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Episode4「Tha Helltraining(後編)」

 

 早朝五時頃、特別演習が行われるという演習場に二人の人影があった。


「なあアレックス、流石に来るのが早かったんじゃないか?」


「あぁ、張り切って早めに来たのは良いけどまだ俺達しか来てないな。」


 演習場に来ていたのは愁恋とアレックスだった。二人は六時から行われる特別演習をする為に演習場に来たが、来る時間が早かったせいか二人以外に人の姿は無かった。


「はあ~、だから30分前に集まろうって言ったんだ。昨日お前が宿舎に戻ってからも『まだ飲み足りないから付き合え』って言うから結局全然寝てないんだよ。」


「まあ、楽しかったから良いじゃねえか。」


 アレックスは朝からテンションが高めだったが疲れの抜けていない愁恋は不機嫌そうな表情でアレックスを睨みつける。


 それから二人は雑談をして時間を潰し、六時になるのを待っていた。



 午前六時頃、演習場にはかなりの数の兵士が集まっていた。この第三基地には総勢1万人の兵士が存在している。現在、新日本には総勢75万人という兵力を有している。そして第三基地は新日本内でもトップレベルの戦力と評価されている。兵士一万人が集まっていても余裕のある演習場はかなりの広さと言えるだろう。


 その中に混ざっている愁恋とアレックスは基地の広さに驚いていた。


「基地内の兵士全員集まって、まだこれだけ余裕があるのか。流石、新日本でトップレベルの広さを誇っているだけあるな。」


「あぁ、そうだな。ん?愁恋、前を見てみろよ。あの嫌な司令官が居るぜ。」


 愁恋がアレックスに促され前方に目を向けると演台の上に登り、マイクを片手に何かを話そうとしている田村の姿があった。


「皆さん、よく時間通りに集まってくれましたね。今日は半年に一度行われる特別演習『ヘル・トレーニング』の開催日です。今回は二日間に分けて演習を行います。まず、初日の内容は例年通り腕立て伏せ2500回、腹筋2500回、スクワット2500回の順にやってもらいます。それらをこなした後に30kmを走ってもらいます。開始時間は6時30分からで制限時間は4時間。こなせなかった人にはそれなりのペナルティがあるので頑張ってくださいね。」


 田村は説明を終えると不気味な笑みを浮かべながら演習場を後にした。


 愁恋は演習内容に苦笑していて、アレックスは余裕の表情を浮かべている。


「ありえない訓練内容だな。前居た基地でもこんなメニューやったことないぞ。」


「坊やにはきつい訓練だな。宿舎でおねんねしていた方が良いんじゃないか?」


 愁恋はアレックスの挑発に構う事無く準備運動をしていて、その目にはやる気が満ちていた。


 そして、時間が訪れサイレンと共に「ヘル・トレーニング」が開始された。


 開始と共に演習場に居る兵士達が一斉に指示されたメニューを始めている。軍歴の長い兵士達は指示されたメニューを速いペースでこなしていっているが入隊してまだ一年ほどしか経っていない愁恋はやや遅れているようだった。


「ハハハ、そんなペースじゃ間に合わないぜ愁恋。流石に入隊一年じゃきついか?」


「くっ、馬鹿にするんじゃねえよ。これでも鍛えてるほうなんだ。」


 アレックスは愁恋を挑発する程の余裕がある様子で他の兵士より少し早いペースで腕立て伏せをしていた。


(くそ、このペースだったら時間に間に合ってもギリギリだな。)


ヘル・トレーニングが開始されて一時間経った頃、半分近くの兵士が腕立て伏せを終えて腹筋をしていた。だが、愁恋はまだ腕立て伏せをしている。

「ハア・・ハア・・あと50回か。」


「頑張れ坊や、もう少しでパパに追いつくぜ。」


「ハア・・ハア・・・いつからお前が俺の父親になったんだよ。」


 愁恋は息切れしながらもアレックスに反論する体力は残っているようでその後10分も経たないうちに腕立て伏せを終わらせて休憩を入れずに腹筋を始めていた。

 愁恋は遅れを取り戻すかのような勢いで筋トレをしていたがそのペースは長くは続かず徐々にペースダウンしていた。


「・・・ハア・・ハア・・何とかこのペース維持しないと間に合わないな。」


 愁恋はその後、かろうじてペースを維持しながら一時間かけてようやく腹筋を終えていた。


「ハア、ハア、ハア、残り二時間か。スクワットも一時間で終わらせないとな。時間が勿体無い、休憩はしないでおくか。」


「・・ハアッ・・ハアッ・・坊や、少しはペースを落として休憩しておいた方が良いと思うぜ?スクワットの後には30キロ走らなきゃいけないからな。」


「・・・・ふうー、休憩なんてしていたら間に合わないんだよ。俺の事なんて気遣ってないで集中してろよ。」


 愁恋は徐々に迫ってくる制限時間と自分の能力不足のせいで焦りを隠せず、苛々しているようだった。愁恋の表情から気持ちを察したのかアレックスはそれ以上は何も言わずに30kmを走るためにその場から去っていった。


