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シキのある世界  作者: 蓮井シバ
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打ち上げ

「よおシン。一番乗りは頂いたぞ」

 待ち合わせの時間までまだ30分はあるが合流地点にはシンよりも先に来ている人物がいた。

「早いなリョウ、待ち合わせまでまだ30分もあるのに」

 リョウは少し自慢気に話し始める。

「最後ぐらいはお前より早く到着しようと思ってな。いつも絶対一番に来ていると思ってたけど…まさかこんな早く来ていたなんてな」

「まさか。今日だけだよこんなに早いのは。今日みたいな日ならみんな待ちきれずに早く来ると思ったからね。それを予測して早く来たんだけど、まさか先を越されるとは」

 シンは少し残念そうにそう呟く。それでも大した問題でもないので早々に話題を変え、二人は女子たちが来るまで熱心に話し合っていた。


「お待たせ。って言ってもまだ集合時間5分前だけどね」

 それからアリサは集合10分前、ミラは集合5分前にやって来た。5分前に来たのに全員そろっていることに少し罪悪感を覚えたが、持つ必要のないものなのでさっさと脳内から除外する。

「さてと、集合時間までまだ少し余裕はあるしそこらへんプラプラしてから行くか」

「さんせー!合格って事はここにいるのもあと少しって事だもん。みんなで見て回りたい」

「私も、構わないよ」

「いいと思うよ」

 リョウの提案で彼らは寮から学校、学校から駅前までの道をゆっくりと歩き、時折立ち止まり、三年間過ごしてきた場所を目に焼き付けるように見ている。この三年間は今までの人生で一番濃厚だったと感じている4人には思い出の場所も多く、いつもの3倍の時間をかけて目的地に到達した。

「……集合時間って十五時であってたよな」

「多分。私はそう記憶してるよ」

「私も」

「俺も」

 現在の時刻は14時55分。集合が15時ならもう誰かいてもいいはずの時間帯だ。それなのに集合場所にはシン達以外の姿ではなく、辺りは燦然としている。

「よお」

 集合時間の15時になるのとほぼ同時に滝野がシン達に向かいやって来た。この五分間で結局一人も増えなかったが意にも介していない。

「滝野先生。他の人がいないんですけどどうした方がいいですかね?」

「あー?ああ、心配するな。腹減ったってごねてる奴がたくさんいたから先に会場に案内していっただけだ。他の奴らはもう店にいるよ」

「そうだったんですか。全員?」

「ああ、全員だ、それよりさっさと行くぞ。無駄話は飯食いながらでもいいだろ」

 滝野はそういうと四人を先導して、彼らのクラスメイトが待つ焼き肉屋に向かう。


 滝野の案内で四人は焼き肉屋についたが、そこで彼らはありえないほど目を見開いている。戦闘でいつも落ち着いているシンでさえ動揺を隠せていない。

「先生……ここって」

「あ?肉帝だけど?」

 焼き肉屋「肉帝」。日本だった時代の叙〇苑が名前を一転して経営している店で、叙〇苑の頃以上に高級焼き肉店として知られている。

「先生。ここって確か食べ放題とかないよね?」

 ミラは信じられないといった顔を続けながらも滝野に向かって質問を飛ばす。

「さすがに驕るって言って食べ放題ってなんかダサいだろ。それに俺ああいうところの肉好きじゃねーんだよな」

「……そうですか」

 ミラの質問に「何聞いてんだ?」みたいな顔をしながら答える滝野は、ぼけてるわけでも無理しているわけでもなさそうである。

「……何で二条君たちは驚いたの?」

「ああ、そっか。知らないんだっけ。ここ肉帝はね、超高級な焼き肉店で物にもよるけど確か一皿10万なんてのもあるんだよ。そんなところで先生は40人を好きなだけ食べさせて奢るんだって」

 意味が分かっていないアリサに軽く説明をすると、2,3秒フリーズした後いきなり表情を変え驚きを露にしている。

「なんだか……流石先生って感じだね」

「そうだね。でも遠慮なんてしないで食べた方がいいと思うよ。俺たちはしばらくはこんな高級なお店に来ることは絶対にできないからね。ここは先生に乗っかって楽しもう!」

 値段を聞いて少し消極的になっていたアリサに対してシンは、先生に迷惑になりそうなアドバイスをかける。

「そうだね。こんな変なとこで驚かされた慰謝料も含めてたくさん食べなくちゃね」

「別にたくさん食べることは構わねえからさっさと店はいれよ。店頭で喋ってたら迷惑だろ」

「っ!先生。いきなり後ろに回り込まないでください。……心臓に悪いです」

 アリサの言葉通りいつの間にか後ろに回り込んでいた先生からのお達しに従い店内に入る。店員によって奥のスペースへ案内されると四人テーブルが複数個、6人テーブルが複数個置かれた部屋へと通される。そこには先生が言っていた通り、先に来ていた生徒が既に座っており、シン達が最後だというのが分かる。

「よっ!遅いぞお前ら」

「お前らが早すぎるんだよ。俺らだってちゃんと5分前には到着してたし」

「腹減ってしょうがないしすることもなかったからな!さっさと集合場所に行った奴が大半だったよ」

「ふーん。大半ねぇ。お前らどんだけ食欲に従順なんだよ」

「「「あははは」」」

 彼らはクラスメイトと喋りながら四人で席に着く。先生は空いていた唯一の6人席の一つに座り、シンに開始を促す。

「えっと。じゃあ全員そろったんでこれから先生のおごり焼肉、兼俺たちの打ち上げを行いたいと思います。皆さん先生に遠慮しないでたくさん食べてたくさん飲んで、そして……沢山話しましょう。お疲れ様でした!」

