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シキのある世界  作者: 蓮井シバ
6/9

新人戦・イザナ部隊集合

「お前ら!準備は整っているか?」


「「はい!」」


「意志と気持ちは十分か?」


「「はい!」」


「殺す覚悟は忘れてないな?」


「「はい!」」


「じゃあ、行ってこい!勝利を掴め!お前らの力を見せて来い!!」


「「おおおおお!!!」」



 遡る事三十分前。シン達は新人戦の戦場への転移シキの前に集まっていた。卒業してから一週間、現役の白狼達相手にひたすら戦う地獄の強化合宿を無事に?終え、そのまま全員でこの場所にやって来たのである。


「よ、お前ら。調子はどうだ?」


 能天気なそんな声が到着した彼らに浴びせられる。まだ車両からも降りていないのにやけに明瞭に響くその声は、彼らの元担任である滝野のもので間違いないだろう。


 彼らが急いで車両から出ると、案の定建物の入り口付近でにやにやしている滝野がいた。シンはシキを用いて身体能力を上げると、一瞬で距離を詰める。そのまま大きく跳躍すると、滝野に向かって飛び、全力で蹴ろうと足を回すが……

 滝野はそれを空中に楯を作り上げることで防いでしまう。


「よお、二条シン少尉。いきなり飛び膝蹴りとは上官に対して無礼じゃないか?」


「なんの下準備もさせないで半分誘拐のように連れてったあげく、一週間も白狼と戦わせた鬼畜上官にはちょうどいい対応だと思いますが?滝野大尉」


「ほお、この一週間で大分言うようになったじゃねーか。結構結構」


 そういって滝野は楯を消滅させる。シンもそれに合わせて足の力を抜き、地面にきちんと立つ。


「で?強化合宿の成果はどうだ?」


 順々に追い付いてきた者を見ながら聞く。


「全く、自分で試したんだからいいでしょう。脱落者はいません。皆、何かしらの成長はしました」


「俺のシキに対する反応速度が前よりも早かったな。あと、そこから臨海体勢に入るのも」


「そりゃ大尉の部下にきっちりしごかれましたからね」


「お前らも部下だろ?」


「確かにそうですね。まだ(仮)ですけど」


「そう……まだ仮なんだよ」


 その言葉は、今までのふざけた口調からは似ても似つかない真剣な声音で、同一人物が言っているようには、とても思えなかった。


「上層部のク〇共はいまだに高等学園性を否定したいみたいだ。お前らの資料も一度も見ずに使えないと判断しやがって。戦えもせず、考える脳みそさえあらず、ほんっと嫌になる」


「あの? 大尉?」


「ああ? ああ。だからお前らは今回敵をぼっこぼこにして上層部のクソ野郎どもを見返さなくちゃいけないんだよ」


 滝野の口調は少しずつ怒気を孕んでいき、しまいには国の上層部の愚痴になっている。滝野の愚痴をあまり聞いたことがなかった元生徒たちは、その変わりように唖然としている。


「とにかく、お前らは優秀だ。じゃなくちゃ俺の三年間が無駄になるし、お前らの人生も無駄になる。それに――」


「葉月、うるさいよ。もう準備しなくちゃいけないんだからそれぐらいにしなさい。どうせ出陣前にも話すんだから」


「……悪い。会議ばかりでストレスが溜まってた」


「全く。はいはい、みんなは入って準備始めちゃって。男子は右に、女子は左に更衣室があるから。着替え終わったら奥の会議室に集まってね」


「「はい」」


 ストリフィアに促されて更衣室への移動を開始する。その様子を滝野たちと共に見送ったシンは全員が入るのを確認すると、滝野に話かける。


「大尉。今までありがとうございます。おかげでチームが誰一人欠けることなく、新人戦に臨むことができます。白狼との合宿という、本来なら国家予算が必要なほどの修練相手を用意してくださったり、練習場所や衣食住も全部負担して頂いたり、本当n」


