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ジョンと二人の子供たち

 かぼちゃ頭にほうきを渡すと、それは楽しそうに振り回し始めた。

 枯葉の山は、みるみるうちに崩れていく。

 その行動を止めるわけでもなく、少しだけ横目で見やり、フィリーはさきほどかぼちゃ頭が飛び込んでいった枯れ葉の山に、手を差し入れる。

「簡単には、見つからないか」

 小箱だったはずだ。飛び込んだ拍子に、中身が出てしまった可能性も考えると、途方に暮れる気持ちだった。

 それでも、努力しないわけにはいかない。

 寒さをこらえながら、腕まくりをすると、また枯れ草の中に手を入れる。

「フィリー、その遊びは楽しいのか?」

 間近で声がして、フィリーは前のめりに葉っぱの中に倒れこんだ。

 黒い毛むくじゃらの腕が、少年の襟をつかんで引き起こす。

「大丈夫か」

「は、はい。ありがとうございます」

 口に入った枯れ葉を吐き出して、振り返る。

 目の前には、狼のような顔をした者が二本足で立っていた。獣の顔、服を着てはいるがその手足は、黒い毛で覆われ長い指もいびつなものだった。

「ジョンさん、もう皆様そろっていますよ」

「ああ、あいつらは暇だからな。それで? フィリーはなにをしていたんだ」

「そうだ、ジョンさん。少し探し物をしていたのですが」

「そうか」

 フィリーの襟から手を離し、黒く濡れた鼻が動いた。そして鼻にしわを寄せる。

 枯れ葉の山に近づき片膝をつくと、大きな手を無造作に突っ込んだ。

 そして、引き出した手には、小さな箱がにぎられていた。

「そう、それです! 助かりました」

「……アウェンの野郎、フィリーに手間をかけさせやがったのか」

 ジョンの低いうなり声に、フィリーが慌てて両手を前に出し横に振る。

「違うんですよ! かぼちゃ頭がぼくから奪い取って……」

 言いながらかぼちゃ頭のほうを見れば、かぼちゃ頭はくるくると回っていた。小さな子供が二人、かぼちゃ頭の手にそれぞれしがみついて、楽しそうに声をあげている。

「あれか?」

「あれ、ですね」

 子供たちをよく見ると、人の姿をしてはいるが、耳が違った。ジョンと同じ色をした黒い髪からは、獣の耳がのぞいている。

「……かわいい」

 おもわずつぶやけば、ジョンが嬉しそうに口を大きく横に広げた。

 二人を呼ぶと、子供たちはかぼちゃ頭の腕を放し、素直に駆け寄ってくる。

 ふらふらと回り続けたかぼちゃ頭は、ひっくり返った。さすがに不憫に思ったが、フィリーは興味に負けて、目を輝かせてこちらを見てくる子供たちへと視線を戻した。

「お兄ちゃん、だれ?」

 フィリーよりも小さな彼らは、耳を立てて人間の鼻を動かす。

 髪の短いほうは、男の子。後ろでしばっているのが、女の子。

「初めまして、ぼくはフィオラルド。この家にいるソレル先生の弟子を……」

「わかんないよ」

 言葉の途中で飽きたのか、男の子が首をかしげて女の子を見た。

「うん、わかんないね」

 女の子はその真似をして、男の子を見ながら首をかしげる。

 どう説明したものか少しだけ迷い、すぐにフィリーは考えることをやめた。

「ぼくのことはフィリーって呼んでください」

 そう言えば、彼らは大きな目をさらに大きく輝かせた。

「フィリー! ライルとあそべよー」

「フィリーは、ユウちゃんとあそぶのー」

 人間よりも、はるかに強い力で両腕をつかまれ、フィリーは痛みに顔をゆがめる。

 子供たちはそれに気づかず、それぞれのつかんだ腕を引っ張って、自分たちの遊びに誘った。

「ユウはいもうとなんだから、ゆずれよ!」

「おなじ日にうまれたんだもん。いっつもライルは、ずうずうしいこといってさ」

「……い、痛い!」

 がまん出来ずに悲鳴をあげれば、鼻にしわを寄せたジョンが二人の頭をつかんだ。

 二人とも、すばやく腕を放すと、しょんぼりとうなだれる。

「フィリーは人間だ。人間には、どうするんだった?」

 ジョンがライルと呼ばれた男の子を見れば、視線を落とし、ふくれっつらのまま彼は言った。

「……むやみに、さわらない」

 今度は、ユウと言っていた女の子を見ると、少女は泣きそうな顔でつぶやいた。

