歴史の闇に消えた王女
レミゼ暦605年5月某日夕方……。
世間は爽やかな新緑に浮かれている中で、浮かない顔をしている者達が存在している。
「エリザベス、何度もしつこいようだけれど本当に良いの?後戻りは出来ないし、後になって後悔してもその時にはどうとする事も出来ないのよ?もう1度言うけど、これで最後よ……本当に良いのね!」
「お母様、私は覚悟出来ています……。」
決意を胸にエリザベスはそう強く誓った。
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このような事になったのは、少し遡ることとなる。その日のおやつ時に、お母様から大切な話があると呼ばれた事がきっかけである。
室内にはお母様、ヘンリー、イシス、私の4人だけ……。1人、暗殺者が混じっているがお母様がこの場への臨席を許可したのだろう。
「お母様、御用とは一体……?」
「貴女にとって大切な話よ、あの覚悟はまだ揺らいでいない?」
あの覚悟とは、ションちゃんと一緒になるという事だろう。私の反応を見たヘンリーは首をかしげて言う。
「なんか知らないみたいだけど……。
はぁ、おかしいなあイシスがお前に計画について何か話していなかったか?」
「いいえ、聞いてないわよ?それとヘンリー、貴方はやけに元気がないけどどうしたの?いつもの貴方らしくないじゃないの」
「いやぁ、最近俺はつくづく自分の手法が時代にそぐわなくなっているんだなぁって思ってな。あの馬鹿息子を見ていると特にそれを痛感する」
ヘンリーはどうやらジェネレーションギャップに悩んでいるようだ、外を黄昏ながら見て、お母様から『外務大臣、黄昏時はもう少し先ですわ』とよく分からないツッコミを受けていた。
「……あのさ、話ずれてる。
本題に移ろうとしたら来客があってそのままそれを待っているうちにその事をスッカリ忘れてたんだ、ごめんなさい。」
そういえばそんな事を言っていた気がする、“本題に移りたい”とか言っていたらマリアが来たんだっけ?
「まぁいいわ、貴女と彼が結ばれる機会がやっと巡ってきたわ。そのためには、貴女が王女の身分を捨ててまったくの別人として人生を歩んでいくことになるんだけれどもそれでいいかしら。」
「はい……!」
政治的には、負けを前提に次世代に繋ごうという計画。個人的には、彼は処刑されて別人として新たな人生に繋ごうという計画。
___それが、彼の本当の狙いだった。
「本当なら、貴女達2人共を死んだことにして“王女と侯爵が結ばれた”ではなく“一般市民同士が結ばれた”という筋書きだったのだが、あの裁判で思ったよりも判決が軽くて、爵位返上の上で軌道修正することにしたんけれども、返上する事が中々承認されなくてね……。
あちらはともかく、ナクガア輿入れまで約1年、貴女には残された時間が少ないわ。だから、ひとまず貴女を“一般市民”にする必要があるの。」
「それから、どうするのです……?」
「返上が承認されそうなタイミングを見計らって貴女達を結婚させてから、どっかの家の養子にしてから、“ショーン=オンリバーン”と“ショーン=養子先の姓”という申請時の手続き中一瞬出来る二重戸籍状態の時に“ショーン=オンリバーン”という戸籍自体を抹消する……簡易的な要人保護プログラムよ。」
「結婚は後の方が良いんじゃ……?」
「結婚の方が不備が出る&手続きに時間がかかる可能性が跳ね上がるからよ、もし何か言われても『私が結婚したのは、養子先のどこかの家(未定)のショーンさんで侯爵ではありません!』って逆に怒ってやればいいのよ。」
「良いのかな……」
なんか罪の無い職員に申し訳ないような後ろめたい気持ちになると同時に上手く行くのかと不安になる。
「ま、俺達いっつもアウトローで切り抜けてきたし女にも男にも強いから何でも来いって感じ……かな、俺達がお前らの天使になってやるからよ安心しろ。」
「なんか言ってる意味が分からない……」
よく分からない安心の言葉を貰ったのだが、私にも意味は分からない。
「外務大臣、では話は終わったので仕事に戻ってくださる?」
「人使い荒いんだよ……ベス、お前は今ものすごくべっぴんさんだ。お前のお母様も昔は顔だけは良かった、それが今はこんな鬼ババに……お前はこうなってショーちゃんに逃げられないようにしろよ!」
お母様にギロリと睨まれたヘンリーは、一目散に部屋から出ていった。
「ふぅ……誰が鬼ババですか、私は今も昔も優しいですよ?だが、あの男のああいう所は嫌いではない…………好きでもないが。」
「…………」
私はこれに苦笑いするしかなかった。
お母様とヘンリーの相性が良くないのは昔からだったが、喧嘩するほど……というし、なんだかんだやるときはやるという感じの仲悪くもない2人である。
「……じゃあ、決行は今日の夜。詳しいことはその時になってから話すから、また夜に会おう。」
「ねえ、イシス……!私ね、やっぱりホウレンソウはちゃんとしておくべきだと思うのよ、今始めて今夜決行だって聞いたわよ!」
順番が間違っていると思う……当事者でありながら、決行の数時間前にそれを知るってどうなのかしら!?
