94:粛清者
赤い大蛙は濁った瞳でじっと睨んだまま様子を伺ってるのか攻撃は仕掛けてこない。
「なら、こっちから行くよ!」
地面を蹴って、大蛙との距離を素早く詰める。
大斧は黒い煙が充満した部屋に取り残され、右腕には力が入らず、武器になる物の多くが奪われている。
だが、その程度のハンデで私を負かせるとは思うな。
無事な左手に力を込めて、大蛙の顔面目掛けて思いっきり引っ掻く。
『グゥエッ!』
苦しそうなうめき声は上げたが、まだ動ける余裕はあるようで、私に向けて舌を鞭のようにぶつけてきた。
「うわっ、汚ねっ!」
かわしたが、舌から散った涎を少し浴びてしまう。
幸い、大蛙に触れても涎を浴びてもこいつは毒を持ってないようで、体に異常はきたさない。
お構い無く触っていい事を知れたので、服を汚された怒りも込めて回し蹴りをかます。
『ゲゴッ!』
大蛙は蹴られた勢いのまま吹き飛び、壁に激突して動かなくなった。
「ただの雑魚だったな。呆気ない」
不気味なだけで、強さはそこいらの魔物と変わりはなかった。
それよりも体の自由を奪ってくる正体不明の状態異常の方が厄介だ。
今もじわりじわりと体の感覚が無くなっていってる。
手遅れになる前に治療方法を探したい所だが、大蛙を倒しても払拭しきれない不穏な気配も気になる。
「とりあえずローレを探しにいくぞ。治療も黒幕探しもそれからだ」
不安がるチビネコレディ達を連れてひとまずダンジョンを出る。
◇
エリーが倒れている化け物の様子を見に行ったのと入れ替わりで村に一人の少女が入ってきた。
年齢は十四、五歳でシスターのような格好をしたその少女はゆっくりと村の中央にある大木へと歩み寄っていく。
彼女は何者なのか、目的は何なのか。
あまりにも謎な光景に村人達の注目は少女に集まっていた。
「お、おい。嬢ちゃん、大丈夫か?」
勇気を出して話し掛けた村人に見向きもせずに素通りして、大木の前まで辿り着いたら足を止めた。
「あなた達は……気付いていますか?」
そこでようやく口を開いた。
年齢に似つかわしくない落ち着いた声に村人達は少女の言葉を聞き逃すまいと耳を傾けていた。
「この村には魔王が潜んでいるのです。それも二人。あぁ、そんなに騒がなくても結構。私はその魔王を粛清しに来たのですから」
淡々と告げられた事実に村人達の間には困惑が広がっていく。
大半はその正体に見当が付いていないようだが、村が作られた当初から住んでいた数人は誰が魔王か見当は付いていた。
「魔王ってのはエリー姐さんとチェーちゃんだな。亜人だってのは知ってたが、まさか魔王だったとはな……」
「……微妙に違うの止めてもらえません?」
代表を気取って答えたのに自信満々に外したテドおじさん。
シスター風の少女は呆れた口調で訂正を加える。
「カイトとローレ。魔王なのはこの二人です。あなたが言ったのは魔王の眷属ですね」
「はぁー、そりゃあ本当かい。ただの人間にしか見えないけどな」
「それが奴らの姑息な所です。正体を隠し、あなた達を他の魔王との戦争の為の資源として使い潰す。このままだと死ぬ為だけの肉壁として使われてたかも知れませんよ?」
シスター風の少女は懐から銀色のナイフを取り出し、
「私は粛清者。全ての魔物を滅し人間の平穏を守る者」
村人に混ざって様子を見に来ていたチビネコレディの一人に向けてナイフを投擲した。
ナイフは心臓を狙うかのように一直線に飛び……チビネコレディの前に立ち塞がった盾に突き刺さった。
「おいおいおい、危ないじゃないの」
盾の主はガドロンドという名の若者。
彼も村が作られた当時から住んでいた者だ。
「何故庇うのです? それも亜人ではなく立派な魔物ですよ?」
「だとしても共に過ごした村の仲間なんだぜ。見捨てるわけにはいかねぇよなぁ?」
「そういう事だ。粛清者様」
テドおじさんは粛清者の細腕と体を掴んで拘束した。
大の男に力強く握り締められ、痛いはずだが粛清者の表情には変化はない。
「愚かな……」
「何とでも言いな。俺は居場所をくれたあいつを信じてこの村を守るさ」
粛清者は小さくため息をつき、力強く足踏みをした。
すると、あちこちで地面から木の根が伸び、チビネコレディを捕らえようと動き出した。
「少し痛いですよ。我慢してください」
木の根の一本がテドおじさんの腕を刺して拘束を外した挙げ句、別の木の根が体を巻き付け拘束し返した。
解き放たれた粛清者は村の魔物を葬るべく、ナイフを四方八方に飛ばす。
ドスドスッとナイフが肉や地面、建物に刺さる音が開戦の合図となった。