表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シキのある世界  作者: 蓮井シバ
9/9

新人戦・人間万事塞翁が馬

 

そこから攻撃部隊の動きは、今までとは一変した。


 それまでの彼らは、敵との一進一退を繰り返し、近接は近接と、遠距離は遠距離と戦うだけの、セオリーを押し通した退屈な戦況を広げていた。


 しかし、シンがその行動を一蹴し、新たに指示を行うと、みるみるうちにイザナ軍が押し勝っていった。


「青一番。そのまま遠距離部隊を潰しに行け! ミラとリョウはその援護!」


『青一、了解!』


『零番隊、了解!』


 ブルートーチ軍の一番隊を中心に、敵の遠距離部隊へ強襲する。リョウとミラは飛んでくる遠距離攻撃を防御シキで防ぎ、ブルートーチ軍を守る。


 敵の中心を縫うようにして進軍を進める。敵中央が開いているのは、直前のシンの指示で、自軍の遠距離部隊がそこ一点を爆撃したからだ。


 しかし、敵の近接部隊もその動きを察知し、分断されていた両側から挟むように一番隊を追う。自分達より倍以上の人数で挟まれれば普通は絶望するが……


「青の二、三番は敵の近接部隊の足を止めろ! 倒せるなら倒して構わない。後衛全員は、止まった敵にめがけてシキを放つ準備! 俺のカウントと共に発射、二、三番はカウントの一拍後に全力で後退しろ!」


 それを予測し、あらかじめ指示が出ていた為、追い付く直前で、他隊が一番隊を守る。それでも戦うには無謀な人数差だが、火力は他から提供すればいい。


「一番、抜けたな。そしたら翻弄するだけ翻弄しろ! シキで壁を作られる前に暴れまわるんだ! リョウ! 右の敵三名に発砲! ミラは一番と共に中へ行け!」


 その一瞬の隙に、一番隊と二人は敵遠距離部隊の目の前までたどり着く。元々前線を押し上げていくスタイルのブルートーチは、戦いながら進軍するのが上手い。すこし時間を作ってやれば、このぐらいの距離は詰めてくれる。


「遠距離部隊! カウント始める! 三、二、一……放て!」


 一番隊が抜けたことを確認し、今度は中央で戦っている二、三番隊を援護する。


 遠距離部隊からの援護射撃と同時に二、三番隊は後方へと下がる。近くにいれば一緒に巻き込まれそうなほど大威力のシキが敵を襲う。


「二、三番。威力は無くて構わない。早いシキで翻弄して、後衛のもう一発につなげろ! 後衛は次の準備……」


 シンが的確に中心を切り崩していく。敵の遠距離部隊も逃げ回ってはいるが、こちらは少数精鋭にしたおかげで、移動速度も普通より早い。討ち漏らすこともないだろう。





 しかし、彼の手腕を凌駕する者が、白狼には一人存在する――





「緑は、そのまま右翼をついて。新撰隊は左に一〇メートル走ったら直進に変更、それで惑わせられる。白狼軍は新選隊の後ろについてそのまま左に進んで。緑はそこで二十秒敵を抑えてて。新撰隊は、目の前から来た敵を十人で足止め、残り十人は緑の後ろに回り込んで敵を奇襲。十五秒以内にお願い。白狼は目の前の敵に集中、そこに厄介な奴がいるから絶対に抜かれないで……」