「「「お疲れー!」」」

 シンのそんな簡易的な挨拶で各テーブルごと、それぞれがオーダーを開始する。ちなみに飲むのはジュースである。断じてお酒ではない。

「じゃあ、改めてお疲れ様」

「「「お疲れ様」」」

 シン達のテーブルにもジュースが運び込まれそれぞれ手に持ち乾杯する。お茶、コーラ、オレンジジュース、ウーロン茶。誰が何を頼んだかは……


「いやあ、それにしても三年間。長かったようであっという間だったな」

「確かに。最初の頃なんて誰が何が得意かなんて全く分かんなくてバラバラだったよね」

「そうそう。入学式なんて迷子になってる奴いるしな」

「あー、あったね。『頭脳派失踪事件』でしょ!」

「止めてくれ。あれは別に迷ってたわけじゃない。校内の知識を手に入れようと散策してたら地図をインプットしてくるのを忘れただけなんだよ」

「それを迷ったって言うんだよ。アリサもアリサで迷ってるんだもんびっくりしたよな」

「うっ。すいません……」

「そうそう。同じ特待生として私達が探して、見つけて。それがファーストコンタクトだっけ」

「うん、そうだね。あの時空中からミラが降ってきたの……よく覚えてる」

「「親方、空から女の子が!」」

「ちっがーう!屋上から中庭を歩く姿を見つけたから飛び込んだだけだって!断じて落ちたわけじゃないんだから」

「あれはびっくりした……いきなり空中から人が降ってくるし、そのまま地面に突っ込むし……」

「あはは……」

「まあミラの醜態はさておいて、入学式から次の事件といったらやっぱりあれだろ?『校内テスト満点事件』」

「そうそう。頭脳はなのに入学式から迷ってた二人が、今度は校内テストでぶっちぎりの同率一位をとるんだもん。話題になるよね」

「まあ、それはいいんだが。さっきから何で妙な名前がついて、全部『事件』で命名されてんだろうな」

「さあ?誰かがそういう名前の付け方好きだったんじゃない?」

「お、おう」

「まあ、ちっちゃいことは気にしない方がいいよ。はげるよ」

「うるせえ。だとしたらとっくに手遅れだよ」

「あはは。でその次といったらあれだよね。『クラス全員裏切り事件』」

「あー懐かしいな。信用でいないシンとアリサを無視して戦って、そして二人を自分たちの言うとおりにさせようとしてたら全員が裏から勧誘されて、結局裏切りの時にシン達を攻撃する奴らが一人もいなくなったあれだろ?」