「あー、別に。感謝とかしなくていいから。あんぐらいの金なら三日あれば稼げるし」


 シンは苛立ちをおくびにも出さず、滝野に向かって頭を下げる。


 確かに滝野なら三日で稼げる額ではあるだろう。しかし、それは戦争に赴いた三日間の報酬となり、休みの日を含め、計算した三日ではない。

 それでも十日あれば稼げてしまうあたりは、さすが白狼といった所だが――


「大尉には些細な事でも、俺たちにとっては重要な事なので。ありがとうございます」


「分かった分かった。まあ、その気持ちがあるんだったら、この新人戦を優勝して示せ。それが、今お前らに求めている唯一の事だ」


「はい!」


 滝野はそういうと駐車場に向かっていく。シンは何か言うと口を開くが、それよりも早く滝野が言う。


「これから口上するのにこんな服だと締まらないだろう?着替えてくるだけだ。お前も早くすませておけよ」


「あ、はい!」


「あー、そうだ。お前、俺がずっと言ってる事忘れてねーよな?」


「『いつも最低を想定して行動しろ』ですよね」


「分かってんならいい。それを一番覚えてなくちゃいけないのは、全員の命をもて遊べる指揮官。つまりお前だからな」


「もてあそんだりしませんよ!」


 少し離れた距離でお互いが叫ぶように話す。最後にふざけた一言言い残し、滝野は再び車に向かって歩き出すと、シンも更衣室へ向かう。最後は除くが、滝野もあそこまで自分たちを気にかけ、そして考えている。分かってはいたが、いざ面と向かって実感すると何とも言えぬ気分の高揚を感じ、これから戦う新人戦へのやる気が高まっていった。







 そしてさっきのシーンへと戻る。


 無事口上を聞いたシン達はそのまま転移し、戦争用の離島へと飛ばされる。この離島は太平洋に三桁ほどあり、国家間戦争は、すべてこの離島のどこかで行われる。離島には様々なフィールドの種類があるが、今回は砂漠と林が混じったステージの様だ。


 フィールドは一辺二キロの正方形で、戦闘中はそこから出ることができないよう特殊なシキが張られている。これは、外部からの侵入を防ぐ目的でもある。


「うわ!でもすごい眺め。フィールドが一望できるじゃん」


「ああそうだな。それにしても、転移のシキって一瞬なんだな。瞬きしたらついちまってたよ」


「それな」


 現在、彼らは転移先の離島にある宿泊施設にいる。転移のシキが設定されている地点がここであり、まだフィールド外なので安全も保障されている。


「……まだ、他の隊は来てない?」


「そうみたいだな」


 なんの合図もなく四人は自然と固まり、、外を眺めながら話始める。


「新人戦って同じ部隊じゃなくて、その年に新規入隊した人たちで組まれるから今回限りだし、いまだに味方さえ良く分かってないんだよな」


「敵も未知数になっちゃうから対策も立てられないしね」


 新人戦、それは毎年新規入隊した者たちが参加する国家戦争で、他の戦争に比べてみると、イベント性が高い。参加する国はトーナメントで勝ち進み、参加料が一位、二位、三位に振り分けられるといったものである。


