76:死の恐怖の悪夢
業炎がデモンを飲もうとしたとき。言っちゃ悪いが、死んでしまったと思った。実際、一瞬で体を焼かれて炭となり、体も崩れていったのだ。
しかし、勇者が傷を癒して、俺から何か聞き出そうと近付いてきた頃には傷一つないデモンの姿があった。
勇者はそれに直前まで気付いていなかったようで、何も知らず凄んでいるのは滑稽だった。
そして今。
デモンと勇者による命懸けの戦い第二ラウンドが始まっていた。
さっきと違うのは勇者の体力、戦いの場、そして人数。
外にいた鍵持ちの少女も裂け目が閉まるギリギリに入ってきて、2対3。
数だけ見ればこっちが負けている。
ここにアラクネがいてくれればよかったのだが……本当にどこにいるんだ?
「マリア! バフを頼む!」
「はーい。ちょっと待ってくださいね」
マリアと呼ばれた少女は持っている鍵を両手で握り、囁くような声で何かを呟く。
発せられる言葉は聞き取れず、何を喋っているかは分からないが、勇者がバフを頼んでこれが始まった。
少なくとも放置して良い訳がない。俺はマリアを止めるために走り出した。
「邪魔はさせない」
大鎌持ちの少女、多分こっちが裂け目を開けるときに呼ばれていたカルツィ。
彼女は俊敏な動きで進行方向に回り込んだ。
「ちょっとくらい切りつけても死にはしないよな」
「死ぬって! 止めろ!!」
カルツィはちょうどアキレス腱に当たる高さで大鎌を振った。
それをジャンプでかわす。
大鎌は風を切る音を立てながら、勢いよく虚空を刈り取った。
もし回避が間に合わなかったら、俺の足はどうなっていただろうか。血溜まりの上で苦しむ自分の姿を想像してしまい、血の気が引く感じがした。
痛みが怖い。
血を流すのが怖い。
死ぬのが怖い。
それらの恐怖を味わいたくないという一心が、俺の体を動かす動力になっていた。
着地して、大鎌の二撃目が縦に振り下ろされた。
今度は後ろに飛ぶと同時に、毒の弾を撃つ。
カルツィはそれを横に避けて、またこちらに接近してきた。
「解錠【大熊】」
ここでぶつぶつと紡がれていた言葉が聞こえなくなり、勇者の背には白く光る魔方陣が浮き上がっていた。間に合わなかったか。
勇者は相も変わらず棍棒でも使うかのように剣を振りかざす。
だが、さっきよりも軽々しく剣を振り回しており、キレや力強さが格段に増している。
捌ききれなかった一発が、デモンの体をかすった。
「ずるいぞ! お前だけ強くなろうとするなんて!」
「炎を浴びて死なねぇってのも十分ずるいと思うがな」
さっきまで互角に戦っていたのが、いきなり勇者の優勢に変わっていった。
「ハアッ!」
体を刈り取ろうとする黒く光る大鎌。
他人の心配をしている暇はない。
こちらも一瞬の気の緩みが勝敗を分ける戦いをしている。
よくここまで立ち回れるなと自分を褒めてやりたい。
また後ろに飛び退く。
それと一つ分かった事がある。
カルツィは大鎌を持っているとは思えない程の身軽さを活かした接近戦しか行ってこず、遠距離への攻撃手段を一切見ていない。
そして俺はむしろ遠距離攻撃の方が得意。
そのまま後ろへと下がっていく。
「待て!」
「やなこった。俺はこっちの方が性に合ってんだ!」
背を向けてひたすらに逃げる。
相手も追ってくるので、途中で後ろを振り向いて広範囲に毒を撒き、妨害も入れる。
俺が先にバテるのではという考えは全くなかった。
考えていなかったからではなく、今の俺ならどこまで走っても大丈夫だと不思議な自信があったからだ。