「そうそう!みんな自分だけが裏切り者だと思ってたから全員が同時刻にシン達に寝返るって言って大爆笑だったよね」

「森の中で響いたもんな。結局あそこからだよな。シンの力が異常って気付いたのは」

「異常って酷いな」

「いまさら何をいってんだよ。二週間足らずでクラスメイト34人を他の奴にばれることなく、全員説得してその上裏切らせる。なんて普通は不可能なんだよ」

「そうそう。シンは自覚した方がいいよ」

「いや、でもあれは夢維咲も手伝ってくれたからうまくいった事だしな」

「二条君……それは言わない約束」

「まあまあ、この二人だし。もういいだろ?」

「……まあいいか」

「え?そうなの。アリサちゃんもあの事件の片棒を担いでったって訳?」

「うん。…チャットで交渉した16人は、私が勧誘した。二条君を名乗れば簡単に騙せるしね」

「なんか、ここに来て新事実だよ」

「ああ、びっくりだ。でもまあ、聞いてみたら案外納得だけどな。さすがに1人であの人数を丸め込めたのはありえないとは思ってたんだ」

「……この話はおしまい」

「そうそう。もっと違う事話そうぜ」 

「違う話ねー。じゃあ、あれは?『定期テスト点数爆上がり事件』」

「それって一年最後の定期テストの話か?あれはただの努力の結果じゃん」

「シン、私知ってるんだよ。あのテスト予想問題を作ったのがシンとアリサって事」

「……」

「シン、アリサ。あの時先生の性格と思考パターン、行動原理とかを元に予測問題作ったでしょ?実際テスト問題と予想問題の差なんてほとんどなかったし」

「…たまたまだって」

「そー?なんかその後からテストを作る先生がランダムになったみたいだけど…」

「シン、諦めろ。俺達だってそれに気づかないほど馬鹿じゃない」

「……正解。あの時は二条君と一緒にテスト問題を作った。私達は別に難しくもなくて退屈だったし」

「うわー。言ってみたかったなぁ、そんなセリフ。私なんて筆記の方は平均ぎりぎりぐらいだし」

「その筆記もシキ学なかったら平均以下だしな」

「うるさいな!リョウだって5本指入ってないくせに」

「そういうのは俺より上になってから言え」

「うー」

「まあまあ、いいじゃないか。もう試験もないんだし」

「そうだけどねー。ねー、シン、アリサ。何で二人はそんなに頭がいいの」

「さあ?」

「分からない。……ただ子供頃は勉強をたくさんしてた」

「真面目ちゃんだぁ。だからあの伝説の『授業交代事件』が起きたのか」

「あー、あれはなかなか壮絶な事件だったな」

「確かにな。あの時は少し向きになってやりすぎたよ。反省してる」

「でも、しょうがない。……先生が同じところで何回もミスするんだもん」

「まあなぁ。坂當先生あがり症だし一回ミスすると連鎖するからな」

「だからと言って先生を机に座らせて授業を進めていいとはならないんだよ。シンもノリノリでやるしアリサにいたってはいつもの3倍は喋ってたし」

「思い出させんなよ。ちゃんと反省してるよ」

「私も……」

「あ、悪い」

「ごめん!シン、アリサ!別に攻める気持ちで言ったわけじゃないんだ。ただ、懐かしいなと思って」

「……確かにな。俺達の三年間がすごい密度の物だったし」

「そうだな」

「…うん」

「そうだ、もう最後だし今まで起きた事思い出さない?一人ずつ交代でさ!」

「お、面白そうだな。俺は乗った」

「俺も」

「私も」ミラ、リョウ、アリサ、シン


「じゃあ、私からね。まずはさっきのおさらい、『頭脳派失踪事件』」「『校内テスト満点事件』」「『クラス全員裏切り事件』」「『定期テスト点数爆上がり事件』」「『授業交代事件』」「『松岡告白事件』」「『松岡砕け散るの巻!事件』」「ちょ、そんな名前付いてたのかよ。えっと『6月のプロポーズ事件』」「『ウエディングドレスor白無垢事件』」「懐かしいな。『修練場破壊事件』」「『夏っぽい武器制作事件』」「『和服、暗器装備に最適論説明事件』」「『夏休み地獄の強化合宿事件』」「『肝試しという名の夜間訓練で本物に遭遇事件』」「『夏休み、結局休みじゃなくなった事件』」「『休暇明けテスト補習ボイコット事件』」「『身内に裏切られた事件』」「『色づく秋の焔事件』」「『山内フットワークトレーニング殺人事件』」「『一度きりの新衣装失敗事件』」「『クラス会バトルロワイヤル事件』」「『冬季合宿監禁事件』」「『年越し告白事件』」「『雪辱休暇明けテスト挽回事件』」「『鬼隊対人隊合戦事件』」「『そわそわ男子VSノリノリ女子対戦事件』」「『罰則事件』」「『ノリノリ男子VSノリノリ女子対戦再び事件』」「『杉の木伐採事件』」「『嘘つきは……事件』」「『お花見事件』」「『玉砕!松岡再び事件』」……


「『モテキ突入事件』…ってもう一年分か。一年間だけでも結構多かったね。みんな失敗しそうにないし、一回中断する?」

 ミラが自分の番に戻ってきたと同時に、ちょうど一年時の『事件』が終わったので中断の提案をする。元々ミラが言い出したことなので特に不満が起こることもなく、その話は一時中断される。

「いやぁ、一年の時だけでも随分と濃密な事をやってるな。しかも大体がここにいるお前ら二人がが絡んでるとか立派な問題児だよな、お前たち」

 リョウは飲み物を片手にシンとアリサを見ながらそんなことを言う。ちなみに彼の飲み物はとても派手な色なので、かっこよく持ってはいるのだが、いまいち締まらない。

「私達だけじゃない。……リョウだってミラだって同じくらい絡んでる」

「そうそう。ってか夏あたりなんてほとんどお前ら二人が主体でやってたじゃねーか」

 リョウの言動が聞き捨てならなかったようで二人とも反論する。ミラは特に気にとめた様子もなく楽しそうに笑い、舌に微かな衝撃を残しながら飲み物を飲む。

「でも楽しかったしいいでしょ?誰も反対しなかったから実行できてたわけだし」

 ミラはコップをテーブルに置くと、目を軽くぬぐいリョウのフォローをするように軽く言ってのける。

「まあ、生徒からは不満なんてなかったし俺らも楽しかった。けど……」

「楽しかったのは認める……けど」

 ミラの言葉に今度は同じタイミングで話し始めるシンとミラ。セリフはそれほどシンクロしていなかったが、最後の言葉はぴったりそろっていた。そこから続いて紡がれる言葉を察したらしいミラは既に軽く冷や汗をかいている。

「お前らの分まで先生に怒られるのは俺たちなんだよ!」

「私達に擦り付けて毎回逃げてたよね……ミラ、リョウ」

 二人のセリフは被っていて完璧に聞き取ることはできなかったが、言っている事が同じ関連であったので何を言っているかは理解できた。ミラはそっぽを向き視線を合わせないようにしようとするが、そらした先がたまたまリョウもそらした方向で、二人はばっちり目を合わせてしまう。

「何見つめあってんだよ、逃亡コンビ」

「こっちの気も知らずにのうのうとイチャイチャして……」

 二人にさらなる攻め口を与えてしまったリョウ達は慌てて目をそらす。

「全く、その偽善者の仮面をずっと身に着けていてくれたら俺らも楽なのにな」

「馬鹿言え。ここで息抜きができるからこそ、完璧に演じきれるんだろうが。クラスの奴らにはばれても構わないけど、先生とかにいい子づらしておけばいざとなったときに使えるしな」

「まあ、もう使わないけどね~。それよりも~、変わるって言ったらシンの戦闘時の変わりようの方がすごいよね~」

 同じ共犯の片割れのはずなのに、相手ばかりいじられている事に罪悪感があったのか、ミラはにやにやとしながらシンに問いかける。どうやら次のターゲットはシンであるらしい。

