夢幻の結婚式
レミゼ暦605年9月21日、誰にも知られずに極秘結婚しようとする1組のカップルの姿があった。王女エリザベスとして戸籍上死亡して平民エリーゼ=ベルディスという少女として生きる女と600年続く侯爵家に生まれながら時流に呑まれて最後は悪徳大臣の汚名を被って王宮より追放された男の結婚式だ。
「お前らの結婚はまず、ほとんどに知られていない。というか知られたら(死亡偽造に戸籍偽造とか王宮に火を放った事とかグレーゾーンの犯罪(?)がバレて)色々とまずいから超略式で行わせてもらう!」
夕方、私達2人や参列者などの関係者一同が集められて事前ミーティングが開かれる。
これって結婚式なのよね?私が王女としての死亡を偽装した時も思ったんだけどホウレンソウはちゃんとした方が良いと思うのは私だけ……?
「外務大臣、俺は一切聞かされて今回の件をいないんですけど……」
「私なんて5日前に急にかり出されたんですよ!」
……やっぱり、ホウレンソウはちゃんとした方が良いと思った。そう言うのは、衛兵長のジョン=クックと牧師役を買って出たサマードッグ元公爵だ。
「まぁまぁそう怒るなって、だってこんな国家機密を簡単にぽんぽこ明かせるわけ無いだろ?そりゃ、俺とアベルとかはミーティングしてたけどさ、全員集めるのは中々キツいんだぜ?」
「まぁそれは、この状況見れば本当に最低限の式にする事くらいは想像つきますが……。」
参列者はアベル、ヘンリー、お母様(と護衛のジョン=クック)、ルナ先生のみ。ついでにいえば当事者である私達2人とガードマンのイシスが居るがそれはカウントしない。
「それで、式の順序はどうなるんです?」
それでは、一般的なレミゼでの結婚式の順序を紹介しよう。
参列者が揃ってから、新郎、新婦、両家親の順で入場→讚美歌を歌う→よく分からんお経っぽい感じのありがたい言葉→誓いの言葉と結婚書署名→指輪交換→2人による誓いの言葉の後、誓いの口づけ→退場→外でフラワーシャワーを浴びた後にブーケトスという順だ。
ブーケトスさえ終われば後は無礼講で両家の親族が新郎新婦そっちのけでドンチャン騒ぎしたりとまぁ比較的自由だ。
このようになんちゃってキリスト教式の(普通なら贅を尽くした豪華な)結婚式がレミゼでは行われている。
「まず入場はチンタラ動かない、2つ目はサマードッグ元公爵よ讚美歌かありがたい御言葉のどちらか……出来れば両方ないし後者の方を省くなんて出来ないかな?省くのはそれぐらいだ、後はシャンシャンと動けばなんとかいける!」
「省いちゃダメですって!なるべく早口で言うように努力するんでそれじゃダメですか……?」
「まぁいいか。
………本当は、ジューンとかも誘いたかったんだが、アイツらは口軽いか事の重大さにおののき誰かにばらすだろうからな……。」
とヘンリーはぼやきつつも納得したかのように思ったが、諦めていなかったらしく粘って交渉を進めた結果、(そもそも聖歌隊を呼ぶ余裕もないという理由から)讚美歌を省くことになった。こうして、私達の結婚式は超略式で行われる事となった。
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「新郎新婦入場!」
陽が暮れだした頃に、参列者は5人と牧師1人、ガードマン1人という計7人の人が少ない結婚式は始まった。ショーンの両親は両方とも既に鬼籍に入っており、私の方だって戸籍上親はいない、お母様はもう戸籍上では他人なのだ。
一生に一度着るか着ないかという清楚なプリンセスラインの純白のウエディングドレスを身に纏い、光沢のある白地に銀糸を使った白タキシードの彼と腕を組んで、バージンロードを歩いていく。
そして、牧師の前に並んで立ってからよく分からない言葉を頂く。元公爵という事が影響しているのか、彼が言っている言葉1つ1つがとても厳かで神々しく耳に入ってくる。
(でも、何かの呪文みたい……)
ヘンリーが『あれ、2、3時間くらいあるから本当にくたびれるぞ。何言ってるのかも分からんし、俺寝かけたもん。』と言った理由はなんとなく分かった。神々しいけど確かに長い、抑揚もない一定のトーンでずっと言われ続けると確かに眠くなってくる。
横の彼をチラリと見ると真剣な顔をして前を真っ直ぐ向いていたので、私も前を向いて言葉を聞く。
(結婚式ってこんなモノなんだ……)
親戚にお年寄りばかりで集まり事といえば、新年か盆か葬式か法要のみで結婚式とか参加した事がなかった私はぼんやりとこんな感じなのかと思った。
早口で頑張ったのか一時間半ほどでありがたい御言葉が終わり、誓いの言葉が始まる。
「ショーン=オンリバーン侯爵、貴方はエリーゼ=ベルディスさんを妻とし、神の導きにより夫婦となろうとしています。
汝、健やかなる時も病める時も、富める時も貧しき時も、妻として愛し慈しむ事を誓いますか?」
「誓います。」
次が私の番か……なんだか緊張してきた。
「ではエリーゼ=ベルディスさん、貴女はショーン=オンリバーン侯爵を夫とし、神の導きにより夫婦となろうとしています。
汝、健やかなる時も病める時も、富める時も貧しき時も、夫として愛し慈しむ事を誓いますか?」
「ち、誓います!」
噛みそうになりながらもなんとか言う事が出来た。次に元公爵は結婚書を取り出して羽ペンをショーンの方に手渡す。彼はサラサラとためらいもなく達筆なサインをしてから、私の方に羽ペンを差し出す。私もサインをする。そして、元公爵が牧師の欄にサインをして、私はここでようやく正式に“オンリバーン侯爵夫人”となった。
その次が、指輪交換ですか……。
(大丈夫かな……指輪ちゃんと指に入ってくれるよね?)
結婚式はハードスケジュールなので、指輪交換の頃には、指がむくんで指輪が奥まで入らないと近所に住んでいた年上のお姉様がおっしゃっていたのを思い出して不安になりました。
私達は横に向き合ってお互いの顔をハッキリと見た後、私は左手を差し出した。彼がプルプルと指輪を持った手を震わせていて、震えるせいで中々私の指に入らない。
「貴方でも緊張する事なんてあるのね!」
「そりゃ、もちろん私だって人間ですから緊張くらいしますよ。」
場が和んで私の肩に入っていた力も抜けてホッとする。指に指輪はスッポリと入ってくれたので安心してから、今度は私が彼の指に指輪をはめる。彼の手と私の手が熱くて、指輪のひんやりとした冷たさが心地よく感じられた。
「「私達夫婦は、こうして結婚式を挙げることが出来た事を、ここにいる皆様と神に感謝して、ここに夫婦となったことを宣言します!」」
私達夫婦による誓いの言葉の後、誓いの口づけ……。
私達は見守られていることを気恥ずかしく思いながら、抱擁してそのまま唇をあわせた。数十秒ほどそうしていただろうか?私達はようやく唇を離した。
年月が経って初めて会った頃よりも色気が増した彼は優しい笑みを浮かべて、嬉し涙が滴り落ちた。私はそれが堪らなく愛しく思える。微笑んで笑いあった後、私達は扉の方に夫婦となって初めての1歩を踏み出していった。
____私達の最期の幸せ。これが、最期の……。彼の命の灯が無惨にも消されるまで、残り23分と10秒ほどの出来事であった。




