最終試験・2
シン達はそのまま本陣に向かって進軍する。前回とは違い一番隊が前、零番隊が後ろという布陣だ。
「全員!強化シキを発動しろ!二、三番隊は俺の合図で遠距離シキを本陣に向かって撃て!」
自分も強化のシキを発動させながら指示を出していく。強化のシキとはイチシキにも分類されない基礎的なシキで、身にまとう事により自分の運動能力や攻撃力、防御力を上げることができるシキであり、戦闘では必要不可欠な力だ。(無論、さきの戦いでも使用している)
「よし!視認した。二、三番隊!撃てー!」
合図とともに少し離れた左右の森から敵の本陣めがけて多種多様なシキが飛ぶ。しかしそのシキたちは空中の、ある場所から先へは進まず、霧散していった。その際一瞬だけ光った防御フィールドをシンは見逃さない。
「防御範囲は分かった…よし、あれは俺一人で割れる!お前らは出来るだけシキを温存して背後で待機してろ」
「了解」
シンは自分だけさらに一歩先へ進むと腰につけていたバックから多数のクナイを取り出した。クナイは艶消しが施されていて夜の闇よりも黒くまだ日が高い現段階では目立っていたが、元々艶消しはおまけのようなものだったので気にしない。クナイは合計十本放られたところで所で終る。しかしシンが投げはずのクナイは飛んで行く事なくシンの上空で停滞している。否、正確にはシンが走る速度に合わせて空中を進んでいる。
これはシンがニンのシキで物体を操作しているからだ。
さっきから、たびたび登場する『シキ』とは、彼らが使う特殊な『力』の呼称である。イチのシキから始まり、ニンのシキ、ハクのシキ、フカシキなど、様々な種類が存在する。
基本形はイチのシキと呼ばれるものである。イチのシキはイのシキとチのシキを組み合わせたもので、簡単な物質を生み出したり物を操作したりいろいろできるが、シキにも個人差があるため人によって得手不得手が存在する。(ただし、フカシキは自分の意志に関係なく発動する)
例えば主人公であるシンはイチのシキでは優秀と言われる部類の実力者であり、イのシキの上位系統であるニンのシキを使用することができるが、シキに関して特別優秀という訳ではない為ハクのシキを使う事は出来ない。
例えば主人公の親友であるリョウ。リョウはイチのシキをはじめ、ニン、ハクのシキにも適性がありクラスで一番の質力者。名家・双葉家の『固有シキ』も扱える。
例えばメインヒロイン(仮)。彼女はリョウと同じく全てのシキを扱える。リョウに並ぶ実力者で彼女も名家・羊屋家の現当主である。
シキは個人によって習熟度が変わり、扱い方も千差万別である。人によって得手不得手もあるが各々が個人のスタイルを見つけ勝負する。それが『シキ』である。
シンは自分で出したクナイ達にジャイロ回転をかけて貫通力を増していく。十本のクナイはお預けをくらっている動物のように甲高い声を漏らしている。音が大きくなっていくほどクナイ達は回り、やがてドリルのような円錐形に見えてくる。シンはクナイを自分の前に半円を描くように配列すると「いけ」と小さくつぶやく。するとクナイはその配列を維持したまま、すさまじい速度で相手の防御フィールドにぶつかり破壊を試みる。最初こそ拮抗していた力はクナイ達にかかったジャイロ回転が少しずつ勝っていき、シン達がそこにたどり着く寸前でその半円上の部分には大きなひびが入っている。
「くらえ!」
シンは自分の体を覆てしまえそうなほど大きい楯を構えそのひびに突進する。ぶつかった瞬間、今まで耐えてきたのが嘘のように軽々しく飛んでいく欠片たち。それはつまりシン達の内部侵入を意味している。
「よし、関門突破だな。…っと」
シンが仲間に指示を出そうと声を上げるが、飛んできた火球のせいで中断されてしまう。シンのクナイほどではないがすさまじい速度の火球はシンが避けたことにより後ろにいた味方に直撃する。おそらく威力よりも速度を重視したのだろう、火球が直撃した少年は少しうめくが、フカシキになることはなかった。
「すまない甲斐。…いきなり随分な挨拶だな。そっちからくるとは驚いたぞ『待ちの濠炎』」