 シン達も今回、イザナ代表としてこの新人戦に参加する。今年はシンの部隊を含めて六部隊だ。


「俺ら以外は全員社会人のチームだからな。なめられる可能性も高い」


 リョウはチームメイトの方に目をやりながら言う。


「参加するにあたって、滝野からは他に参加する部隊数と構成人数だけは教えられた。その情報によると


 俺らアンブリア軍・七部隊・四十名

 大学生・グリーンリング軍・四部隊・二十名

 大学生・ブルートーチ軍・八部隊・四十名

 社会人・雑木団ざつきだん・六部隊・三十名

 社会人・新撰軍しんせんぐん・四部隊・二十名

 社会人・退海たいかい・九部隊・四五名の

 計一五五名だそうだ。今回はこの六部隊で協力して戦うらしい。」


「ふーん。分かってはいたことだけど、やっぱり人数は同じじゃないんだね」


「まあ、新部隊だけを集めたらこうなっても仕方ないだろ?」


「そうだよね。うー大丈夫かな。私他の部隊の人と仲良くなれるかな」


 ミラは不安そうに呟く。なんだかんだ言って心配性なミラらしい。


「ミラなら大丈夫だよ。まあ、相手に仲良くする気があればだけど」


 リョウは茶化さずにこたえる。さすがにあと九十分ほどで本番という状況でふざけることは出来ないようだ。


「リョウの言う通りミラなら大丈夫だよ。さて、そろそろ移動しようか。皆!二階が俺たちのフロアらしいから移動して!」


「はーい」


 そういって彼らは順々に荷物を運び、準備を整える。ただシン達四人だけは他の隊が来た時にすぐに対応できるようにフロアで待ち、自分たちの荷物は他の人に任せる。


「やっとお出ましか…」


 シン達の準備が完了して十五分後、やっと他の部隊が転移してきた。彼らの隊服についているエンブレムは青色の炎が燃えているデザインで、一目でブルートーチ軍であることが分かる。


「君たちは……ああ、噂のアンブリア学園卒の部隊か。わたしは隊長の柿本健治中尉だ。編成会議は全部隊の隊長が揃ってからでいいね?」


 ミラとリョウを軽く一瞥しシンに挨拶をする彼は柿本と名乗った。2mにも届きそうな身長と長い青色の髪が特徴的で、美青年という言葉がしっくりと来る。細いその体はか弱そうに見えるが、彼からは独特の近寄り互いオーラが出ており、彼の目は明らかに嫌っている者を見るような目で、完全にハイライトが消えている。


「了解です柿本中尉殿。私はアンブリア学園卒、白狼軍所属、二条シン少尉です」


「そうか。少尉、ではまた」


 柿本はそういうと仲間と共にそそくさとフロアを出る。ブルートーチ軍が全員出ると、ミラが速攻愚痴る。


「何あの感じ!ずっとこっちを睨んでくるし、嫌悪丸出しだし。感情を隠すこともできないの?」


「まあまあ、それはそれでやりやすくていいじゃないか」


「そう……それにあちらの方が階級だけは上。一応ちゃんと……敬わないとダメ」


 アリサの正しいような馬鹿にしている様な分からない発言に、ミラとリョウは思わず笑ってしまった。その様子を、最悪なタイミングで転移してきた新たな部隊の隊長に、ばっちりとみられてしまった。


「ふん。戦争前に誰がふざけてるかと思えば。あのアンブリア学園の卒業生ではないか。所詮は餓鬼だな。いまだに学生気分が抜けてないと見える。貴様らはそれでもやる気はあるのか?」


 あからさまに馬鹿にされ、内心では暴言を吐きまくっているが決して表情に出さず、シンは一歩前に出て丁寧にお辞儀をする。


「申し訳ございません、雑木団隊長殿。私はこの隊の隊長を務めます、二条シン少尉であります。先ほどの失態、部下に代わって謝罪申し上げます」


「ほう、隊長殿は少しは出来るようだな。しかし部下をまとめる能力は足らないように見える。隊長たるものそれも最低限の資格であるぞ?」


 そういった雑木団団長のジュラ=パルールの体形は、戦闘する能力が足らないように見える。シンよりも小さい背丈の割に裕に百キロはありそうなその巨漢は、とても素早く動くことは出来ないだろう。顔は不健康そうな脂汗が流れており、しきりにハンカチで拭いている。


「はい。これから精進していきます」


「ふん。まあよい。私は雑木団隊長、ジェラ=パルール中尉。覚えておきたまえ」


 そう言い残すとジェラはずしずしと階段へと向かい、そのままフロアから消えていく。シンはため息をつきながら顔を見上げると、申し訳なさそうな三人の顔が目に入る。


「シンごめん。私達が不用意に笑っちゃったせいで頭を下げることになっちゃって」


「このくらい気にするなよ。いつも助けてもらってるからな。これぐらいは当然だ」


「悪いな。シン」


「いいって」


 そういってシンは再び転移シキの方へ眼を向ける。さっきまではあまり気にしていなかったが、その場所のシキに動きがあるのを感じる。どうやら転移する前兆がシキの動きとして出ていたようだ。


 やがて転移シキが輝きまた人が転移される。輝いていてエンブレムなどは見えないが、さっきの倍はいそうな人影だ。


 光が収まりエンブレムを見ると、そこにいたものは二つの軍であったことが分かる。片方は二つの刀が交差し中央に「新」の漢字が刻まれている新撰隊。もう片方は二つに割れる海を模したエンブレムである退海である。