「あ、あれはしょうがないだろ!俺の無線はただでさえ盗聴される可能性が高いんだ。強気な態度を示しておかないと、もし交渉となったときに足元見られるし……」

「それが理由だとしても、あそこまで高圧的になる必要はないよね~。そのくせ仲間思い出し~。ツンデレですか?ツンデレなんですかシン君」

 ミラがここぞとばかりにシンにぶっこむ。後先考えないことは、彼女の長所であるが、同時に短所でもある。

「うるっっせえ!そもそもあのキャラにしようって決めた時に、一番意見を出していたのはミラじゃないか!しかも!今のキャラもお前が出した案の一つだろ!」

「あはっ!ばれた?まあ、そうなんだけどね。ついついいじるのが楽しくってさ」

「反撃されるのが分かってて何でそんな事を……」

「確かに無駄……でも、おもしろい」

 シンは、てっきり自分を擁護するためにアリサが発言し始めたと感じ、思わぬところを擁護された事でわずかに動揺する。それを察したアリサは今度はシンに優しく微笑む。

「今日は祝いの場……馬鹿達に少しぐらい馬鹿やらせてもいいでしょ」

「よし、アリサ。ちょっと外出ようか」

「アリサ。その馬鹿に俺が入ってるなら、俺もお前とは少しお話がしたいんだがいいか?いいよな」

 アリサの、その二人を擁護するようで全く擁護していない発言に、二人は表情を固定化しながらアリサを『お話』に誘おうとする。

 

 その後も四人は、お互いをいじりながら過去の話に長くどっぷりとつかっていた……


「お前ら、ちょっと注目~」

 間延びした声で滝野が呼びかける。店内は様々な音で溢れ、普通なら聞き逃してしまいそうなほど声量も迫力もない声だったが、滝野は自らのシキを使用することで全員の視線を難なく集めた。

 ……まあ、範囲指定のシキではなく、生徒のみにシキがかかるように個人個人を特定して39人同時にシキをかける難しさを考慮すれば、「難なく」という言葉には少し語弊があるが……

「そろそろ腹も膨れていい具合に落ち着いてきただろ。まあ、俺も好きで話すわけじゃないんだが、上からの命令に逆らうのもあれだからな。って事で一回しか言わないしさっさと済ませたいから静かに聞けよ」

 そういって虚空から一枚の紙を取り出すと、けだるげに読み始める。

「え~、諸君卒業おめでとう。貴君等は我がアンブリア学園始まって以来の優秀な生徒達であった。入学から卒業まで、最速で卒業するクラスは2~3年に一クラスはいたが、その中でも最終試験であれだけ圧勝したのは貴君等が初めてである。年々全体的にレベルが上がっていることも考えれば貴君等が最も優秀なのは確実であろう。これからも慢心せずに努力を怠らず、実力を伸ばして行く事を信じている。

 さて、私が君たちにー。あー、いいや、中略。

 えーっと、最後に、君たちにはさらなる成長とこれからの活躍を期待し、卒業証書、並びにライセンスを授与する……だそうだ」

 滝野は(中略したが)すべて読み終えると、その用紙……世間一般的には学園長式辞を呼ばれるものを、手の上で燃やしてしまった。

 ……一瞬で肺も残さずに燃やすその火力と、それを押さえつけて周りに広がらないようにするシキはどちらもさすがの腕だったが、現状ではただの無駄な技術である。

「滝野先生!中略して全部読んでないのに何で燃やしちゃうんですか!」

「あ?別に無駄な事しか書いてなかったからいいだろ?どうせあんなのただのおまけだし」

 滝野は悪びれもせずに軽く言ってのけると、今度は大量の箱を取り出した。

「で、本題だ。一応さっきの式辞にも書いてあったがライセンスだ。出席番号順に取りに来い。青橋、暁、赤丸……」

 滝野は生徒の返事も待たずにどんどん名前を呼んでいく。呼ばれた生徒は慌てて滝野のもとへ行き、ライセンスと一辺が10センチ弱の箱を受け取る。全員に配り終えると滝野はメモ用紙みたいなものを見ながら説明を始める。

「お前たちも知っての通りそのライセンスは戦争に参加するためのものだ。それがなければ戦争に参加できないし、軍人という事も説明できない。あとは、そのライセンスカードの説明だが……じゃーシン。ライセンスカードランクについて説明してみろ」

「はい」

 いきなり指名され内心では動揺したが、面に出さないように平静を装って答える。

「ライセンスカードはその人によって色を変え、最低ランクは緑、順に青、赤、銀、金、白銀、黒となっています。ランクはその人のシキ、武力、知力を数値化した物の合計値です。また、ライセンスカードは上がるにつれて形が変化し、形を見ただけでもランクが判別できます。さら……」

「あー!もういい。それで十分だ。まあ、何はともあれこれでライセンスの説明も終わったし……よし、お前ら試しにシキを測定してみろ。ライセンスにシキを流すか血を少したらせばすぐに測定できる。4、5分したら違う説明始めるが、それまでは自由にやってろ」

 シンの長ったらしい説明に嫌気がさしたのか、滝野は途中で話を切りライセンスの実践を促す。生徒は皆興味があったようで、また少し騒がしくなりながらもシキをライセンスに流し始める。

「お!俺赤だ。これってどうなんだ?」

「え?私青だよ。いいんじゃないかな」

「あ、俺も青だ。お前すごくね?」

 測り終わった者たちが所々で集まりそれぞれの結果を見せあっていく。因みに、初めてライセンスを貰う者たちの7割は緑であり、青も1割ほどしかいない。この結果からも分かる通り、彼らは軍全体で見ても優秀なのだ。

「あ、俺金だ」

 一人の生徒の、そんな呟きが集まっていたクラスに静けさをもたらす。元々彼のランクを生徒たちが皆気にしていたという事もあるが、おそらく全員の予想をさらに上回った結果だろう。

