Episode3 「Tha Helltraining(ザ ヘルトレーニング)」〈前編〉
約2ヶ月振りの更新です。
ここ最近、忙しく中々話を書けない事が多くやっと更新できました。
今後は1ヶ月に1~2話のペースで投稿できたら良いと思ってます。
愁恋は急いで部屋を出て司令官室に向かったが宿舎を出る直前で地図を持って来ていない事に気づき、部屋に戻った。
部屋に戻るとアレックスが調理器具をキッチンにしまっていた。
「おっ坊や、慌てて出て行ったみたいだけど、どうしたんだ?」
「何呑気に荷物片付けてるんだよ。司令官に呼ばれてるの忘れてたか?」
アレックスは受付の女性に吹き飛ばされていたせいで司令官室に行くように言われた事を知らないが彼はその事を忘れてしまっているよだった。
「はあ?聞いてないぜ坊や。何か勘違いしてんじゃないか?」
「あぁ、お前さっき受付の人に殴られて気絶してたから知らないか。転属早々ふられて災難だったな。」
愁恋はアレックスに嫌みを言ったが彼にふられた事を気にしている様子は全く無く、黙々と調理器具を片付けていた。
そして、調理器具を片付け終えるとアレックスは部屋に用意されていたソファーに腰掛け、気取った顔で愁恋に話しかけた。
「ふられて災難だって?あのな坊や、この基地にはまだ見ぬ女の子達が山ほど居るんたぜ?その一人にふられたくらいじゃ落ち込まねえよ。」
アレックスは不敵な笑みを浮かべて愁恋の方を見たが彼はアレックスに目もくれず自分の部屋に入っていった。
それから愁恋は軍服に着替えて地図を持ち、部屋を後にした。
「アレックス、さっさと着替えろ。置いていくからな。」
「はいはい、1分で着替えるから待っててくれ。」
アレックスはそう言うと自分の部屋に入っていき、本当に1分で着替えてきていた。
「待たせたな坊や、ほら行くぞ。」
「『待たせたな』じゃねえよ、それと坊やって呼びすぎなんだよ。」
アレックスは坊やと呼ばれてムッとしている愁恋の背中を平手で軽く叩くと足早に部屋を後にした。
愁恋とアレックスが宿舎を出て三十分近く経つ頃、二人は司令官室のある司令棟に居た。
「いや~、ここの基地には可愛い子がいっぱい居るな。俺、どの子誘うか迷うよ。」
「安心しろアレックス、お前の誘いを受ける女は一人も居ない。」
愁恋はアレックスを軽くあしらうと地図を眺め、司令官室を探していた。
「愁恋、司令官室どこにあるかわかったか?」
「あぁ、どうやら司令官室は最上階にあるらしいな。近くのエレベーターから行けそうだから乗るぞ。」
司令官室の場所を確認した二人は近くにあったエレベーターに乗り込み、最上階に上がっていった。
司令棟は13階まであり、上の階に上がる事に階級の高い軍人や役人が居る。司令棟に入れる軍人は少尉以上という条件が定められていて、それ以下の階級の軍人は司令棟への配属を認められていない。
エレベーターに乗り込んだ二人は壁に寄りかかり、それぞれ考え事をしている様子だった。
「・・・なあ愁恋、何で俺達司令官に呼ばれてると思う?」
「さあな、物好きな司令官なんだろう。こんな事考えても答えは出ないと思うぞ。」
アレックスは「そうだな。」と言うと腕を組み、俯いた。
(司令官か、一体どんな奴なんだろうな・・・・綺麗なお姉さんなら最高なんだけどな。)
「おいアレックス、着いたぞ。にやけてないでさっさと行くぞ。」
妄想を膨らませ顔がにやけているアレックスに愁恋は一声かけて司令官室と書かれた立て札が貼ってある扉の前に立った。
それから愁恋は扉にノックを三回し、「入ってください。」という声を確認した二人は司令官室に入って行った。
扉の向こうには綺麗に整頓されている机に肘をつき顎に手を当てている一人の男性が座っていた。その男の顔は少し痩せこけていているが眼鏡越しから見える目からは鋭い眼光を覗かせていた。
「よく来てくれたね。愁恋一等兵、アレックス・ワンダーランド兵長。とりあえずそこのソファーに腰掛けてくれるかな?」
二人は男に言われるままソファーに腰掛けた。
「おっと、自己紹介がまだでしたね。僕はこの第三基地の司令官をやらせてもらっている田村健一郎です。コーヒーを用意するから少し待っててくださいね。」