「やあ、君はアンブリアの隊か。僕は新撰隊隊長、砕方さいがた こうだ。階級は中尉、よろしく」


「私は退海軍隊長、エン=リュウグウ少尉だ。よろしく」


「白狼軍隊長、二条シン少尉です。よろしくお願いします」


 二人と軽く挨拶をかわす。ここに来て初めて、普通の会話が出来る軍がやってきて少しホッとする。元々嫌われている事は知っていたが、他の隊全てに嫌われていたら戦う事さえ苦労する羽目になっただろう。


「じゃあ、また。僕たちも部下を案内してくるから」


「はい。ではまた後程」


「礼儀正しいんだね。じゃあ、またあとで」


 そういって新撰軍と退海は自分達に用意された階へと向かっていく。結局残ったのはシン達だけだ。


「あと、一軍だね。それにしてもなんか、全員ピリピリしてない?」


「そりゃそうだろミラ。これから戦争なんだぞ?あれぐらい普通だと思うが?」


「そんなもんかな?」


「私達は……白狼の先輩にもまれたから。あんまり緊張してないだけ……あれに比べればなんでも生易しく思える」


 アリサの一言で全員が納得したようにうなずく。まあ、スポーツで例えるなら高校の部活と世界一位のプロチームが戦うようなもんだ、当然戦いになるはずがない。さらにプロも全員本気である。トラウマにでもなるか、ならなかっとしても他の敵が見劣りするのは、どうしても仕方ないだろう。


「あ、くる」


 ミラが転移のシキを見ながら言う。シンが振り返るとちょうど輝きだし、最後の部隊がやってくる。


 最後の部隊、グリーンリング隊は、一人が前に立ちそのほかは後ろで固まるような形で転移してくる。どう見てもそのひとりで前にいる者が隊長だろう。光が収まるにつれて、彼の顔が良く見えるようになる。シンとあまり変わらない背丈に、ツンツンとした髪。目は少々釣り目気味で強い眼光をしている。


 シンは一歩前に出てお辞儀をすると、先手必勝とばかりに名乗る。


「こんにちわ。グリーンリング軍の皆さん。白狼軍隊長の二条シン少尉です。お互い頑張りましょう」


「おお、お前たちが噂の高卒軍人か!わしは虎口ここう あゆむ。グリーンリング隊の隊長で階級は確か少尉じゃ。シン少尉?じゃったけ?自分らも同じ新兵なんじゃからそんな形っ苦しくしなくてもいいじゃろ!」


「い、いえ。俺たちは年齢的にも一番下なので……」


「そんな事気にする必要ね。と言いたいところじゃが、ここは色々あるからの。わしはいちゃもんつけてきた奴はぶっ潰しちまうが、自分らはそんなことできんもんなぁ」


 言外に「お前らじゃ勝てねえよな」ともとれる言い方をされわずかにイラつくシン。しかし今まで培ってきた技術はいかんなく発揮され、表には絶対に出していない。はずだったが……


「ん? 自分今イラついたな? なんや、やる気は十分やないか、面白いぅ。なあ、こんd」


「こら歩、困ってらっしゃるだろう。そうやって問い詰めるのは止めろ。失礼だろ」


 シンが内心を言い当てられたことに動揺し、虎口に詰め寄られて所を虎口のチームであろう男に助けられる。虎口を取り押さえ口をふさぎながらもシンに対しての謝罪も忘れない。


「すいませんね、うちの隊長実力だけは確かなんですけど、頭に問題があって」


「いえ。自分の方こそややこしい態度をとってしまい、申し訳ありません」


 そういってお互いが軽く頭を下げ、再び顔を合わせるが、降りてきた他の隊長たちに気づきその会話は再開されることはなかった。戦争まで、後一時間――



 全六部隊の隊長、従者たちは一階フロアにある会議室で卓を囲んでいる。その中で1人だけ立っているシンが口を開く。


「さて、では、改めて自己紹介と致しましょう。退海軍・エン=リュウグウ少尉殿からお願いできますか?」


「ふむ、了解した。私は退海軍隊長・エン=リュウグウ少尉だ。我々は四五名の団員が参加しており、そのほとんどが後衛部隊である。今回の件だけとはいえ、やるからには勝利したいのでな。よろしく頼む」


