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シキのある世界  作者: 蓮井シバ
4/9

最終試験・4

……時間は少しさかのぼりまだ防御フィールドで囲われている処に戻る。

「子供なんだから」

「なんか言ったか、ミラ」

「えっ!」

 誰にも聞こえないように小声で言ったつもりだったが、シンには聞こえてしまったようだ。

「子供と言ってたが勝率をわずかでも上げるならこっちの作戦の方が効率的だろ?」

「聞こえてるし…でも子供でしょ、意表を突かれたから、自分も意表を突くなんてな?」

「別にそうとも限らないだろ?意表を突くのは何でも基本だ。それにな…」

 シンは少しもったいぶって答えない。ミラはねだる子供のようにシンに近付き「それに?」と聞く。

「いうから離れろ…それにこの作戦は続きがある」

「えっ?そうなの?」

「ああ、その作戦はリョウ、お前がキーマンだ。あっちへ行く途中でお前にはシャッフルを使って俺になって欲しい」

 シャッフル。双葉リョウの固有シキ。能力は自分の見た目を自分が指定した相手にすることで、このシキで変身すれば見た目、身長、声までもが全く同じになる。相手を混乱させることが目的のシキである。

「それでダイヤと戦うって事か。でもどうするんだ?あいつのシキは防御系に関しては無尽蔵だと聞くぞ?」

「分かってる。だからリョウは捕まらないようにひたすら逃げてくれ」

「それはいいが、その後どうするつもりだ?」

「ダイヤは相手を自分の防御フィールドで囲ったまま攻撃を与える剣を持っているらしい。それを奪ってあいつの防御を無視して攻撃する手段を得る。それがこの作戦だ。エースが最初から相手じゃ防御フィールド自体で潰してくるかもしれないからな。リョウには俺の姿になって相手に情報を引き出させたくなるような立ち回りをしてくれ。そうすれば即死の攻撃じゃなくて剣を使うはずだ。」

「なるほどな。了解」

「へー、そんなことまで考えてたんだ。本当シンの頭の中ってどうなってんの?」

 作戦を聞いて納得すると、今度はその作戦を作り出したシンの頭に興味を抱くミラ。

「ミラ、聞いてやるなよ。どうせ頭の中にパソコンでも入れてんのさ」

「おお、インテル入ってる?」

「入ってねーよ。リョウも適当な事言ってんなよ」

 シンはあきれ顔でリョウを見るがどこ吹く風といったようでリョウは無視する。

「ねーシン。じゃあ私は何をすればいいの?」

「もちろん他の奴らの殲滅だ。俺とリョウはダイヤと戦ってるからな。周りの奴らはお前に任せるしかない。できるか?」

「もちろん!二人が勝つころにはこっちは全滅させてるかもね」

「逆の結果にはなるなよ」

「大丈夫だって~……



 完璧に戦意を失ったダイヤはその場にへたり込んでしまう。シンはリョウの方へ回り、ダイヤと正面を向いて話す。

「俺はImapがあるからな。お前との視界を共有してずっと死角に隠れてたのさ。隠密のシキを使ってな。あんまり激しく動いてなかったから楽に隠れていられたよ」

「……なるほど、二回目のクナイが遅くなったのは双葉さんが使ったからですか」

「ああ、さすがに本人と同じ様には使えないからな」

「あなたの姿が痕跡に見えたのは、双葉の固有シキ、ですね…確かにそんなものがありました」

「ああ、実際は本人とのコンビネーションに使うんだがな」

「最初から二人で攻めてこなかったのは私にその剣〈金剛〉を使わせるためですね」

「ああ」

 ダイヤはいつの間にか奪われていた自分の剣をみて力なく答える。

「俺らじゃあんたの防御を突破する攻撃はできないと思ったんでな。倒すためにはこの剣が絶対に必要だった」

「よく覚えてますね…いえ、相手の情報収集は基本中の基本、なのに私は双葉さんの能力もすっかり忘れていた…完敗です。戦闘の結果も心構えも…」

 そういってダイヤはゆっくり立ち上がると一度お辞儀をして目を閉じる。

「ありがとうございました。今回の事を糧に今度はもっと手強くなって出直してきます。後、一軍配属、および優勝おめでとう。では…フカシキ」

 ダイヤ=フローラル。彼女はそういって自らフカシキとなってリタイヤする。それにより周りにあった無数の防壁は無くなり外側の景色がはっきりと見える。どうやらまだ戦闘中だったようだが、防壁がなくなったのを見た敵はみな降伏し始めた。それにより暇となったミラが駆け寄りながら大声で言ってくる。

