宴もたけなわ
いろいろな言葉を飲み込んで、フィリーはかぼちゃ頭とともに、ログハウスの中へと入れば、すでに酒盛りが始まっていた。大きな声で歌い、おおげさに笑う。
大人たちの会話を無視するように、子供たちは食べることに夢中になっている。
「ああフィリー、ワインを取ってきてちょうだい」
「はいはい」
コートを脱いで自分の部屋に放り込む。
扉にしっかりと鍵をかけてから、ソレルの部屋に入り、机や床に転がっている酒瓶には目もくれず、棚に並んでいる数本を抱えた。
「フィリー!」
「はいはい」
頼まれたばかりではあるが、遅いと文句を言うソレルへと適当に返事をする。
客間に戻れば、口の周りをシチューでベタベタにしたユウがフィリーを見た。
「フィリー。おへんじは、いっかいなんだよ!」
「ユウ、うるせー」
「うるさくないもん! おかあさん、いってたもん!」
なにをどうしてもケンカの引き金になることに、フィリーは苦笑した。
ジョンがエスカレートする前に二人に釘を刺し、沈黙させる。というのが一通りの流れになっているようだった。
アウェンがワイングラスをかたむけながら、楽しげに笑った
「いやあ、驚きましたね。あのジョンが子供のしつけをしているなんて」
「本当よね、良い傾向だわ。今のほうが面白い成分が取れそうね」
その言葉に、一瞬その場が凍りついたように静まり返る。
皆はそれとなく子供たちに視線をやったが、彼らは気づくわけでもなく、パイにかじりついていた。
安堵した空気が辺りに流れ、ジョンが困った顔で小さくうなる。
「またそういうことを。毛の一本くらいならやってもいいけどな」
「そんなものいらないわよ。ケチなこと言わないで、牙の一本でも寄越しなさいよ」
「だれがやるかっ!」
頑丈なテーブルを激しく叩けば、子供たちはさすがに驚いて父を見上げた。
「……すまん、なんでもない」
椅子に座りなおすジョンに、皆が嫌な笑みを浮かべていることに、フィリーは気づかないふりをする。
ジョンをかばったところで、話のネタの対象が自分に移動してくるだけだ。
ワインの瓶をアウェンの近くに置き、小箱を見せれば、彼はそれに目をやって苦笑した。
「それはフィリーの手に戻る運命だったか」
「そうみたいです。箱は少しつぶれてしまいましたけど、中身は紅茶だったんですね。大事に飲みますね」
「ああ、口に合えばいいのだが」
「この茶葉の香りがすごく好きだから、飲むのが楽しみです。ありがとうございました」
素直に礼を言えば、ワインの瓶をムエトへと回しながら、アウェンは鼻の頭を小さくかいた。
照れくさいときにする彼の癖に、フィリーは嬉しそうに笑う。
「……うまいのか?」
しわがれた声に、真剣なものを感じて、フィリーが振り返る。
かぼちゃ頭が至近距離で、料理を食べているライルとユウを見ていた。
食べづらそうに、二人は目線を交わしながら、それでもうなずいた。
「うまいよ」
「うん、おいしいよね」
子供たちの言葉に、かぼちゃ頭がけたたましい声で笑えば、ジョンと子供たちは耳を押さえた。
鳥肌のたつ笑い声だと感じるのは、彼らも同じだったのだろう。
人間の姿をしているとはいえ、耳の良い獣の血を持つ彼らにとって、耳元での甲高い声は騒音でしかない。
「手伝った。うまいってのは、嬉しいな」
また回転を始めたかぼちゃ頭に、子供たちは小さいながらも狩猟本能がかきたてられたのか、我慢できずに飛びついた。
スプーンが、宙を飛ぶ。
ジョンがうまいこと床に落ちる前に、それらをつかみとり、申し訳なさそうにフィリーを見た。
しかし食事中だというのに、だれも怒る気配はなく、もっとやれと手を叩いてはやしたてる始末である。
またしても両腕にそれぞれかじりつかれて、回転の遅くなったコマのように、よろめく。
