エピローグ:孤毒
サイルマードの中心に今も放置されている巨大亀の亡骸。
死んだ時のまま、城下町の中心で今も腹ばいになっている。
魔物の亡骸は放っているとその内跡形もなく霧散して消える。
小柄な魔物で大体半日。巨大亀クラスになると一ヶ月は掛かるであろう。
だが、山のように巨大な亡骸を片付ける術は自然に任せるしかないので渋々放置しているというのが現状だ。
その甲羅の上に【雷童子】トネールが城に背を向けて座り、双眼鏡で遠くを見つめている。今朝からずっとだ。
「マジで来やがったな」
双眼鏡に写るは数えきれない程の鳥の魔物の軍団。それらを指揮するかのように軍団の前を飛ぶ一人の鳥人間。
右半身を黒、左半身を白の毛が体を覆っているこの鳥人間は【間違いと愛の狂鳥】ジャブジャブ。空を飛ぶ魔物を多く従える魔王である。
言わずもがな、昨日の夜空を支配していた魔物はほとんど彼の魔物だ。
「見張ってて正解だったか」
トネールが見張りをしていたのは悪夢はまだ覚めていないと予感していたから。
勇者レンもこの事には気付いていたが、トネールに全てを任せて当の本人はモミジに重症を負わされたカルツィが心配で彼女に付きっきりで見守っていた。
「あいつ本当に勇者としての自覚はあんのか?」
トネールは雑に双眼鏡をしまい、鎚を振るって稲妻の道を作ろうとした。
その前に黒い風がトネールの後方から吹く。
黒い風はトネールの体を飲み込み、そのまま頭上を通り抜けた。
「あの時の妖精か」
黒い風の中を飛んでいたのはデモン。
彼女の口周りは血まみれの生肉でも食ったのか、赤黒い液体がベットリと付いており、ふらふらとした動きも相まってどこかおぞましくなっている。
風と同じ黒色の瞳が見つめているのは、魔王ジャブジャブの軍勢。
下にいるトネールには見向きもせずにゆっくりと鳥の大群へ飛んでいく。
「キャキャキャ! 愚かな小娘よ。私の慰め者にしてやろう!」
ジャブジャブも当初の目的であったサイルマードの民よりも眼前に飛び出した弱そうな獲物を捕らえようと、羽を動かすスピードを早めながら待ち構えた。
デモンはそれを見ても進みを止めず、光に寄せられた虫のような動きで飛び続ける。
聞こえるのは様々な羽音のみの空間の中、先に動いたのはジャブジャブの軍勢。
数匹の魔物がバサバサと羽を羽ばたかせ、風を起こす。
それは風の刃となってデモンに襲いかかる。
デモンはそれに対して何もしなかった。
何故なら動く必要がなかったから。
風の刃は黒い風に捕まり、一つ残らず消滅していく。
デモンには傷一つ付かない。
「飛び道具は効かぬか。ならば私が直接捕らえてやろう!」
ジャブジャブは足の鉤爪に力を込めて、デモンに向かって飛び蹴りを繰り出す。
狙ったのは顔。犯すのに必要な部位だけを残して後は潰してしまおうという算段だ。
ジャブジャブにとって犯す相手の生死は関係ない。
「その身体を遺して死ね!」
鋭さと速さ。
二つが組合わさった蹴りは並大抵の金属ならば容易く突き破る威力を有する。
デモンがまともに食らえば死ぬだろうし、非常に強固だった巨大亀の甲羅でさえも破壊が可能な威力だ。
「……邪魔!」
その蹴りをデモンは受け止めた。
うねる黒い風を幾重にも吹かせ、蹴りの勢いを弱めた上で掴んだのだ。
風に足を捕らわれ離れる事が出来なくなったジャブジャブは、今度はデモンの頭を噛み砕こうと、歪な牙が生えた口を開き、しなやかに首を曲げる。
そこでジャブジャブは足の感覚が無くなっている違和感に気付く。
それは既に手遅れであることを告げていた。
「キッ、キアアアアァ!」
足から身体。そして顔。
ほんの僅かな時間でジャブジャブの全身は黒ずみ、塵となって朽ち果てていく。
ジャブジャブは最強という訳ではないが、三十年は生きており、モミジなんかよりもよっぽど格上の魔王だ。
決して弱くはない筈の主の末路を見てしまった魔物達は皆、デモン一人に恐れを為し、蜘蛛の子を散らすように四方八方へと逃げ出した。
デモンはそれを追いはせず、己のダンジョンがある方へと帰路に就いた。
「レンの野郎、とんでもねぇ化物と手を組んでたんだな」
遠巻きながらも一連の光景を見届けていたトネールは小さく呟いた。
魔物を一瞬で撃退したことに畏敬を抱きながら。
この日、サイルマード王国に訪れていた危機は片手で数えられる程度の人間が見てる中で塵となって潰えた。
それを国を救った英雄として見るか、何もかもを塵に還す悪魔の誕生として見るかは人それぞれ。
そんな意思をよそにデモンは飛び続けている。
主のいない静かな屋敷へと。
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