「おい!リョウお前マジで金なのか!」

「あ、ああ。ほら」

「まじか!すげえ!」

「2つもランクに差が……ポイントにして1万ポイント弱。化物だ」

 双葉リョウ。彼らのクラスのエースにして、この優秀なクラスの中でも圧倒的に飛びぬけている1人。天井十二家「双葉」の次男でもあり、シキの強さが注目されるのも無理はないだろう。そして彼が注目を集めたならば……

「私も金だ。やったね!まだまだリョウには負けないよ!」

 ミラが注目を集めることも確定だろう。

 羊屋ミラ。シンと同じクラスのエースで、天上十二家「羊屋」の次期頭首であり、リョウに並べる唯一の人物だ。

「さすがだな、あの二人。なあ、シンはどうだった?」

「銀。しかもポイントは千ちょっとだから赤寄りだな」

「俺は赤だ。ポイントは八百ちょいだな。シンとも結構離れてるな」

「これからだろ。今すぐに変わる訳じゃなあいんだから」

「ああ、確かにそうだな。てか、シンよ。この雰囲気、あいつ、動くよな?」

「ああ、間違いなく動くな。リョウとミラがあれだけ中心で注目されてるからな。来ない方がおかしい」

「お、噂をすれば」

「はぁ…憂鬱だ」

 シンと松岡ハジメ(一番隊)が予想していた生徒は、群がってるクラスのみんなをかき分けリョウとミラの元へとたどり着くと、胸を張って話し始める。

「さすがですわね、ミラ、リョウ。ライバルとして鼻が高いですわ。でも私だって負けませんわよ!なんたってわたくし、メリッサ=レリブルは防御隊のエースなんですから!」

 彼女は四番隊兼防御隊リーダー、メリッサ=レリブル。ハーフの代名詞ともいえる美しい金髪と豊かな双丘が特徴的で、町を歩けばほとんどの人が二度見をしてしまうであろう程の美女である。入学時はその見た目と確かな実力でクラスに自分の派閥を作り、中心人物となっていた。が、

「メリッサ、高らかに宣言するのはいいんだけど、じゃあ何でさっきから一度もライセンスを見せないの?」

「べ、別に必要ありませんわ!わたくしはこの身を持ってその実力を証明していますもの!」

「メリッサちゃん。別にみてもいいでしょ~。減るもんじゃないし~」

 ある『事件』がきっかけでミラとリョウにはいじられキャラとされてしまっている。基本的に(いつもの四人以外の)人をいじる事はないリョウたちだが、メリッサだけは例外であった。

 なぜなら……

「う、うう……。シ! シン様~! あの二人がいじめてきますー! 何とか言ってやってください!」

「だから!その金曜夕方にやってるクレヨンなアニメのお嬢様が主人公を呼ぶときみたいに俺を呼ぶな! シンでいいだろ! シンで!」

 ……このようにメリッサをいじれば飛び火してシンをいじれるからである。

「嫌ですわ! シン様はシン様ですの! それより彼らにびしっと言ってやってください!」

「嫌ですのって、こっちが嫌なんだが……。はぁ。ミラ、リョウ。あんまりいじめてやるなよ。こいつだって頑張ってるんだから。……これでも」

「シン様!なんでこれでもって言うんですか! これでもって!わたくしだって全力で頑張ってますのよ!」

「分かった! 分かったから落ち着け!」

 メリッサに半分涙目で迫られ慌てるシン。リョウたちはそれを見てにやにやしてる。

「おーおー。相変わらず仲がいいなあ。で、さっき俺が言ったこと聞いてた?」

 いつの間にか、滝野はギャーギャー言い合ってるシンとメリッサのすぐ近くに来ていた。その眼は全く笑ってない。

「えっと……4、5分したら次の説明に入るって」

「もう10分たってる」

「う、すいません忘れてました」

「ったく。……まあ今日ぐらいは仕方ないとは思うが、上官の話を聞かないなんて言語道断だからな?」

「はい……」

「はぁ。じゃあ、次の話だ。お前らさっき配った箱があるだろ?それを開けてみろ」

 滝野に言われた通り彼らは貰った箱を開ける。中に入っていたのは黒、白、銀を基調とした懐中時計だった。ふたの部分には滝野の軍のエンブレムが掘られ、黒く輝き、そのエンブレムの覇気であるかのように複数の白のラインが織りなう。

 時計自体は漆黒の背景色に金色のローマ数字が輝く。長針、短針は黒と対極である純白色で、所々にある金粉が高級感を漂わせる。

「先生。これって……」

「うちの隊の証明。みたいなもんだ。さっきのライセンスが軍人である事の証明書だとしたら、こっちは軍の中での所在の証明書みたいなもんだ。こっちはなくすと再発行は自腹だから間違ってもなくすんじゃねーぞ?まあ、こっちは説明書があるし、それ読んで使え。俺からは以上だ」

 滝野はそういって自席に戻る。すると入れ替わりで滝野の前に座ってた副担任のストリフィア=アビルダ先生が出てくる。滝野は少し目で追うが、すぐに興味がなくなったようで席に戻っていく。

 ストリフィア=アビルダ。平均的な身長に似つかわしくない立派なバストを所有しており、長い緑の髪は三つ編みにして横に流している。たれ目気味の目は、彼女のおっとりとした雰囲気を加速させ、魅力の一部にもなっている。彼女は滝野と軍に入った頃からの縁で、常に同じ軍に所属し、滝野の専属の部下として働いている。

