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たった一人の為に

作者: 神奈宏信

コメントをもらったこともないですし、あまり評価されたこともありません。

それでも、サイトの方で感想をもらったり、評価を頂いた作品もあります。

そんな私が感じた、物を書く理由といったところでしょうか。

物書きのみに限らず、どこか共感していただけるものがあるのではないでしょうか?

たった一人の為に


たった一人しかいない。

それでも、そこに一人いてくれる——。

ブザーが鳴り、終演が告げられる。

会場には拍手が沸き起こる。

視聴覚室に並べられたパイプ椅子に腰かけて劇を見ていた私は、一人の老婆が立ち上がっているのが見えた。


ソファーに腰を下ろして、制服姿のままフロートのアイスを突く。

目の前では、原稿用紙を広げたワイシャツ姿の男性が頭を抱えている。

角野渉先輩。

演劇部部長であり、台本や裏方を担当している。

「あいつら・・・ほんと無茶ばっかり言いやがって・・・。」

鉛筆を片手に、先ほどからしきりに頭を掻いている。

「かくちゃんも大変だね。」

他人事のように言いながら、フロートを突いている。

「お前な!いいからちょっと知恵貸せ!それと、かくちゃんいうな。」

立ち上がって一通りまくし立ててから、腕組みしてかくちゃんは深くソファに腰かけた。

かくちゃんは三年生だが、私、羽田野彰美は二年生である。

彼との付き合いは去年くらいからだ。

たまたま、サイト運営していた私に目を付けた彼は、時折こうして演劇部の台本作成の補佐をさせる。

演劇部の上演が行われる時は、私自身も反応を確かめるために足を運ぶこともしばしばあった。

「今日終わったばっかじゃん、演劇さ。なのにまた台本作りとはごくろーさんです。」

「あいつら、妙に気合入ってやがってな。次の劇の台本ほしいとか言い出しやがる。」

小言を言っているわけだが、その顔は別に嫌そうという顔でもない。

むしろ嬉しそうだ。

この人、演劇にある意味命かけてるからな。

「いやぁ。かくちゃんの熱意にも頭が下がるねぇ。」

「いいから知恵貸せよ!」

小さくうねりながら、スプーンでフロートをかき回す。

宙を見上げてしばし考え込む。

「おし。なんか構想できたかも。」

残っていたフロートを飲み干して立ち上がる。

「おっ。いけそうか?」

「明日までにちょっと書き上げてみるから、それ参考にしてよかくちゃん。」

「わかったが、かくちゃんっていうな。角野先輩か、そうでなければ部長って言え。」

部長の言葉をやけに強調する。

そう呼ばれたいのだろう。

それだけ、誇りを持っているということの現れなのかもしれない。

「はいはいぶちょーさん。そんじゃあ、お支払いはよろしくお願いします。」

「こら!」

「ごちそーさんです。」

鞄を片手に、立ち上がる。

呼び止めようとするかくちゃんをしり目に、足早に店を出ていった。


書き物は昔から好きだった。

中学校の頃から書き始めたが、あまりうまいというわけでもなかった。

それでも、二年生の頃にサイトを立ち上げて初めて感想をもらった。

その時の言葉。

たった一人の言葉だったが、それが嬉しくていまだに物書きは続けている。

勿論、お世辞にもうまいとは言えない程度の実力だった。

そのサイトのことが、友人の櫛川智華菜にバレたのが中学三年の頃。

彼女が演劇部であり、それがかくちゃんに伝わってしまったため今に至る。

マンションの五階、真っ暗な街を見下ろす窓を目の前に机の上にパソコンを置いてキーを叩く。

もう真っ暗だが、気にならず画面に集中している。

筆はノリに乗っている。

みるみる文字数が増えていく。

これはいい。

サイトにもあげよう。

そんな集中は急に途切れた。

眩しいくらいに部屋の中が明るくなる。

「彰美。電気くらい付けなさい。」

お風呂上りだろう父親が、勝手に電気をつけたようだ。

「ええい!馬鹿親父!勝手に入るな、電気付けるな、執筆の邪魔するな!」

父親は、まるで意に介していない。

「そんなことしていると、目が悪くなるぞ。」

パソコンに向き直りながら返事をする。

「視力検査で引っかからない内はセーフ!」

背後で父がため息を吐くのが聞こえる。

「その勢いで、勉強もしっかりしてくれればいいんだがな。」

「赤点じゃなきゃオーライ!」

早く出ていけ、と背中で語る。

だが、父はまるで気にしている様子はなく肩にかけたタオルで頭を拭いている。

「さっき、先生から連絡があったぞ。定期テスト、点が悪かったらしいじゃないか。」

星野ゆめみ先生も余計なことを・・・。

ちょっとロマンチェストな星野先生は、私の担任だ。

見ていて行動が面白いので、よくキャラのモデルに使っている。

ロマンチェストだが、見ているところは見ているものだと舌打ちする。

「大体、親父はそうゆーけどさ、頭よかったの?」

「普通くらいだ。」