シンは火球が飛んできた方向を見ながら答える。そこには幾人かの部下を従えた筋肉隆々の男が立っていた。男は真っ赤な髪をオールバックにまとめ背中には巨大な両刃の剣を背負っている。楯にもなりそうなその剣は彼のように相当筋力に自信がある者でないと使えそうにない。
「ここまで来ておいて今更だな、『死の痕跡』ここは既に俺の縄張りだ」
「はあ、そうかい。それよりその二つ名で呼ぶのは止めてくれないか?中二病過ぎて好きじゃない」
筋肉の男、濠炎は嘲笑うようにシンと話す。見た目とあいまって相当に柄が悪いが、濠炎は敵チームのエースである。
「別にいいだろ。入学以来敵なしでここまで来たクラス…その司令塔の座に三年間座り続けている異才。そんな奴にはそれ相応の名前がつくもんだろ痕跡さんよぉ」
「はぁ、誰が言い始めたんだか、こんなの作る暇あったら鍛錬でもしてりゃいいのにな」
「傲慢だな。自分が上の立場だと信じて疑わない。まあ、事実って言うのが腹立つが、それも今日で終わりだ」
濠炎はそういって指を一つ鳴らす。すると今までの防御フィールドが粉々に砕け散り新たな小さなフィールドが二つできる。一つは敵本陣を囲むもの。そしてもう一つは…
「これで援軍は呼べなくなったな。さっきみたいに簡単に敗れると思うなよ。今回のこれはざっと五倍以上の硬度に及ぶ」
「てめえ、最初っから足止めが目的か」
シンは苦虫を噛み潰したような顔になる。その顔を見てより一層悪意ある笑顔になる濠炎。彼は片手で空を切る、するとその軌跡には無数の火球が生成される。
「足止めじゃねーぜ。俺たちは本気で勝ちに来てる。ここでお前らを潰せば勝ちは確定だしな。気付いてなかっただろ?お前らは俺たちに誘導されてたんだよ。まあ、お喋りはここまでだ。殺し合いと行こうぜ」
濠炎は一方的に話すと返事も待たず作った火球を飛ばしてくる。シン達は無数に来る火球を避けたり防いだりしているがいきなりの攻撃で隊はバラバラにされてしまう。
「おらおら!どうしたよ!」
濠炎はバラバラになったこちらの隊員を的確に狙い撃つ。取り巻きも同じく火球を使っているようで濠炎より数は少ないが、確実に手数を増やしている。
(さすがにエース。ここまでバラバラになった俺たち全員に的確に火球を飛ばしてくるとはな。見た目と違って器用な奴だ。だが…)
「零!リョウ、バックアップ!ミラ、アタック!エース以外の奴らを蹴散らしてくれ!できるか?」
ニンのシキを使って直接脳内に話しかける。普段なら通信機を使うがこの弾幕の中ではうかつに起動することができない。
「分かった。だけどこの弾幕の中って言うのは少しきついな。三割カットしてくれれば一気に決められると思うが…」
「リョウに同意ー。さすがにこの弾幕は少しきついかな」
それもそのはず、零番隊の二人は内のエースであちらの最優先注意人物だ。他のものと比べると弾幕の量は二倍にもなる。
「分かった、一番隊!俺が二人の弾幕を少し落とす。固まって俺への攻撃も防いでくれ!」
「了解!」
シンはそういいながら今まで使わずに背に担いでいた楯を構え比較的味方がまとまっている処に走りこむ。最低限の陣形が組まれたことを確認したシンは今まで自分の防御に回していたクナイを二人に向けて飛ばす。一本一本別々に動かすのはさっきとは格段に難易度が違い、操作しているときは、シン自体が無力となってしまう。しかし今は一番隊がシンを守ってくれているので、全幅の信頼を寄せているシンは自分の身を気にせずにクナイを操作できている。
「もう少しもう少しだ…」
それでもなお相手の弾幕がすさまじくいまだに攻め手にかけている…シンのクナイが応援としてきたがこれではまだ一割程度しかカバーできてない。
「もっと、もっと…はまれ はまれ はまれ… はまれ!」
シンは集中力をさらに上げクナイと自分の感覚を必死に寄せていく。シンの指が糸を操るように空中で動き回るが、それはクナイの操作をイメージしやすい様に動かしているだけで、直接的に動作に関わりはしない、が!
