エピローグ:きっとまた会えるさ
幸せな結婚式のままで回れ右した方はそのまま回れ右した方がいいと思います。
夢よりも儚い平穏なひとときは喪われた。
彼が居なくなってから4日が経った、私は未だに受け入れられていない。アベルはあれから忙しいにもかかわらず私を気遣ってくれて、ヘンリーも私を励ますような事を言ってくれている。
「ションちゃん、だんだんと穏やかな顔に戻ってきていますね……ごめんなさい、守ることが出来なくて。」
「アベル、そう自分を責めるな。お前はよくやってる、ショーちゃんだってよくやってくれた。だから、もう頑張らなくてもいいんだ……あの世でうまい酒でも……いや、アイツ酒癖悪かったからな、うまいジュースでも飲みながら先に待っててくれ。」
不思議な事に彼の顔は日を追うごとに穏やかになっていった。まるで『もう頑張らなくてもいいんだ』と気が抜けたように安らかな顔になっている。ショーンはルナ先生がアベルに対して言っていたように“御綺麗な方法”しか取れなかった、私との事は抜きにしても優しすぎた事が彼の命を縮めることとなったのだと思う。
「アベル、ヘンリー……ありがとう。」
アベルとヘンリーは悲しみにうちひしがれて抜け殻のようになった私の代わりに必要な手続きを全てやってくれた。
2人には本当にお世話になったと思う、どうしてここまでしてくれるのか不思議なほどに2人は寄り添ってくれた。
「いいってことよ、俺らは盟友だったんだ。それを最後まで見送るのも俺らの役目だ。」
「今ここにルナ先生が居たとしたらまた、『そういうのが甘いのよ』なんて言われてしまうかもしれませんが、こういうところが私らしい所ですから。」
目尻に皺が増えたアベルはそう言う。
そして、ヘンリーが言いにくそうに話題を切り出した。
「あー……それで、ショーちゃんをこんな目に遭わせたステラ=スカーレットなんだが、あの後イシスに全てを白状した後に毒を飲んで死んだ……。彼女はマイク=ワンスにそそのかされて行動に出たらしい、元から毒を飲めと命令されていたのか彼女なりに罪を償おうとしたのか分からんがお前に言っておこうと思ってな……。あのふざけた男を始末するくらいなら出来るけどどうする?」
「いいわ、結構よ。」
私はヘンリーの言葉に即答した。話を聞いたのに不思議と(宇宙人男は別だが)ステラ様には恨みはなかった。これ以上2人に借りを作りたくないという思いとショーンはそれを望まないと思ったからだ。
「そうですか、王女はこの後どうやって暮らしていくつもりですか?」
「そうね、ショーンが居なくなった以上私は俗世にいる理由もない……現世のしがらみを捨てて、冥福を祈りたい。だって前世も含めてバイト経験すらほとんど無いのにそんな女が暮らしていけるほど世の中が甘くない事は私だって知っているつもりよ?」
「お前まさか、修道女になるつもりか!?ありがたいお祈りばっかせなあかん、むっちゃくちゃ大変な職業だぞ?サマードッグ元公爵曰く毎日口うるさい司教様にシンデレラ並みにこき使われて、理不尽な要求に耐えなければならないらしい……。」
ヘンリーの話は続く。
_曰く、髪の毛が禿げそうなくらいに怒られる。
_曰く、よく物が壊れる。(丈夫と名高い北方産の木で出来た立派な机など……)
_曰く、恋愛禁止。
「私、恋愛する気は無いし、そんなに怒られるのは何かしでかしたからじゃないの?」
「……お前なぁ世間知らずにも程があるだろ、言わないでおこうと思ってたのに……。修道院って言うのはな、“娼婦が過去を振り返って後悔した職業ランキング1位”で有名だぞ。」
……何それ?
