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宴の支度

「明日、パーティするから」

 当然だという顔をして、ワインの瓶から直接中身をあおっている若い女が言った。

 タイトな黒いロングドレスは、彼女の細い身体のラインをはっきりと浮かびあがらせる。

 同じ色の長髪が、その肢体にまとわりつくように伸び、とてもなまめかしく美しい見た目と裏腹に、態度次第ですべてがだいなしになる見本のような存在だった。

 言われたほうの少年は、その容姿になどなんの感慨も持たず、ただ驚いて眼を丸くした。

「……明日?」

「そう言ったわよね」

「言いましたけど、またいつもの冗談ですよね?」

「冗談? フィリーはいつも面白いことを言うのね」

 全然面白くないんですけど。とつぶやきながら、フィリーと呼ばれた少年フィオラルドはくちびるをとがらせた。

 鬱蒼とした森に孤立して建つ、大きく重厚なログハウス。

 木々は、その場所を守っているかのように太い枝をのばし、覆いかぶさっていた。迷い人すら、たどり着くのも困難な場所だ。

 一年中、うっすらとしか光はささない。

 わずかな光とランプを使い、フィリーは張ったロープにシーツをかけた。

「よし。じゃあソレル先生、光をお願いします」

 ソレルと呼ばれた女は、ワインをもう一口あおると指をひとつ鳴らした。

 ミシミシという重たい音を響かせて、森全体が揺れていると錯覚するほどの振動がフィリーの小さな身体に伝わってくる。

 彼は上を見上げた。圧巻ともいえる光景が、上空に繰り広げられる。

 ログハウス周辺にある木々の太い枝がねじりあげられていくようだった。

 パズルのように組み立てられていく様は、まるで壮大な手品だ。

 ぽかりと口を開けた先には、青い空が見えた。太陽光が降り注ぎ、寒々としていた空気は暖かさを取り戻す。

 壁を作っている木の枝は、岩壁のようにも見えた。

「今日もいい天気ですね」

「こんなことしなくても、浄化くらい簡単だといつも言ってるのに」

「ぼくが魔法を使えるようになれば、そうしますけど。これはぼくの仕事ですからね。ぼくの力でなんとかしないといけないんです」

 力強くうなずいて見せるフィリーに、ソレルは大げさに首をすくめる。

 結局、ソレルの力を使っていることには変わりない。

 だが十二月に入り、水も凍りつくような冷たさの中、手を真っ赤にして洗濯をする彼を見かねて、何度やめろと言ってもかたくなに『仕事』を譲らない。

「まあ、いいけど」

「それで? 先生、明日は何人呼んだんですか?」

「いつもの三人よ。でもジョンが子供を二人連れてくるそうよ」

 空になった瓶を、名残惜しそうにのぞきこんでから玄関先に置く。

 もう一度フィリーへと目を向けると、彼は目と口を大きく開けていた。

 そのまぬけ面に、ソレルは意味がわからず眉間にしわを寄せた。

「ローリーが友人の結婚式だとかで、ジョンが子供の世話を……って、あんたまぬけな顔してどうしたの」

「う、うるさいですよ。それより、ジョンって子供いたんですか!?」

「そんなに驚くことかしら」

「驚きますよ! 驚くでしょうよ! そんな、だって……」

 語尾の言葉をにごらせると、ソレルは軽く笑った。

「生きていればいろいろあるわよ、これも経験ね。よかったじゃない、ひとつ利口になったわね。それじゃあ、あとは頼んだわよ」

 ゆったりとした動作で家の中へと戻っていくソレルに、聞きたいことが湧き出して頭の中が混乱する。

 フィリーは、動くことが出来なかった。

 ジョンの毛むくじゃらな顔を思い浮かべる。あんな男に、奥さんが? もちろん差別はよろしくない。よろしくはないが、不思議で仕方がなかったのだ。

「そうだよ、ジョンだって好きな人の一人や二人……あれ? いやでも、そもそも……」

 そうつぶやいて、ふと我に返った。

 明日。そう、明日になりさえすればわかることだった。

 今すべきことは、こんなにも悠長に立ち尽くしていることではない。

 来るべき明日の準備をするために、大きなカゴを抱え、置き去りにされた酒瓶を拾うのも忘れずに、家の中へと駆け込んだ。

 食材は、買い込んだばかりだから豊富にある。

 棚を確認しながら、大量に転がっているかぼちゃが目に入った。

 収穫祭が終わった後、いつもお世話になっているおばちゃんがくれたものだ。

「今年は、ソレル先生が面倒くさいからって、ハロウィンしなかったからな」

 このかぼちゃは、そろそろ使い切ってしまいたい。

 テーブルに大皿を並べて置き、オーブンに火を入れた。

 すぐには温まらないことを見越して、ソレルの部屋に足を向ける。

「ソレル先生、開けますよ!」

 適当に扉を叩き、返事を待たずにそれを開ければ、顔に向かって小さな箱が飛んできた。

 おもわず避けると、箱は壁にあたる前に消えた。

「なによ、つまらないわね」

「どうせ受け止めたと同時に、ヘビとかカエルに変わるんでしょう? 何回だまされたと思ってるんですか」

「五回くらいは頑張ってくれたわね」

「三回目くらいで気がついたけど、ついつい手が出ちゃうんですよね。って、そうじゃなくて! お皿は出しておいたんで、家にあるだけのかぼちゃをくり抜いておいてくださいね」