「はまった!」
シンがそう呟いた瞬間クナイの動きはまるで別物となり動き始める。それと同じようにシンの指も動く。クナイは一本一本全く別の方向に動き回り、時にはお互いをぶつけることで急速に方向を変え、時には急停止させ火球をつぶしていく。リョウ、ミラの体に触れあいそうなほど近くを通ることもあったが二人にあたることはなく、二人が怖気づくこともなかった。
シンはシキのように指でクナイをイメージし動かす。時間が経つにつれ洗練されていくその動きは遂に目標の三割に届いた。
「いけるか!二人とも!」
「「ああ!」」
返事をしながらすでに二人は動き出している。シンも慌てた様子はなく、クナイを共に動かしている。
零番隊が近付いてくることに少しの焦燥を顔に出した濠炎は一番隊への攻撃を他のものに任せ、自分は着実に近づいてくる二人にだけ集中する。
(近づかせるかよ!)
二人への攻撃は苛烈を極め進むペースは少しづつ落ちていく。だが!
「ここまでくれば後は任せるぞミラ!火球は頼んだ!」
「了解!シン!私とリョウの資格は任せたよ!」
「了解だ!」
突如男…リョウの方が防御を崩し刀を抜くと濠炎たちに向かって飛び出す。濠炎は「袋の鼠だ!」と言わんばかりの勢いで火球をリョウに浴びせる。回り込んで背後から攻撃する技量を持つ濠炎のシキ、…文字通り全方位攻撃だった。だったが。
「無駄無駄!」
そんな掛け声とともにリョウの背後から無数の発砲音が響く。瞬間量の周りは大量の白いもやがかかり、対象を見失ってしまう。
「クソ!」
濠炎は対象が見えない圧倒的に不利な状況を危惧し、とっさに自分ともやの間に巨大な炎の壁を作り出す。濠炎の得意技は火球のみではない。
「っぶね。見かけによらず判断早いな。さすがエースといったところかな!」
もやの中からそんな声が聞こえてくる。濠炎はその声を誘導と意識し警戒をしながらもやを見るが、そのもやがある一点を中心に不自然な動きを始めた。
まるでブラックホールでもあるかのようにもやだけを吸い取るその中心には透明な結晶がある。濠炎はその結晶を見たとたんもやの正体を理解し、結晶に向かって風刃を飛ばす。その際に炎の壁に通り道を作るなど器用な真似もして見せるが、それにに気づいたものは果たしていただろうか。
風の刃は一直線に結晶に飛んでいき切り裂くわけでは無く、包み込むように変形したかと思うと、結晶と共に遠くへ吹き飛んで行ってしまった。
「っち」
リョウは舌打ちをすると、残りのもやを作り出した風で吹き飛ばす。それによりリョウと濠炎は炎の壁越しに向かい合う。
「まさか、今の一瞬で何かを判断するなんてな。よく頭が回るもんで」
「あんだけヒントが出てれば誰でもあたるわ。全く嬉しくねーよ。大方女の方が撃った弾自体が普通の弾じゃなくシキで作った水の弾ってところか。で、さっきのもやはただの水蒸気。最初は俺の目くらましが目的かとも思ったがただの副産物だったなんて、な!」
濠炎は語尾を強く、そんなことを言う。語尾を強めること、それはシキ発動の予備動作の様なもので、濠炎の言葉に合わせ案の定炎の壁がリョウに襲い掛かる。
「無駄だよ」
リョウは一言だけそういうだけで、その攻撃から逃げようともしない。
やはりさっきと同じような発砲音と共に大量のもや…水蒸気が発生する。しかし濠炎はそのすぐ近くに炎柱を発生させ、熱の威力で強制的に空気を乾燥させることで水蒸気を晴らす。
「まあ、こんなもんだろ。じゃあ、これはどうだ?」
そういって濠炎が再び作り始めたのは火球。しかしその火球は今までの物とは一部分だけ違う。