「いいの、いいの。………知らない方が面白そうだと思ったんだけど、流石にそれは良くないと思ったんだよ?」
「何言っているの、最後まで秘密にしておくつもりだったくせに。それを聞かされて、着ている紺青色の服よりも真っ青になって卒倒しかけた外務大臣には少し同情したわよ……。」
「……………」
お母様がボソッと言った事を聞いて私はやれやれと力なく笑った。
___その日の夜、王宮で火災があった……そして、火事から逃げ遅れた第5王女エリザベスが死亡した。その遺体は顔の判別もつかない程で、哀れな王女は歴史の闇に消えた__。
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王女が歴史の闇に消えた頃、ナクガア大使館である密談が行われていた。
「そうか……ようやく彼女は結ばれるのか、幸せになってほしいモノだ。外務大臣、この国の行く末を知る我が身とすれば、切実にそれを願う。」
「この度は、静観を貫いて下さりありがとうございます。……時にイチヤ王太子、実は貴方はベスの事が好きだったんじゃねぇか?」
不思議そうな顔でこちらを見てくるイチヤ王太子、ヘンリーはその反応を見て納得した後に、何も言わずに彼の返答を待った。
「そんな訳……僕と彼女はただの“共犯者”だ。だから、こうしてこの国に燃料投下しようとした馬鹿に睨みも聞かせて防いだし、非公式ながらにアン王女との婚姻を認めたんじゃないの。
僕はそこまで、外務大臣が思っているほど心を鬼にできる人間では無いよ。
で、“彼”は今どこに居るの?」
ショーちゃんが抜けた穴というのは思いの外大きかった、それほどに彼の存在は大きかったのだ。だから、彼の出来事を超える良いニュースをもたらす必要があった俺は、恥を忍んで息子を外務府勤めにすることにしたのだが、その仲介とそのついでに非公式ではあるがいくつかの協定をナクガア王国の間で結んだ。
「アイツは俺の所の別邸でかくまってるよ。あのまま侯爵邸の方に居続けさせるのは危険だったからな、暴徒化した奴らから守るために保護している。」
「ふうん、そっか。まぁ僕はこの先、彼女の問題に関してはまったくのノータッチの予定だからね……そっちでなんとか頑張ってよ。
貴方の嫡男、王宮で活躍していると風の噂に聞いたが、僕を顎で使うのを見る限り貴方はまだ枯れきって無いと思ってしまうよ……ナクガア的に見れば、とっとと隠居して無能な次世代どもに譲ってほしいんだが。」
「ヘーヘー、お誉めの言葉ありがたく思います。でも無能って言い過ぎでしょう、それはいくらなんでも、それを言われると隠居しようにもしずらいんだが…。」
「まぁ、僕はこっそり戻らないといけないからそろそろ帰る、頼むから彼女には何も余計な事は言わないでよ?色々と面倒だから。」
どこかの誰かさんが自分の事をフットワークが軽いだなんて言っていたが、目の前の国をこっそり抜け出してお忍び中の王太子を見ているとそうは思えない……自分はそろそろ歳だと思う。
昔は徹夜くらい平気だったのに今はそうはいかない、昔は長時間座りっぱなしでも王宮内を両手に書類抱えて走り回っても特に何もなかったのに今は歩く度に関節部分が鈍く痛む……雨の日は特にだ。
「本当に、ありがとう……」
そう言ったのは自らの老いを感じていた俺なのか、静観を決め込んだ彼なのか分からなかったが、俺達はお互いに握手をした。
それを見守るように火の灯りが2人の全身を照らした。




