ヒロインの恐怖体験
私の名前はジョアンナ=バードミル、一応公爵令嬢です。今ものすごくイラついています。
レミゼよりも温暖で冬にもかかわらずたいして着込まずに過ごせるカオレエア王国にいるのだが、私の心は冷えきっています。
「ねえねえジョアンナちゃーん、今度はどこ行くの?もうここ飽きたよ」
「うっさいわね……」
原因はこの男ルミナス=アレン(本物)である。
カオレエア王国で任務中だとイシスから聞いていたが、まさか本人に遭遇するとは思わなかったしこんな子供がそのまま大人になったような逆コ〇ン青年だとは思わなかった。この男に何故か気に入られてまとわりつかれ、こっちはもうヘトヘトである。おまけに陽射しが眩しくて私のイライラを増すばかりである。
「お腹ぺこぺこだよ~あっ!ねえ見て見て、美味しそうな食堂があるよ!」
「何処が美味しそうな食堂よ……!」
ルミナス(本物)が指差す先には、いかにも潰れかけで客?何それ美味しいの状態の閑古鳥な食堂があった。
まあ、カオレエアって革命あったりとか情勢的に不安定だし内戦でこんなに青空教室みたいな開放的なつくりになってるのかも!………そう思っておこう。
「あのう……」
「いらっしゃいませ、2名様でよろしいでしょうか?」
「うん、2名ですけど。」
「禁煙席と喫煙席どちらがよろしいですか?」
「禁煙席で。」
意外とマトモな店員が出てきて良かった!
店はこんなんだけど中はマトモみたいだ。それにしても本当に閑古鳥だな、私達以外客が居ないし儲かっていないわね。
さてと、私はジャ〇プとマ〇ジンどっちを読もうかしら……とボケたい所だけど本どころか新聞すら置かれてないわ、レビューだと星1の評価よ。
「で、何食べる?」
「そうね……」
《メニュー
日替わり定食:600カオレエアギル
カオレエアセット:750カオレエアギル
店主オススメ焼き飯:550カオレエアギル
サイドメニュー
水:10カオレエアギル
お茶:100カオレエアギル
ケーキ:10000カオレエアギル
スリッパ:50カオレエアギル》
ラインナップ少なっ!水に金を取るって何よ。そして、ケーキだけ値段が高いのも気になるんだけど?ボッタクリに引っ掛かってしまったようね……これは早いうちに店から出ないと法外な金額奪われてしまうわ!
「ルミナス、ご飯はもう良いから出るわよ!」
「ええ~まだ何も頼んでないよ?」
しかもさっきからこの店、なんか薄暗いというか嫌な予感しかしない!今日は晴れで天気は絶好の洗濯日和&この店は屋根がないので陽はうるさいほど射し込んで眩しくてポカポカじゃないとおかしい!
「とにかく、急いで出るわよ!」
「ダメだ、それは出来ない!ここの店のケーキ無料券をようやく手に入れたんだ、死ぬほど美味しいと噂のケーキを食べないと僕はこの店を出る事は出来ない!」
「行く気満々だったのね」
ぐしゃぐしゃになった無料券を握りしめて、ルミナス(本物)は涙目でこちらを見つめている。
「僕はこの1年、頑張って頑張ってようやく闇取引で手に入れた!80000カオレエアギルの所を10000カオレエアギルまで値切ってようやく手に入れたんだ、ここまで来ておいて諦めるなんて無理だ。」
「………もう良いわよ。」
もういいわ、勝手にやって私は知らない。
私は適当に街で他の定食屋を探してそこで食べようそう思っていると、声をかけられた。
……あれ?ちょっと待って、私達以外客は居なかったような。そして、店員と店主ならそこにいる……。他に誰が?まさか、幽霊?
「お嬢ちゃん、あんたはそれで良いのか?」
「誰?」
振り返るとそこには、ボッタクリ居酒屋の女将のような容姿のババアの姿があった。
「ババアはただの預言者だ、気にするな。
あんたはこのままで良いのか?償わなければならない罪があるのではないか、あんたがしたことで1人の将来を渇望されていた人間が身を滅ぼす事となった。
お嬢ちゃんは国から逃げて冒険することで罪を償えたのかい?」
「それは……」
__この程度で済む訳が無い。
私はかつて大きな罪を犯した。その他にも小さな罪を積み重ねてきたけれど、その罪だけは決して許されるモノではない。人に汚名を着せて、破滅させた。
その人の名をショーン=オンリバーンと言う。彼は優秀な人間だった、皆殆どの人間が彼が宰相になること間違いなしだと思うほどに彼には人望も家柄も能力もある、おまけに(おっさんだったけど妙にモテて)顔も良かった。もう少し若ければ完璧に漫画のキャラみたいな人間だった。
「ショーン=オンリバーン侯爵、彼が身を滅ぼしたのはあんたのせいだけではない。彼自身が欲張りに2つを望もうとしたから死んだ。仲間の命と恋心を取ろうとしてな、2つを望めば却って両方を手に入れる事はむずかしくなる。
ババアは“紅い蝶”には気をつけろと言ったんだがなぁ。」
「何が言いたいの?」
「お嬢ちゃん、ここは有名な“注文の少ない料理店”だよ。ここで出された食事を口にするとたちまちあの世だ。彼を連れて急いで店から出た方が良い。ここの物を食べると本当にあの世だ。」
注文の多い料理店なら知っているんだけど。少ないとは何なのだろう。
「つまりは、この店はもうこの世には存在しない代物でお前ら2人はあの世とこの世の狭間に迷いこんだという訳だ。そう言うババアももうこの世の人間ではないのでな……この空間に出入り出来る訳だが、どうもここは元々神様が創造主の眼から逃れる為に作った空間らしい、それも今じゃ幽霊の巣窟じゃ。
ルミナスとやらが手に入れた無料券もふざけて人間を騙そうという一部の柄の悪い悪霊の仕業だろうな、早くケーキを食べる前に帰りなさい。」
「はあ!?精神科行った方が良いんじゃ……」
その時私は気づいた、この占いババアの脚が透けていることに。ババアは間違いなくあの世の人間だった。
「やったー!ケーキがやっと来た。」
「……!」
占いババアの言う通りだとこのケーキに手をつければ、ルミナス(本物)はあの世の人間の仲間入り……。
「ルミナス!ケーキなんて良いから出るわよ!」
「ええ?何でだよ、一口だけでも良いじゃん。」
私は無理矢理ルミナスの手を引っ張って店から出た。後ろから、『店長、食い逃げです!アイツら金も払わずに出ていきやした』と言う店員の声と占いババアの笑い声が聞こえてきた。
「もー!何するんだよ、ケーキ食べられなかったじゃないの!
