78:結末の正夢
殴る、蹴る、毒を撃つ。
己が持てる力全てを使い、正々堂々カルツィと戦う。
毒は卑怯?
いや、自分の能力を使ってるだけなので卑怯ではない。
少女を殴るのに気が引ける?
いや、敵を少女だと思うな。目の前に立つのは好敵手で死神だと思え。
勝利条件はカルツィを倒す、もしくは毒が彼女を蝕み尽くすまで耐える。
敗北条件は時間までに倒されることだ。
こちらが圧倒的に有利なルールだが、敵を侮ってはいけない。
現に息を止めながら戦っているカルツィは人外じみた動きはなくなったものの、並の男より痛い一撃を食らわせてきやがる。
普通に負けるのもあり得なくはない。
今飛んできた拳も避けなかったらモロに顔をやられてた。
カルツィが息を止めてから大体三十秒。
いよいよカルツィに苦しそうな表情が浮かんできた。
しかも毒霧の範囲はどんどんと広がっていき、ちょっとやそっと離れただけでは毒霧の魔の手からは逃れられなくなっていた。
「もうめんどくさい。こんくらいの毒なんか耐えてやるわ」
カルツィは息を吸った。
そして少女がしてはいけないような恐ろしい形相で殴り掛かってくる。
俺は気圧されて怯んでしまい、鳩尾に拳が入ってしまう。
「うっ、おえぇ……」
次のパンチの準備をしようと戻そうと離れる腕をなんとか掴む。
金属を錆びさせる手が人間の体に触ったらどうなるか。
「何これ……力が入らない!?」
カルツィの腕には黒ずんだ痣のような物が広がり、力なくだらんと垂れ下がっていた。重力に従って少し揺れるだけで、彼女の意思で動かすことは出来なくなっているようだ。
それはそれとして、
「お前何で普通に動けんの?」
カルツィは普通に呼吸を行っており、毒霧も当然吸い込んでいる筈だ。
しかし、息を止めていた時と比べても動きが一切衰えていない。
空気を分けて吸えるのかとも考えたが、それにはガスマスクが必要になるだろうし。
「慣れた」
「あっ、慣れなら仕方ないな」
俺の頭は考えることを放棄していた。
勝利条件がほんの一つ減っただけだし、別に問題ではなかったから。
それに余計な事を考えてる暇はない。目の前の敵をどう捌くかを考えろ。
「ハッ!」
カルツィは食らっただけで意識が飛びそうな鋭いハイキックを繰り出してきた。
しゃがんで避けて、地面に着いているもう片方の足を掴むために距離を詰める。
もうすぐ届く、というところで上がっていたはずの足が落ちてきてかかとが俺の頭に当たった。
鈍器で殴られるような衝撃に一瞬クラっとしたが、こらえる。カルツィの足を掴み、黒い痣を広げてやった。
片足をやられ、バランスが取れなくなったのか、後ろに転倒する。
「今だっ!」
貴重なチャンスを逃さず追撃。
倒れたカルツィに覆い被さって、まだ動く手足に触れようとした。
「油断したな!」
カルツィの二本目の隠しナイフ。
首を掻き切ろうと迷いなく延びたので、手を盾にしてでも防いだ。
ナイフが刺さり、垂れ落ちた血が少女のきれいな肌を醜く腫れ上がらせる。
だが、苦痛の表情を浮かべながらもナイフをねじ込もうとする手を止めなかった。
ついには手のひらから甲まで骨をも通して貫通した。
これ以上抵抗されたら堪ったもんじゃない。
ナイフが貫通したままの手で、強引にカルツィの体に触れる。
もう片方の手で手足を掴む。
動く可能性を全て削いでから止めを刺す。
「俺の勝ちだ」
手の甲をカルツィの首もとに当てる。
このまま強く押せば刃がカルツィの喉に刺さり殺せすことができるだろう。
刃は既に錆びたが、人の肉を切るのには問題はないと思う。
……本当に殺す必要はあるのか?
伸ばしていた手を引っ込めて、敵を殺すことしか考えていなかった頭を冷静にして思い直してみる。
カルツィを殺してしまうと、裂け目の世界に閉じ込められてしまうんじゃないか?
もしかしたら出入口の開閉は彼女にしか出来ないかもしれない。
「おーい、そこんところどうなの?」
返答はない。カルツィの意識はもうなかった。
この辺にしといてやろう。
その身を毒で蝕まれながらも、相手を殺す気の凄まじい抵抗を見せてくれた。
互いに底力を尽くしたこの戦いの敵として敬意を送ろう。
俺は傷だらけの体を引きずってデモンの元へと戻ろうとした。
そしたら上から何かが降ってきて、荷重で押し潰された。
カルツィと同じように意識を失った。
静かに深い闇の池に溺れていく。
最後にそんな感覚に陥った。




