77:状態異常の正夢
デモンはきっと勇者に勝ってくれる。
そう信じて音の無い街を走り続けた。
逃走。俺のやってるこれは卑怯でしかないが、あの時にとれる行動の中では最善だと豪語できる。
弱者である俺がデモンのサポートの為に残ってても、どうせ対して役に立てなかった。それならいっそ、敵を引き連れたまま逃げて時間稼ぎをしてた方がよっぽど仕事をしている。
そう思っておかないと死にたくないから逃げたという罪悪感でこの身が押し潰されてしまいそうだった。
「逃げても無駄だ。すぐに追い付くぞ」
誤算だったのはカルツィの追ってくるスピードが尋常では無いことだ。
勇者なんかよりも断然速い。毒による牽制も大鎌を駆使して全て弾かれてしまう。
大鎌を持ち、黒い服を着ているので、まるで死神にでも追われてんのかという錯覚に陥る。あながち間違ってはいないか。
逃げる先にあった角を曲がると、人の集団とすれ違った。
一瞬ぶつかるかと思ったが、互いに触れ合っても何事もなくすり抜ける。
それよりも気になったのは、全員何かから逃げているようだった事。
彼らの放つ言葉は聞こえないが、顔色を怯えの色に染めながらデモン達がいる方向へと走り去っていった。
「じっとしてれば、すぐに終わる」
「あっ、速っ……」
カルツィは今の一瞬の内に俺の真後ろに立っていた。
大鎌の間合いに入った獲物がどうなるのかは容易に想像できた。
「うああああっ!」
ザシュッと鋭い音がして、背中を服ごと切り裂かれた。
切られた箇所から生暖かい液体が伝う。それと痺れる程の激痛。
どうなったのかは見なくたって分かる。
「そのまま倒れていろ」
大鎌の柄の部分を押し当てられて倒され、また地面に転がされる。
ズキズキと響く痛みが抵抗する気力を失わせていた。
というか細い腕のどこから力が出てくるのかと聞きたくなる程に強くて、仮に抵抗しても逃げられる気がしなかった。
あぁ、ここで覚醒する的なイベントが起こればな。
物語の主人公ならピンチになると能力が覚醒して一気に形勢逆転するのが相場だ。だが俺は主人公ではない。むしろ主人公と戦う敵の一人に過ぎないのだ。
もう俺に出来ることはない。
魔王として情けない事この上ないが、後はデモンに全てを託そう。
バフを受けている勇者を討ち果たし、俺を助けに来てくれる。
その可能性に賭ける。
カルツィは俺の腕、それと足を縄で縛って拘束しようと手を動かしていた。
どうすることも出来なかったので、無力な者のせめてもの悪足掻きとしてカルツィを睨み付ける。
これが運命を大きく変えた。
「お……い、何を……した!」
カルツィの動きが止まり、触れているなら感じる筈の彼女の肌は地面と同じように冷たくなっていた。喋ってはいたので死んだわけではない。
どちらにせよ逃げられるチャンスには変わらないので結ばれかけた縄を解き、カルツィを蹴っ飛ばして少し距離をとった。
その時に大鎌は彼女の手をすっぽ抜けて、金属音を立てながら俺の近くに落ちた。
「や、やった……」
体内が燃えるように熱い。
零れる吐息、顔を滴る汗が濃い紫色をしていた。
大鎌を拾うと、刃がみるみる内に錆びていき、無残な姿へと変貌を遂げる。
今の状態を言い表すなら、『覚醒』が相応しいだろう。
さっき心の底から望んでいた物だ。
願いって届くもんなんだな。
「今度はこっちが刈る番だ」
一歩、また一歩と倒れたまま動かないカルツィへと歩みを進める。
切られた背中はまだ痛い。下手したら死ぬくらいの血が流れている。
だけど、それ以上に心地いい気分だった。
死神の命を刈り取ってみたくなった。
「下衆が! 図に乗るな!」
カルツィはふらつきながらも立ち上がった。
そして隠し持っていたナイフで躊躇いなく目を狙って刺そうとしてくる。
もう一度睨んだが動きは止まらず、小さくも鋭利な刃が右の眼球を潰す。
血が飛沫。
一滴、二滴のわずかな血がカルツィの肌に付着し、赤く腫れ上がらせた。
「っ、痛いな」
「それは俺のセリフだ。こちとら目やられたんだぞ?」
睨んでも止まらなかった理由はすぐに予想できた。
カルツィはナイフで刺そうとしていた時、目を瞑っていたからだ。
メデューサと同じく目を合わせないと動きが止まらないんだろう。
さっき石のように冷たくなっていたのも、本当に石になっていたからと推測できる。
だからどうした。
すぐさま対策法を発見出来たのは素直に称賛するが、まだいくつもある攻め口を使っていけばいいだけの話。
俺は目に刺さったナイフを抜き、大きく息を吐いた。
ナイフも持った途端に刃が錆びていく。
「お次は毒霧か。息を止めればいいだけだ」
「ずっと止めるのは無理だろ」
紫色の息は辺りに充満し続ける。
別に息を吐き続ける必要はなく、通常の呼吸が出来れば毒が絶えることはないだろう。
対してカルツィはここにいる間、ずっと息を止めねばならない。
それは生きている以上、絶対に不可能だと分かる。
しかし、彼女は逃げるどころか果敢に俺に立ち向かってきた。
「流石に無謀過ぎじゃないか?」
「無謀で構わない。貴様さえ倒せればな!」
カルツィはナイフも失い、素手で俺に挑もうとしている。
また逃げて彼女の体力が尽きるのを待っててもよかった。
だが、折角自分に有利なフィールドで戦えるのだ。さっきまでの弱気を帳消しにするために男らしく殴り合いを受けて立ってもいい。
そう結論付くのは早く、カルツィを迎え撃つ為に拳を構えた。
背中が痛い。
右目が見えない。
それでもこの手で死神を屠ってやる。




