夢よりも儚い最期の時
警告⚠
この先、流血&残酷な描写あり。
2人は幸せなままがいいと言う方はここまででお願いします。それでもいいと言う人はこの先どうぞお進みください。
後は退場してから、フラワーシャワーを浴びてブーケトス。
恐らく私はこの幸せを手に入れる為に一生分の幸せを使い果たしてしまったのではないか、そう思う。
「よっ!男前、俺らにここまでの無茶ぶりさせたんだから幸せになってくれよ?」
「ヘンリー……貴方はもう少し丁寧なお祝いの言葉は言えないのですか?」
「宰相、この男にそういうモノを求めても無駄なだけだ。諦めなさい」
フラワーシャワーで投げられているのは、白薔薇の花びらのようだった。良い匂いが漂っている。
「エリザベス、いやエリーゼ、そのドレス似合ってますよ……真っ先に言うべきだったのに、今になってごめんなさい。」
「ありがとう……貴方だって似合ってる。」
祝福の白薔薇の花びらを頭に浴びながら、彼は頬をかいて恥ずかしげに言う。私も照れくさく俯いてからこう返した。決してお世辞などではない、本当に誰よりも惚れ惚れするくらい白タキシードが彼には似合っていた。
「では、次にブーケトスの方に移る事とな__」
サマードッグ元公爵の言葉が不自然に止まった。彼の眼には映っていた、幸せな新郎新婦と数少ない参列者が祝う先でガードマン役の紫の瞳の少年が何者かと交戦している光景が彼の眼には映っていた。その相手は、黒いローブを身に纏い素顔は分からないが小柄でまだ少年あるいは女と思われる。
圧倒的強さを誇る筈の紫の少年イシスをひるませて、彼あるいは彼女は侯爵の元に雄叫びをあげながらぶつかろうとしてくる、その腰元にはギラギラと鈍い光を放つ何かがあった。
__ザクリッ……!
重くて鈍い音と共にこの場は騒然とし、悲鳴が上がった。
______
一瞬何が自分の身に起こったのか理解出来なかった、数秒ほど経ってここでようやく自分の腹部に短剣が深々と刺さっていることに気がついた。
ジクジクと刺された箇所が痛くて呻いた。
「くっ……!」
白いタキシードが紅く染め上がっていく、痛みで押さえた手はベットリと自分の血液で紅くなった。そして、身体を支える気力すら私には無くなり、その場に崩れ落ちた。先程浴びた白薔薇の花びらに血が滴り落ちて、真っ白から真紅へと色を変える。
隣の彼女は真っ白なドレスが汚れるのも厭わずに私の身体を揺さぶる。
「ションちゃん、しっかりしてよ!しっかりしてよ!」
彼女の声は私の身体に響いて、消えかけていた意識を急浮上させた。
「ごめんなさい、私は……結局、こう、なってしまう、運命から、逃れ、られなかった。」
「やめて、そんな事言わないで!」
息を吐く度に血が噴き出して、身体の体温は奪われていく。涙を落とす彼女を不安にさせないように私は精一杯の強がりで笑顔を浮かべてから言った。
「そう、ですよね。私は…助かりますよ、きっと。数日後には、また眼が醒めて、ボーッと、してるんじゃ、ないッ…って、ヘンリーに怒られているんですよ。だから、大丈夫です。」
そんな事はきっと無い。自分の身体だ、自分が1番分かっている、即死こそ免れたが致命傷に違いはない。
私は言葉を続ける。
「私は、夢を見ました。貴女と、幸せな家庭を築いている、夢を……。」
夢の中で私は笑っていた、あのように笑ったのはいつぶりかも覚えていない。屈折の無い子供のような笑みで私は……。
ああ、どうしてこうなったのだろう。私の存在価値はもうなくなった、私を殺しても意味無いのに……。内務大臣様、そこまで私の存在は邪魔だったのですか?それとも彼の手の者ではない……?私を殺すなら彼だと思ったのに………多分違うのか。もしかすると恨みを買いすぎた?正義王の裁判は必要だった、私が居なくなった後闘ってくれている盟友達に人々が免罪符を与えてくれる為に。それとも大人しく彼女と2人逃げておくべきだった?ダメだ、そんな事をした所で私は領地を放棄した&王女誘拐の犯罪者となってしまう。
「私は……」
気管が詰まり、声が上手に出せない。
親父、引き分けだな。俺は神様の御前を汚すなんて馬鹿な事はしなかったからな、これは俺の勝ちだ。だけど歳は1つ負けたよ。いつだったかな、ヘンリーに『親父を抜いて50までは生きるんだ』なんて言ったのに、結局叶わなかったよ……。
最期にこれだけは伝えたくて、私は最後の力を振り絞って声を絞り出した。
「私は、貴女の事を、1番愛しています。」
サラサラと砂時計の溢れていく砂のように私の命の灯も消えていく。