かぼちゃ頭が二人の重さに耐えられず、床にひっくり返れば、子供たちは楽しそうに頭のかぼちゃをかじり始める。さすがにフィリーが助け舟を出した。
「す、ストップ! かじるのはだめですよ」
「どうして? こいつ、かみごたえがいいのに」
「じゃあ、ライル君たちの頭をガリガリかじられたらどうかな? 気分悪いでしょ」
二人はかぼちゃ頭の体に乗ったまま、顔を見合わせ、二人して頬をふくらませながらフィリーを見た。
「フィオラルド、起こしてくれ」
かぼちゃ頭が、手足をばたつかせると、二人は渋々ながら体からおりた。
フィリーが力をこめて、立たせようとすると――頭が抜けた。
子供たちが悲鳴をあげて体を寄せ合うと、かぼちゃ頭は笑い声をあげ、浮遊しながら二人に近づく。
大騒ぎしながらの、追いかけっこが始まった。
ソレル、アウェン、ムエトがそれを見て笑い声をあげ、ジョンだけは呆れた顔をしていた。
ソレルがグラスを置く頃には、床に転がったかぼちゃ頭に、子供たち二人がしがみつくようにして眠っていた。
さきほどの喧騒とは、かけ離れた雰囲気に包まれている。
フィリーが毛布を二人にかけてやり、ソレルたちに一声かけてから自室へと足を向けた。
見られているような視線を感じてはいたが、彼らが声をかけてくることはなかった。
「……どうしたものかしら」
フィリーが鍵をかけた音を聞いてから、ソレルが静かに口を開く。
暖炉の薪が音を立ててはじけ、何気なくそれに灰色の目をやりながらムエトがゆっくりとうなずいた。
「ここに長くいたら、順応性も高くなる。だが、長いことはいられないだろう」
「そうよねえ」
グラスの縁を、細く長い指でなぞりながら、彼女はグラスに残ったワインの色が変わるのを眺める。
「ソレルなら、なんとか出来るんじゃないのか? フィリーのために、なんとかならないか」
「フィリーのためではなく、おまえのためだろう? ジョン。特にフィリーを気に入っているからな、おまえは」
くつくつと笑うアウェンに、ジョンが顔を赤くして犬歯を見せた。
「お、おまえらだって、似たようなもんじゃないか!」
「ほらほら、大声を出すと子供たちが起きてしまうぞ」
しれっとした顔で言うアウェンに、おまえのせいだろう! と叫びたい気持ちを抑え、小さくうなることで暴れたい気持ちをやり過ごす。
ソレルがグラスを指ではじけば、軽やかな音が二人の意識を彼女の手元に引き寄せる。
「養うわけには、いかないのよ」
「そうだな。かわいそうだが、仕方がないだろう」
「ムエト、たまにはソレルの言うことを否定してみたらどうだ」
「おれは正論を言っている。この場所は、特別だ。ここにとどまれば、けっして良い結果にはならない」
咬みつかんばかりの勢いを見せるジョンに、ムエトは真剣な顔を崩さない。
黒い短髪をかきむしり、ジョンは頭を振った。
「ソレルの力があれば、どうとでもなるだろって話だろう」
「残念だけれど、私とて万能ではないわ。結局は毒される。それが近いか遠くなるかの話よ。長くいないほうが、傷も小さくて済むでしょう」
グラスの中身が透明な液体に変わると、ソレルはそれを一気にあおる。
アウェンも、視線を落として机の上で両手を組む。
「我々が呼ばれたのは、そのためでしたか」
「ええ、そうよ。あなたたちの魔力を、少しずついただこうと思って」
「補給は十分出来ましたからね、また骨生活が長くなりそうだ」
そう言って、アウェンは青い宝石のついたタイピンを外し、机に置いた。
続いて、ムエトも首にさげていた緑の石がはめこんであるロケットを、机に置く。
「……ジョン、仕方のないことだ」
「わかってるさ! そう、わかってるさ……」
ゆっくりと、小指にはめていた赤い石のついた指輪を外し、それを見つめてから机に放った。