3「とーどーさん、ヒグマです」
「さー、あと少しで網走だぞ。喜べアスカイ」
「わーい」
アスカイの棒読みな喜びを聞き自転車に跨がる。
後ろに積んである空のミニクーラーボックスがこれから重くなることが何となく想像できた。だって……
「流氷ビール呑んでみたいな~」
……なんて頭の回りに花咲かしてる奴がいるから。
まぁお土産程度に持ってくならいいか。つかこれいつ帰れんの?俺心配だわー。
しばらく帰れないって分かっていながらも、メルヘンの丘の看板を見る。
そこで俺は思いついた。
どうせ旅をするなら、俺にも楽しみがあってもいいじゃないかと。
「……アスカイ」
「はいー?」
「ちょっとダ●ソー寄らねぇ?」
「ほ?良いですけど」
アスカイには悪いが少しだけダイ●ーまで付き合ってもらう。これからアスカイが撮る写真だって増えるはずだ。
そして俺の趣味は整理。この組み合わせ……そう。
◇
「ありがとうございましたー」
そう、アルバムだ。
「アルバムですかぁっ!良いですねー!」
「だろ。これから、お前が撮った写真をここに入れる。あとから見返せるのはデジタルもそうだが何となく味わいが出る。おーけー?」
「おーけーおーけ」
俺の趣味は整理。どうせしばらくは帰れないんだ。なら俺も楽しむためにはどうすりゃいいか?ってことで俺の趣味をねじ込む。完璧。
「じゃあ、写真溜まったらプリントアウトしてここに入れるから、容量足りなくなってきたら俺に言えよ」
「らじゃー」
と言っても、俺が趣味にのめり込めるのはまだまだ先みたいだ。
◇
「というかお前さっき何買ったの」
「あー、あれですかー?」
ダ●ソーから出て聞いてみた。俺ら二人でダ●ソー寄ってる時にレジの後ろで何か小さい物を何個か買ってたのが見えたからなんだべ程度にしか思ってなかったけどやっぱ気になるもんは気になる。
アスカイはよくぞ聞いてくれましたとばかりにニコニコ顔になった。
「あれはですねぇ、ネームプレートです」
「何に使うんだそんなもん」
すると彼女は二つの小さい長方形の紙に油性ペンでキュキュキューと文字を書いて、それを同じく小さな透明なカバーの中に入れて、一つずつ俺とアスカイのリュックにストラップ見たいにして付けた。
綺麗な字で書かれた字を読むと、それには
「『地元飯巡り』……?」
「ふっふー!どうです!?何となくで買いましたけど!!」
「あっそう」
えっへん!と腰に手を当てて無駄遣いを宣言したアスカイをスルーし、アスカイのリュックにも掛かった『地元飯巡り』のネームプレートを見る。裏を見るとリアルなヒグマが描かれてあった。
「裏面コワッ!リアルすぎて怖いわ!」
「私のは鹿さんですよ~」
ほら、と俺に見せるアスカイ。
俺と同じ感じにリアルかと思ったら違った。
「ファンシーだなっ!?何なんだ俺との差は!」
「ヒグマ強そうでしょ」
「いやっ……強そうだけど!強そうだけど…っ!」
そういえばこいつは昔から絵がとても上手かった。一時期、「スランプ~」とか言いながら凄いグロテスクな絵を描いてた。なんちゃらの叫びみたいなやつの隣に並べられる気がするあれは。
「だからとーどーさん、今度川行って素手で鮭採りましょうね」
「無理だわ!!つかその前に川に流されて死ぬかリアルヒグマに襲われて死ぬわ!!」
こんなもんリュックにぶら下げてたら近いうちに本物のヒグマに会うかもしれない。でもなんか否めない表情なのでそのままつけておこう。うん。何かしらから守ってくれるかもしれんしな。
「さっ、早く行きましょっ、時間なくなっちゃいますよ~」
「へーへー」
アルバムを仕舞ってまた走り出す。
風が良い感じに吹いて気持ち良い。
なんてな。そんなほのぼのとした感じじゃねぇよ。
めっちゃリュックのヒグマと目が合うんだけど。
怖いんだけど。ははっ。
「…………」
「あたーらしっいあーさが来た~。きぼーうのーあーさーが~」
あぁもう、後ろで歌ってるやつも目が合うやつも無視して前だけを見よう。
そう思ったとき。
「っ!東堂さん危ないっ!」
「え」
……目の前をバイクが通りすぎていった。それも凄いスピードで。
死角だったから見えなかったかも知れないが、道路には一時停止線が書かれてある。標識だってあった。
通りすぎていったバイクから怒号が聞こえる。
「っぶねーなクズが!!死ね!!」
何でこうも最近は臆面もなく死ねと言うやつが増えてきたんだろうか。やはり社会のせいなのか?と死にそうになった俺が後ろで舌打ちを聞きながら考えていると……って、ん?舌打ち?
もしかしてとは思うが、
「あっやべえ!アスカ……イ?」
そこに彼女の姿は無かった。
まずい。とてもまずい。
俺が恐れていることトップ5に入ること。――それは彼女が怒ったときだ。
普段の「あー!とーどーさんまたコップ割ったの!?」っていうのは怒ることには入らない。彼女が怒るときどんなことが起きるかというと……
「ひぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!!助けでぇぇえええ!!!」
断末魔が響く。多分、というか絶対さっきのバイクのやつだ。
「そっちか!」
声が聞こえる方に自転車をこぐ。
そこには泣き叫んでいるバイクのやつとアスカイがいた。
「もう違反しないと誓いますか?」
「ちっ、誓う!誓うから!頼むから殺さないでくれ!頼むっ!おおおお願いします!!この通りです!」
と、彼女の目の前で地面から数センチ頭を離した綺麗な土下座を繰り出す。審査員に見せたら100点貰えると思う。
でも今は彼女を止めなければならない。止めると言っても簡単なのだが。
「…………アスカイ」
「とーどーさん、この人とーどーさんに謝りますって」
「すいませんっすいませんっ!もう二度としませんっ!だからっだからっ」
「だから命だけは」と言いそうな彼を止める。こういうのってホントにあるんだな。なんて人が泣きじゃくっているのにも関わらずそんな冷たいことを思う俺がいる。でもそれよりも冷たい目で見るアスカイが後ろで立っている。怖い。
「あー、大丈夫です。だからあの、頭をあげてください。すいません、ホントうちの連れが」
コクコクと頷きながらようやく頭を上げる。なんだなんだと人が集まってきた。これじゃ俺らが加害者みたいだ。実際、既に彼女が手を出しているのかも知れないがバイクの運転士に大きな怪我は見当たらないからとんでもなく恐ろしいことを言っただけで済んだんだろうな。
「……アスカイ。あとで説教だ」
「えっ」
「説教だ」
「……はいぃ」
今度はアスカイが泣きそうな顔になる。そんな顔しても俺は許さんぞ。
周りの人にすいませんとお辞儀しながら通路から出る。
「これ、あげますんで二度としませんからっ」と訳の分からない賄賂をアスカイが貰って自転車を押して戻る。受け取るなよバカ。
「………………」
「………………」
チラチラと俺の顔を伺うアスカイ。
それからずっと網走に着くまで俺らの地元飯巡りの旅は無言だった。
ヒグマの絵より怖かったアスカイちゃんとそれよりも怖い東堂さん。