「シン達早すぎ!なんかみんなリタイヤしちゃうし、何があったの?」

「普通に勝っただけだよ。多分そういう指示だったんだろ。私が負けたらリタイヤしなさい、みたいな感じの」

 ダイヤは最後、まるで終わったかのようにシン達の優勝を祝っていた。つまりはそういう事なんだろう。

「なんか、ぱっとしない終わり方~」

「いいだろ勝ったんだから」

「いいから早くろお前ら。さっさと旗を取りに行くぞ」

 シンは二人を促し敵の本部に入る。この模擬戦はたとえ相手を全滅させたとしても本部の旗をとらなければ勝利にはならない。

「これだね」

「ああ」

 本部の一番奥の部屋にその旗はあった、途中にいくつかのトラップがあったがこの三人からすれば障害にはならない。

 三人で旗を持つ。シンが声をかけて全員で一気に引き抜く。

『最終試験終了。Ⅲ組の旗が引き抜かれました。よってⅠ組の勝利となります。最終試験終了。

Ⅲ組の旗が引き抜かれました。よってⅠ組の勝利となります。最終……』

 アナウンスが繰り返し鳴り響く。旗を持って本部を出ると残っていた隊員が集まって泣いていた。

「やった、優勝、優勝だ!」

「ああ、やったな」

「しかも私達本陣に敵を寄せ付けなかったよ!すごくない?」

「ああ、今までの先輩たちも見てきたがこんなことなかったよな!」

 それぞれが嬉しさをかみしめ確認するように何度も何度もみんなで話す。叫んだり肩を寄せ合ったり泣き崩れたり、反応は各々違うが気持ちは同じだ。

「みんなありがとう。ただ本部まで戻ってからしような。全員合流してから騒げばいいさ」

「「おおー!!」」

 促された攻撃組四隊の生存者九名は立ち上がると、その中の一名がシンの持っていた旗を奪い取り本陣に走り出す。それにつられてシンが走り出し、そのまま全員で本陣までノンストップで駆け抜けていた。


「よし。改めて、最終試験合格したぞー!」

 その後、本陣に戻ったシン達は審判に促されフィールドを後にすると、集団控室にて反省会をしていた。

「じゃあ今回の反省なんだけど、正直みんなの事で直すべき点はなかったと思います。みんな最終試験だからかいつもより一段と集中力がすごかったし実力も十二分に発揮されていました。だから今回いう事はありません!」

「ただ、今回の反省というところではまあ、はい…主に俺ですね。油断はしてないつもりだったんだけどどこか慢心してたかな。相手の罠にまんまとはめられてしまいました……もう少し上手く出来ていれば犠牲者ももっと少なくできたと思いました!」

 後半になるにつれどんどん声を萎ませていくシンだったが最後だけ言い切ったとばかりに投げやりに語彙を張る。

 因みにシンの喋り方が変わっているのは元々こちらが素であり、さっきまでの口調が指示を生き通らせやすい様に作っていた口調である。

「犠牲は必要だったと思いましたけどねー。毎回言ってるけど今はフカシキで守られているんだからそんなに悲しそうな顔する必要ないって。私達だって納得してるからここにいるんだし」

「そうだよシンちー。私だって役に立ちたいから言ったんだよ?それを褒めないで謝るっておかしくないかな?」

 この二番目に話しているのは一番隊副隊長青橋木の葉である。彼女も口調が圧倒的に変わっているが、こんな人が多数いるのでここでだけ、軽く説明する。

 戦争や戦において無線でのやり取りをやりやすい様に行うため、どうしても普段と同じ口調では緊張感が足らなかったり指示が混乱することがある。その為この世界では普通の喋り方と戦争用の口調がある者が多い。