 戦闘開始から今に至るまで、息つく暇もなくアリサが指示を出す。彼女もシンと一緒で、普段とのギャップが凄まじい。


 とはいえ、シンが戦争中に口調を変えるのは、アリサを見て思いついたのだから、似るのは当たり前だが……


 シンとアリサは指示が混雑しないようにそれぞれの部隊別に通信機を用意して、とっかえとっかえ指示を出す。

 味方は自分たちの軍以外がどんな動きをしているか分からない。いや、見ることができないほど大量に指示が飛んでくる。


 しかし指示が来る前とは変わり、目に見える速度で敵を押しているのが分かるぶん、全員は大人しく指示通りに動く。そうすれば敵は後退し、自分たちが前進するから……


「青一、二、三番!報告を!」


『はい、一番、無事敵後衛内部に侵入完了。シキもまだ余裕があります!』

『二番、簡単なシキでですが、足止めできてます!』

『三番、シキの残りが少し辛いものがいる!手薄になり始め、敵がこちら側によって来た!』



『『『!』』』



 報告した瞬間、彼らは全員声にならない声を上げる。理由は単純、報告が全員かぶってしまったからだ。


 報告は基本的に混雑しないように番号が若い順から行われる。それはブルトーチ軍でも変わらない。しかし、彼らが初めての戦争である事と、指揮系統が普段よりも情報が必要である事、更に指揮の頻度がとても高く、すぐに報告しないといけないと考えてしまった。


 結果、三人の報告がかぶってしまい、


 普通ならば……


「了解。二番は限界まで手数を増やして、敵を三番の方へ流れさせろ! メリッサ! 三番を防御してくれ、何秒でできる?」


『一五秒下さいまし!』


「分かった。三番! 十秒耐えろ! リョウ! メリッサのシキが発動したのを目視してからでいいから特大のを食らわせろ! 三番はリョウが攻撃したのを確認したら、メリッサのシキから抜けて参戦しろ。白兵戦はまだできるだろ?」


『了解!』


『りょ、了解』


 ブルートーチ軍の三隊はかぶってしまっていたはずの報告が全て通じていた事と、間髪入れない新たな指示で動揺を隠せない。しかし今は戦争中、疑問が残りながらも指示通りに動き出すのは、流石軍人といえるだろう。


「そういう事だ。リョウの攻撃を確認したら解除してくれ」


『了解ですわ。ついでにカエデに頼んで少しですが三番の皆さんを回復しますわ』


「分かった。三番! 白狼軍のカエデという者がお前らのところに行くが、大人しく彼女のシキを受けろ。少しだがシキを回復できる」


『わ、分かりました。ありがとうございます』


「礼はいい。こき使ってるのはこっちだ」


 二番が指示通りに敵を誘導し、三番の敵と一か所に集める。それと同時に、リョウのシキが敵の中心に当たり、少なくないダメージが入る。


『発動確認! 解除ですわ!』


 リョウの攻撃を確認し、少し収まった後、メリッサはシキを解除する。このシキは敵の攻撃からだけでなく、リョウの攻撃からも防ぐ役割があったのだ。


「了解! 二番、目の前の敵に白兵戦を! 今ならいける。後衛! 溜めていたシキを一番に当たらないようにしながら後衛を攻撃しろ!」


『『了解』』


 彼らは、普通に報告が通った事に若干不思議に思いながらも安堵し、再び指示通りに動き出す。報告がかぶっていたのはまぎれもなく事実なのだが、白狼軍の全く気にしていない態度から思い違いと判断したようだ。


(全く、普段と違うのは分かるが焦りすぎだろ。俺だったからよかったものの、他の奴だったら懲罰もんの失態を犯しやがって……まあ、時短になったはなったからいい、のか?)


 シンしきりに指示を飛ばしながらも脳内で、ブルートーチ軍の彼らを責める。元々シキの才能がニンシキに偏っていたため、脳内の情報処理速度が素早いシンだったらこそ、同時に話されても聞き取ることができたが、他の者だとそうはいかない。






 イザナ軍はそれからもじりじりと押し続け、敵に反撃を許さないまま、本陣付近まで前線を後退させた。途中回復したアスラ軍が合流して少し雲行きが怪しくなったが、こちらの奥の手である千谷と退海の隊員の協作、超遠距離シキで迎撃して事なきを得た。


 もはやここまでくればイザナの勝利はほぼ確定である。しかし、敵も国を代表してやってきている者たちだ。最後まで粘るつもりだろう、まだ目には光が残っている。


「もう半分ほどがフカシキとなってリタイアしているのに対してこちらはまだ十名ほど。白狼軍からは一人もフカシキになっていないし、上々だな」


 シンは通信機を切ってそんなことを呟いている。ここまでくれば指示は必要ないので、前線に復帰して最後の一押しをする隊を編成中である。


 名簿をチェックしながら何となく捕虜の独房へと向かう。そこには手と、足かせを付与されたソーマが不満そうに座り込んでいる。


「戦況は優勢だ。このまま俺らが押し切って勝つと思う」


『……ああ、戦闘音が全くしないからな、そうでないかと思っていたよ。で? シンは何をしているんだ?』


「最後の一押しをする部隊を編成中だ。今日中にとどめを刺しに行く。だから別に、フカシキになってもいいんだぞ?」


『最後の一押しか……わずかに期待していたんだが、やはり無理だったか。あと、冗談はよしてくれないか。この枷を付けられていたら自分からフカシキになど慣れないだろ? さっき試してみたが無駄だったし』