「いやよ。違う食材使えばいいでしょう?」

 ソレルは、カウチに身を預けながら、テーブルに並んだ酒瓶を細い指でなぞりながら、まだ中身の入っている瓶を探す。

 探し当てた途端、フィリーに取り上げられると、さすがに彼女は真っ赤に塗ったくちびるをとがらせた。

「お得意の魔法で、ちょちょいとやれば済むじゃないですか」

「ちょちょいって……あんたね、私の力の源はあんたが持っているその酒よ」

 やっと身を起こして抗議をすれば、あきれた顔の少年は彼女に酒瓶を差し出した。

 それをひったくるようにして奪い取ると、目の前に置いてあった酒瓶が音を立てて倒れたが、ソレルは気にするでもなく酒をあおる。

「ハロウィンは終わったでしょう、かぼちゃを全部くり抜く必要があるの?」

「あんなにたくさんのかぼちゃ、ぼくたちだけじゃ食べ切れませんよ。だから……」

 空になった酒瓶をカウチの下に置き、もう一本を手にする――前に、フィリーがその手を叩いて止めた。

「だから、みなさんに食べるのを手伝ってもらうくらい、いいですよね」

「まあねえ。そうねえ」

「かぼちゃは火が通りにくいから、早めにお願いしますね」

 もう一度、酒瓶に手を伸ばせば、フィリーが右手を振り上げる。

 お互い、そのままの姿勢で動きを止めれば、即座に負けを認めたのはソレルのほうだった。

「わかったわよ! まったく、どうしてこう口やかましく育っちゃったのかしら」

「反面教師ってやつじゃないですか?」

 フィリーが言い終わる前に、ソレルは左手の人さし指を横に振った。

 自分の意思とは裏腹に、フィリーの足はきびすを返し、リズム良く床を踏み鳴らしながら部屋の外へと向かう。

 扉を閉めたと同時に、ソレルは深くため息を吐いた。

「本当に、誰に似たのかしら。ここには私しかいないというのに」

 そんな文句は、聞こえるわけもなく。

 キッチンまで歩かされたフィリーは、やれやれと自分の意思で中に入る。

「おや、坊ちゃん。ここの人だよね?」

 フィリーの眼前に、目鼻口の形をきざんだかぼちゃが浮かぶ。

 その声はしわがれているが、話し方は子供のようだった。

 思ってもいなかった出来事に、フィリーは盛大に悲鳴をあげた。

 後ずされば、小さな背中を誰かが押しとどめる。

 あえぐように口を開け閉めして振り返ると、ソレルがフィリーを見下ろして、くちびるをとがらせた。

「あんた。私がいたずらしても驚かないくせに、こんなのには驚くのね」

「せ、先生! いたずらにも、ほどがあります!」

「これ、私じゃないわよ」

 浮遊するかぼちゃを、指でつつくとギザギザにきざまれた口が、驚いた形に開かれた。

「う、動いたっ!」

「浮いて話しているのに、いまさらじゃないの」

 黒いドレスのすそをにぎりしめて、金切り声をあげると、ソレルは呆れた顔をした。

 押されて後ろに飛んでいったかぼちゃが、またゆっくりと戻ってくる。

「き、きたっ! きましたよ! 先生!」

