82:夜明け
昨日の魔物の襲撃ではサイルマード王国に甚大な被害を出した。
勇者レンと雷童子トネールの活躍により滅亡は免れたものの、数多の建物や人命が失われた。
ほとんどが街の中央で亡骸となって居座っている巨大亀が原因だ。
「レッシェ嬢、ゴーレム貸してください! この下に人が埋まってる!」
夜が明けると救助活動が始まった。
動ける者は総力を上げて行っているが、それでも人手が足りないというのが現状らしい。
人死にが多かったのもだが、今のサイルマードには住めないと他の場所に移ってしまった人も多数いるってのもある。その選択を取った人を薄情者などと責めるつもりはない。
「危ないから離れて」
立方体の物体を石畳の上に叩き付けると、ゲル状に変形して大きな人の形を取る。
そして人を埋めている瓦礫を一体で軽々持ち上げた。
「今だ! 引っ張りあげろ!」
集まっていた男達がゴーレムが作った隙間から親子なのだろう女性と少女が助け出した。
どちらも傷を負っているが、意識はあるようだ。
「とりあえず安全な所まで連れてくぞ」
親子には応急処置が施され、城に向かうように指示された。
それを聞いて助けてくれた事に感謝の言葉を述べながら城へと歩いていく。
私もそれを見届けたらこの場を立ち去った。
ある人に届け物をしないといけないのだ。
◇
目的の人物は街の外れに位置する白く飾り気の無い建物の中にいた。
散らかった机に向かって薬の調合を行っている。
恍惚とも感じ取れる表情を浮かべている彼女は【サディスティックメディック】の通り名で恐れられているクィン先生。
鞭や蝋で患者に苦痛の伴った治療を施す医者だ。
私は彼女に薬草を届けるように頼まれていたのだ。
「レッシェちゃん。持ってきてくれたのね?」
「これで合ってるよな?」
クィンは私の持ってきた薬草を目で見て、優しく撫でて手触りを確認する。
「うん。合ってるわ。ありがとね」
そう言って調合していた薬に躊躇なく薬草を放り込む。
すると無色透明だった液体が鮮やかな緑色に染まっていく。
薬だとは分かっているが妙に毒々しい色をしているのが気になる。
「お茶でも飲むかしら?」
クィンは机の奥に乗っていた陶器のポットから赤茶色の紅茶をコップに注ぐ。
受け取ると手に僅かなの温もりを感じた。
調合していた緑の薬を飲まされるのかと少し身構えてたが無意識な心配だったな。
紅茶を一口飲む。
「あら、レッシェさん。来てたのですね」
部屋の奥からアラクネがやってくる。
体のあちこちには包帯が巻かれ、その下には火傷で変色した皮膚が見え隠れしていた。
「アラクネちゃん、体の調子はどう?」
「おかげさまで良くなってきてます」
その言葉とは裏腹にアラクネの表情にはどこか曇りがあった。
私にも理由は分かる。
アラクネは紅い月を見て人を襲おうという衝動に苛まれ、その時丁度誰も居なかった地下牢に逃げていた。
そこに城内に魔物がいると探し回ってたトネールに見つかり、体を雷で焼かれ半殺しにされる。
彼女がここにいるのはその傷を癒す為だ。
そんなことよりも曲がりなりにも彼女の主だったモミジが知らぬ間に瓦礫に押し潰されて死んでしまった事が彼女の心を深く抉っているようだった。
当時の状況を詳しくは知らないが、仮にアラクネがモミジが瓦礫に押し潰される場面にいれば、助ける事が出来たのかも知れない。
結果の正否はともかくとして、あの時動けなくて自分は何も出来なかったのが悔しくて悲しいのだろう。
私は悔しいとは思っていないが、悲しくはある。
何やかんやでモミジ達とは少なからず縁が出来てしまい、その縁が唐突に壊れてしまったかのようで、胸に穴が空いたような感じがする。
私よりももっと濃い縁があったアラクネ、今ここには居ないがデモンの喪失感は私のとは比にならないに決まっている。
「ところでレッシェさん。デモンさんはどこにいるかご存知です?」
「あいつなら……」
◇
サイルマード城にいる人間のほとんどは少女の歌が聞こえてくるのに気が付いた。
歌声の主は猛毒妖精のデモン。
城の屋根の上で腰を下ろし、小さな手で上半身のない死体を抱えながら、もの悲しげに歌っている。
歌詞なんて物はない。ただ彼女の脳内に浮かんだ言葉がワッペンのようにつぎはぎに紡がれた何ともお粗末な歌。
この歌を子守唄と捉えてもいいし、鎮魂歌と捉えてもいい。
もっと別の捉え方をしても構わない。
しかし、世界は残酷で歌い続けても何も良いことは起こらない。
それでもデモンは亡きモミジに届くと信じて歌い続けた。
地平線の果て。そのもっともっと遠くに彼女の歌は届いてるだろうか。




