80:巨大亀の悪夢
襲撃にきた魔物を撃退し、街はいつもの夜を取り戻す。
皆がそう思ってたし、実際に魔物がいなくなるのも時間の問題で、夜明けまでにはいつものサイルマード王国が戻ってくる。どこか楽観視した考えを持っていた。
でもそれはあの巨大亀が現れなければの話。
巨体を活かした体当たり一つで街を囲う城壁を破壊し、堂々と街に侵入。
甲羅にイボのように生える太い砲身から空を飛ぶ鳥よりも大きな鉄球を打ち上げ、建物も魔物も人も潰しながらゆっくりと城に向かっていく。
「私達はどこに逃げればいいの!?」
「外だ! もう街に安全な場所なんてねぇ!」
生き残っている者はもはや街中のどこにいても鉄球の餌食になると悟り、街の外への逃亡を始めた。
勇敢な者は弓矢等で応戦したが、一切歯が立たない。
民に混ざって魔物退治に来ていたドジアロ王が、巨大亀の顎に強烈な一撃を加え、少しのけ反らせたがそれだけ。
歩みを止めることは出来なかった。
「今のは結構本気だったんだがな」
勇敢な者もドジアロ王でさえ敵わないと知ると、尻尾を巻いて逃げ出した。
逃げる人間を巨大亀は見向きもせずにただ一方向に進んでいく。
運が悪かった者は鉄球、もしくは壊された建物の瓦礫によって圧死する。
巨大亀の存在はもはや人間が抗えない厄災だった。
その厄災に向かって城から一筋の稲妻が走る。
夜を煌々と照らす稲妻の上を一人の少年が走っていた。
少年の名前はトネール。無造作に伸びた金髪が風によってなびいている。
「この辺だな」
巨大亀の頭上に来ると、稲妻から飛び降り、落下の最中に体を回転させて勢いを付けながら手に持った鎚で思いっきり巨大亀を叩きつけた。
雷が鳴ったかのような轟音が響き、鎚から青白い光が広がる。
「へぇ、びくともしないのか」
しかし、頭部を少し焦げ付かせただけで大したダメージにはなっていないようだった。
トネールは鎚を軽く振り、枝分かれした稲妻の道を作り上げ、その内の一本をまた走る。
稲妻の道の何本かは鉄球の落下地点を通るように伸びており、その下には運の悪い人間が走っていた。
だけど大丈夫。
稲妻の道は緩衝材の役割を果たし、鉄球の勢いを殺してから地面に落とすようになっている。
ゆっくり落ちる鉄球程度であれば、自分達で落ちる場所を見極めて被弾を回避すればいい。
トネールが走っている稲妻の行き着く先は巨大亀の腹甲。
顔がダメなら腹なり足なり他の部位を狙えばいいだけの話。
巨大亀にダメージを与えられる箇所をしらみ潰しに探すつもりでいた。
「ここも駄目か」
腹甲に打ち込むと、いい金属音が響くがヒビも傷も付きはしない。
その固さにトネールは鋼でも叩いてるのかと錯覚した。
無論、手加減している訳ではない。全力で鎚を振るっている。
次に巨大亀の足へ稲妻を伸ばそうとする。
鎚を振ろうとする前に下に空間の裂け目があることに気付いた。
トネールはこれが何なのかは知っていた。
「私はどこまで飛べばいいんだ!?」
「前だ! こいつの目の前に行ってくれ!」
裂け目から一人の少年が一人の少女に抱えられて飛び出す。
勇者レンとデモンの二人だ。
「レン! 貴様は何故魔物と共にいるのだ!」
トネールは巨大亀の股を縫うように飛ぶ勇者達に叫ぶ。
彼と勇者は競い合うライバル同士で勇者の性格もよく知っている。
魔物は滅ぼすべき存在で、協力なんてもっての他。
そんな考えだったはずの勇者が今、自分の目の前で魔物に抱えられていることに困惑したのだ。
「なぁ、この雷はなんなんだ?」
「俺の友の仕業だな。妖精、その道に降ろしてくれ」
「雷って乗れるのか?」
「おい待て! 無視か!?」
デモンは疑問に思いつつも、抱えていた腕を解放して勇者を落とした。
それから間も無くして稲妻の道に着地。稲妻は揺れも砕けもせず、勇者の体重を支えていた。
「あの妖精は誰なんだ? 説明をくれ」
「すまんが話は後だ。まずはこの亀倒すぞ。付いてきてくれ」
「チッ、後で洗いざらい吐かせてやるからな」
トネールは不満を持ちつつも、今もなお被害を広げながら歩く巨大な亀を止めるのが先だと口をつぐんで顔の方へ走る勇者を追った。