「いや、俺たちはお前にそんな特殊な枷は使ってない。今回は捕虜を使うまではないと思ったから、普通の枷で済ませておいたんだが……」


「……」


『……』


 二人はそこまで集中して話していなかったせいで、その重要性に気づくのがわずかばかり遅れる。


「いやいや、ソーマ。お前そういって俺に枷を外させて仲間のもとへ向かう気だろ?」


『違う!シン!これはやばい!何かが……すでに何かが起こっている!』


 自らの言葉につられ感情が高ぶったのか、無意識のうちにソーマはシキを発動する。すると彼の腕は戦っていた時のように六本に増え、体には赤黒いラインが浮かび上がる。


 シキを使えば強制的に反応して、敵をフカシキにするその枷が、反応しない。


 それは……このフィールドにかかっている、神の遺物と呼ばれている高度なシキの一部が使えなくなっている事を意味する


「――くそ!枷、独房共に解錠。ソーマこい!」


『ああ!』


 敵同士であるはずの二人が枷もせずに外に出る。イザナ軍はそれを見て戦闘態勢に入るがシンが止める。


「待て! お前ら、全員、フカシキになった者たちと連絡をとれ! 早く!」


 シンの必死の形相に警戒はしながらも連絡を聞いたもの達が連絡をとろうと、外部と通信するための特殊な携帯を使う。が、


「繋がりません!」


「私も繋がりません!」


「こちらもです!」


「フロントにもかけましたが誰も出ません!」


「無理です!」


「こちらも!」


 フカシキとなった者は、最初に転移したあのロビーに強制的に転移され、復活する。戦況の様子は、自分達の本陣のみだがロービーのモニターで確認できるはずなので、見ていればあちらも気付くはずだが……


