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ああ、私はただのモブ。  作者: かりんとう
そして今………
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紅い蝶の怒り

「君、私の留守中にずいぶんとシナリオを書き換えたみたいだけど、どういうつもり?」


「どういうつもりだなんて酷い、僕はこんな悪趣味なシナリオをハッピーにしようとしただけ。」


湖のほとり、少年2人が話をしている。

1人は緑髪の真面目そうに見える少年、もう1人は青髪の不真面目そうな少年。2人とも正反対の性格で、着ているモノも堅苦しいスーツとジーンズにシャツ、スニーカーのラフな格好と対照的である。


「そもそも、ここは私の管轄だ!君は自分の所を管理しなよ。知らないと思った?君がオティアスの姿をして余計な忠告をしていること、これ以上物語を掻き乱さないでくれるか?」


「だって、僕はこの終わり方に納得出来ないんだもの……でも君は、シナリオ通りに進めるんだろ?」


青髪の少年は緑髪の少年のネクタイをいじりながら、悲しげに湖の方を眺める。

そして、ネクタイから手を離して、指をパチンと鳴らしてから呪文を唱えた。すると湖の水面に映っていた映像が正面に浮かび上がってきた、そこには王女エリザベス__今はエリーゼと名乗る少女とその歳の離れた想い人の姿があった。


「ああ、そうだ。こんなシナリオ、認められない!私は、管理者としてこんなシナリオをぶっ壊す。」


「運命か……でも、この世界はゲームの世界ではない。よって、そこで暮らす人々は生きている人間だ。あらかじめ決められた言葉を喋り、決められた行動をするプログラミングされた登場人物ではない。

悪役が滅ぶと誰が決めた、正義が勝つだなんて誰が決めた。」


激怒する緑髪の少年に対して、冷めた眼で言葉を返す青髪の少年はため息を吐いて湖に映る下界を見た。

そこでは、人々が当たり前の日常を送っていた。当たり前(・・・・)の定義など人によって異なるが、皆それぞれにとっての当たり前の日常を過ごしていた。胃を痛めながら臥薪嘗胆して機会を窺う男、自らの老いを感じていても見て見ぬふりをして鳴り物入りで入った息子と衝突しながら職務に励む女泣かせな男、地位も名誉も全てを捨てて想いを遂げた男女……いずれも崩れそうな日常を過ごしていた。


「君は色々と邪魔してくれるよな?過去で言えばオティアスに妙な力を与えて何かしようとしたり、今回の事といい、君は管理者失格じゃないの?余計な感情を挟むのはご法度な筈だ。」


「ああ、そんな事もあったね。まーまー怒らないでよ、ミラーナ君。それは失格かもしれないけど、下界に干渉して運命を書き換えるのも管理者失格だと思うけど?

確かにこの世界はゲームを元に作られたけど、何もその通りに管理しなくても良いと僕は思うけどね。」


緑髪の少年ミラーナにおどけるように青髪の少年が言った。


「……君には、関係ない!」


ミラーナは手のひらを前に重ね合わせて出すと何やら力を込め始めた、その証拠に彼が腕にしている飾り気のない腕輪が発光し始めてまばゆい光を湖の水面に放つ。

湖には、波紋が広がる__憎悪、猜疑心、不安、戦慄、畏怖……様々な悪感情を乗せて下界にじわじわと侵食しながら広がっていく。


「うわぁ、君も酷い事をするな……そこまでしなくても良いんじゃない?今でも充分に悪は倒されてハッピーじゃん。僕はハッピーエンドの方が好きなんだけどなぁ……。」


「君の趣味なんて知らん!」



ミラーナは茶化しにきた青髪の友人からそっぽ向いて、湖に広がった波紋が下々の皆さんに行き渡るのを確認してから歩き出した。その先には牛のような筋肉質の中年男が2人の様子を見守りながらもじもじとして控えていた。

男は、湖に浮かび上がった的中率99.9%の未来予想映像を見てハッとしてから顔を背けて、悲痛に顔を歪めた。


______


ドクン……そう何かが心の中でうごめいて、波紋のように広がっていく。王都にある自宅内に引きこもっていたマイク=ワンスの心の中に新たに何かが生まれた瞬間だった。


「許せない……!」


正義が勝つ、それは常識だ……!故にこの状況が許せない、いいや許されない。

優しさや良心の欠片も無い冷血漢達がまだ息を吐いてしぶとくこの世で生き続けている、それこそが許しがたい事実だ。

……その存在そのものが罪なのだ!

___彼はこのように最もらしく言うが、彼が抱いている感情はただ自分のプライドを傷つけられた怒りであった事に彼は気づいていない。


「どうして、このような不遜で傲慢な奴らを放っておくのだ!」


今まで以上の止めどない無限の憎悪が、悪しき者どもに対して歪められた怒りが沸き起こった。

“平穏を邪魔する侵略者”と内務大臣はかつて、俺が奴らを攻めようとした時にそう評した……それでもいい、誰かの平穏を壊すことになっても正義を為す事に比べれば、ほんの少しの犠牲など些細な事だ!俺は何も間違ってなどいない、悪が排除されてこそ真の天下泰平はやって来るのだ!

復讐はまだ終わっていない。俺を惑わせて虚仮にしたあの悪徳宰相達に、事件の捜査を怠った手先の悪徳大臣に、今こそ報復を!!

