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ああ、私はただのモブ。  作者: かりんとう
そして今………
206/229

8月の2人と王宮

8月……夏の猛暑がレミゼを襲う。

夏といえば、海!……海であるが、あいにく私達は海に行けるような身の上ではない。え、なんでって?光源氏みたく身分が高いから?まぁそれもあるにはあります。ルパンみたいに泥棒でもやった?いいえ、そんな事はしてませんし袖の下すらいたいけな私と彼は貰ったことはありません。

言うなれば、元王女の私(王女としては戸籍上死亡済)と悪徳侯爵の名を背負ってしまった彼では、簡単に外をうろちょろと出歩き出来る身分では無いのです。



「海、来年は行きたいな……」


「行けますよ、来年は……フフ、後1ヶ月で結婚式、楽しみですね」


式はもう近々挙げられるだろう。参列者は少ないかもしれないし神は祝福してなどくれないかもしれない、だがこれから2人は幸せになろうとしている。


「それにしても、貴方に料理を教えてもらったり楽しいけどなんか同じことばっかりでツマンナイわ、何か新しくて楽しい遊びは無いのかしら?」


「遊び……2人で出来るモノって何があります?かくれんぼや鬼ごっこは2人では出来ませんし、そうですね___。」



それで、2人で考えに考えて思いついたのが……庭でご飯を食べる事でピクニック気分を味わうというなんとも考えるだけで悲しい行為だった。思いついた理由は、今日が雲1つ無い絶好のピクニック日和の快晴だったから、快晴からマジカルバナナ方式で連想してたどり着いたのが、このピクニックもどきだ。

だだっ広い庭にシートを広げて、バスケットにいっぱいお菓子を詰め込んで、シートの上に2人で座れば、さぁこれでピクニックもどきの完成だ。


「さてと、じゃあ食べましょう!」


「本当にこれで良いんですか?」


「私は別に新鮮な気分を味わえれば良い、これはデートみたいなモノよ。」


複雑そうな彼に私はこう言った。


「そういうものでしょうか。私がこういう身の上なばかりにこのような事に……。

でも、貴女がそう言ってくれるのなら……。はい、お口を開けてください。」


「何それ……もしかして、この間のヘンリーの事を怒ってる?」


口元にまだ温かさ残る焼き菓子を持ってこられて、私は口を控えめに開いた。


「おいしい……」


やや詰め込みすぎたバスケットのお菓子を食べきった後、私達は寝転がる。

彼は、両目を閉じて、片手を額に乗せて心地よさげにうたた寝している、完全に無防備な姿。微風に揺られて髪がなびいている。

でも、少しの寂しさを感じた。

初めての邂逅は恐らく互いに印象最悪のモノだっただろう。でも、私はその頃から彼に惚れていた、彼の持っている何かに引き寄せられたのだと思う。彼の顔はいつも眉間にシワを寄せて無愛想だったが、今では穏やかな仏のような顔だ。

穏やかな事は良いことだが、あの獲物を外さないような顔を見る機会が少なくなるだろうことに少しの寂しさを感じた。


___心地良い風に吹かれて、私も微睡んできてゴロゴロとする。



…………ああ、紳士淑女の皆様方、申し訳ありません。作者がこれ以上の甘い話は無理だと言っているようです。人の頭の中に『もうギブアップ』だなんて盛んに思念を送り込まないでほしい……隣では相変わらず彼が私の苦しみを知らずに気持ち良さそうに眠っています。


「ううん……」


嬉しいけど、私を抱き枕にしないでほしい。

私だって王宮にいた頃はあっちこっち走り回ったり、マナー講師の先生にしごかれたりと何だかんだ運動はしていましたが、ここに来てからは行動範囲がこの屋敷内に限られてしまいましたもので、ふっくらとしてきたと言われることが多くなってきました。


(それって、私が太ったって事でしょう!?)


確かに抱き心地は良くなったのかもしれないけど、乙女としては傷つく所だ。今はまだセーフティラインにいるのかもしれないが、幸せ太りという言葉で済まされない範囲に来たらどうしよう……私、ダイエットの経験は無いわよ!

顔も平々凡々、頭もかろうじて中の上に引っ掛かるクラス、運動神経は真ん中辺り、話が同年代に伝わらない、知らない人に話しかけるときに絶対に『あ、え、』とかどもってしまうそんな私の唯一の美点が太っていない、顔から下だけならモデルになれると誉め称えられた体型である。


(絶対に痩せなきゃ!)