「みんな。葉月はああいって何でもないように言ってるけど、ほんとはね……」

「おいリフィ!何言おうt……」

「葉月は黙ってて」

「はあ! 何で」

「黙ってて。ね?」

 滝野はストリフィアに押され、結局不満そうな顔をしながらも自席から携帯をとり外に出て行ってしまった。

「あのリフィア先生。よかったんですか?」

「ああ、いいのいいの。葉月はただ恥ずかしがってるだけだから。タイミングを見計らって帰ってくるわよ」

「恥ずかしがる……ってさっき先生が言おうとしてたことが、ですか?」

「そうそう、実はその懐中時計ね。軍の方ではまだ渡すのは早いって事で本当は配るはずじゃなかったのよ。だけど葉月が必死に説得してね。渋々ながらに許可が下りたってわけ」

「滝野先生が、俺たちのために」

「そうなの。それがばれるのが恥ずかしいからって逃げたのよ。だから心配しなくていいわ」

 ストリフィアはそう言うと、ポケットから四つ折りにされた紙を取り出した。

「シン。全員が一斉に見ることは出来ないから読んでくれないかしら」

「あ、はい。えっと、懐中時計オプション申請書。基本オプション、耐塵、耐熱、耐寒、耐撃、耐シキ。選択オプション、3D グラフィック、レーダー、アイテムボックス、緊急回線、各国別世界時計……これ全てにチェックがついてる」

「そう。懐中時計って証明書みたいなものだから基本性能はそこまで高くないのよ。ただ選択オプションは有用なやつもあるからって、フルカスタマイズしたのよ。葉月の奴」

「すごい」

「私達のためにそこまで…」

「全員にフルカスタマイズの軍用時計って、一体いくら使ったんだろう……」

 生徒が口々に呟く。ストリフィアはその質問の一つに意地悪気に答えた。

「確か、四百万ぐらいじゃなかったっけ?」

 額を言った瞬間、生徒たちの表情が固まる。ストリフィアは簡単に言ったが四百万という金は、いくら普通の感性とは離れた軍事学校の生徒から見ても大金である。

「まじかよ。オフロード用の隠密バイクが買えちまうじゃねーか」

「無人偵察機も二台買えるよね」

「まじか……やばいな」

「この時計十万もするのか……」

 ただやはり感性が少しばかり違う事は否定できないが……

 だって、一つ一つが数百万って信じられないだろ?

「なあリョウ。あんな色々特殊な力を付与した時計が十万で済むと思うか?」

「いや、まったく」

「だよな。って事はやっぱり」

「ああ」

 大抵のクラスメイトがその金額を高いと思って話しているが、シンとリョウは納得がいっていないようだ。

「あー、みんなごめん。ちゃんと言えばよかったわね。全員で四百万じゃないのよ」

 ストリフィアが一番重要かつ、爆弾発言をサラッと落としていく。そこはまるで嵐の前の静けさの様な静寂に包まれ、四十人弱もいる場所には到底思えないほど静かであった。しかし、それも、一瞬。

「「「一人四百万!!! ええええええ!!」」」

 クラスの約三分の二の生徒は、喉をつぶしにかかる勢いで叫びながら驚きを表している。ストリフィアはその様子を愉快そうに見て、今度は驚いていない人たちに向けて話しかける。

「あなたたちは驚かないのね」

「すいませんね。特殊系統のアイテムの相場は知っているんで」

「ああ、さすがね。じゃあ、私が四百って言った時には、もう一人分だと思ってたって訳ね」

「はい」

 ストリフィアの呼びかけに代表してリョウが答える。ストリフィアは、周りの叫び声とリョウの受け答えに満足したのか、クラスを収集し始めた。生徒たちを落ち着かせたストリフィアは改めて話し始める。

「とりあえず、葉月が君たちにどれだけ期待しているか分かってくれたかしら?」

「「は、はい!」」

「よろしい。じゃあ、私から言いたいことは一つだけよ。これからは私達も仲間。だから、何かあったら存分に頼りなさい。以上!」

 ストリフィアが話を締めくくり席に戻ると、狙ったかのように滝野が戻ってくる。

「はあ…おい、シン。リフィはどこまで話した?」

 滝野はストリフィアが自分が行ったことをどこまで話したのかが気になった。値段までならまだ良い。だがその値段の内分……つまりは選択オプションと基本オプションの費用まで話されていると、滝野的には非常に恥ずかしい。

「えっと、この紙を貰って値段の話をしただけです」

「貸せ」

 言いながら紙をひったくると軽く目を通し、あからさまにうなだれる。滝野は見覚えのあるその紙を燃やすと、何事もなかったかのように話し始める。

「あー、お前ら。もう存分に食ったと思うしお開きにするぞ。帰り支度をしてさっさと店から出ろよ。リョウとミラ、お前らで最後確認して出て来い。分かったか?」

「先生。でも俺たちお礼も何も…」

「分かった、な?」

「…はい」

 滝野は「これ以上お前らに何も喋らせない」といった風に圧力をかけてリョウを黙らせる。他の生徒たちもその様子を見て無駄な抵抗を止め、帰り支度を始める。


「じゃあ、俺らも先に出てるな」

 滝野に待機を命じられたリョウとミラに軽くそういって店を後にしようとした、が

「あー、シン。アリサと一緒に先に帰ってくれ。俺らはこの後用事があるから」

「おお。そうか、分かった。じゃあまた明日な」

「ああ、また明日。アリサも、じゃあな」

「じゃあねリョウ」

「アリサもシンもまた明日~」

「「また明日、ミラ」」

 二人に手を振りシン達は店をでる。外にはまだ小さなグループがだべってる姿が見えるが、混ざるようなことはせず、手を振って帰路につく。

 

 意図せずしてアリサと二人で帰ることになったシンだが、このような事はたびたびあったし、何度かはミラとアリサと三人で一緒に帰ったこともある。今更このぐらいの事で動揺するようなシンではない。

