少し太っていました。俺達の中でも、どちらかと言えば控えめでまとめ役のような立場でしたが、よくイタズラも一緒にした。例えば、寝ているオバサンの顔に落書きしたり、ツツジの蜜を吸いすぎてツツジを全滅させて近所の雷おやじや先代にげんこつ食らった事もあった。彼は王都にある学園に通うようになると会えるのは夏休みや長期休暇の時だけだったけれど文通はよくしてました。


「そして、俺は領内にある学校の高等科を卒業してすぐに、跡取りだという事もあって東の方では名を轟かしていた地元の名士の令嬢と結婚して、数年後には子供が生まれました。彼の方は、先代は早いうちから貴族のお嬢様と婚約させたがっていたようですが、彼は『結婚?こんな美化されまくって原型をとどめてない肖像画見た所でね……俺、この令嬢見たことあるけどこんなに美人じゃなかったし、親父だって24の時だろ?まだ急がなくても大丈夫だって。』と言って見合いの肖像画を見ることなく突き返して、先代を嘆かせていました。

そして、そのうち先代は不可解な死を遂げて彼が跡を継いで、彼は数年間は領地経営に勤しんでいましたが、やがて先代のように中央に進出していきました。」


カーテンの向こうでかさりと何か音がした、だがチャーリーは気にせずに話を続けた。


「彼は中央に進出してからも領地の事を気にかけて、1年に1度、多いときは4度くらいは帰ってきて、広大な領地を回って人々と交流を深めていました。その時に結婚しないのかと僕が問うと『君まで近所のオジさんみたいな事言わないでくれよ、そのうちするから』とやる気のない返事が返ってきただけです。」


彼の言葉で信用できないランキング2位の言葉(ちなみに1位は『大丈夫だから』)が出てくるのみで、そのうち俺も本人に任せるかと深くは考えないようにしていました。


「ある日、オンリバーン侯爵領に2割の増税が知らされた、彼にしては珍しい方針転換だと思いましたが、俺ら地主は豊かな土地なのでまぁ仕方ないと思う程度に受け止めましたが、小作人はそうはいきませんでした。彼らの気持ちは俺にも何となくですが理解は出来ます。俺はこの事をショーンに手紙で伝えると『知っている、知らせを受けて驚いたがそんな命令は出していない。何者かに命令書を偽造された。』と返ってきました。彼は説明文書を持たせた特使を派遣して、特使から『増税はしない、これは偽命令だ。近々偽命令を出した者を探し出す為の調査隊を派遣するので彼らからの報告を待って皆に報告する』という彼の主張に皆は腑に落ちないモノのほとんどの人は一応は納得しました。

それを壊したのは少女ジョアンナ=バードミルです。彼女はありもしない情報を撒き散らしました、そして怪文書まで侯爵領中に広まって、小作人の怒りだけだった筈の暴動は、都市部に住む人々に伝播して、彼の出した『増税は偽命令、近々調査隊を派遣する』という知らせはかき消され、暴動は大きくなっていきました。」


ここら辺は本当に分からない、小作人が怒るのは分かる。だが都市部の奴らは関係ないだろ!あの時お前らが『いざ、王都に』とか声高に叫びながらウチの畑を踏み荒らしていったから、次の年だけ収穫高落ち込んだわ!棒グラフがガクンと真下に落ちていったわ!


「そして、王都にいた彼はあれよあれよという間に拘束されてあの裁判が始まったのです。

俺は王都にいた新聞社の知りあいに土下座して頼み込んでなんとかあの裁判の場に行く事ができました。そこで俺が見たのは……」


先程荒ぶっていた気持ちとは逆に泣きたくなった、あの裁判で俺が見たのは、一方的にリンチされ続ける彼の痛々しい弱った姿だった。彼は何もかもを諦めているように見えた、『いいえ、必要もありません。』と目の前を見つめて言う彼は無気力な若い頃を思い出させる。


「悲しかったよ、彼の姿は桜のネクタイよりも儚いけど誰よりも毅然して誇り高く見えたんだよ。その後、彼に会おうと思って王都の屋敷に行ったけれど、彼の姿はなくて北に帰ると彼からの手紙が届いていた。」


『親友チャーリーへ

訳合って王都の屋敷には居ません。裁判に来てくれてありがとう、君が証人席に居なくて良かったと本当に思いました。もうすぐで僕は幸せになれます、その時君はとても驚くでしょうけど、とにかく来るときがくれば私の愛しい人を連れて、1番付き合いの長い親友である君の所を訪ねます。

ショーン=オンリバーンより』

彼は愛しい人を見つけたと書いていた、誰なのかも分からなかったけれど書かれ方からして俺も知っている人のようだった。


「ですけど、世の中はそう上手くは出来ていません。彼が愛しい人を連れて来ることはありませんでした。彼は48の誕生日の2日後に死んでしまったのです。

日を空けて葬儀になんとか出席する事が出来ましたが、そこで彼と別れを告げました。彼は穏やかそうな顔でその亡骸に触れると冷たくてこちらの体温が奪われるようにひんやりとしていました。キレイだった、皆誰も知らないだろうけど彼はとってもキレイだった。葬儀には、貴族がほとんどだったけれど様々な人が参加していた。そして何よりも驚いたのは、彼は死ぬ前に結婚していたということだ。」