 それから一時間が経った頃、愁恋はスクワットを終わらせ、その場に座り込んでいた。


「ハア、ハア、ハア、何とか一時間で終わったな。後は30キロを走るだけか。」


 愁恋は深呼吸を何度かすると勢いよく立ち上がり、そのまま30kmのコースを走っていった。彼の走る速度は長距離を走るにしては少し速いペースで急いでいるということが見て取れる。


(このペースを維持して走れば何とか間に合うな・・・・)


 愁恋が走り始めてから30分ほどが経過した頃、アレックスは既に30kmを走り終えていて、支給された水を飲みながら自分が走ってきたコースを見ていた。


(残り30分か・・・・頑張れよ、愁恋。)


「よっし、暇だから女の子に声かけてくるか!」


 その後、アレックスは立て続けに女性に告白し、合計で10人にふられたという。


 その頃、愁恋は残り10kmの地点を走っていた。彼の疲労はかなりのもので肩で息をしている状態だった。


「ハア、ハア、ハア、何とか間に合いそうだな・・・ん?誰か倒れてるのか?」


 愁恋の視界の奥には倒れている人の姿が映っていた。気になった彼はやや走る速度を上げて倒れている人に近づいていった。

 

「ん?女か、おい大丈夫か?・・・ちっ、意識が無いな。」

 

 倒れていたのは女性で肩まである鮮やかな金髪が目立っていた。愁恋はうつ伏せで倒れている彼女を抱え起こして状態を確認した。


「おい、起きろ!・・・・仕方ない。」


 愁恋はそう言うと女性を背負い、再び走り出した。


「これはペナルティを覚悟したほうが良いな。」

 

 彼は苦笑すると徐々に走る速度を上げていった。

 

 愁恋が女性を背負って走り始めてから10分が経過した頃、彼が背負っていた女性が目を覚ました。彼女は状況がわからず混乱している様子で愁恋は息を切らしながらも事情を説明していた。


「・・・・ふぅん、それであたしはあんたに背負われてたのね。」


 愁恋は疲労で受け答えをするのが辛いのか彼女の言葉に頷くだけだった。彼女も彼の状態を察したのかそれ以上は口を開かなかった。


 制限時間が残り10分を切った頃、愁恋と女性は残り2kmの地点に居た。彼女はまだ愁恋に背負われているようでなにやら彼に話しかけていた。


「もう残り10分しかないわ。あたしはもう大丈夫だから置いていって。」

 

 彼女はこのまま自分を背負ったままだと愁恋が間に合わないと思ったのか彼に自分を置いていくように言った。だが、愁恋は彼女の提案をすぐに拒否した。


「ハア、ハアッ、断るっ、一度、助けたからには最後まで責任を持つ。」


 彼女は彼の言葉を聞いて反論をしたが愁恋はそれに答える事無く黙々と走り続けていた。


「見ず知らずのあたしなんて置いていけば良いのに・・・お人好しね。」

  

愁恋は彼女の言葉が聞こえてないふりをし、走ることに集中した。


一方、その頃アレックスはゴール地点付近で愁恋が来るのを待っていた。彼は未だにゴールしていない愁恋を心配しているのか落ち着きが無く辺りをうろうろしている。


「愁恋のやつ遅いな。あいつならもうそろそろゴールするはずなのだけどな。ん?あの姿は・・・・愁恋じゃねえか!!」


 アレックスの視線の奥には愁恋が映っていた。


「ん?あいつ誰か背負ってるよな・・・・ホント、クール気取ってても根はお人よしだな。」


 アレックスはそう言いながら苦笑していた。


「ハアッハアッ、よし、あともう少しでゴールだ。」


「あんたは喋んなくて良いからさっさと走りなさいよ!!もう時間ギリギリなのよ。」


 愁恋は生意気な女だと口に出そうとしたが一秒でも時間が惜しい状況だったのでそれを口にすることは無かった。


「お~い、愁恋あと一息だ!!死ぬ気で走れ!!」

 