………え?あれ、み、店が消えてる!?」
「占いババアありがとう。」
私達が店を出て振り返るとそこにあのボロい店は無かった。私達は狐に包まれたような気分になって、ルミナスは首をかしげながら別の定食屋に行く事となった。
「うわぁ……」
「不味そう。」
2件目の所のご飯は、見栄えだけは良いのに臭いや味は全然ダメだった。食器はそれなりに豪華だが、野菜は小ぶりで味は薄い。
「最悪……じゃあジョアンナちゃん、そろそろ次の町に移動しよう?」
「うん。」
空を見上げるとそこに何故かあのショーン=オンリバーン侯爵の姿があるようなそんな漠然とした感覚に襲われる、彼はこの世に居ない筈なのに。
「ジョアンナちゃん、どうしたの?」
「いや、何でもない……」
その時、私の周りを光が包んで真っ白い視界が段々鮮明になってきて、私の目が覚めるとルミナス(本物)の姿はどこにもなく、よく分からない金髪美人に
「ようこそ、勇者様。」
と声をかけられた。
勇者……!?目の前に広がるのはよく分からない歓声を上げる人々、床には魔方陣のような物が浮かび上がっている。
この時ジョアンナは
(あ、これ勇者召喚ってヤツだ。)
死んだ魚の目でそう思った。
_その後ヒロインちゃんはその異世界で勇者として魔王を倒して大活躍したらしい。
_______
「ああ、この手の勇者召喚は最近流行っている。
管理者同士が自分の世界の人間をシェアし合う最近流行っているものでな、神隠しっていう言い方はある意味正しい。管理者の都合で人間が別の世界に転送されるのだから。」
「そんな好き勝手に人間をポンポン転送させて大丈夫なんですか?」
極々まっとうな疑問をショーンは口にした。
関心なさげにオティアスはあくびをしながら説明を始めた。
「一定の上限を超えなければ黙認されている、この世界だけで人口20億人だからね。しかもここの場合、文明水準で言えば産業革命以前のレベルだからこの先人口は爆発的に増えるしそうなると管理は大変なんだよ。だから、間引くというか口減らしというか他の困っている世界に転送する事は珍しくはない。
でも、彼女がそうなる予定とは聞いてないけど。どうなの、ミラーナ君?」
「してやられた、ほらこれを見てごらん。」
苦々しい顔をしてミラーナが腕輪に触れると、ホログラムで知らない女神様の姿が浮かんだ。
『はーい、ミラーナ久しぶり。なんかさっきさ、1万年くらい前に私達が暇潰しに作ったあの共有地に迷い込んだ女と男が一匹ずつ居たじゃん、ぶっちゃけ男の方は興味ないけど女の子の方、気に入っちゃったから貰ってくわ。
じゃあね~!』
「あんの野郎……また勝手に!」
ミラーナ君、完全にキレてる。神様なんだからそこら辺の人格的な部分の設定はちゃんとしてほしかった。
「あの女神様とミラーナ君はね元カノと元カレっていう関係で色々と神様の世界もややこしいんだよね、ミラーナ君は置いておいてヘンリーの方を見ようか。」
「神様も色々と大変なんですね……あの後彼女はどうなるんですか?」
ヒロインと呼ばれる世界の中心だった彼女が居なくなってこの世界は大丈夫なのか、そして純粋に彼女がその後どうなるのか気になって聞いてみると
「んー?だってそれはゲーム内だけだもん、ここは“ゲームに似た世界観”というだけでゲームとは別物だ。彼女が居なくなった所で影響は殆ど無いね。
それにしても、君もずいぶんとお人好しなんだね、自分を嵌めた奴の心配をするなんて。彼女は勇者として魔王を倒す、国は平穏になる……それだけさ。ただ、魔王が君達の時の同じで完全な“悪”ではない可能性も充分秘めているけど、そんなの君には関係ない事だし、次に行こうか。」
「はい………」
なんだか釈然としない疑問が残ったまま湖に目を移すと、そこにはまたヘンリーの姿が浮かび上がった。ヘンリーだけではない、内務大臣ユーロ=バードミル元公爵の姿もあった。
次回は作者の都合により明後日になりそうです。




