男達の誓い~in旧特別監査室~
大臣が決まった夜の事……。
ショーンは与えられた農林産業府の大臣執務室へ入った。今はもういない父、ヘンドリックの使っていた部屋に感慨深いものを覚える。
そこには当たり前だが、もう20年も前に死んだ父の面影はどこにもなく本棚ビッシリにホコリをかぶった本、立派な机にフカフカの椅子があるのみの淋しい部屋だった。
何をする気にもなれず、仕方なく“農業生産高”と書かれた本を抜きとりパラパラと見ているとそこには懐かしい父の字で線が引かれていることがなんとも悲しくおぼえられた。
「………親父、なんで死んだんだよ。どうしてだよ、俺にあんなに熱く語っていたのにヒドイじゃないか」
ショーンはソッと本を元の場所へしまった。
いつも忙しく家にいることはなかった父、領民と共に畑を耕して筋肉質で優しかった父、酒豪で豪放磊落だった父……。
そんな父が志半ばでなれなかった宰相、その通過点であった大臣職にようやく成れた、後5年、10年それ以上先になるだろうが絶対に宰相になり父の無念を晴らさなければ自分が生きている意味はない。
(しかし、自分の得意分野とはいえ同じ農林産業大臣とは………)
何かの縁を感じてしまう。
何もかもを犠牲にしてここまで来たつもりだった、だが最近は妙に自分が自分ではなくなったかのような感覚に囚われる事がある。
例えばあの建国記念式典の時だ、どうして王女にあんなことをしてしまったのか……。人目が無かったから良かったものの、彼女のあの顔を見ていると放ってはおけなかった。
(誰かに似てるんだよな、エリザベスさんは…………)
誰だったかを考えながら歩いていると、ほんの1ヶ月前まで働いていた今は物置となっている元職場のあった建物の前に来ていた。よく見れば1番端の部屋に誰かはハッキリと分からないが人影のようなモノがユラユラと浮かんでいる。
(まさか……泥棒?だけど、あそこはがらくた以外本当になにもないぞ)
ショーンは忍び足で建物の中に入っていく、中は薄暗く人の気配は無い。
木の階段を上がり人影が浮かんでいた部屋まで歩く、ギシギシと1歩歩くたびに床が音を立てた。
部屋の扉が少しだけ開いて、窓からの月明かりが部屋に差し込んでいた。
___覗いてみるとそこにはヘンリーがいた。
その背中は何故か寂しそうで孤独に耐えているかのように見えた。
______
ヘンリーは物置になってしまった元職場の一室の窓からの外を眺める、外には真っ暗な空と朧月がぼんやりと弱く輝いている。
空を見て、これからの事に思いを馳せる。
『この国はきっとよくなる、きっと豊かになる』
約60年前から50年前までの約10年間レミゼと南の隣国カオレエア王国との間に起こった戦争(通称カオレエア戦争)でベアドブーク領は焼け野原となってしまった、戦争が終わった後焼け野原となった領地をそう言いながら抱っこして自分に見せてくれたお祖父様はこの現状を見て、なんと言うだろうか?
「しっかりしろってあの祖父さんなら言うだろうな………。あーあ、こりゃ泣かれるかもな。祖父不孝者って、不甲斐ない孫ですまねえな。」
空に向かって情けない独り言を言っていると、部屋の外から誰かの気配がした。
振り返って見てみるとそれは自分と同じく大臣になったションちゃんの姿だった。
ヘンリーは独り言を言っていた、内容からしてこの国の現状に憂いを抱いているようであった。
「ヘンリー、風邪引きますよ……。夜はまだまだ寒いから」
「お前は母親か!そんなに心配されるほど子供じゃないぞ、俺は。」
………………、話が全く続かない。彼とは長い付き合いだがこうなるのは滅多に無い事だった。
「なあ、ションちゃん……あのさ__」
「なんですか?よく聞こえなかったのでもう1度言ってください。」
ヘンリーはらしくない顔をして、誓わねえか?俺ら2人だけの誓い!なんていつもの口調で言うものだから私はつい吹き出してしまった。
「なんだよ~、人が真剣に言ってるのに!