そう心に誓ったエリザベスであった!



_______


一方その頃、王宮内の庭園ではフェルナンドとレオンがテーブルをはさんで椅子に座って話をしていた……。


「あーあ、フェルナンドよマジでツマランぞ。この暇をどう過ごしたら良いんだ!」


「レオン、貴方は勉強を頑張りなさい。ようやく成績が伸び始めたんだから……といっても下の中から中の下辺りだけどね。」


暇をもて余したレオンとそれを諌めるフェルナンドの姿があった。レオンの物言いには、残念な事にフェルナンドも賛成と言わざるを得ない、王宮は目まぐるしく環境が変わっている。いや、目まぐるしく変わる所ではあるが、最近は変わるのがあまりにも速すぎると思う。


「エリザベス王女がいなくなって本当にツマラン。俺は夏バテでも来ちまったようだ。」


ただ勉強をサボるだけの言い訳かもしれない、だがフェルナンドも同じことを思っていた。

エリザベス王女は不幸な事故で身罷られた、マリア=ローザンヌ公爵令嬢は領地に帰って従兄の方と結婚式を挙げたと言う、ステラ=スカーレット男爵令嬢は王都内の屋敷から出てこないらしい、そして、あのジョアンナ=バードミル公爵令嬢はアルベルトの求婚を断りなんと驚きビックリ仰天、放浪の旅に出たらしい。

こんなに周りに変化が起きた。父の宰相は何も言わないが、王宮でも変化は確実に起こっている。


「家に帰ればいいじゃない、勉強は僕も教えてあげるから。」


「じゃあ、そうしようかな。」


立ち上がって、2人が帰ろうかと思っていたその時、美しい庭園の草花を楽しむ余裕すらない若い男がズカズカとこちらに向かって大股で歩いてきた。そして、先程までレオンが座っていた椅子にどっかりと腰をおろしてから頭をかきむしって机をバンバンと叩きながら言った。


「何なんだ、あの無能どもは!!あの頭を鈍器でかち割って中を覗き込んでやりたい気分だ!」


その父親譲りの(父親よりはまだ口調が丁寧な分マシな)物騒な物言いに近くに居た淑女の方々が眉をひそめて咎めるような視線を送ってくるが、その中に直接彼に言う勇気のある猛者はいなかった。


「あのう、どうしたんですか……?」


「ああ!?なんだフェルナンドか久しぶり、元気だったか……もしかしてお前は従弟のレオンか?相変わらず13年たってもそのアホ面は直らないんだな。

まぁなんだ、今は休憩中だし話でもしようじゃないか。」


「失礼だな、人の事をアホアホ言うな!」


そう。彼は御歳29歳になられたエドワード=ベアドブーク公爵令息。外務大臣の息子にして数ヵ月前まで(表向きは13年間領地にて療養していたということになっているが)フリーランスの外交官として活躍していたよく分からない詰め込み設定満載の御方である。


「すまんすまん、俺とした事があまりに大人げなく怒ってしまった……これではあのクソ親父と同じじゃないか。

フェルナンド、俺が居なくなった13年間に一体何があったらこうなるんだ?内務府はまぁ引き締めとか色々されてマシになったと思うが、外務のあの堕落ぶりは……俺の事を病弱な道楽息子となめきって、外務府の職員一同様々(無能ども)は『こっちには、こっちのやり方がある』とのとーっても頼もしい言葉を頂いたぞ。」


「それは、それは災難な事で……」


本当に訳が分からんと彼はくだけた口調で言う。彼が国を出た13年前と言えば、前王陛下と前宰相による安定政権下だったのでこの状況はいまいち想像しにくいのだろう。


「俺の事を無視して話を進めないでくれよ……」


レオンは無視された事を拗ねていじけている。

エドワード様はそれを慣れたように笑みを見せて答える。


「ごめん、レオンは親父と似ているせいかついついいじめたくなっちゃうんだ。それと、あのトール=ドレリアンだったか?ちょっと前に彼とマルチウス帝国で会ったよ、元気そうにやってたよ。」