「ああ、確かにそうなんだけど……」

「ほんとシンちーって戦いが絡んでないと気弱なヘタレだよね」

「ほっとけ」

「で?言ってくれないの?」

「はあ……ありがとうな、佐々木、ハジメ、マミ」

「え!ちょっと私は?」

「お前は正確にはフカシキになってないだろ?それになんかイラっと来たから」

「ひど!わたしだって頑張ったのに!壁ぶっ壊したのに!」

「ああ!分かった分かった。あ・り・が・と・う!これで満足か?あー、後反省会は終わりな。先生が来るまでは自由にしてていーよ」

「ちょっとシンちー。なんかすごいおざなりだった気がするんだけど」

「……」

「ねえ!無視は酷いよ」

「うるさいうるさい!いいからお前も俺にばっか構ってないでみんなのところ言って来いよ」

 半場強制でそんなことを提案し、そのまま押し切ってシンは木の葉を追い払うと口から大量に空気を漏らした。

「おつかれ。さすがの采配だったよ、反省することじゃない」

「ああ、ありがとう夢維咲。夢維咲もアシストありがとうな。多分俺の指示からじゃ間に合わなかった」

「どういたしまして。……ふふ」

 木の葉と入れ違いになるようにやって来たのは本陣兼全体副指令である夢維咲アリサである。

彼女はこのクラスの中で唯一、シンと同等以上の頭脳を持って陣形を組み立てられる人材で、シキの能力はない一般人だが副指令を務める。ショートカットで切りそろえられた黒髪は彼女の目を隠しているがそれでも彼女の魅力は十二分に伝わってくる。本人は目を見られる事や顔を見られることが苦手でしていることだが、男子にとってはそのミステリアスな雰囲気が人気に拍車をかけている。また彼女の立派な双丘も人気を後押しする理由の一つだ。

 二人は軽く会話をした後は並んでクラスメイトを眺めている。喋ってる者変な動きをしている者、踊っている者とやっていることは様々だ。特に示し合わせているわけでもないのに二人の視線は同じように動き、まったりとした雰囲気を醸し出している。

「あれで付き合ってないんだぜ。信じられるか?」

「いや、あれはもうやる事やった後の余裕にしか見えないんだが…さすが俺たちのクラスの七不思議なだけあるな」

「いや、付き合ってないだけで実際はもう済ませているとか?」

「変な勘繰りはよせよ、同級生相手に」

「そうだよ。みっともないなぁもう」

 そんな馬鹿な男子二人に突っ込みを入れるのは同じく影で夫婦と言われているミラとリョウ、その二人である。男子ならつい二度見してしまうレベルの美少女であるミラと、男子からも人気が高い(変な意味ではなく)リョウに二人は思わずたじろいてしまう。(同じクラスメイト、さしては戦友であるのに)

 リョウたちはその二人との会話もそこそこに本来の目的地であったシンとアリサの元へ向かう。

「お疲れアリサちゃん!無事勝ててよかったねー!」

「お疲れ様ミラ。ミラたちが頑張ってくれたからだよ、ありがとう」

「いい子だね~ミラちゃんは。可愛いな~」

 ミラは合流するとアリサに後ろから抱き着きそのまま会話を始める。アリサは慣れたもので特に触れることなく話し始める。

「アリサ、ありがとうな。聞いたらシンの指示より先に諜報隊を動かしていてくれたんだって?」

「まあ、一応。でも私はそれぐらいしかやってないよ。攻撃隊のみんなが頑張ってくれたからこその結果」

 少し申し訳なさそうな口調で返答するアリサに対し、リョウは少しあきれたような笑みを浮かべて返答する。

「まったく、それでも随分と助かるんだぞ?前線ではたった数分の差でも結果は大きく変わってくる。もしかしたらシンの指示から動いてたら間に合わなかったかもしれない。だからそんなに申し訳なさそうにするなよ」

「うん…ありがとう」

「うわぁ、シン見た?リョウが女の子口説いてるよ。私というものがありながら、ぅぅ…」

「おいミラ。何言って――」

「ああ確かにそうだねミラ。全く酷い男だ」

「ちょシンまで!」

「なに?リョウ私の事口説いてたの?……止めてよ」

「アリサまで!」

「ぷっ…」

「あはは!」

「いやーお腹痛い!」

「お前らー…何だよせっかく励ましてやったのに!」

「ふふっ。ごめんリョウ」

「はあ…まあいいよ」

 信用してるからこそできる会話。彼ら四人の会話はまさにそれであった。これまでの三年間、クラスの中心となりクラスを支え引っ張ってきた者たち、それが彼らであり、またこれからこの卒業生を引っ張っていくのも彼らだ。

「まったく。何の相談もなしによくそんなに合わせられるよな」

「三年も一緒に過ごせばね。考えてくることなんて自ずとわかるもんでしょ。リョウだってわかってて乗っかってるくせに~」

「うっ」

 少し顔を赤くして唸るリョウ。どうやら図星なようだ。さらに言ってしまえばいじられていても内心はこういう友達っぽいことができて嬉しいのだ。

「まあ、俺らが過ごしてた三年間は相当に濃密だったし、仲間との信頼関係が重要だからね。他の学校とかでただ三年間一緒だったって言うのとはわけが違うよ」

「うん。死なないけどお互い命を預けてる……だからそこら辺の人たちとはわけが違う」

「確かになー」

 何気ない会話の中に出てくるにはあまりにも物騒でありえない言葉。しかし彼らは違和感とさえ思わない。なぜなら彼らはそれを望んでこの学園に進学しているのだから……

 