 シンではないのだが……

(まさか、シンと二人きりで帰るなんて……今までも何度かあったけど、やっぱりなれないな。顔には出ないからばれることは無いと思うけどちゃんと返答しないと、あのシンだしすぐばれちゃうよね)

「……おい…おい…夢維咲アリサ」

 アリサだったりする。

「あ、シン。ごめん、ぼうっとしてた」

「大丈夫か?結構話しかけたんだけど」

「嘘?ごめん。ちょっと今日の事思い出してて」

(あー…言ってるそばからやっってしまった……ただこの返しなら大丈夫、なはず)

「確かに今日は濃密な一日だったからね。試合して優勝して、打ち上げやって…」

「うん…打ち上げで滝野先生の意外な一面が見えたり、リフィア先生が怖くなったり……」

「ああ、確かにあれは怖かった。にしてもあの二人、もしかしたらと思ってたけど」

「ああ…うん。そうみたいだね」

 曖昧な言葉で成立する二人の会話。この会話は二人の間で起こる勝負の様なもので、いつもひっそりと始まり、ひっそりと攻防が繰り広げられる。今はシンが攻めに出て、アリサが受け流している状況だ。

(この流れに入ったてことは…ばれてないよね?良かった……この気持ちは、絶対にばれちゃいけないもの)

「夢維咲、今回は多分勝ち負けがつかなそうだし、一緒に言おう」

「分かった……確かに、今回の件は前々から話してたし、ね」

「よし、じゃあ、せーの」

「「滝野先生とリフィア先生は付き合っている」」

 一言一句違わずに二人は言う。この件は前々から噂としてよく話してたので、言葉をそろえることも比較的簡単だ。

「やっぱりな。他の奴は気付いたと思うか?」

「根拠がない、女の勘……みたいな感じで気付いた人はいると思うけど、多分根拠をしっかりと説明できる人はいない」

「それは…自分を含めてってことか?」

 シンが軽く挑発する。夢維咲はわずかに笑うと少し嘲笑を含ませて言う。

「それは……自分が分かってないから私を落とそうって事?……残念私には根拠がある」

「俺だって根拠がある。じゃなきゃ勝負なんて吹っ掛けねーよ」

「…さっきのセリフとは全然違う……」

「確かにな。でも仮に、お互い根拠があるとしたら勝ち負けはつかないだろ?」

「勝負しないとは言ってない……か」

「そういう事」

 因みにさっきの言葉というのは「……今回は多分勝ち負けがつかなそうだし、一緒に言おう」とか言ってたこれである。シンは少し戦闘時の口調が混じって口調が悪くなっているが、そんな事アリサは気にしない。クラスの為に口調や性格まで変えて作りだしたキャラである。それを作ったせいで若干人格が歪んでしまったとしても、それを責める通りはない。

「じゃあ、根拠その一……二人のインナーのシャツ。見た目は違ったけど、同じブランドの物だった」

「根拠その二。さっき持ってた滝野先生の携帯、分かりにくかったけど、ペアデザインぽかった」

「それも気付いた。……私の根拠は二つ。でも……シンは鼻もいいから匂いの面で何か気付いてそう」

「……それを言われちゃうと、俺の負けだな。正解。あの二人は同じ柔軟剤を使ってる。これが俺の根拠その三だ」

「いつもより、余裕そうだった。だから……私じゃ分からない物で、決定的な証拠があると思った」

「ああー、態度に出すぎてたか。先生二人の観察勝負だったはずだったのに自分を観察されて負けるとは……」

「さすがに散々やられたから気付くよ」

「くっそ―」

 二人の勝負、それは観察による結果を競う勝負である。元々は観察眼を鍛えるためにやっていたものだが、途中からはお互いが相手に勝ちたいと思うようになり、普通なら観察しなくていいようなものでも観察するようになった。

 その過程でシンの鼻が良く匂いを観察することもできることが発覚し、それができないアリサはシンを観察し、嗅覚を使ってるかどうか観察する目が養われた。

「で?罰ゲームはどうする?」

 悔しがりながらも負けた方、シンから言われる。二人の勝負では毎回罰ゲームが付けられていて勝者がその都度罰ゲームを決める。

「どうしよう……」

(勝った…やった!でも、罰ゲームか……平静を装う事と負けないことに必死で考えてなかった)

 そんな事を全く平坦な表情で、アリサは考える。表情に出ないしよく喋る方でもないが、内心、お喋り好きだったりする。

「うーん。……二条君は私に勝ったらどんな罰ゲームにした?」

「えっ!…えーっと…」

 シンはあからさまに動揺する。普段落ち着いてる分余計に動揺が目立つ。

「二条君、言って」

 アリサの無表情故のジト目がシンを襲う。目をそらして対抗しようとしていたシンだが、観念したようで話し始める。

「俺も、特にこれと言って思い浮かばくてどうしようかと思ってたんだよ。そしたら今日の話を思い出してな」

「何を?」

「『玉砕!松岡再び事件』って言えばわかるか?」

「……本当に?」

「うるさい!だから言ったろ。俺だって思い浮かばなかったんだってば!だから!その変態を見るような目で見るのは止めてくれ!」



 『玉砕!松岡再び事件』というのは、一年の三月末。入学したての頃に松岡が一目ぼれして告白、玉砕してそのリベンジを行った事件である。松岡が一目ぼれした相手は四番隊所属の花咲緑はなさき みどり。彼女はクラスの中でも大分天然な性格で、あまり色恋沙汰にも疎い。松岡の告白が事件にまで昇華されたのは、実は花咲が松岡に告白された意味が良く分から無くて、そのままクラスメイトほぼ全員に聞いて回るという珍事件が起きたからだ。