頑張ろうな、俺たちがこの国を良くしていこうじゃないか!俺はこの国の力はこんなもんじゃない、眠れる獅子のように目覚めたら繁栄するはずなんだと思っている。」
「ええ、この国はまだまだ捨てたもんじゃない。そう、皆に感じさせられるように頑張っていきましょう」
私達はこの国のために頑張る、そう誓った。
__チュンチュン、チュン………
私は小鳥達のさえずりで目を覚ます。
身体中がだるくて痛い、どうやら床で寝ていたようだ。一体何が合ったら私はヘンリーと抱き合う形で寝るなんて事が起きるのだろうか………、ともかくこのままじゃ身動きが取れないので起こすことにした。
「ヘンリー、いい加減重いので起きてください……」
「ううん、あと5分だけ……」
ヘンリーは目を擦りながらあくびをしてまた寝ようとする。
「ダメです、起きてください!…………7時55分!?
本当に寝てる暇無いので起きてくださいってば、会議8時からでしょ!」
ヘンリーが付けていた腕時計の指していた時間を見て、私は慌てて準備をする。
宰相と大臣達が集まる会議が8時からある、さすがに最初の会議で遅刻するわけには行かないと思い、嫌がるヘンリーをおぶって急いで会議へと向かった。
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会議になんとか滑り込みセーフで間に合い、遅刻して公開処刑という事態を回避した私達に会議が終わった後、新たに宰相になったアベルは笑いながら言う。
「へぇ、そんなことが……相変わらずだね!」
ショーンからしてみれば笑い事じゃないのだけれど……。
「そういえば、パレスはどうしたんだよ。来てねえじゃねえか?」
「ヘンリーがカツラを送りつけたという噂を聞いた他の貴族達が大慌てでカツラを送ったせいで来なくなりましたよ。まったくヘンリーのせいですよ………」
ヘンリーは反省していない様子でゴメンネゴメンネと言った。
「それにしても、寂しくなりましたね……。ガブリエール伯爵は教育大臣補佐官、ジューンは内務大臣補佐次官で会う機会がほとんど無くなってしまいましたから…………」
アベルの言葉を聞いてショーンは少しだけ寂しく思った。
(もう、特別監査室も無いし皆バラバラになってしまった………。)
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王宮内をツカツカと男が歩く、道行く人は男の姿を見ると怯えた様子でペコリと礼をする。
「くそうッ!」
男の口からは怨みのこもった声が漏れ出た、ほぼ無意識に出たもので男は気づいていない。
男の名前はユーロ=バードミル。
前バードミル公爵で少し前までは内務大臣を務めていた由緒正しい公爵家の人間だ。
(何なんだ、何なんだあの人事は!)
彼が不満を持っていたのは、あの新体制の人事だ。
自分が内務大臣留任にならなかったことが不満ではあるが、それ以上に不満な事があった。
(マルセイ=サマードック、あの拝み屋公爵を内務大臣……。
それも納得できんが、なんであの弟が民部大臣だったんだ!)
留任にならないことはなんとなく予想はしていたが、なんで私が大臣でなくあの弟が大臣になるんだ!という怒りが彼の頭を支配していた。
「おや、あれは、良いこと思いついた……。私をこけにしたアイツらを許すものか、そのためには____」
彼の瞳には、王太子アルベルトとその友人であるフェルナンド=ライオンハートとトール=ドレリアンの姿が映っていた。
王太子はもちろんのこと、他の2人も一応は重要人物だ。現宰相の息子と司法大臣の息子という将来的には王の側近となる最有力候補達である。
「いいや、まだ早いか。もう少し時を待ってからじゃないとダメだな、そのためには邪魔な奴を排除しなければ……………。」
彼の眼が妖しく輝いた。