――彼らが通っている学園を説明する前にはまず、この世界を語らなければならない。

 この世界でシキが発見されたのは約千年前、シキには様々な力があるのは説明済みだが、その中でも特に世の中の理を変えたのはフカシキという一つのシキだろう。全員が違和感なく使っていたフカシキ、もう予想がついている者もいるかもしれないがこのフカシキとはその人の死を防ぐシキである。これは人間が絶対に持っている者で、基本のシキが使えない者でもこのシキは使える。更にこれは強制的に発動するため確実に人の命を救うシキである。それに伴い世界はどんどん変わり、今ではどの国も軽く戦争をするようになっていった。

 戦争はもはや職業となり学生の中でも人気が高い。その為か遂に二十年ほど前、軍事学校が設立され、高校生までもが戦争に参加するようになった。

 死ぬことがなくなった戦争。それは今まで人間がヴァーチャルの世界で散々やって来たことであり、その手のゲームの人気は衰えることはなかった。人間は生来争いを好むものなのだ。闘争こそ本望、狩りこそ本能、戦場こそ生きる場所。つまりはそういう事である。

 では新しくなった世界において最強はどこか。現実世界に非日常が混ざりこみ、真っ先に溶け込めた国はどこか。


 もちろん日本である。


 体格こそ外国人に劣るが発想や想像力が重要になるシキでの戦いにおいて、日本は無類の強さを発揮した。それもそのはず、日本にはライトノベルというシキにおいての指南書が数多く存在するのだから……

 こうして日本は世界一となり国名をイザナと変え、シン達が通うアンブリア学園を作った。


『アンブリア学園』

 イザナ最強の軍事高校でその卒業生は卒業と同時に軍への配属が決定する。大学の軍事学校は数多あるが高校の軍事学校はイザナには三校しかなくその為優秀な人材が集まりやすい。

 この学園は少々特殊である。まず学年という概念がなく、変わりにⅠ,Ⅱ,Ⅲ軍という割り振りがされており、毎年入る人数もクラス数もバラバラだが、入ったときはⅢ軍スタートとなる。

 そこから三か月に一度行われる戦闘試験で勝利することによりポイントを稼ぎ、Ⅰ軍と上り詰めることで卒業試験を受けることができる。といった形である。まあ、卒業試験は年に二回しかないが……

 まあ分かりやすく言えば、入学したクラスで戦闘試験に勝ちまくってトップに上り詰めれば卒業できる、という事だ。


「まあ、この試験で卒業できたからこれからも一緒だけどな」

「そう。これからも同じ部隊、同じチーム」

「またこれからも今みたいにリョウをいじれるんだよね!」

「あー、そういう事言う。絶対やり返してやるからなミラ」

 ミラとリョウはまだ言い合っているがそんな二人を放置してシンはアリサと話す。

「これからどうなるだろうな、夢維咲」

「分からない。でも、やることは一緒。シンが中心で指示を出して私がサポート。前と後ろの二つの司令塔。これが今までも、そしてこれからも私達が一番勝てる陣形」

「夢維咲にしては随分強気だな。まあ、俺もこのチームで戦う限りはその陣形が一番有効だと思うがな」

「シン、口調があっちになってるよ」

「っと悪い。いや、ごめん」

 少し照れ臭そうに頭をかくシンを見てアリサは微笑む。その笑顔で今度はシンがさらに照れ……なんてことを繰り返している二人はとても幸せそうだった。


「おー。お前ら、悪いな遅くなった」

 試験が終わったのにも関わらず彼らがここにいなくてはいけない元凶がやって来た。

「あー葉月遅い!なんかあったの?」

 滝野たきの 葉月はづき、彼らⅠ軍1組の担任でぼさぼさに伸びた髪と、常にけだるげな雰囲気がトレードマーク。ただし、今でも現役バリバリの軍人でこの学校にヘッドハンティングされる前は特攻隊:白狼に所属しており、わずか十五名で一国の軍を滅ぼしたといわれている。

「木の葉その呼び方止めろって前から言ってるよな。はあ、お前らの手続きに少し手間かかったんだよ。まあ、ここに長いってのもあれだろうからいったん解散しちまおう。で、家帰って着替えてそうだな……十五時に駅前集合で」