「司令官、お気遣いだけで十分です。それよりわざわざ一介の兵士の俺達を呼んだ理由を教えていただけませんか?」
愁恋は疑問に思っていた事を田村にぶつけていた。彼の突然の質問に田村は少し不気味な笑顔で答えた。
「確かに疑問に思ってしまいますよね。僕はこの基地に配属になる人に直接会うのが趣味でしてね。新しく配属される人が到着したらここに呼ぶように指示してるんですよ。」
愁恋は呼び出された理由があまりにも普通過ぎて呆れていたが司令官の前という事もあって表情には出さないようにしていた。
(はぁ~、もっと別の理由かと思ったらこんな理由か。やっぱりただの物好きな司令官かよ。)
「ところで愁恋一等兵、君についての資料を読ませてもらったけど何故君は名字が無いんだい?」
田村の突然の質問に愁恋は驚き、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
愁恋に質問した時の彼の表情は一瞬だがかなり不気味な笑みを浮かべ、更に目からは獲物を狙う蛇のような鋭い眼光を覗かせていた。そのせいか愁恋の体は硬直してしまっていた。
(くそ、何でよりによってこんな事聞いてくるんだよ。この事は考えたくも無いのに・・・・)
愁恋は何故か田村の質問に答えられなくなっていて、首筋からはかすかに脂汗が流れていた。
そんな愁恋の様子を見かねたのか、アレックスは愁恋の肩に手をポンッて置くと田村と対峙するかのようにソファーから立ち上がった。
「司令官、失礼ですがデリカシーの無い質問はやめたほうが良いと男思いますよ。こいつの様子を見て話しづらいというのはわかると思いますよ。それに司令官のあなたなら質問の答えを知っていると思います。」
この時のアレックスの表情は普段見せないような真面目な顔つきでいつもの軽いノリの時とは正反対だった。
「そうでしたね。愁恋一等兵、すまないことをしてしまいましたね。もう下がって良いですよ。」
二人は田村に一礼すると司令官室を後にした。エレベーターに向かう途中、愁恋は突然立ち止まりアレックスに話しかけた。
「アレックス、さっきはありがとな。いきなりあの事聞かれて少し混乱してた。」
「気にするなって、あの事は答えられなくなっても仕方ないさ。ところで愁恋、あの時の俺格好良かったか?」
「今の発言が無かったらいつもよりは少し格好良かった。」
「くそっ、墓穴掘ったぜ・・・・」
アレックスは愁恋の一言で落ち込むと宿舎に戻るまで一言も喋らなかったそうだ。
~数時間後~
愁恋とアレックスは夜の街を歩いていた。
「おいアレックス、人が気持ち良く寝てるところを邪魔して何処に連れて行く気だ?」
「まあまあそう怒るなって、もうすぐで着くから我慢してろ坊や。」
愁恋は寝ているところを無理やり起こされてかなり不機嫌になっていて、起こした張本人のアレックスは陽気に口笛を吹いていた。
二人がしばらく歩いているとアレックスがある店の前で立ち止まった。店の看板には『Bar シレンツィオ』と書かれていた。店の外観は暗めな紺色で塗装されていてレトロな雰囲気を漂わせていた。
「よし着いたぜ、坊や。」
「ん?・・・・ってここバーじゃねえか。俺、未成年だぞ。」
「まあ細かい事言うなよ。男ってのはバーで酒を飲んで女の子の口説き方を学ぶものなんだよ。」
アレックスはそう言うと右手の親指を立てて、はにかんだが愁恋は何も反応せず店の中に入っていった。
店の中はそこそこ広く落ち着いた雰囲気でその雰囲気にあった音楽も流れており、店の外観通りのイメージだった。
愁恋は店に入ってすぐに近くのカウンター席に腰掛けた。カウンターには髪を七三に分け、顎に髭を蓄えた穏やかな表情の男性が居た。
「おや?初めて見る顔ですね。お客様、この店は来るのは初めてのようですね。」
「あっ、はい。連れに無理やり連れてこられたんです。」
男性の落ち着いた口調と柔らかな笑顔で愁恋は少し戸惑っているようだった。
「お連れ様ですか。もしかしてあなたの後ろに居る方ですか?」
男性の視線が愁恋の後ろを見ていたので愁恋は後ろを振り返った。振り返った先にはアレックスが居た。
「おいおい、俺を置いて先に店に入るなんて酷いぜ坊や。」
「阿保みたいに格好つけてるお前が悪い。」
