閑話:クーリのその後
体中が痛む。
剣で斬られた所から血が流れてくる。
おまけにあの二人を氷の密室に閉じ込める為に魔力を使いきったせいで力が入らない。
足を引き摺りながらふらつきつつ歩を進める。
何処に向かっている?
いや、今そんな事は気にしなくていい。
一歩でも多くあの二人から遠ざからなければ。
あぁ、まずい。視界もぼやけてきた。
意識も遠退いていき、地面に倒れ込んでしまった。
僕はもう助からないという確信を抱いた。
しかし、死の恐怖というよりはこんな所で野垂れ死ぬという悔しさの感情が強く湧き出てきた。
せめてもっと美しくこの生を終えたかった……。
クーリはここで完全に気を失った。
後は死を待つだけ……のはずだった。
◇
「あなた達、追加の薬草液を持ってきなさい!」
「は、はい! クィン様!」
何人かが慌ただしく動いているのが足音を聞くだけでも分かる。
いや待て、ここは何処だ?
多分あの世ではない。こんな騒がしいあの世があってたまるか。
「クィン様、薬草液です!」
「よしっ、これで準備は出来たわね。ここからはお楽しみの時間よ!」
キュポッと蓋が開く音がしたのち、トクトクと何かに液体が掛けられる音がする。
何が始まるのかと思い、目を開けてみると、僕に向けて鞭を振り下ろそうとしている女性の姿があった。
逃げようにも体が動かない。
出来るのは鞭が体に叩きつけられるまでの恐怖の時間を過ごす事だけだった。
そしてすぐに鞭が振り下ろされ、当たった場所に激痛が走る。
しかも剣で斬られた所に当てられたので余計に痛い。
「ぎゃあぁぁぁ! な、何をするんだ!」
「あら残念、目覚めちゃったのね。もう少し寝ててもよかったのに」
「そうしてたらその鞭で叩き続けるんだろ?」
「もちろんよ」
この女はヤバイ。人を痛め付ける事に悦びを感じている。
早く逃げないと殺される。
僕の直感がそう告げた。
「ところで、体の調子はどうかしら? どこか痛むところはあるかしら?」
「もちろんあるに決まってるだろ。さっき叩かれた所とか」
鞭で叩かれた場所を触る。
だが不思議な事に、大して痛くもなく血もすっかり止まっていた。
染みるような痛さは残るが、耐えるのもキツイ激痛という程ではない。
「ど、どういう事なんだ?」
「そんなの子供でも分かることよ。私は医者であなたは怪我人。治してあげるのは当然でしょう?」
こんなのが医者なのか?
鞭で叩くなんて荒治療を施してくる医者なんて嫌だぞ。
「クィンさーん、飲み薬持ってきましたー」
クィンと呼ばれている女の後ろにあった扉から、小瓶を持った一人の少女が入ってきた。
この少女、顔の上半分は覆う程の布頭巾を被っている。
視界を確保するために目の部分は穴が空けてあるのだが、そこからちらっとだけ見えた顔の上半分は、なんとも醜かった。
「ありがと。こっちに持ってきてちょうだい?」
「はいっ!」
少女は小走りでクィンの元へ駆け寄って小瓶を手渡す。
その後少女は僕の顔を少し眺めて、この部屋から出ていった。
クィンが受け取ったその小瓶は濁った緑色をしており、これが飲み薬だと思うとおぞましいとしか言いようがない。
「で、あなた。見たところ肉体も魔力も疲弊しているわね。だからこれ飲みなさい」
「ま、おわっ!」
小瓶の中の液体を無理矢理口の中に流し込まれた。
見た目通り苦いし不味いし吐きそうになる。
小瓶を見た時点で心の準備が出来ていたのは幸いだろうか。
「あー、まっずいなぁ。これ効果あるのか?」
「ええ、効くわよ。でもしばらくは安静にしてなさい」
クィンは俺が寝ていたベッドに腰を掛ける。
「さて、あなたも起きた事だし色々質問させてもらうわよ」
「助けてくれたことには感謝する。だが、見知らぬ人間の質問に易々と答えるつもりはない」
そう答えると鞭が地面に叩きつけられ、ピシャアンと音が響く。
クィンは禍々しく微笑む。
「分かった、僕の負けだ。質問に答えよう」
「物わかりのいい子も好きよ」
この女には逆らわないのが吉だな。力が戻るまでは。
「じゃあ質問ね。あなた人間じゃないわよね?」
「ちょっと待て。なんでそうなる」
「あなたがあの大怪我で生きてたからね。普通の人間だったら死んでるわよ」
なるほどな。
確かに自分でも死を覚悟したレベルの怪我だ。貧弱な人間が生きてられる筈もない。
さて、どう答えようか……。
クィンは鞭を構え、いつでも叩けるぞというオーラを醸し出す。
考える時間すら与えてくれない。
とりあえず適当に嘘を言って誤魔化す事にするか。
「僕はエルフだ。それ以上言うことはない」
「ふぅん。耳も尖ってないしそうは見えないけどね」
「人間だって一人一人個性があるだろう? エルフだってそういうものさ」
「深く詮索するのも面倒だし次の質問にいくわよ。あなたは何で大怪我を負ったのかしら?」
隅に待機していた助手らしき男が板に紙が貼り付けられた物を持って来た。
クィンはその男に持たせたままの状態で何か書き始めた。
この女、人を机代わりにしてやがる。
そんなことよりも質問の答えだ。
早くしないと鞭が飛んでくる。
よし、こうしよう。
「街に向かおうとしたら盗賊に襲われた。それであの様だよ」
「なるほどねぇ」
答えるとクィンはまた紙に何か書き連ねる。
しかし途中で何か思い付いたかのように筆を止めた。
「あ、そうだ。これも聞いとくわ。あなた、日本って聞いてピンとくる物があったりするかしら?」
「何だそれは。知らないな」
「知らないなら知らないでいいわ。私が聞きたい事とは関係ないし」
これは嘘ではなく、本当に知らない事だ。
僕もこの世界で十年は魔王として生きていたが、ニホンなんて単語見たことも聞いたこともない。
「聞きたい事はこれくらいかしらね。もう帰っていいわよ」
「あぁ。喜んでそうさせてもらおう」
やっとこの女から開放される。
その喜びと共にさっさとこの部屋から出ようと思った……のだが、一度頭を冷やしてクィンは命の恩人であることを思い出す。
魔王の敵である人間とはいえ、この事実に変わりはない。
何か礼をするのが道理だろう。
僕は両手を合わせてからゆっくりと開く。
ここに魔力を込める事によって氷で美しい細工品を作ることが出来る。
今の魔力量だと大した物は作れないが。
なので、今回は小さな花作ることにした。
花びら一枚一枚を生成して、上手く花の形になるように組み合わせる。
これくらいの作業なら一分も掛からない内に完成できる。
「クィン、僕の命を救ってくれた礼だ。この氷花を置いてくよ。布頭巾の少女のブローチにでもしなよ」
「あら、私達は仕事をこなしただけよ? それに礼を言うなら倒れてたあなたを発見した冒険者さんに言うのがいいわ」
うわ、よりにもよって冒険者に発見されてたのか。
……まぁ会う機会があれば礼の一つでもしておくか。
そんな事を考えながらこの部屋を後にした。