「なるほど。核を入れたか。…つくづく頭の回転が速いことで」
「ありがとよ!」
濠炎は喋りながらもその火球の生成を行い続け、次々にリョウへ投げていく。リョウは時に切りつけ、時に避けながら核もろとも壊していく。この状態ではミラによる発砲では味方の視界まで奪うため、むやみに撃つことができない。
「リョウ!」
「助かる!」
だが防御はミラだけではない。さっきまでミラを援護していたクナイ…シンが今度はリョウの援護に入る。
「くっ!」
シンの介入により確実に火球をさばかれ再び詰め寄られそうになり、濠炎はいったん攻撃を止め距離を取る。逃げながら敵との間にさっきと同じような壁を複数出現させるが、ミラの攻撃によって一瞬で壊される。水蒸気のもやからは、リョウが作ったであろうもや自体を材料とした氷柱が迫ってくる。濠炎は遂に今まで荷物と化していた剣に手をかけ背中から引き抜く。
氷柱をその剣幅で防ぐと重さを感じさせない軽やかな動きで剣についた氷片を振り払う。剣を目の前に構えるともやをまっすぐ見つめ、リョウが出てくるのを待つ。しかし…
「やっと抜いたんだな、その剣」
もやから出てきたのはリョウではなく楯を構えクナイを従えたシンだった。
「あ?痕跡だと?お前司令塔だろ。こんな前線になんか出てきていいのかよ…というよりなんだそのなりは、まるで俺と戦いに来たみたいじゃねーか」
「俺の持論は、前線に立たない指令は死すべしだからな。命の危険を知らないやつが指令をやっても仲間を犠牲にするだけだからな。それと…」
シンは濠炎を見て怪しげに笑うと自信満々に言ってのけた。
「みたいじゃなくて本気だ戦いにきたんだよ。感覚的にお前ぐらいなら俺でも倒せるだろうしな」
「あ?」
濠炎はその一言で顔に火をともす。鍛え抜かれたものだけが出せる殺気を一直線にシンに向けながらしゃべる。
「それ、本気で言ってるのか?本気だったらお前は調子に乗りすぎだ。まあ作戦として煽ってる線が消えない以上そちらの挑発には乗らない…」
――スッ
濠炎が言い切る前に顔の真横をクナイが通る。少し気が抜けていたこともあるが、全く認識できずにいつの間にか顔の横を通過していったクナイは、濠炎の頬に一筋の傷を作る。
「本気で言わなきゃこんなの作戦でもなんでもなくただの自殺行為だろ。安心しろよお前ががっかりするような戦いにはならないさ」
「…言ってくれるじゃねーか。相手してやるよ痕跡」
濠炎は自分の剣にシキをかける。するとその剣は囂々と燃え上がり、ただでさえ長い剣身はさらに長くなった。
「…なんだよそりゃ。扱いにくそうなことこの上ない…」
シンの言い分も最もだ。今、濠炎の持ってる剣は幅がシンの楯ほどもあり、長さも3メートル半は超えている。
「はは。そういえば今回のトーナメントでは使ってなかったな。まあ体感してみろよ。この剣の恐ろしさをよお!」
濠炎は剣を下段に構えながら全力で踏み込み間合いを潰していく。クナイを放ち牽制するが軽々と避けられてしまう。
「無駄無駄!」
一瞬でシンは濠炎の間合いに捉えられ剣は横に振りぬかれる。とっさに楯を構えて防ぐが、振りぬかれても何の感触もなくいつの間にか自分を通り過ぎている。
「どうなってやがる…」
シンは振りぬいた反動で硬直している濠炎にクナイを放つが跳躍したりわきからはらわれたりして、すべてが有効打にはならない。濠炎は大きく跳躍しクナイを避けながらも再びシンの間合いに入る。とっさの事だったのでさっきよりも深く入り込まれ剣を振り落とされる。だがシンも反応していて楯を構える。感度は重い手ごたえが楯に伝わり、シンの足はわずかに沈みこむ。