「ありがとうございます。では次に、新撰隊・砕方鋼中尉殿、お願いします」


「はーい。新選組隊長・砕方鋼です。階級は中尉で、今回二十名の仲間と参加しまーす。大体全員オールラウンダー何でポジションはどこでも大丈夫です!あといつも聞かれるんですけど男でーす」


 右手でいい加減な敬礼しながら自己紹介を済ませる。終始にこにこしている彼は髪も長く中性的な顔立ちをしていて、声も高かったりするので、性別が良く分からないが、本人は言うように男である。


「ありがとうございます。では雑木団隊長・ジェラ=パルール中尉殿。よろしくお願いします」


 自己紹介のたびにお礼を言ったり次へ催促するシンは、完全に壊れたロボットと化している。まあ、それでも微妙に言葉を変えている点、非常にシンらしいともいえるが……


「ふん。雑木団隊長ジェラ=パルール中尉である。われらは雑木団は三十名、全員オールラウンダーである。後衛や近衛などしかできない半端ものは内の隊にはいないのでね」


 ジェラ、彼は基本的に人を見下さなければ済まない男の様だ。お辞儀もせずに再び偉そうに椅子に座りなおすと、足を組んで貧乏ゆすりをしている。


「……ありがとうございます。次にブルートーチ軍・柿本健治中尉殿。お願いします」


「ああ。柿本健治。階級は中尉、軍の人数は四十人。近接、中衛、後衛、後方支援、どの部隊もいる」


「ありがとうございます。では、グリーンリング隊・虎口歩少尉殿。お願いします」


「お?わしの番か!わしは虎口歩。階級は少尉で隊員は二十名じゃ。全員近接戦が得意な者たちじゃ」

「ありがとうございます。では最後に、白狼隊・二条シン少尉です。隊員は四十名、近衛、中衛、後衛がいます。また、今回の戦争では総隊長を務めさせていただきます。よろしくお願いします」


 深く一礼してシンは卓に置いてあった紙を手に取ると、改めて話し始めようとする。


「ちょっと待て」


 その一言でシンは出かけていた言葉をしまい込み声の主へと目を向ける。


「どうしました?ジェラ中尉」


 声の主であるジェラは足どころか、いつの間にか手も組んで椅子にもたれかかっている。その態度に他の隊長が不快感を覚え眉を顰めるが、ジェラは全く気にしていない。


「どうしましたじゃない。何でお前が仕切っているんだ?」


「いえ、それが規則ですので」


 新人戦の総隊長の決め方はいたってシンプル。集まった隊の中で最も強い隊の隊長が総隊長となる。シン達が所属している白狼は、イザナでは二番目に強く、この中では圧倒的に力に差がある。


「そんな事を聞いてるんじゃない。何でお前が誰にも譲らずにそのまま総隊長をやっているのかと聞いているんだ。どうせ何もできないひよっこなくせに」


 確かに、総隊長は本人が譲る意志さえあれば他人に譲渡することは可能である。しかし、そんな自らの功績を他人に与えるようなお人よしはほとんどいない為、実質この規則はないようなものだ。


 当然シンにその気はなく、少し悩むふりはするが断りの言葉を述べる。


「せっかくのチャンスですので誰かにお譲りするというのは、私にはできません」


「お前の意思など聞いていない。少尉のくせに中尉に逆らうんじゃない!さっさとよこせ!」


 最初は誰かに譲れと言っていたのに、シンの態度にきれたせいで本心を思わず口に出してしまう。本人はそのことに気づいていないようだが、それによって他の隊長達もしゃべり始める。


「ほう。つまりあんたは私よりも優秀だと言いたいのか?」


「聞き捨てなりませんねー。僕だって強いですよ」


「は!私よりも優秀と言いたいのか。そんな妄言いつもなら切り捨ててやるところだが……ではこうしよう。これから一日ずつ、私達が交代で作戦を考え、それを実行する。そしてどの日が一番相手に対して有効か。勝負しようじゃないか」


