アウェンとムエトの来訪
パーティとはいえ、過去の経験から飾りつけは必要なく、食べ物と酒さえあれば問題はなかった。今回は、子供が二人いるということで、多少甘い物も用意してある。
せわしない時は過ぎ、正確に次の日が訪れ、夕刻が近づいていた。
森の外は、まだ薄明かりくらいあるだろうが、森の中はすでに暗くなっている。
ログハウスの周囲を取り囲むように、ぐるりとランプが取り付けてある。数は十二。フィリーはそれを、家の前から順番に点けて回った。
ぼんやりと灯った暖かな色をした光は、訪れる客人の目印にもなる。
彼らが来るまで、外でも掃いていようと、ほうきで枯れ葉を押しのけていく。
ただ、木に囲まれた土地では、あまり意味がないようにも思えるが、実際意味がない。
日々の暇つぶしである。
ソレルの蔵書を読むには、時間もそうない。客人が来る時は、他のことで時間をつぶすのだ。
「料理はきらいじゃないけど。掃除は、好きじゃない」
低い声でうなるかぼちゃ頭には、体がついていた。
頭のままでは、手伝いには不自由だろうと、ソレルが藁人形をかぼちゃにくっつけて体を作ってやったのだ。
かぼちゃに合う大きさのわらの体が動くのは、見ていて気持ちのいいものではない。
フィリーよりも少し小さめな彼――だか彼女だかに、むかし着ていたシャツやズボン、コートを着せ、手袋とブーツをはかせた。
首の辺りから、すれたわらが落ちてくるため、マフラーを巻いてやる。
とりあえず見た目だけは、違和感がなくなっていた。
「掃除だと思わなければいいんだよ」
「どうやって?」
「そうだね。待ち時間解消ってところかな」
「でも、掃除だよ」
「ちゃんとしてるわけじゃないから、遊びと同じ」
事実、家の周囲に盛り上げるように、枯れ葉を押しやっているだけだった。
風が吹けば、また元通りになるだろう。
かぼちゃ頭が、体ごとくるくると回って、枯れ葉の山の中に突っ込んでいった。
鳥肌がたちそうな独特の低い笑い声をあげる。楽しい時にあげる笑い方だと、昨日知った。
暗い森の奥から、カランカランと硬い物がこすれ合う乾いた音が聞こえてくる。
「フィオラルド、なにか来るよ」
「ああ、あの音はアウェンさんだね。きちんとあいさつするんだよ?」
返事をせず、笑いながらまた枯れ葉へと突進していく。
枯れ葉まみれになるかぼちゃ頭。まあいいか、と視線をはずせば木々の隙間から、白い影が見えた。
こちらの明かりに照らされたそれをよく見ると、骸骨が服を着て、シルクハットをかぶっている。その隣には、こげ茶色のコートを着た頭からつま先まで包帯まみれの男がいた。
「いらっしゃいませ、アウェンさん。ムエトさんとご一緒だったんですね」
明かりの向こう側で、骸骨がカラカラと笑う。
「おお、笑った」
あっちこっちに枯れ葉を引っかけて、かぼちゃ頭がフィリーの傍まで戻ってきた。
彼らをのぞきこむように、かぼちゃ頭を近づけると、骸骨のアウェンも面白そうに顔を寄せた。
「同じ。同じ顔だ」
かぼちゃ頭が、ほうとため息をつき感心した声を出すと、アウェンは笑った。
「いやはや、フィリー君。新しいお友達かね」
「まあ、そんなところです」
「フィリーとかぼちゃ頭は、仲良しだよ!」
しわがれた声で笑えば、アウェンは何度もうなずきながら、目や口に引っかかった枯れ葉を丁寧に取ってやった。
ムエトと呼ばれた包帯男が、裂けた口を何度かひねり、明かりの内側へと足を踏み入れる。
「ムエトさん、長旅お疲れ様でした」
そう声をかけると、彼は顔に巻いた包帯を取り去った。
明かりの外側では、包帯からのぞく皮膚は生きている者とは思えなかったが、今では弾力のある白い顔がランプの火に照らされて赤みを増す。
灰色の瞳が、ほうきを持った少年を見て、柔らかく細められた。
「ありがとうフィリー、お招き感謝する」
「いえいえ、招いたのは先生ですし」
「だがいつも料理などの用意は、フィリーがしてくれているだろう。感謝は君にすべきだと思う」
「あの、ありがとうございます」
なかなか言われない言葉に、フィリーがおもわずはにかめば、同じ顔つきの二人が並んで少年を見ていた。
かぼちゃ頭が、低い声をさらに低くしてうめくと、アウェンがまたうなずいた。