アレックスは反論しても愁恋に軽くあしらわれると思い、反論するのを諦めて愁恋の隣の席に腰掛けた。
「お連れ様、何かお飲みになられますか?私はバーテンダー兼マスターをやっているのでどうかよろしくお願いします。」
「えーと、それじゃ俺は未成年なんでコーラをお願いします。」
マスターは愁恋の注文を聞くとすぐにグラスにコーラを注いで愁恋に手渡した。
「マスター、何か俺に似合いそうなカクテルを頼む。」
アレックスは少し気取った顔つきでマスターにカクテルを頼んでいた。マスターはアレックスの注文を受けると棚からボトルを二本取り出すと中身の酒をシェイカーと呼ばれるカクテルを作る時に使われる容器の中に入れてシェイカーを振り始めた。
マスターのシェイカーを振る手つきはまるでしなる鞭のような動きをしていてかなり手慣れているようだった。数十秒シェイカーを振るとマスターはグラスを取り出し、シェイカーの中身を注いだ。シェイカーから流れ出る酒は薄い紫色をしていた。
「お客様、こちらはあなた専用にお作りしたオリジナルカクテルになります。」
「おっ!わざわざ俺専用のカクテルを作ってくれるなんて嬉しいな。マスター、ちなみにそのカクテルの名前は?」
「このカクテルは《ゼイ・ブルート》ドイツ語で血の海という意味です。お客様から悲しみと復讐心が見えたので悲しみを青、復讐心を赤のお酒で表して混ぜ合わせてみました。」
マスターがカクテルの説明をしている時、一瞬だけアレックスの表情が曇ったがすぐにいつもの少し気取った表情に戻った。しかし、愁恋はアレックスの一瞬の表情の変化を見逃していなかった。
「マスター、何言ってるんだよ。確かに今まで女の子に声をかけて食事に誘えた事は無いけど不屈の精神で乗り切ってきてるんだぜ?悲しみと復讐心とは無縁だ。」
「そうでしたか。勝手にお客様の事を心情を詮索して申し訳ありませんでした。」
「気にするなって、俺は美味い酒が飲めればそれで良いからさ。」
アレックスはそう言うとグラスのカクテルを一気に飲み干し、マスターに「もう一杯同じのを頼む」と言い、マスターはアレックスに同じカクテルを作った。
それからしばらくアレックスは勢いを止める事なく酒を飲み続けてかなり気持ち良く酔っ払っている様子だった。
「アレックス、流石に飲み過ぎじゃないか?」
「そんな事無いぜ。今丁度良い感じになってきた所だ。夜はこれからだぜ!」
アレックスはかなりテンションが上がっているようで愁恋は呆れた表情でアレックスを見ていた。
「はぁ~、お前の酒を飲むペースを遅くするのは無理そうだな。ちょっとトイレに行って来るけど俺が居ない間に問題起こすなよ。わかったか?」
「ハハハッ、お前は俺の親か。坊やに心配されるようだったら俺もまだまだだな。」
(はぁ~、酒を飲んでない時でも心配なのにあんなに出来上がってる状態だったら余計に心配だ。)
愁恋は溜め息をつくと、トイレに向かった。しばらくして愁恋がトイレから戻ると愁恋は苦い顔をした。苦い顔をした訳は席にアレックスの姿が無かったからだ。
(ちっ、アレックス何処に行ったんだ?早めに見つけないと転属早々問題なんて起こしたら軍法会議にかけられるかもな・・・・)
酔っ払った状態のアレックスが心配だった愁恋はマスターにアレックスの居場所を知らないか尋ねていた。
「マスター、俺の連れを見てませんか?」
「ん?お客様のお連れ様ですか。お連れ様でしたら先程お客様が席を立った時に突然立ち上がって奥のボックス席の方へ行かれましたよ。」
愁恋はマスターにお礼を言うとすぐにボックス席に向かった。愁恋はマスターから聞いたアレックスの行動でアレックスの行動の目的をある程度予想していた。
(アレックスの奴、絶対に女をナンパしてるな。さっさとふられて戻ってきてくれれば良いんだけどな。トラブルに巻き込まれてない事を祈るか。)
愁恋がマスターから話を聞いている時、アレックスは愁恋の予想通り女性をナンパしていた。アレックスはボックス席に一人で座っている女性に目をつけ、向かい合うような形で話しかけていた。
「緊張しているのかい?そんなに硬くならないでくれよ、せっかくの可愛い顔が台無しだぜ?」
「えっと・・・私、その・・・・」