 ジェラは煽るような口調で他のものに訴えかける。さっき口をはさんできた残りの中尉二人は即答で返事をしたが、他の者は少し口ごもる。


「で?どうなんだね、総隊長。何もできないお前の代わりに我々で作戦を作ってやろうと言っているのだが、理解できているな」


 ジェラのどこまでもなめた口調に青筋を浮かべそうになったシンだが、必死に耐えてゆっくりと口を開く。


「本当は、私に決定権があるんですけどね。三名もそういった意見が出てしまったなら、そうしましょう。しかし、その代わり一つ条件として、今日は自分の案を使わせていただきますがいいですね?」


「まあ、いいだろう」


「異論はない」


「シンさん、ありがとうございます~」


 同意していた彼らからも異論は出なかったので、やっと入りたかった本題に入る。しかし、シンは何を思ったのか自分が持っていた紙を破り捨てると、何もないところから新たな紙を取り出した。滝野に貰ったアイテムボックスである。


「ふん。餓鬼の分際でアイテムボックスなぞ」


「すいませんね。卒業祝いで貰ったんですよ。で、こちらが新しい作戦書となります。今目の前にある者は処分してしまって構いません」


 そういって、新たな作戦所を配り始める。全員にいきわたったことを確認すると、今後こそ奥にあるホワイトボードに行き、元から記されていたフィールド地図の上にいくつかの点を書き始める。


「さて、今回のステージは転々とした林と二つの崖以外は全て砂漠になっている見晴らしのいいフィールドです。奇襲などはとてもやり辛いので正攻法が一番いいと思いました。ですので…」


 シンはそういうと崖の近くに大きなバツ印を書く。


「ここに本部を置きます。そして全部隊を大きく四つに分けます。まず一つ目」


 本部のバツマークの上に「雑」「退」とかく。


「本部を守る守護帯に雑木団と退海を置きます。周りに何もないので遠距離シキがささりやすいので、退海を起点に近寄った敵とサポートを雑木団に任せます。そして次」


 今度はフィールドの中央辺り、周りに林も何もない場所に「白」「隊長」と書く。

「ここに敵の攻撃部隊を守護より先に迎え撃つ迎撃部隊を配備します。これは自分達白狼と皆さん達隊長で行います。理由は全員が同じ場所で情報を得ることで今後の作戦に公平性を出すためです」


「……ほー。少しは考えているようだな」


 シンから説明された言葉に唸ったのは、意外にもジェラだった。


「次に遊撃の役割を新撰隊とグリーンリング軍に頼みます。ここの部隊は他とは違って固まらず、自由に動いてもらって結構です。その代わり移動した場所、状況、索敵状況などは逐一報告をお願いします」


「はい。そういっておきますね~」


「おお、了解じゃ」


 返事を確認すると、フィールドの端に「新」「緑」と書き加える。


「では最後に。ブルートーチ軍には攻撃隊を任せたいと思います。おそらく敵は自分達と対極の崖付近に本陣をしくと思いますが、そうでなかった場合は、遊撃隊と協力して、本陣の発見から強襲までお願いします。まあとりあえずは反対の崖をめがけて進軍してください」


 シンは崖付近に「青」と記す。これですべての人材は配備が終わり、後は細かな対策課愛岐となる。


「少尉、質問がある」


「はい、なんでしょう?」


 シンの作戦に、あからさまに不満そうな顔で質問をしようとしているのは、ブルートーチ軍隊長の柿本だ。


「その配備はどうやって決めたのか説明してもらおうか。一見ちゃんとしているようだが、中身の作戦は全てその部隊ごとにまかせっきりだし、攻撃隊と防御隊の選別の仕方も説明していない。それに単純に従うほど、私は馬鹿ではないぞ」


 あからさまに疑っている、眼つき。先ほどのジェラとはまた違った意味で灰汁が強い。シンは小さく、誰にも聞こえないようにため息を漏らすと、顔を上げて本性を少しだけ匂わせながら説明という名の恐喝を行う。


