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限りの宰 かぎりのつかさ  作者: kishegh
第1章~紫の目~
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蛇を呑む眼

火壇からは香の臭いが漂い、部屋の四方には金属の楔が打ち込まれている。楔の間には、金糸銀糸を織り込んだ綱が張られ、その中ほどには四方に対して四色の札が掛けられている。


美月の体には、玉のような汗が浮かび上がり、背中に薄い衣服を貼り付けている。両手にある珠は、強く握りこまれ、目の前の炎の光を映している。


晃一郎は、その背後で只管集中力を高め、頭上から降り注ぐ力を見ていた。


此処は結界の中だ。上下に向って、五天ごてん六道りくどう五趣六道ごしゅりくどう三界さんがい十界じっかいを貫く結界だ。


炎が激しく燃え上がり、炎の光が階段を作る。上界から膨大な気配が降りてくる、否、落ちてくる。


「何だこれは!」


晃一郎は、思わず声を上げた。本来ならば集中の最中声を上げるなどというのは、やってはならない事だ。しかし、その気配のあまりの大きさに、口から漏れ出る声を止められなかった。


狭い室内に雷鳴がこだまする。目を焼く様な閃光と、毛肌を焦がす熱が吹き出る。


神を降ろした美月の意識は無い。少なくとも神降ろしに協力したものが、神に危害を加えられると言うことは無い。しかし、晃一郎自身は別問題だ。


「こんな物を御せ(ぎょせ)と言うのか、無茶にも程があるぞ」


荒れ狂う雷華と猛風に、声も出せずに内心毒づいた。


― 吾は三界の空を二分する者 ―


   ― ハッティにおいて信仰された神 ―


       ― 雷と光と暴風の司にして、烈風と雨の軍帥 ―


           ― 乙女の請願により、吾が名を欲するか ―


赤銅の肉体、紅く燃える髪と髭、長腕長足の巨体。身に携えるは、鎧と金剛杵。


「インドラよ」


インド神話、リグ・ヴェーダにおいて天空神であり雷神、ヴリトラを倒せし者、インドラ。


拝火教においては、ダエーワの中のダエーワ、千眼の魔王にして愚風の破壊神、インドラ。


「インドラよ、私は貴方の力と名前を欲する」


固く引き結ばれ、筋肉の隆起で鬼の様に盛り上がった顔が、笑いに包まれる。


しかし、その笑いは和やかな笑みではない。獲物を前に笑う獅子、物理的に圧倒されるような空間制圧力を持った笑み。


― 吾が名の加護に飽き足らず、力をさらに求めるか。面白い、面白いぞ、乙女の偶者よ。この面白き乙女が選ぶわけよ、お前ならば吾を退屈はさせまい。お前の望む以上の力をくれてやろうぞ ―


 高らかな哄笑と共に、辺りに再び雷華が舞う。


 次の瞬間、一筋の稲妻が晃一郎の胸を貫いた。


「がっ!」


骨の髄が沸き立つように体が熱い。神経を通常の何億倍もの電流が走る様な痺れと激痛、筋肉が骨を折らんばかりに収縮する。


「ががががががががっ」


痛みにのたうつ晃一郎を、インドラは上から見下ろしていた。


「かかか神ぃのぉ、験し(ためし)かかか」


歯がガチガチと鳴らされる。強制的に体が震える、電気ショックの只中では、まともな言葉もつむげない。


― まだ持つか、人の身にして置くのは惜しいな。お前も、あの乙女も ―


インドラの顔に、好色そうな笑みが浮かぶ。先ほどの威圧ある笑みとは違う、厭らしい笑みだ。その笑みが向けられているのは、美月。


「よ、嫁さんんんっ、残して成仏して堪るかぁぁぁぁ!」


晃一郎の右目に雷光が集う。集まった雷光は、目の前で凝縮し熱の塊、光玉になり眼に吸い込まれる。


― ほぉ、眼で雷を喰らったか。面白い事をする ―


晃一郎は、震えながらも立ち上がった。その眼は、もともとの青い目に、熱気の赤が写り薄い紫色に見える。


「浄眼は、元々金気を帯びる。木気の雷ならば克つ事も可能だ。験しはこれで終わりか」


― よかろう。乙女は手に入れ損ねたが、面白い物も見れた。今は満足しておいてやる ―


エロ神め、アハリヤーを誘惑して痛い目を見たことも忘れたか。少しは自重しやがれ。


哄笑と共に、再び雷風が舞い起こる。その光に乗ってインドラは天空へと上っていった。


神が抜け、気を失った美月は祭壇の前で倒れている。晃一郎は、残った気力を使い火を消すと、糸が切れた操り人形の様に、力なく倒れた。


「エロ神め…」


倒れながら、精一杯の意地で罵声だけは吐く事に成功したが、その意識は闇の中に潜り込んで行った。





読んで下さってありがとうございます。

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