お茶会
___すべての始まりは6歳の時、だっただろうか。
「よく来たわね。」
金髪碧眼の美女が私に優しく言う。彼女は私の母であるこの国の王妃だ。
この母に言っても信じてもらえないだろうが、私には前世の記憶がある。
「エリザベス、ゆっくりお茶を飲みましょう。他の方々もそのうち来るわ」
ああ、そうだった。私の名前はエリザベスだった。王女様と呼ばれているので危うく自分の名前を忘れるところだった。
「お母様、今日はどのようなご用で?お姉様方はどうされたのですか?」
茶会は、デビュタントを迎えていない15歳以下の子供達が参加するもので本来は休日に行われることが多いらしいが今日は平日である。
「そのうち来るわ。あなたは熱を出して学園を休んでいるけれど、本来はちゃんと通わなくてはいけないのよ。学園長には明日から通うように話は通しているので明日から行きなさい」
こんなことも分からないのかと言う目で母は私を見た。
なるほど、私の上には姉が4人、兄1人がいる、彼らの姿が見当たらないと思っていたら学園に行っていたからかとようやく納得した。
ちなみに熱を出したのは前世の記憶を思い出したから。いきなり6歳児には、いや大人でも情報過多で倒れてしまう。
膨大な情報が木登り最中の私を襲った、お陰で私の中はずいぶんと情報がごちゃ混ぜにされて“私”と“エリザベス”の情報がひどくぼやけて曖昧なモノとなっている。
「はい、分かりました。」
しばらくして、兄と姉たちがやって来た。兄の名前は、アルベルト。姉は上からマリー、マーガレット、アン、イザベル。
「エリザベス、大丈夫?」
兄は私を気遣うように聞く。姉たちは、だから木登りなんてダメって言ったのに、だとかなんとか言っている。
この様子から見るにどうやら兄妹・姉妹仲はそんなによくないのかもしれない。
「まあまあ、エリザベスも反省して木登りはしないと言ったから。貴方たちもその辺にしておきなさい。」
お母様、そんなことは言っていませんが……
それにしても、エリザベスはずいぶんとお転婆でひねくれた少女だったのかもしれない。“私”はもちろん木登りなんてしない。
そんなことを思っていると、少し遠くを歩いていた男が目に入った。
「あら?あの人は誰?」
お母様に聞くと、
「う~ん、誰かしらね。遠くだからちょっと分からないわ。たぶんお父様よ。」
「そうかな?」
あの“お父様”にはとても見えなかったが……。
私の父である国王はとても服の趣味が良くない。いや、私に良くないように見えるだけで周りにとっては普通なのかもしれないが、やたらと見ているこっちの目がチカチカするような金銀が至るところにちりばめられた服ばかり着ている。
「やぁ、エリザベス。もう具合はいいのか?」
……噂をすれば。ニタニタとした笑みでこちらを見てくる。
だが、見た目に反して王としてはそれなりに優秀な人らしい。
「ええ、大丈夫ですお父様。お気遣いありがとうございます。」
そして、しばらくして茶会は終わった。
あの男の人のことを侍女のマリッサに聞いたが、誰なのかは結局分からなかった。
部屋に戻り、私は息をつく。
私には役に立たない記憶がある、ここが『前世でやってた乙女ゲーム』であるということ。
それなら、未来が分かっているからこの国を思い通りにできるじゃないかって?世の中そううまくは出来ていない。
「思い出したのはいいけど、役に立たなさすぎ!」
役に立たなさすぎる記憶である理由は、ここは“乙女ゲームの世界”ではあるが物語開始以前の世界だった。
おそらく物語開始は約50年ほど後、舞台はここより西のマルチウス帝国という国でレミゼ王国は出てこない。
「何もできない……」
それに、私の持っている記憶では他の悪役令嬢のように内政チートとか断罪イベント回避とか冒険者になって活躍とかは望めない。
やることの無い私の新たな人生はこうして始まった。