そして、その為に利用できそうな女もいる、彼女なら姉の仇を討つために、いかなる手段も使うだろう。仇討ちほど血みどろな殺意が起こさせるモノがない事を俺はよく知っている。

俺は、自らの使命を為すために“彼女”の元へと向かった。__スカーレット男爵邸に。



「あの……何か私に用ですか?」


鈴のように清らかな声で戸惑いがちに俺に声をかけるステラ=スカーレット男爵令嬢。


「オリジンの仇を討ちたい、俺はあの悪徳宰相を許せないんだ……だから、俺に協力してくれ!」


「宰相様はそんな人じゃありませんわ……」


齢15、6の少女が到底するモノではない全てを諦めきった疲れはてた表情、彼女は気力を失っている……何か彼女を奮い起たせる事の出来るネタは無いか、そう考えて1つあった事に気づいた。


「君の友人だったエリザベス王女、彼女は実は邪魔になった宰相とその手先の元大臣に謀殺されたんだ……」


「王女様が………?」


口から出任せだったが意外にも効果があったようだ。友人の王女とケンカ別れのまま王女に死なれた彼女のその無念に付け入るような真似だったと少しの罪悪感を覚えるが、偉大な正義を為すためには仕方の無い事だ。

エリザベス王女、彼女は不注意で窓の側に燭台を置いたまま眠ってしまったがために逃げ遅れて死んでしまった。……公式発表はこうだ、これが事実であったとしても関係無い!故人には申し訳ないが大義名分は必要なのだ、ステラ=スカーレットという都合の良い駒を手に入れて自らの手を汚さずに正義を為すためには……。

そして、その先の説得は簡単だった……。



許せない……!

そう俺と同じ憎悪に染まった紅い蝶のように愛らしい男爵令嬢の顔に内心満足しながら俺は男爵邸を後にした。

王都ラブルを歩く。でも、あの快感は得られない、あの皆が俺に同情を向けてくれるあの快感を。皆が俺を見てくれるあの快感が欲しい、それはきっとまた身近な誰かが死ぬか、正義のヒーローにならないと得られない。

__悪を倒す正義のヒーローが悪徳宰相を倒す、輝かしい物語……正義を為す、それがオリジンを弔う事になるのだ!

__悪の華を散らせ、正義の華を咲かせろ!

胸の中からそう囁く声が聞こえてくる。


「全ては、正義の名の元に……」


彼は恍惚と呟いて、フラフラと自宅の方まで歩いていった。



_____


一方その頃、王都郊外の某屋敷では2人の愛し合う男女が花の剪定を行っていた。この寂れた屋敷には、本来の持ち主の趣味なのか白薔薇ばかりが植えられていた。


(ヘンリーに白薔薇なんてね……似合わないわ、今は亡き彼の奥さまの趣味なのかしら?)


白薔薇じゃなくて大輪の紅薔薇の花束を差し出してトレンディーなドラマに出てくる主役の男みたいに、かの有名な『君の瞳に乾杯』のようなセリフで口説いてきそうなあの男と純潔な白薔薇というのは、妙な組合わせだとエリザベスもといエリーゼは思う。

そんなとりとめもない事を考えていると横から小さく“痛い”と聞こえた、何かと思うと横で同じく剪定をしていた想い人が指を押さえていた。


「痛っ……!」


「ショーン、どうしたの!ああ、薔薇の棘が。」


エリザベスが押さえている手を払いのけてからショーンの指を見ると、じんわりと血がにじんでいた。


「これくらい、冷やしておけばなんとかなるでしょう。」


「ダメよ、ちゃんと手当てしないと……」


彼の指からは血が1滴流れて、白薔薇の上にボトリと落ちた。花びらが白から赤に変わっていく。


「じゃあ、私は傷口を洗ってきますので。」


彼は恥ずかしそうに顔を逸らした後、母屋の方に走っていった。私の顔に何かついていたかしら?


「ションちゃんの変なの……」


私、これでも頑張ってるんだから……。

ようやく、チョコレートを作ってもドロドロにならないようになった、前ならドロドロになるか石みたいに固くなるかのどちらかだったのに。

ようやく、簡単な食事なら作れるようになった、ションちゃんほど上手く作れないし不恰好だけど。


「ねえねえ、傷はもう大丈夫?」


「え……ああ、はい。大丈夫です。

心配かけてしまいました。どうしたんです、浮かない顔をして?」


それは貴方が浮かない顔をしていたからよ……そうとは口に出さないで、私は素っ気なく


「なんでもない」


その一言だけを言った。

すると、彼は首をこてんとかしげながら言う。


「それにしては、えらく不機嫌ですね。私、もしかして何かしてしまいました?」


「別に、そういうんじゃないよ。なんでそんな顔をしているの?」


私は元々ネガティブ思考の持ち主だと思う。悪いことが起きると何でももっと悪い方向に考えてしまう。

……もしかして私に魅力がない!?それはあり得る、女気とか愛らしさという言葉とは無縁な私だったから……。

私の考えを読み取ったのか、彼は私の頭を子猫を撫でるように撫でながら眩しい笑顔を向けて言った。


「心配しなくても、私は貴女以外に好きな人は居ませんから。ただ、王宮での事を考えていただけです。」


「なんか私の事を子供扱いしてない?

私はもう16、結婚も出来るれっきとした大人の一員よ?」


日本の成人はハタチなのに、レミゼはずいぶんと早い。中等科卒業後に結婚する令嬢方が多いからそのせいもあるんだと思う。


「してませんよ?

なんなら、今日は少し夜ふかしでもしますか?」


「もう……」


私は顔を赤らめて彼の方をじっと見つめた、すると彼は私を抱きしめた。



____“正義”はじわじわとゆっくり侵食しながら、2人のささやかな幸せを、時間を黒く塗り潰していく。影が全てを呑み込み、終末がやって来る時も後少しだ……。






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