「えー、せっかく待ってたのに~」

「うるせえな。だったらここで話するか?せっかくお前らが言ってた約束守ってやろうと思ったのに」

 滝野はそういってポケットからクレジットカードをだす。色はもちろんブラックだ。

「この試験で合格して卒業出来たら、全員俺のおごりで焼き肉。なしでいいんだな?」

 一瞬の静寂、そして

「「「ええええええええええええー!!!」」」

 ほぼクラス全員の息の合った驚愕の叫び声。

「うるせっ。なんだほんとにいいのか。じゃあ、こっちではなs」

「いや!そういう事じゃなくて。本当にいいの?葉月……先生」

 こういう時にクラスを代表するのは大抵がシンではなく木の葉だ。性格的な問題か、シンは先生や目上の人にこういった砕けた物言いは出来ない(ミラは砕けすぎて良く怒られているが)

「まあな。最初の試験の時から言ってたことだしお前らも相当頑張ってたみたいだからな。一応祝いだ。それに一回焼肉驕るぐらいどうってことないしな」

「四十人学級の全員を驕るのがどうってことないって……流石3年間無敗の超エリート」

「さすが先生!お金の使い方が分からなくて休日も訓練してるだけありますね!」

 先生の財布事情に感嘆する生徒たちの中で、木の葉は平然と失礼なことを口にする。

「よーし、木の葉だけ自腹な~」

「ちょ!嘘です嘘です!ごめんなさい!」

「「ははは」」

 葉月はいつもこんな感じで先生っぽくない。それ故に木の葉のように呼び捨てで呼んだりする者も多く、今みたいに少々口が滑ることも多々ある。それでも生徒の事を見ているのは確かでシキの指導などは的確で無駄がない。

「じゃあ、とりあえずかえって準備して来い。じゃーな」

「さよなら~」

「またね~」

 葉月は軽く手を振ると、さっきくぐってきたばかりのドアを再びくぐって出て行ってしまう。

それを合図に今まで喋っていた奴らも続々と帰り始め、その流れに乗ってシン達も四人で外へ出る。四人とも学生寮なのでいつも一緒に帰宅している。

「や~嬉しいね。ほんとに焼肉驕ってくれるなんて」

「すごいよな。あの人数を驕るのにあの余裕。さすが金持ち」

「先生、学校じゃあんな感じで適当だけど英雄だからね」

 四人の帰り道の話題は葉月の話で持ちきりだった。普段生徒にああいった面で優しくはしない葉月がとった行動は、それほどに珍しいものだった。

「でも焼肉って私行ったことないや」

「え!そうなの!でもお肉好きだよね?」

「うん。家とか寮とかではやったことあるんだけど……」

「そうだったんだ。……って寮で!誰と!」

「え…一人でだけど」

「一人焼肉を自宅でやる女の子って……」

 ミラは呆れながらアリサを見る。アリサの少し突飛な行動は他にもあったが、一人焼肉は初めて聞いたものだった。

「何か変だった?」

 しかし当の本人はまったく気にしてないどころか、ミラが何に対して驚いているのかいまいち分かっていないようだった。

「はぁ。いーや、アリサが不思議なのはいつもの事だからね。それに私だって一人でお菓子作りとかするしね。よくよく考えればそこまで変な事じゃないかもね、一人自宅焼肉」

 呆れながらも自分と比較しフォローするミラだが、そのフォローが的確かどうかは聞いていたシンとリョウの顔を見れば一目瞭然であった。


「じゃあ、また」

 そういって四人は各々寮の自室へ戻っていった。彼らの寮は学校では一番グレードが高い寮であり、特待生として入った者だけが使える。この寮を使っているのはシンのクラスではこの四人だけであり、それが彼らが仲のいい要因の一つでもある。

「ただいま」

 シンは自室へ戻ると誰もいない空間に向かって挨拶をする。ここ十年間、このお挨拶をして帰ってきたことはないが、それでも癖というのは抜けずに今も続けている。

 シンは畳部屋の隅にある仏壇へと近づくと線香をあげ手を合わせる。

「父さん、母さん。俺やったよ、主席合格だ。結局、三年間でイチとニンのシキしか使えるようにならなかったけどみんなと協力して勝つことができたよ。これからは本物の戦争だ。見ててね、二人とも」

 そこまで喋るとシンは立ち上がり、私服に着替え始める。土日も基本的に練習していた彼は基本的に私服が少ない。それでもどうせならと、いつもよりは少しおしゃれをした格好で、なおかつチャラく見えすぎないような綺麗な格好を心がける。そんな条件下でシンが選んだ服は白のTシャツに黒のパンツとシャツを合わせるだけのいたってシンプルなものだったが、首からかけるシルバーアクセサリーがいいポイントとなっており、全体的に見ればとても整った服装となっている。

 鏡を見て確認すると、必要なものを持って自室を後にする。電気が消えたその部屋には閉じていく扉の音だけが、むなしく木霊した。


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