素っ気なく父が言う。

父親はいつもこんな調子だ。

「まあ、今度べんきょーしとく。」

「そうか。」

まだ父は去ろうとしない。

こうなれば、最後の手段だ。

「あー電話だ。」

大袈裟に言いながら携帯を手に取る。

本当は鳴ってすらいない。

電話をしているふりをして父を追い払おうと目論む。

その瞬間、本当に電話が鳴った。

なっちゃんから電話だった。

「もしもし?なっちゃん?」

『あ、彰美ちゃん。今大丈夫?』

「まあ、問題ないけどどーしたのさ。」

『角野先輩がまた無理言ったんじゃないかと思ってちょっと心配になって。』

かくちゃんから何か聞いたのかもしれない。

肩に電話を挟みながら、通話を続ける。

「いやいや、問題ないから大丈夫。」

『それならいいんだけど。』

「んー。今台本のモデル上がりそうだからさ。」

『いつもごめんね。私が余計なこと言ったばっかりに。』

私は、今日の舞台の様子を思い出した。

活き活きと演技する部員たちも印象的だったが、それよりも立ち上がっていた老婆が印象的だ。

自分の思い描いていたもの。

当然、かくちゃんが手を入れて大幅に変わっているにしてもその断片があることだけは間違いない。

それがたった一人にでも、あれだけの感動を与えられたというのなら嬉しいものだ。

「やーこっちも好きでやってるから大丈夫だよ。」

電話越しにほっとしたような様子が伝わる。

「それよりも、なっちゃんも今日の演技カッコよかったよ。」

『そんなことないわよ。私なんて、先輩たちと比べるとまだまだだから。』

「主役張っちゃえばいーじゃない。折角だし。」

『どうかしらね。そこまでのものはないと思うんだけど。』

友達目を抜きにしても、なっちゃんは可愛い分類に入る。

主役と言わなくてもヒロインとか絶対に似合っている。

だが、本人はあまり自信がないのかそれとも謙虚なのか、そういうのは嫌がった。

「勿体ないな。」

『そんなことないわ。それじゃあ、お邪魔してごめんね。』

「大丈夫大丈夫。じゃあまた。」

電話を切って、携帯を脇に追いやる。

ふと、まだ背後に人気を感じた。

父は、まだじっとこちらを見ていた。

「まだ居たの?」

「形になるのはいいことだ。」

「は?」

「しっかり見ておきなさい。彰美。」

そう言い残して、父親はやっと部屋を出ていった。

似てるんだろう。

わかってるじゃないかとその背中を見送りながら、私は小さく笑った。


短編を一気に書き上げた私は、プリントアウトしてそれを鞄に詰めておいた。

翌日、登校すると教室の扉を勢いよく開けた。

既に登校していた学生たちが一瞬こちらを見る。

まるで気にしないで、なっちゃんの姿を見つけてそちらへ向かう。

少しの間静まり返っていた教室だったが、すぐにそれぞれの会話へと戻っていく。

「おはよう。」

「うっす。」

鞄から、書き上げた短編を取り出して机の上に放りながら椅子に腰を下ろす。

「書けたんだ。」

「まー。昨日の内に一気にね。」

「角野先輩も、ある程度方針が固まるといいわね。」

「かくちゃんには頑張ってもらわないとねー。」

冷えてきたな、と思いながら窓の外へ視線を向ける。

窓の向こうの山々は、しっかり紅葉に染まっている。

その間、なっちゃんは短編を手に取ってそれに目を通していた。

「いやー。すっかり冷えたね。」

「そうね。」

返事を返しながらも、なっちゃんは原稿から目を離さない。

暫く読んでいたなっちゃんは、それをとんとんと叩いてまとめて返してくる。

「面白かったわ。これ、やってみたいわね。」

「いやいや。これは参考であって、実際に台本にするのはかくちゃんだからね。」

「これが、どんなお話に変わるのかしら。」

なっちゃんは、目を輝かせている。

なんとなく私も嬉しくなる。

——作品面白かったです。

初めてもらった感想。

一人だけ立ち上がり、拍手をする老婆。

たった一人の人だけかもしれない。

それでも、そのたった一人がいることで書いたかいがあったと言える。

「昼休みにでもかくちゃんに出してくるかなー。」

「羽田野さん!」

急に名前を呼ばれる。

扉を開けながら星野先生が顔を出した。

「どーも。せんせー。」

「三年生の教室に行くのはいいけど、邪魔しないようにね。彼らは受験生なんだから。」

「わかってますって。そーいやかくちゃんどうするんだろ?」

多分考えていないんだろうな、などと考える。

かくちゃんがそこまで詳しく考えているとはまるで思えない。

「でも、やっぱり一つのことに打ち込めるって素敵よね。皆さんも、そんな素敵なことを見つけて頑張りましょうね!」

大袈裟に星野先生が言う。

まばらな反応が返るが、本人はどこ吹く風だった。

あの精神力はある意味尊敬する。

そんな調子で始まるのが、我がクラスの最早日課だった。

一年から担任を持ってもらっているためか、なっちゃんも慣れたものだった。


昼休みを迎えて、三年生の教室へと向かう。