「トールが……それは良かった。レオン、トールならもっと上手く勉強とか教えられたと思うんだけど……彼が居ないのが心苦しいよ。」


「俺は、ブリザード吹かせて無愛想なトールよりもジューンには負けるけどほんわかとしてるフェルナンド辺りがちょうど良いんだよ。」


「ジューンか……。」


ジューンの名前が出たときにピクリと身体を動かしたエドワード様は懐かしむように明後日の方向を見た後、何かを言いかけたのだがその時、遠くの方から彼と同じく草花を愛でる余裕すら感じさせない血相で我が父アベル=ライオンハートがこちらの方にやって来た。


「あの、エドワード様……井戸端会議もよろしいのですが、仕事はキチンとしてもらえませんかね!」


「それを何故宰相御自ら私におっしゃるのです?ああ、ここではあえて言わないでおきますがだいたいの予想はつきますよ。

それで仕事ですか……外務府はとってもユーシューな方々ばかりなので私のような新参者は仕事が無いと言われたので、このようにしている訳ですが………ダメ、ですか?」


外務府は……のくだりから急に棒読みになったのは、気のせいではないと思う。


「さっき休憩中だって言ってなかったか?」


「シーッ!レオン、貴方は空気を読むという言葉を覚えてください!」


レオンは『空気は読むものではなく吸うものだ』ととぼけながら燃料を投下する、先程の無視に対する仕返しなのだろう。


「休憩中?ヘンリー、外務大臣はそんな事は命じていないと思いますが!!」


「私は欠員が出た時の後方支援の為に待機している所であります、ですが優秀な御方々がいるため私のような若輩者が御手を煩わすのはどうかと思いまして………」


ここまで我が父が激怒するのは初めて見た気がする。


「言い訳は結構!!!!

とにかく、仕事に戻ってください!それと……貴方は何故サボろうとするんですか?職員の方々に対する当て付けですか?」


「いいえ、それはありません!ウチの家訓は『人が嫌がる事は率先して行うこと』ですので、困っている方がいるのであれば、率先して補佐します!」


彼は胸を張って言う。

多分、言葉の意味が間違っていると思う。一般的には“人がやりたがらない事を進んで行うこと”であるが、彼の場合だと“人がされたくない質の悪い嫌がらせを嬉々として行うこと”に変換されるようだ。

まあ、言葉としては間違ってはいないだろう。どちらも『人が嫌がる事は率先して行うこと』なのだから。


「ああ、そう……。貴方とヘンリーってやっぱり親子なんですね、そういう分かってて行う所が似てますよ。もう仕事に戻ってください、それとそろそろ私の胃も限界なので騒ぎだけは起こさないでください!

ションちゃんの件もあって色々と限界なんですよ……。」


「はぁ、前司法大臣の件か……親父から聞いたとき正気かって思ったよ、あの広大な600年の歴史がある“オンリバーン侯国”が直轄領で治められると思うか?もって10年無いね、あれだと。

宰相がその処理で大変なのに俺ごときが御手を煩わす訳にはいかんな。さてと、無能どもを処理しに行くか………。じゃあねフェルナンド、レオン。今度はゆっくりと時間を作って話そう。」


彼は黒い悪魔のごとき笑みを浮かべながら、外務府の方へと歩いていった。


「処理って何する気だ……」


「それにしても、“オンリバーン侯国”が10年持たないとは一体どういう事ですか?」


戦々恐々とするレオン、だけどフェルナンドが気になったのはそこではなくその前の部分であった。


「フェルナンド、今まで600年……侯爵家自体で言えばそうですが、前王朝もしくはそれ以前の大帝国時代からあの地に居た一族が居なくなる事は意外と影響があるものです、今日明日ですんなりと物事が解決するモノではありません。

……そして、お前には冷飯を喰わせる事になるかもしれません、愚かな父を許してください。」


「いいえ、それは……。」


「じゃあ、私も仕事に戻ります。」


諭すように言う父にフェルナンドは何も言えなかった、何か言おうにも言葉が思いつかない。


「フェルナンド………」


レオンが心配そうにフェルナンドを見る。

フェルナンドの眼の先には仕事を急ぐ父親の姿、それは斜陽に呑まれていく男の姿であった。


「さあレオン、勉強しに行きましょう。今からでも遅くはありません。」


「何だよ、心配して損した気分だ。」


2人も西に向かって歩いていく。今日は何を勉強するか、そんな他愛ない話をしながら。



____王宮も確実に変わっている。王も貴族も平民も誰も知らない所で、彼らの幸福に少し、また少しヒビが入っている。

彼らの破滅と王国の滅亡もそう遠い日々の話ではない。





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