「……連絡が取れない」


「やはりか。おいソーマ!お前たちの総隊長は誰だ!」


『焦らなくていい。総隊長は俺だ。考えていることは一緒の様だな』


「ああ、じゃあ、やるぞ」


「『総隊長権限! 停戦協定!』」


 二人は顔を見合わせると、シキで覆った手で握手をしながら大声で叫ぶ。するとどこからかサイレンが鳴り始め、空中にお互いの団旗がのぼる。


「総隊長! どうしたんですか!」


 二人が停戦協定を交わした直後、千谷と共にアリサがやってくる。


「非常事態が起きた。これからインド軍も含めて全員を集める。夢維咲、ソーマの通信機を」


「……了解です。場所は?」


「中央の砂漠付近に。……お前! ジェラにこの事を報告して、ここにいる二軍を率いさせて先に向かっていろ!」


「は、はい! 了解です!」


 シンはたまたま近くにいた雑木団の団員を捕まえて指示を出す。周りにいた者たちも後に続き、ここにはソーマとシン、そして通信機を持って戻ってきたアリサだけとなる。


「ありがとう夢維咲。ソーマ、連絡頼めるか?」


『ああ、ありがとう、女官さん……』


 ソーマはアリサに礼を述べると、すぐ通信機をつけて本軍に連絡する。少しもめているようだが、無事指示をだし終わったようだ。


『待たせた。で、シンこの状況はどういう事だと考える?』


 ソーマは通信機の電源を落とすとシンに向かって話し始める。アリサはいまだに何が起こったか分かっておらず、頭の上に? を浮かべている。


「その前に夢維咲に説明する。実はさっき……」





 夢維咲への説明を手短に済ませ、再びソーマに向きなおる。ソーマはシンが話している間に独房へと戻り、枷をいくつか持ってきていた。


『説明は終わったみたいだね。まあ、証明ではないんだけど、この通り俺が枷を持ってもシキは消えないし、フカシキにもならない』


「そんなことが……」


「ああ、さっきの停戦協定はこういったわけだ。で、集合する前に、ここでいくつか仮説を立てようと思

う」


「分かりました……」


 三人の意志が共通したところで、ソーマが再び『シンはどう思う?』と聞き直す。


「とりあえず、仮設は三つ。まず、インド軍による俺たちへの電子機器、およびシキの妨害工作の案。まあ、これはありえない。まず、そんな強力なシキがあったら最初から使っていれば俺たちはなすすべなやられていたし、内部の通信機は使えるままってのがおかしい」


 シンたてた指の一本を下ろし、この仮説を否定する。


「それに、ソーマが停戦協定を受け入れたことで、この案は完全否定された。で、仮設二つ目。このフィールドにかかっているシキは、いわゆる「神の遺物」と言われるほど特殊なシキだ。このシキに干渉できるものは基本的に存在しない。それを元に考えると、このフィールドシキの防衛プログラム、つまり不審者を発見し、俺たちを保護するプログラムが発動されたとする。そう考えれば、外部との連絡が一切つかなくなるのも説明がつくし、ソーマを拘束していた枷が発動しなかったのも、防衛プログラムによって外へ出れなくなったと考えれば、説明がつく」


 心の中ではこれが一番可能性が高いと考えているシンだが、滝野からの教えだ。常に最悪も想定する。


 シンは少し息を吐くと、否定的なニュアンスで最後の仮説を発表した。


「で、三つ目。「神の遺物」に干渉できる何かが現れた場合だ」


『まて!それは!』


 シンが指折りに説明していく中、三つ目の案を最初の一言だけで、否定するソーマ。「神の遺物」はそれほどまでに強力なものなのだから無理はない。


「ソーマ、あくまでこれは仮説だ。俺だってこの案はほとんどないって思ってるよ。でも、いつも最低を想定して行動しろと教えらたからな。一応だ」


 元担任に教えられた言葉を思い出しながら、その仮説をもう一度語りなおす。


「改めて。その何者かがいた場合。俺たちはおそらく狙われれる側だ。しかも相手は「神の遺物」に干渉できるほどの異質なシキを扱う者たち。はっきり言って勝ち目はない。だから、もしもの時は自らフカシキを使うしかない。最悪自害してでも……これが俺の仮設三つだ」


『最後のは、荒唐無稽すぎるがな。まあ、仮設だしいいだろ。じゃあ次の仮説に……なんだ?』


 ソーマはシン達がいきなり訳の分からない言語で話始めていることに訝しむ。シン達の顔は何か焦ってるような、それでいて。恐れている様な……




 ……少し遅れて……ソーマも気付く。




『×××××(クソが)』


 おそらく、自分たちの母国語を喋っているのだろう。しかし両者はお互い、何を言っているのか、理解ができない。さっきまでは普通に話せていたのに……それはつまり……


(フィールドのシキがなくなった!)


 フィールドシキ 【言語理解】がなくなったことを意味する。彼らが普通に話せていたのはこのシキがあったからである。


「夢維咲! 通信機!」


 焦りながらも最善手を打つシンとアリサ。この辺の冷静さは、二人が元から持っていた軍人の素質だ。


「もう繋いでます! ……どうやらあちらでも同じ現象が起きたようです。……遠方から謎の黒服集団をが現れたとのこと! 距離目測一〇〇〇メートル」


「遠距離シキを放ちながら後退させろ! インド軍にはジェスチャーを使え! リョウ、ミラ! 現場の指揮は任せた! すぐに向かう!」


 通信先のリョウ達に指示を出し、通信機をしまう。今は遠方から指示を出すよりも、合流することが最優先だ。


『『了解!』』


「俺たちも行くぞ!」


 シンはソーマに単語だけの英語で簡単に情報を共有すると、味方のもとへと出発しようとする。しかし……


「……クソ、遅かったか」




 彼らのそばにも、黒服の集団がやってくるのが見えた……




感想を書いていただけると励みになります!

誤字脱字指摘、つまらないなども受付中です!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