「……あなた達ブルートーチ軍の特徴は前線をじりじりと押し上げて全員で攻めることだったはずです。実際、訓練でもそういうものを重点的に行ってきたはずだ。だったら、全員で攻撃に向かえるようにした方がいつものパフォーマンスができると思っただけです。他もそう…例えば雑木団、彼らは確かに全員がオールラウンダーですが、あの軍はどちらかというと防御に合ったシキを教えられることが多い。グリーンリング、新撰隊は、ともに味方同士でのコンビネーションで敵を翻弄して戦う軍です。退海は高威力のシキを一番の武器としていることが、どの時代でも常でした。あそこに入ったら絶対に一つは高威力の遠距離シキを覚えさせられます。なので防御の要として雑木団に守ってもらう事で最大のパフォーマンスができると考えました。が、いかかでしょうか?」


 すらすらと原稿も見ず、途中で思い出そうとする素振りもなく、まるで決まっていたかのようにすべてを綺麗に話し切る。柿本達は新兵でいまだに、自分の軍以外の特徴を掴んでいない。他国にばれないようにするために軍の力は秘匿とされているからそれが普通である。それなのにシンは他部隊の軍の特徴を知っている。


「柿本中尉、納得していただけましたか?」


 シンは変わらない口調で柿本に微笑みかける。さっきまでは何とも思っていなかったその笑みが、今の柿本には恐ろしくてならなった。


「あ、ああ。良く分かった。話の腰を折って済まない」


 意気消沈して椅子に座った柿本を横目にシンは会議を締めて、全部隊への集合命令をかける。


「……さて、これで会議は終了ですね。皆さんも準備をお願いします。一緒に頑張りましょう」


 シンはもう一度深くお辞儀をすると、ミラを連れてさっさと出て行ってしまった。シンが出ていった後の会議室はなぞの静寂に包まれる。


「……末恐ろしい十八歳だな。そうは思わぬか?ジェラ中尉殿?」


 柿本は椅子に深くもたれかかり、心底疲れたといった表情でジェラの方を見る。ジェラは特に変わった様子はなく、強気に反応する。


「まあ、思ったよりはやるようだが所詮は学園の贔屓でやって来たような奴ら。さっきのも総隊長権限で知らされていただけにすぎぬだろう。どうせ戦場ですぐボロが出るわ」


「そうですか…まあ、私達も全力で臨みましょう。ではまた」


 そういって踵返すと、柿本もまた、会議室を後にする。それを皮切りに他の隊長たちもどんどん出ていく。


 柿本は、ジェラが言ったようなただの贔屓でここまできた奴。といった印象をシン達に持てなくなっていた。


(あれは本当に贔屓されたものなのか?最後のあの圧力。あれは少なくても本物だった。例え贔屓だとしても、我々よりは実力があるのではないか?もしかしたら隊長だけは本物?分からない……)


 準備をしながらも疑心暗鬼となり、ひたすらシン達の事を考えている柿本の姿は既に最初の馬鹿にしていた様な態度は見受けられない。それほどまでにシンのあの圧力は凄まじい者だった。




「二条君……あれはやりすぎ。不安をあおるような真似して、今後の戦いにまで影響すれば私達の足を引っ張る」


 自分たちの軍に合流したシンとミラは準備をしながらさっきの会議について話し合う。というよりもさっきの話し合いについて、アリサがシンを問い詰める。


「大丈夫。俺もちゃんと考えてるって。この後の全体の口上で、俺はあっちの口調にする。それを聞けば勝手に勘違いしてくれるさ」


「んー……でもだからってあそこまでする必要はなかった」


「まあ、多少イラついてたからな。少しやりすぎたのは認める」


 シンはそっぽを向いて答える。アリサは少し頬を緩め、優し気な口調で話し始める。


「二条君が……仲間思いなのは分かる。でも…だからこそあんな奴らに敵対してまで守ろうとしなくていい。いざとなったら勝てるといっても…協力者が増えた方がいい……。でも、ありがとう」


「…今後は精進する。あと、俺が好きでやった事だから礼はいいよ」


「うん。じゃあ……頑張って」


「おお。夢維咲もな」


「うん」


 二人は気恥ずかしくなり顔はそらし、言葉だけを交わす。シンはさっきまでのイライラが自分の内側からなくなっていくのを感じる。


(なんか、はずい……いや! 仲間から! 仲間から褒められたら誰でも嬉しくなるだろう。うん。)

 内心でそんな言い訳を立てながら自分の楯を取り出すと、全員を従えて、戦場へと促す。戦争まであと三十分。




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