シンは楯で防御しながらも空中のクナイを濠炎に飛ばす。背後からくる気配を察知して横にスライドして避けると、避けた足が5センチほど沈み込む。
「くらえ!」
シンは自分の楯の前にクナイを並べると、クナイと楯を一つの物としてシキをかける。多数のクナイにより棍棒のようになった楯を構え突っ込む。直撃すれば相当な痛手を負うだろうその突進は濠炎の剣とぶつかり甲高い音を立て防がれてしまう。
お互いがぶつかっている状態ではいくら片足が埋もれているとはいえ元々規格外な筋肉を持っている濠炎に軍配が上がる。拮抗していた衝突は、濠炎の力を入れた一振りによりシンが吹っ飛び決着となった。
「なかなかいやらしいく巧みに罠を使うな痕跡。しかしいかんせん攻める力が圧倒的に足りてない。こんなもんじゃ俺に勝てるとは微塵にも思わないがな」
「安心しろ、今までのは様子見だ。おかげでお前のその剣の特性は分かった」
「…なに?」
濠炎はいぶかし気に聞き返す。シンは変わらない態度で説明を続ける。
「お前の伸びた刀身。それがすべてぶつかったら心底使いにくくなる。弱体化ともいえる所業だ。だけど実際は違うんだろ?」
「……」
「自分では言わないか…だったら説明してやるよ。お前が使ってるシキを」
無言でただシンを見つめる濠炎。その眼はさっき抱いた殺意の他にも疑惑や困惑、そしてわずかに恐怖も抱いていた。
「まずお前のシキはニンとハクのシキの混合、能力は生命体のみを切る炎といったところか。だからその剣の炎は地面や俺の楯にあたったときには霧散したんだろ。剣自体には重さを変える力もあるようだし。相当厄介な相手だよ。お前は」
シンのその説明が終わると濠炎はゆっくりと剣を地面に刺し、静かに拍手をした。周りはいまだ戦闘が続いておりあちこちで戦闘音が鳴っているが、シンにははっきりとその拍手が聞き取れた。
「あたってる。さすがだな痕跡。今の一瞬の攻防でそこまで見抜かれるとは思わなかった。侮っていたよ。ここからはより一層気を引き締めて戦おう油断慢心は…」
そういった瞬間濠炎の姿は消えた…とっさに楯を持ち背後に向ける。完璧に感任せの防御だったが何とか成功したようで楯には重い衝撃が走る。その力はとても強大で楯で防いだはいいが威力が強すぎて吹っ飛ばされる。
「なしだ……まさか今のを防ぐなんてな。厄介だ」
そういった濠炎の声は最初に比べるとひどく落ち着いていた。感情も表には出ておらず表情は涼しいままだ。しかし……
「ったく。本気になって性格やシキまで変わるとはな。今までどんだけ手を抜いてたんだよ」
シンが言った通り濠炎の見た目で一番変わっているのは剣を覆っていた炎の色だった。さっきまでは怒りを露にしたような燃え盛る赤色をしていたが、現在は深い青色の炎をしていた。それは炎が完全燃焼している証であり赤かった時よりも高温であることが容易に想像できる。
「ちっ」
シンが立ち上がると濠炎は既にそこに向かって剣を振りおろしていて、間一髪のところでそれを避ける。剣はそのまま横なぎへ軌道を変え避けたシンに迫る。
「いけ!」
しかしシンは一瞬早く今まで杭のようにして楯についていたクナイを全て発射する。零距離からの発射に不意を突かれた濠炎はバックステップをとりそれをかわす。間合いから濠炎が出たことを確認すると、持っていた楯を捨て二本のクナイを手に持つ。
「避けることに集中したか?楯を持っていた方がまだ勝てたと思ったがな」