 そして、三月。この時の松岡の気持ちは既にクラスメイトに知られていたし、前回のように良く分からない結果で終わらせたくはないと、腹をくくって、クラスメイトが全員いる教室のど真ん中で告白した。「花咲緑さん。愛しています!」と。

 しかし、またしても時期がよろしくなかった。

 その時期、ちょうどSNSである遊びが流行っていた。花咲はその遊びを知識として知ってしまっていた。そう、「愛してるゲーム」を……

 花咲は松岡の告白がクラスの真ん中で堂々と行われたことと、「好き」ではなく「愛してる」だったせいで、盛大に勘違いをした。花咲は次は自分の番だと意気込み、今度は松岡に対して「愛してる」といってしまう。

 その時の松岡の表情といったらなかった。顔はリンゴのように赤く、どしようもなく緩み、今にも崩れ落ちそうだった。クラスメイトもはやしたて、まさに幸せの絶頂だっただろう。しかし花咲の「やった、ハジメ君照れたでしょ!私の勝ち!」のセリフと共にクラス一同静まり返った。

 ある者は両目を手で覆い天を仰ぎ、ある者は手に持っていたリア充撲〇兵器をそっとごみ箱に捨て、またある者は悪魔を見る様な目で花咲をみていた。そんな中当事者の松岡は、自分が盛大な勘違いをして舞い上がっていたことに気付き、ゆっくりと教室のドアの方へ向かい扉を開けると……

「花咲……お前なんか大っ嫌いだあああーー!」

 と叫びながら出て行ってしまった……これがこの事件の全容である。



「つまり……二条君は私に告白をさせたかった?」

「愛してるゲームな!告白させるとかただの鬼畜なクソ野郎じゃん」

「あまり変わらないと思う」

「うぐっ」

 どうやらシンは焼肉の時に久しぶりにその事件を思い出し、罰ゲームにしようとしていたようである。

「分かった……じゃあ、二条君の罰ゲーム。愛してるゲームをやって……一人で」

「うわああ!絶対こうなると思ったよ!」

「思いつかなかったからしょうがない」

 そういって悪びれもなくアリサは言う。彼女の内心はその顔からは想像もつかないくらいに高揚していた。

(愛してるゲーム!合法的にシンの愛してるが聞ける!やった!)

 いつもの落ち着いた口調はどうしたと言いたいレベルで、脳内がめちゃくちゃになっている。それでも表情は一つも動かさない。

「うー…でも愛してるゲームって一人じゃできないよ。いう相手がいなければ別に照れm」

「私でいい」

「えっ?」

「私でいい」

「……はい」

 アリサの無表情なごり押しに負けたシンは足を止めてアリサと向き合う。普段からは想像出来ないほどシンの顔は赤くなっていて、照れているのが良く分かる。

「夢維咲アリサ」

「……はい」

「愛してる」

「もう一度?」

「愛してる」

「もう一度」

「愛してる」

「もう一度」

「あいしt…ああ!無理!夢維咲、強すぎるよ。とんだ罰ゲームだy」

「もう一度」

「いや、夢維咲俺もう負けt」

「もう一度」

「いや、夢維咲!」

「罰ゲーム」

「うぐっ!……愛してる」

「もう一度」

「なあ!夢維咲!いつになったら終わるの?もういいよな!」

「はあ、仕方ない。じゃあ、終わりでいいよ。お疲れ様、二条君」

「はぁ…最終試験よりもきつかったよ」

「私にそれをやらせようとしてたくせに……」

「まあ…でも夢維咲なら絶対難なくこなしたよな」

「さあ?」

 アリサは首を傾げシンを見る。そのポーズと表情、そして今まで自分が連呼していた言葉が重なり、シンはとっさに目をそらしてしまった。

「も、もう帰ろう。周りもこんなに暗いし明日も早いしn」

「……愛してるよ、二条シン君」 

 シンが平静を取り戻そうと帰宅を促そうとした矢先、シンの耳元にそんな言葉が聞こえる。反射できこえたほうの耳を押さえながら振り返ると、そこにはわずかに笑ったアリサがいた。

「……やっぱり弱いね、二条君」

「……うるさい。そんな簡単に嘘ついてたら無維式達に攫われるぞ」

 無維式とはイザナ国の元最強の軍事家系で、人間を強化するために非道な人体実験を数多く行っていたことがばれ、国によって解体された家系である。それ以降、悪さをした子供は無維式家の亡霊に攫われると迷信になり、子供のいう事を聞かせるために常套句となった。

「……私はそんなに小さい子じゃないよ?……それに二条君……」

「別に、これくらいじゃもう何ともないよ」

「そう……良かった」

 アリサのその安堵した表情は、シンからしてみれば無維式なんかよりよほど心臓に悪く、そして、他の何にも代えられないほど、素敵なものだった。

 そんな考えを抱いたことを、悟られたくなかったシンは、口元を手で隠しながらごまかすようにして、歩いて行ってしまう。アリサは少し早歩きをして追い付くと、シンと並んで歩き始めた……


「二条君」

「なんだ?」

「卒業おめでとう。そして……これからもよろしく」

「ありがとう。夢維咲も卒業おめでとう。明日からまたよろしく頼むよ、副隊長」

「サポートはする。けど……頑張るのは君だよ。隊長」

「ああ!」

 二条シンと夢維咲アリサ。これからっもトップとして奮闘していく彼らを、その日の月は浩々と照らしていた。


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