「むやみに、かみつかない……フィリー、いたくしちゃってごめんなさい」

 腕をさすりながら、フィリーは二人の様子がかわいらしくて、小さく笑った。

 小さな頭をつかんでいた手を放し、ジョンが申し訳なさそうに、振り返ってくる。

「フィリー、本当に申し訳ない」

「いいんですよ。忘れていたぼくが悪かったんです」

「ほら、おとうさん! フィリーがわるいんだって、いったじゃん。ライル、わるくないもん」

 少し痛むのだろう頭を両手で抱えながら、ライルがくちびるをとがらせた。

「そんなこといってるから、ライルはすぐおこられるんだよ」

「ユウは、イイコちゃんぶってるからつまんねー」

「ぶってないもん! つまらなくないもん!」

 ユウは涙声になりながら言い返すと、ライルはさらに笑った。

「ほら、すぐ泣くし」

「泣いてない!」

「ライル、ユウ。ここはどこだ? 家か?」

 ジョンが低くうなりながら二人に問えば、二人とも耳をさげて押し黙った。

 木々の隙間を、風が吹き抜けてくる。

 凍えるような冷気に、フィリーはコートの襟を立て、肩をすくめた。

 暗い森の奥に、なにを感じたのかはわからないが、ライルとユウがおびえたように、ジョンへと駆け寄り、彼の上着のすそをにぎった。

「中に、入りましょうか」

 森の奥をながめていたジョンは、フィリーの言葉にうなずいた。

「そうだな。二人とも、フィリーのご飯はうまいぞ」

「やった、ごはん!」

「おかあさんのごはんが、いちばんだもん」

「じゃあ、ユウはたべなきゃいいじゃん。ぜんぶライルの!」

 ランプの内側に入ったライルは、耳が人のそれに変化した。ログハウスへと走っていく彼に向かって、ユウが泣き出しそうな顔で叫ぶ。

「たべないなんて、いってないもん!」

 ユウの顔が、みるみるうちに真っ黒の毛で覆われ、子犬の姿に変貌を遂げた。

 服に絡まるように、ユウが四足で立ち哀しげに声をあげる。

 フィリーは、右手で箱をにぎりつぶし、左手で口元を押さえた。可愛い! その言葉を必死で抑え込む。

「ライル!」

 ジョンが鋭く声をあげると、少年は直立して立ち止まった。

「……ごめんなさい」

「お父さんじゃなくて、ユウに言いなさい」

 いやだ。という言葉を飲み込んだ顔をした。それはフィリーの目から見てもあきらかだったが、ライルのふてくされた顔を見て、笑うのだけは耐えた。

「ユウ、ごめん」

 だが、超大型犬の子犬のような大きさの彼女は、鼻にしわを寄せて、うなり声を出す。

 ジョンが彼女を抱き上げ、ランプの内側に足を踏み入れれば、二人とも人間の形に姿を変えた。

 ジョンに抱かれたユウは、泣きじゃくりながらライルをにらみつけている。

「ユウ。相手が謝ったら、どうするんだった?」

「……ゆるしてあげる」

 ユウを地面におろすと、少女は口をへの字に曲げ、それでも許すと声にした。

 フィリーは、地面から起き上がれずにもがいていた、頭の下のほうを少しかじられているかぼちゃ頭を起こしてやりながら、ジョンに感心した。

 初めて会った頃からのジョンは、とてもなれなれしくて、大人のくせに構ってほしくて仕方がない男にしか見えなかった。というか、だいぶ面倒くさいタイプの男だと思っていたのだが、結婚して子供が出来ると、こんなにも変わるのだろうか。

 自分の目を疑いたくなるくらい、彼はしっかりしていた。

「ジョンさん、変わりましたね」

 声をかけるつもりではなかったが、つい口から言葉が出てきてしまう。

 驚いたように振り返ってきた彼は、気恥ずかしそうに笑った。

「知らないうちに、どうも大人になったみたいだ」

「いいことじゃないですか」

「……そう思うか?」

「ええ。素敵な人と出会えたんですね」

 フィリーの言葉に、ジョンは嬉しそうに胸を張り、口の端を持ち上げた。

 子供たちの父を呼ぶ声に、軽やかに走っていくジョン。

 フィリーは聞いてもいいものか判断がつかず、聞けなかった言葉を頭の中で反芻させた。


 ジョンさんの奥さんって、人間なんですか?



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