(もう死ぬ気で走ってるんだよ・・・察してくれアレックス。)


愁恋は苦笑しながらもペースを落とす事無く走っている。50mも無かったが残り時間が表示されているモニターには残り10秒と表示されている。人を背負った状態の愁恋には間に合うかどうかわからない時間だった。


「もう10秒もないじゃない!!あんた急ぎなさいよ!!」


「黙っててくれ!!ハアッハアッ、言われなくてもわかってる。」


 愁恋はそう言うと最後の力を振り絞るかのようにペースを上げて走った。しかし、もう既に残り時間は5秒を切っていて、間に合うかどうかはわからない状況だった。


「くそぉぉ間に合えぇぇ!!」


 愁恋はそう叫び、ゴールに向って飛び込んだ。そこでタイムアップを告げるサイレンが響き、ヘル・トレーニングは終わりを告げた。


 ゴールに飛び込んだ愁恋がどうなったかというと結果はゴールラインに数センチ届いておらず失格となるはずだった。しかし、人を背負いながら走ったという事が考慮され、ペナルティは無効にされた。飛び込んだ衝撃で愁恋は擦り傷や軽い打撲をしたが背負っていた女性は軽い擦り傷で済んでいる。

今回のヘル・トレーニングでペナルティを受けることになった兵士は全体の10分の1でペナルティの内容は一ヶ月昼食抜きという地味なようできつい罰だった。


「よく頑張ったな坊や、まさか女の子を背負いながら走ってたとはな・・・・羨まし過ぎるぞこの野郎!!」

>

「何が羨ましいだ。こっちは文句ばかり言われた上に、怪我までしてんだよ。損ばかりだ。」


 愁恋はそう言って支給された水を一気に飲み干し、溜め息をつきながら俯いた。すると、彼の視界に見覚えのある金色の髪が映りこんだ。そのまま視線を上に持っていくと愁恋が背負っていた女性が彼の前に立っていた。


「あ、あの・・・さっきはありがとね、あんたのおかげであたしもペナルティ免除になったわ。」


「そうか、それは良かったな。もう訓練中に倒れるなよ、助ける方の身がもたないからな。」


 愁恋はそう言って自分が住む寮の方向へ歩いていった。彼女の方は皮肉を言われたにも関わらず何も言わずその場を去った。



 ヘル・トレーニングから数時間後、愁恋とアレックスはブリーフィングルームに居た。目的は二日目の演習内容を聞くためだ。部屋の一番前では演習の説明をしている大尉の姿があった。


「明日の演習は第一大隊から第五大隊までで行う。演習場所は・・・・」


 大尉はそこで言葉を濁してしまった。彼の表情からは陰りが見え、とても話しづらいように見える。


「失礼した。明日の演習場所は・・・日本だ。」


 その言葉にブリーフィングルームに居た兵士達は驚きの表情を露にした。勿論、愁恋も例外ではない。兵士達の中からは「何で日本なんだ。」という疑問の声が上がっていた。それに答えるかのように大尉が説明を始めた。


「演習場所を決めたのは田村司令だ。私を含む数名が日本にした理由を聞きに行ったが答えてはくれなかったよ。以上で明日の演習の説明を終わる。集合時間などを載せた資料を各部屋に送っておくのでしっかりと読んでおくように、解散!」


 その言葉を合図に兵士達はそれぞれ寮へと戻っていった。しかし、愁恋だけは余程ショックが大きかったのか席を立とうとせず、ただ虚空を眺めていた。そんな愁恋を心配してかアレックスは彼に話しかけた。


「おい、愁恋大丈夫か?」

「・・・あっ、あぁ悪いぼーっとしてた。」


 愁恋はそう言うと席を立ち、アレックスと寮へと向った。


 演習の説明が行われていた頃、司令官室では田村司令が誰かと電話をしていた。


「はい、予定通りです。・・・そちらは準備できているのでしょうね?・・えぇ、わかりました。では、切りますよ。」


 そっと受話器を置くと、田村はブラインドから外を眺めた。


「明日の演習が楽しみですねぇ~早く、悲鳴を聞きたいものです。クックック」


 ~To be continued~




数ヶ月ぶりの投稿になります。この作品を読んでくださっている方々大変ご迷惑をおかけしました。


これからはもっと早く投稿できるよう努力していきたいと思います。

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