アレックスがナンパしてる女性は困った表情を浮かべているが酔っ払っているアレックスはその事に全く気づいていないようだった。
「やれやれ、アレックスの奴自分で『女の子には優しい紳士だぜ』とか言っておいて怖がらせてるじゃないか。さて、酔っ払いを連れ戻しに行くか。」
愁恋はアレックスの居るボックス席から結構離れた所に居たがアレックスのナンパの様子は見えていたようだった。愁恋がゆっくりアレックスに近づいて行ってると突然アレックス側の席の方に長身で黒髪の男が立ち、不機嫌そうな表情でアレックスを見下ろしていた。
「・・・・そこの金髪野郎、失せやがれ。そこは俺の席だ。」
黒髪の男の口調はかなり荒く、怒っているという事がわかる。一方のアレックスはいつものしらふ状態ならいつもの軽口で喋るのだろうが酔っ払ってい状態という事があり、普段は見せない不機嫌そうな表情を浮かべていた。
「あぁ?俺は今この子と話してるんだよ。てめえがさっさと失せやがれ!」
アレックスはそう言うとボックス席から離れ、黒髪の男と向かい合うような形で立っていた。
「・・・てめえ、俺の女を怖がらせてる事気づいてないのか?あぁ?」
黒髪の男は言い終えると同時にアレックスに殴りかかっていった。アレックスは男の拳を間一髪でかわすとすかさずうねりをつけて拳を突き出した。しかし、アレックスの拳を男は手のひらで受け流すとそのままアレックスを腕を掴みアレックスに一本背負いをした。油断していたアレックスは為す術無く床に叩きつけられた。男は倒れているアレックスに拳を振り下ろしたがアレックスはそれをぎりぎりでかわして起き上がり、男に殴りかかっていった。だがアレックスの拳が男に当たる前にアレックスは宙に舞っていた。
男はアレックスの拳が当たる前に素早く後方宙返りをし、その勢いでアレックスの顎に蹴りを入れていた。俗にいうサマーソルトというものだ。アレックスは突然の事で全く反応できず背中を床に打ちつけた。
「がはっ、てめえ、やるじゃねえか。これぐらいやってもらわないとこっちも本気が出せないってな。」
「・・・まだそんな口を聞けたか。仕方ないお前のそのむかつく面をぐちゃぐちゃにしてやるよ。」
二人が今にも殴りかかりそうな所でアレックスを愁恋が羽交い締めにし、黒髪の男を恋人と思われる女性が止めに入った。
「アレックス、そこら辺にしておけ。帰るぞ。そこの人こいつが迷惑をかけてすいませんでした。」
「はあ?何言ってんだ愁恋!俺はこいつにやられっぱなしでむかついてるんだよ。離しやがれ!!」
愁恋は溜め息をつくとアレックスを羽交い締めにしたまま引きずっていった。愁恋がカウンター席辺りに来ると愁恋はマスターに話しかけた。
「マスター、今こいつ押さえるので精一杯なんで俺のズボンのポケットから代金抜いておいて下さい。」
愁恋がそう言うとマスターは愁恋のポケットから代金分のお金を抜き、一礼をしてカウンターに戻った。愁恋は支払いが終わるとアレックスを引きずりながら店を後にした。
「ふざけるなよ愁恋、俺はまだあいつと決着つけてないんだよ!離しやがれ!!」
「ふざけてるのはお前だ。転属初日で問題起こす気か?後なお前はあの男にやられて当然だ。完全にお前が悪かった。」
「なっ!?」
アレックスは自分に原因がある事を自覚していないようで驚いた表情を見せていた。そして、愁恋はアレックスを押さえるのが疲れたのか羽交い締めをやめてアレックスを離した。
「お前がナンパしてた子、完全にお前の事怖がってたぞ。それにな、お前と喧嘩してた奴はあの子の恋人だ。酒を飲むのは良いが少しは抑えて飲め。じゃないとまた問題起こすぞ。」
「そうだったのか・・・愁恋悪かった。」
アレックスは少しずつ落ち着きを取り戻したようで静かに愁恋の説教に耳を傾けていた。
「少しは頭冷えたか?」
「あぁ、まさかお前に説教されるなんてな。俺もまだまだみたいだな。ハハハッ。」
アレックスは完全に酔いが醒めたようでいつもの気取った表情に戻っていた。その後、二人はタクシーを拾い、宿舎へと戻った。
~To be continued~
書きたい話が書き切れなく、前編、後編に分ける事にしました。
今後、英語のタイトルが多くなる予定です。