身体がじわじわと冷たくなっていくような感覚、意識が遠のいていく感覚にとらわれながらも私は必死に己を保とうとするが、それも叶わないことであった。
「1人ぼっちにしないで、私を1人ぼっちにしないでよぉ……!」
__ごめんなさい、エリザベスさん。
彼の言葉は沫のように雑音に掻き消されて誰にも届くことはなかった、そして彼の心臓は鼓動を止めた。
___第33代オンリバーン侯爵ショーン=オンリバーン侯爵〔557年9月19日~605年9月21日〕享年48歳、ここで人生に幕をとじた。
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彼の命の露が消えたその刹那、彼の魂を連れていくかのように紅い蝶は妖しく舞っていた。
「嫌よ、いや、いやァァァァ!」
彼はもう何を言っても私の問いかけにピクリとも反応しない。
私に笑いかけてくれたあの顔も、すねた顔も悩みを深めていた顔も幸せな顔ももう、見ることは出来ない。
身体は冷たくなって、瞳は私ではなく虚空を見つめている。
「………………」
彼の鮮血を浴びて、持っていた短剣を呆然と地面に落とした彼女は何も言わずに彼の亡骸を見つめていた。
「ステラ=スカーレット……!」
ひるまされて、彼女の侵入を許してしまったイシスが自責の念と怒りを押し殺して言葉を紡ぎ、タイミングをつかんで彼女を取り押さえて、何処かへ引きずっていく。
皆がその場から動けない。突然の出来事に酷く狼狽えて彼の死という衝撃から脱する事が出来ていない。
「ショーちゃん、お前はどこまでツイテナイ男なんだ……先代とは違って孫どころか子供さえ抱けなかったじゃないか。」
ヘンリーは虚空を見つめている彼の眼をソッと閉じた。そして、その後に言った彼の言葉はむなしく響くのみであった。
お母様もルナ先生も皆がいたたまれなくなりその場から立ち去るようにして姿を消す。残ったのは、サマードッグ元公爵とアベルとヘンリーと私と彼だけだった。
「サマードッグ元公爵、葬式もお願い出来ねぇか?今すぐにとは言わん、1週間以内でいいから。」
「ヘンリー、貴方って本当にデリカシー無いですね!こんな所でそんな話をしないでください、まだエリザベス王女だって現実を受け入れられて無いんですから。」
「アベル、俺だって受け入れられてねぇよ!ショーちゃんが、幸せを掴もうとしていたのに……でも、現実は見なきゃいけない。それに、俺はあんなショーちゃんの姿を見ていられない、あれを見続けるくらいなら早く灰にしちまった方がいい。
元公爵、お願い出来るか……?結婚式だけでも無茶だったと思っているよ、だが頼む!」
「分かりました、4日ほど先ならなんとか予定を組み込めるかと思います。」
元公爵は立ち去るように帰っていった。
ついにその場に残ったのは、私と彼と盟友2人のみであった。私達はいつまで経ってもその場から離れられなかった。
そのうち雨が降ってきて、私の顔にドレスについた血も彼の紅く染め上がった白タキシードの血を落とさんとばかりに雨は激しさを増していく。
「ベス、もう雨が酷くなった。このままじゃショーちゃんもお前も風邪を引くじゃないか……。早く屋根のある所に避難しよう。」
「もう少しだけここに居させて。」
突然の雨に慌てたアベルが傘を何本か取ってきてそのうちの1本をヘンリーに手渡してから、もう何本かを濡れないようにとショーンの周りに差していく。ヘンリーは傘を私の真上に差して、私を気遣ってくれる。
「ねえ、お願い……眼を覚ましてよ。」
冷たい唇に目覚めのキスをするが彼の呪いは解けることなく、眼は閉じられたままだ。
私は、彼から離れてから言う。
「ねえ、オティアス……貴方が言っていた“とてつもない不幸”ってこれの事なの?
ねえ、答えてよ……いつも、こういう時にうるさいくらいに側に出てきたじゃないの!ねえ、答えてよ……!!」
もう充分だ、とてつもない不幸はやって来たじゃない……。なのに、亡霊のようにユラユラと現れていた彼の姿はない。
依然として雨は、無情にも降り注いでいく。彼の血だまりは洗い流されて彼の最期の痕跡すら消されようとしていた。
「ベス………」
アベルとヘンリーがハッと息を呑んで、憐れむような私を見たが、それも気にならないほどに私は人目も憚らず、恥も外聞も捨てて泣きじゃくった。
激しく雨が降りしきるなか教会にあったのは、どす黒く変色した白薔薇の花びらの上で冷たくなった男とその男の側で泣き叫ぶ女、それを憐れむ男の盟友2人の姿だった。
次回、エピローグ。