喪主席に若い女性が1人いる。恐らく彼女が彼の愛しい人なのだろう、だが顔の上半身は黒いベールに覆われていて顔立ちなどは分からない。何処で会ったのか想像しようにも俺には分からなかったけど、雰囲気からしてあまり美人そうではなかったね。



そして、その時俺は2人の人間に出会った。この寂れた教会で司祭様をしているマルセイ=サマードック様と悪徳宰相と呼ばれたアベル=ライオンハート様です。


「うっくっ………」


悪徳宰相と呼ばれた彼は猫を片手に見ていられないくらいビービー泣いていた。この姿だけ見れば悪徳宰相など連想されない。


「あの……宰相、その猫を離してやってください。工務大臣が探していましたので本当に離してやってください。」


「嫌だ……」


お前は子供か!

彼ら2人はこんなやり取りをしていた。行動はともかく親友ショーンは王都の方でも愛されていて良かったと思う。彼の名誉が回復することは当分無いけれど、彼の事をこんなにも思ってくれている人がいて良かったと思った。

そして、その時風が吹いて喪主席にいた若い女性のベールがふわりと風に舞い上がって素顔をチラリと覗かせた。俺の予想が間違ってなければあれは確か__。


「今、王都では革命が起ころうとしているらしい。俺はあの時親友が破滅するきっかけが産み出されることを見ていることしか出来なかった。

革命が失敗して悪影響が残らないようにしてほしい。」


懺悔室を出ると司祭様がホウキを持って掃除をしていた。


「おや、何を懺悔していたのですか?」


「ええ?小さい頃に父ちゃんのせんべいを盗み食いした事かな?」


「またまた冗談がお好きな事で、親父ギャグやジョークばかり言っていると若い子にそっぽ向かれますよ。でも、若いって良いですね。私はボケ防止の本を買うほどに、物忘れがひどくなってしまって……。」


あくびをしながら、ほうきで掃いている司祭様がかつて親友の結婚式と葬式を担当した事を思い出して俺は思いきって聞いてみた。


「もうそっぽ向かれてますって。

司祭様……もう時効でしょうから答えてくれませんか?ショーンが結婚したのは王女様じゃないんですか?喪主席にいたあの女性、あれは間違いなくエリザベス王女だった。」


司祭様は少し考えるような仕草をした後、こう言った。


「世の中には、似た人間が3人はいるというでしょう?チャーリーさんがそう思うのならそう思っておけばいい。だけど彼が結婚したのは、エリザベス王女(・・・・・・・)ではなくエリーゼ=ベルディス(・・・・・・・・・・)という平民の少女ですよ。」


「そうですか………」


司祭様はyesともnoとも取れない曖昧な答え方をして塵取りを取りに行った。


「司祭様、この本昨日も買ってたじゃありませんか!もー、おんなじ本を何冊買うつもりですか!?これで5連続ですよ!」


「そうだったかのう……忘れていたよ。昨日も買ったっけなぁ……」


後ろから、若い神官と司祭様の声が聞こえてきた。ボケ防止されてないじゃないかと思いつつチャーリーは外に出て、白い息を吐きながら歩く。かつては交易で栄えていた北の侯国は今は見る影もない。

侯爵が運営していた数々の公共施設達は閉鎖されて、今ちゃんと機能しているのは図書館くらいだ。病院や学校は一部を除けばほとんどが彼が居なくなってものの数年ほどで閉鎖に追い込まれた。それらは今は教師も医師も居ない無用の長物となって煙たがられている。一見するとまだ閉鎖されていない図書館だって中を見れば本の保存はちゃんとされているとは言いにくく、機能しているのかは怪しくなってくる。


(はぁ……ショーン、俺ももう疲れたよ。)


雪が舞い散り始めた北の大地には、寂しい時代に取り残された男の丸い背中があるのみだった。


______


『お前、良い友達に恵まれたなぁ。チャーリーは絶対あの後お前の墓の前で泣いたと思う。』


『そうですね……でも、王都まで墓参りに行ってくれるでしょうかね?遠いですよ、正直言って。それと、一体何を企んでいるんです?さっきからニヤニヤしてますが。』


『んー?別に。』


親父はとぼけた表情で寝転がって湖を見つめる。


『あの、そのネタ古いよ。というか、君って本当に末っ子みたいに愛されてたんだね。さてと次は君の愛しい人がどうなったのかだね。』


ミラーナが親父につられてあくびをしながら言う。暗い顔をして、湖を眺める。これまで、明るいその後を見られていないからだろう。

私個人としては、どうか彼女が私の事など忘れて向日葵のように生きてほしいと思うのだが、そうなってくれるか………。



606年4月頃のレミゼ王国王都ラブル郊外へと座標は移動していった。水面に愛しい人の姿が映った。




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