昼休みであるだけあって、中は騒がしかった。

ドアをノックしてから、少し大きな声を出す。

「すいませーん。かくちゃん先輩いますか?」

同じ部員の女子と話していたかくちゃんは、立ち上がってこちらへ向かってくる。

「こら、羽田野。角野先輩って呼べ。なんだ、その中途半端な。」

「いいじゃんかくちゃん。ほれ、原稿できたよ。」

「おっ!本当か!早くて助かる。」

差し出した原稿を、かくちゃんは嬉しそうに読む。

読み終わるまで、私はとりあえずかくちゃんの前に立っている。

「よしよしよし。沸いてきたぞ。」

「頭が?」

「うるせえ!!」

テンションが上がってきたようで、かくちゃんは急に大声を上げる。

少し茶化してみると、すぐに反応はあった。

まだあっちの世界にはいっていないようだ。

「これで、台本かけそうだ。」

「そりゃーなによりで。がんば、かくちゃん。」

「だから、角野先輩か部長って呼べ!」

「まあ、どっちでも・・・。」

「よくない!」

素早くかくちゃんが遮る。

私は、笑いながら軽く手を振った。

「じゃあ、今度の劇も楽しみにしてるよ。」

「おう。お前の分の席くらいは確保してやるから安心しろ。」

台本を提供する代わりに、ちゃんと席を確保してもらえるのはいつものことだ。

ギブアンドテイクという奴だ。

返してもらった短編を小脇に抱え、私は自分の教室へと戻っていった。


暗幕の張られた視聴覚室。

近隣の住民が集まり、劇が始まるのを今か今かと待っている。

その熱気に包まれながら、私は舞台の方を見つめていた。

どんな形になったのか。

誰がどんな配役なのか気になる。

特に、なっちゃんはどうだろうか。

台本をもらった後、なっちゃんから電話があった。

『ヒロイン役になっちゃって・・・。』

緊張したような声だったが、どんな演技をするのかが楽しみだ。

彼女にとって、初の大役らしい。

照明が落ち、ブザーが鳴り響く。

がやがやとしていた客席は、しんと静まり返った。

幕が開いて演劇が始まる。

世界観は、私が書き上げたものをそのまま使ったようだった。

悪い魔女を倒す勇者の話。

オーソドックスに攻めたつもりだ。

一年生の子が、白熱した演技で騎士を演じる。

「愚かな、あまりに愚かしい!!」

三年生の女子が両手を天に掲げて叫ぶ。

魔女の演技も熱の入ったものだ。

観客たちが息をのむのが伝わった。

「それで何が変わるというのです!」

「それで世界が救われるなら・・・俺はっ・・・!!」

騎士が魔女の前へと躍り出た。

その手にした剣を振り上げて、魔女へと切りかかる。

それを軽く受け流すが、我武者羅に前に出る騎士は魔女を圧倒していた。

思い描いていた形。

少し違うかもしれないが、それがまた形となっているのが私には嬉しかった。

魔女が一歩右足を引いたその瞬間、斬撃が彼女の胸部を捉えた。

「うわあぁ!!おのれ・・・っ!!」

膝をついて騎士を睨みつける。

白熱したクライマックスは、騎士が剣を振り下ろして終わった。

「やった・・・のか・・・。」

「騎士様!!よくぞ、ここまでお越しくださりました!そして、私を悪しき魔女からお救いいただき、感謝します!!」

見下ろす騎士へ、舞台袖から現れたなっちゃんが駆け寄る。

なんだか、似合っていると思って私は小さく笑った。

「これで、終わったのですね。」

頷いた騎士は、駆け寄ってきたなっちゃんを抱き寄せる。

その瞬間、どっと拍手が沸いた。

ブザーがなり、終劇を告げる合図が鳴り響く。

魔女が立ち上がり、部員たちが舞台に並んで手を取った。

ふと見ると、この間の老婆がいるのが見えた。

彼女はまた立ち上がり、嬉しそうに拍手している。

それを見て、私もまた嬉しくなった。

他に立ち上がる人物はいない。

たった一人の興奮。

たった一人の小さな行動。

たった一人しかいない。

それでも、そこに一人いてくれる——。

だから私たちは頑張れるんだ。



接客をしていても、たった一人ありがとうと言ってくれる。

物を書いていて、たった一人が面白いと言ってくれる。

そのたった一人の為に頑張れるから人間って面白いですね。

むしろ、それが日本人的みたいですね。

日本人として、一人の自分として。

今日もまた、たった一人の為にでも皆さん、頑張りましょう!

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― 新着の感想 ―
[一言] 大変良かったです。 たった一人のために頑張れる、共感致しました。 ところで、段落の字下げを行ったほうが自然な文章となると思うのですが、いかがでしょうか。
2016/10/13 10:18 退会済み
管理
[一言] ふははは、とりあえず一人目のたった一人はいただいた。なかなか面白かったです。
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