「かぼちゃ頭君、友達としては悔しい事態ですかな」
「……すごくモヤモヤするよ」
「ふむ、素直な気持ちは大事ですな」
そう言いながら、アウェンも光の中へと踏み入れる。
全身に火がついたように輝いて、一瞬のうちに光が掻き消えた。
そこには骸骨の姿はなく、黒い髪を後ろに流した若い紳士が立っている。薄い唇を笑うように歪めて、かぼちゃ頭を軽く叩いてやる。
「そう心配する事はないですぞ。ムエトの愛する者は、彼ではない」
その言葉に、ムエトが少し顔を赤らめ、抗議の意味を込めてアウェンをにらみつけた。
無表情な彼からは、感情が読み取れるはずもなかったが、それでもふざけている雰囲気は伝わってくる。
だがすでにかぼちゃ頭の興味は、フィリーにはない。
アウェンの変わり果てた姿に、ギザギザに刻んだ口を大きく開けた。
「おや……お前はだれだ?」
「驚かれても無理はありませんな。骨だらけのアウェンですよ」
「骨じゃなくなったんだね」
アウェンがランプで囲われた敷地の外に、長い腕を伸ばすと、スーツからのぞく手首から先が骨になっていた。
「この場所は特別なようでしてね。私もはるか昔の容姿を取り戻せるのだよ」
「ふうん」
かぼちゃ頭がアウェンの顔をながめ、ふうと息を吐いた。
「そうか、仲間じゃなくなったんだね」
残念そうなかぼちゃ頭の声に、アウェンはまた楽しそうに笑った。
場をまとめるように、フィリーがひとつ手を叩く。
「皆様、どうぞ中へお入りください。ソレル先生が泥酔する前に、あいさつだけ済ませていただいて、後はいつも通りです」
「では失礼する」
ムエトがログハウスへと入っていくのを見届けて、アウェンはフィリーを見おろした。
「ムエトではないが、いつももてなしてくれて、嬉しく思っているよ。これはそのお礼と思って受け取って欲しい」
そういって差し出されたのは、小さな箱だった。
フィリーが遠慮なく受け取ると、かぼちゃ頭が突進してきて奪い取り、そのままの勢いで落ち葉の山に突っ込んだ。
派手に枯れ葉が舞い、かぼちゃ頭が楽しげに笑う。
枯れ葉まみれになって出てきたその手には、小箱はなかった。
「かぼちゃ頭!」
「やれやれ、かぼちゃ頭君にもなにかプレゼント出来る物があればよかったのだがね」
「すみません、アウェンさん。ちゃんと探しておきますから」
「そうたいした物でもないし、気にしなくていい。現存する物は、すべからく土に返る。それが自然で、それが望ましい」
「でも、せっかくいただいたのに」
フィリーが申し訳なさそうに見上げれば、彼は憂いを秘めた目をして、ほほえんだ。
「フィリー君の手に渡らなかったのは、それが運命だったからだろう。感謝の気持ちだけでも、受け取ってもらえるとありがたいがね」
「も、もちろんです! ぼくは押しかけ弟子だから、ソレル先生からなかなか感謝される事もないし。アウェンさんたちがそう言ってくださるだけで、すごく嬉しいです」
アウェンの目を見て、一生懸命に言ってくるフィリーに、背の高い彼は少し驚いた顔をした。
そして、柔らかくほほえむと、小さなフィリーの頭に優しく手を置く。
「ソレルは、へそ曲がりで面倒くさがりだが、あれでフィリー君には感謝しているのだよ」
「……そう、なんですか?」
難しい顔をして、フィリーが首をかしげると、ログハウスの中からソレルの怒声が飛んでくる。
「アウェン、なにしてるのよ! 余計な事を吹き込んでいないで、さっさと入っておいで!」
覆いかぶさっている木々の葉が、ざわりと音を立てる。
アウェンは、おどけるようにくるりと真っ黒な瞳を回して見せ、軽くステップを踏んでログハウスへと入っていった。
首をすくめていたフィリーも、扉が閉まるのを見届けてから、大きく息を吐いた。
かぼちゃ頭が走ってくると、フィリーを下からのぞきこむ。
そしてフィリーの真似をして、少年の顔に、ふうっと息を吹きかけた。
「なにするんだよ!」
驚いてかぼちゃ頭から一歩さがると、それは小さく笑う。
「フィリー、ふーってしたね。だから、ふーってしてみた」
「……しなくていいから」
袖で顔をこすって、フィリーはため息をつきかけて、目の前でまだ見ているかぼちゃ頭に気がつき、我慢した。