アベルの方に目線を向けるが、彼も首をかしげている。
「あのなぁあそこは王宮並みに闇が深い。
修道院にいるのは大抵孤児か未亡人だ。歳喰ってたらなんとかなるが、妙齢の女は娼館や妓楼に売り飛ばされるんだ。全部が全部そうではないがな、そうじゃない所もある。
だが、そんな所にお前を行かせたら俺はショーちゃんにぶち殺されそうだ……」
「ああ、だから子供かおばあちゃんしか居ないんですね………納得しました。」
アベルは納得したように頷いている。
なんか私の中のシスターのイメージが崩れてしまった。
「じゃあ、私はどうしたら良いの?私をちゃんと雇ってくれる所あるかしら?」
「俺がお前を雇ってやるよ、ほらもしもの時があったらそうしろっていうアイツからの置き土産もちゃんとあるし。」
そう言ってヘンリーが見せたのは、御丁寧に侯爵家の印まで捺されて書かれた遺言状だった。
「確かにショーンの字だけど、本当に良いの?ここまでしてもらって、なんか申し訳ないのだけれど……。」
「良いんだよ、後は任せろ。
さあ、葬式がもう少しで始まる。だから、あっちに行こう。」
私はまだ信じられない心を隠して葬式への準備をした。そうして、彼の亡骸を最後に目に焼き付けておこうかと思って見ると、彼は私のその後を祝福せんとばかりに微笑んでいた。
「……ショーン、私はまだダメよ。」
「ショーちゃんは俺らに笑っていてほしいのかな?あんまりしんみりするなって怒っているのかもしれんな。アイツ、ああ見えて子供っぽい所あったから。」
__3人が笑った、だから私は泣いた。
そして、彼の身体は灰となった。少し前まで、ほんの少し前まで生きていた彼があんなにも小さい壺に納まる存在になった事を受け入れる事すら出来ないまま私は彼に別れを告げた。
アベルが人目も憚らず嗚咽を漏らしたり、ありがたい祈りの言葉が聞こえないほどに参列者のすすり泣きが響き渡ったりと色々と語るべき出来事はあったが、私にはそれを語る気力はない。
誰も居なくなった夜に私は祈りの捧げる。
すると、この瞬間を待ちわびていたかのように室内を眩い閃光が被う。眼を隠していた指の隙間から恐る恐る覗くとそこには……。
『ヤッホー!久しぶり元気だった?………元気な訳ないか。やっぱり来てしまったね、ほんのちょっぴり期待していたんだけどダメだったか。
僕は君にそんな事を言いにわざわざ来たんじゃない、最後の別れをさせに来たって言うのかな?実際見てもらった方が早いと思うんで__』
「オティアス……!」
今まで散々に現れていたオティアスの姿、これまでも酷かったが今回は空気も読めていない。
彼は呟き始めて、室内に妙なバスケットボールほどの大きさの球体が7つ現れてから球体はどんどんテニスボールほどの大きさにまで縮まってから大きな光をまた発した。
「…………ッ!」
眼を開いた時の私の気持ちはとても言葉では言い尽くせない。
目の前に誰よりも会いたい、だけどそれも叶わなくなった彼が立っていたからだ。
『4日ぶりですかね……なんて言ったら良いのか分からないんですけど。エリザベスさん、また会えて良かった!』
「会いたかった、会いたかったよ……!」
抱き合うにしても彼の身体はうっすらと透けており、私達が触れあうことはもう出来ないのだが、私達は見つめあったまま言葉を探した。会いたいと思い悩みながら過ごしていたもののいざ対面すると何を言えば良いのか言葉が思いつかない。
「ねえ、またこうして私達がお互いに触れ合って幸せになれる時はまた来るかな……。」
悩んだ末に私から出たのは、こんな言葉だった。
『う~ん、それは彼の選択しだいじゃないかな?転生するのか、君らがあの世と呼んでいる場所で過ごすのかを選ぶのは彼だし、それを許可するのはミラーナ君……この世界の管理者だからなんとも言えない。
ともあれ、君がエリザベスとして彼に会えるのはこれが最後だから話は沢山した方がいい。』
それに答えたのは、彼ではなく側で見守っていたオティアスだった。
『私は、また生まれ変わって貴女と一緒に歩んでいければいいと思っています……。』
「ありがとう……」
その後私達は、4日分いいや一生分の隙間を満たすために話し合った。彼は笑いながらそれに付き合ってくれた。
彼の身体が薄くなっていることに気づいた、もう彼が留まっていられるのは後少しなんだ……。そう気づいた私は言った。
「ねえ、最後に言いたい事があるんだけど?」
『奇遇ですね、私もです。』
言いたい事はきっと同じ、同じなのだろう。
スーッと息を吸ってから、
「私は、貴方の事を1番愛している……」
『私も、貴女の事を1番愛しています……!』
2人がほぼ同時に同じ言葉を口にした。
彼の姿はチカチカと点滅するように、壁の白色と同化するように、薄くなってゆく。
『きっとまた会えます、それまでの少しだけのお別れです。だから、笑って待っていてください。きっと私は生まれ変わって、また貴女と会えるようにしますから……!
私は、貴女と出会えて幸せでした。』
「そんな過去形で言わないでよ……行かないで……!」
『ごめんなさい。でもきっとまた会えますから、泣かないで……。』
そのまま、彼の姿はスーッと消えてそこに初めから何もなかったように白い壁が存在するのみだ。
オティアスの姿も無かった、いつの間にか外は朝になっていて朝陽が部屋のなかに射し込む。
「ようベス、こんな所に居たのか……行くぞ。」
「うん、ヘンリー……少し待ってて!」
私は涙を拭いて、ヘンリーの方に駆け寄ろうとするが、その時初めて自分が深紅の薔薇を1輪手に持っている事に気がついた。
『私から、愛を込めて……。また会えるまで、ヘンリーと浮気なんてしないでくださいね。いくら彼とはいえ許しませんから!
__貴女の愛しい人より』
手紙はそのまま消えていった。
(ショーンったら……私はずっと貴方一筋よ。)
紅薔薇を胸に私は歩き出す。
遠くから『早く早くと』催促するヘンリーの声が聞こえる。私は『今行くから!』と大きな声で答えた。
____止まった時が動きだすように私は踏み出していく。いつか、また彼と出会った時に自慢できるように新天地での生活に胸を膨らませた。………だけど、そこに1番隣に居て欲しい彼の姿は何処にもない、何処からともなく優しい風が『早く行きなさい』と私を促すように吹くのみであった。
これでエリザベスとしての話は終わりなのですが、番外編のような形でその後のレミゼがどうなったのかをやっていきたいと思います。