「ちょ、ちょっと! そんなにドレスを引っ張らないでちょうだい!」

 フィリーの手を引きはがすと、彼を横に押しのけて、かぼちゃを正面から――空洞である中を、丸くくり抜いてある目からのぞく。

「……なるほど」

 少しして、ソレルは柔らかく笑った。

 かぼちゃはそれ以上近づかず、ただ黙っていた。

「悪いモノではなさそうね。いいわ、どうせ人手も足りないし、フィリーを手伝ってやってちょうだい」

「はあ? いやだよ」

「だったら、不法侵入で消すしかないわね」

「け、消す?」

 かぼちゃが、小刻みに震えた。

 おののいているのが、フィリーの目にも見て取れる気がした。

 だが、そんな態度をすればするほど、ソレルは楽しげに目を輝かせる。

「消されるのは、いやよね」

「いやだよ。でも手伝うのもいやだ」

「そう。じゃあ、違うことをしましょうか。私と、とても楽しいことよ?」

「楽しいこと? なにをするの?」

「とてもとても楽しいことよ。人間はそれを、実験と呼ぶ……」

「はいはい。そこまで! ソレル先生、それ以上言ったらお酒を全部取り上げますよ」

 怖かったことも忘れ、今度はフィリーが呆れた声を出した。

 驚かされたとはいえ、たしかにかぼちゃからは悪意が感じられない。

 ソレルが言ったから大丈夫、というのも大きな判断材料ではあったが、こんな顔をしたソレルのそばに追いやるのは、相手がかぼちゃだとしても、さすがに人として気がとがめたのだ。

「ええと、かぼちゃ頭。こういう顔をしている先生には、近づかないほうがいいんだよ」

「手伝いはいやだ。楽しいほうがいいよ」

「そうよ、私と楽しいことをするのだから、フィリーは邪魔するものではないわ」

 優しくかぼちゃを抱いたソレルに、フィリーはため息をついた。

 そして、下からかぼちゃを両手で突き上げる。

 頬ずりしかけていたソレルのあごに、見事にかぼちゃ頭が頭突きをした形になった。

 ソレルがあごを押さえてうずくまるのと、フィリーがかぼちゃを受け止めるのと同時だった。

「いいかい? 先生の言う『楽しいこと』はね、君にとって、とても辛くてひどいことになる」

「辛いのは、いやだよ」

「そうだよね。ぼくの手伝いは、楽しくはないかもしれないけど。君が手伝ってくれたら、すごく助かるし、嬉しいよ。一緒にいれば、そのうち……友達にもなれるかもしれないし」

「……友達?」

「そう。悪いモノじゃないなら、きっと仲良くなれるんじゃないかな」

「それは、いいね。仲良くは好きだよ」

 そう言って、一人と一個はキッチンへと入っていった。

 うずくまったソレルは、涙目になりながら指輪に仕込んでおいた薬を、痛みのある部分に塗り、小さく息を吐く。

「フィオラルド、隙をつくのがうまくなってきたわね」

 痛みの消えたあごをさすり、ソレルは立ち上がった。



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