シンの行動を悪手と判断した濠炎は短くため息をつく。が、さっき宣言した通り気を緩めることなく全力でシンを倒しに行く。
(負けてから悪手であったことを確認するんだな)
再び一瞬で間合いを消すと同じように剣を振る。今度はさっきのようにシンが反応しても楯もなく防げない……
「っつ!」
声にならない声が濠炎から漏れる。理由は単純解明濠炎の剣をシンの楯が防いでいたからだ。
(どうs)
「どうしてって思っただろ濠炎。何でその楯が動いているんだってな」
自分の考えを言い当てられた一瞬の動揺。その刹那。濠炎の四肢をクナイが捉え深く突き刺さる。健をを的確に狙われ力が入らず濠炎はその場に倒れこんでしまう。
「終わりだな、濠炎。だが念のため」
楯の後ろから出てきたシンは濠炎に近付くと拘束用の手錠を付ける。いまだ力が入らない濠炎はされるがままだ。
「まさか負けるとはな。油断はしてないつもりだったが…さすが痕跡といったところか。…で、どこからがブラフだ」
「さあ、当ててみなよ」
シンは拘束した濠炎からクナイを引き抜き、血をふき取りながらおざなりに返答する。濠炎は痛みで少しひきつるが変わらない口調で喋り始めた。
「じゃあまずは確認だ。お前はチのシキじゃなくてニンのシキって事でいいんだよな。しかも相当な実力者だろ」
濠炎は答えを求めるように聞くがシンは肩を竦めただけでまともに返答しない。
「…まあこれは確実だろう。しかし楯のブラフは一体いつからだ。俺が見た限りじゃお前がその楯を操っていたことは一度もなかったんだがな」
濠炎が言っていること。それはシンのシキ強度の話である。シキは個人差があり千差万別だと前に言ったがその力をある基準で判断したのがシキ強度である。さっきの戦いでは常時発動していた強化のシキと、クナイを扱うシキを使っていた。もちろんシキの力が強いほど強化のシキも強くなる。極端な話シキがでたらめに強い幼稚園児と素の濠炎では濠炎が負けることさえある。
そしてさっきの試合で肉弾戦が行われた際、全ての場面においてシンは負けており、楯もずっと手で持って使っていた。そのせいで濠炎はシンのシキ強度を誤認し、無意識のうちにシンの力を見誤ってたという事だ。
「ずっと隠していたよ少なくても今日はね。それで勝てると思ったから。まあ、実際は危なかったんだが…」
「どこがだ?種明かしをしてみれば俺の完敗だろ?」
濠炎は意味が分からないといった表情でシンを見る。シンは楯の整備に取り掛かっていた。「濠炎、それはこの試験が終わったらな」
「はぁ、おみ通しかよ」
愚痴る濠炎に対しそっけなく「基本だろ」と答える。濠炎がしようとしたのは捕虜となったうえで質問をして相手が油断している処から情報を抜き、無線で味方に伝える「諜報」という定石の一つだ。
「てかいつの間にかうちの隊は全滅してんじゃねーか。薄々感じてはいたが…」
濠炎はシンからこれ以上話しても無駄だと考え周りを見渡すと、自分と同じように拘束されてるものやフカシキとなったものしかいないことに気付く。自分がシンだけに集中するまで戦ってる音が聞こえたことから考えると、応援が来なくなったタイミングで仕掛けられたと考えて間違いないだろう。
「場外盤まで支配してたとはな。化物め」
「誉め言葉として受け取っておく。じゃあな濠炎」
立ち上がり軽い挨拶だけすると振り変える事もなくそのまま仲間の方に戻っていった。
「計画通り…か」
その背中を静かに見つめていた濠炎は軽く笑うと仰向けになり、青い空を一人眺めていた……
誤字脱字アドバイス、なんでもどうぞ!