散歩の時に何か作りたくなって
第2話です。
話の進展は遅いです。
タイトルはそれぞれオマージュです。
スーパーマーケットでほうれん草を見た。なんだか無性に食べたくなった上に、最近野菜をとっていなかった事を思い出して少し多めに買う。ついでとばかりに牛乳と生クリームも買っていく、後はチーズが欲しい。本来ならばパルメジャーノを大量に入れたいところだが、面倒になってクリームチーズで妥協する。
「今晩はグラタンかな。鶏肉と…マカロニって買い置きあったかな?」
あっても困らないので、マカロニ含めてパスタを買っていくウェデミッチェリとペンネを3袋づつ。他にも粉チーズと鶏肉、それにジャガイモとたまねぎを買う。よく考えたら家にある食料品はほぼ消えていた、何時もは相方が買って来るので意識していなかったが、自分は作るだけでめったに買い物に来ない。
「お、金山寺味噌がある。肉味噌にして置くか」
恐らく、相方が買い物をかってでるのは、晃一郎に任せると際限なく買う物が膨れ上がるからであろうが、当人は一向に気付いていない。
「肉味噌かぁ。だったら野菜ももう少し買わないと」
酒なども買っているので、既にかーとは食料品が満載、一体何人で食うのかと言った状態になってるが、当の本人は久しぶりの買い物でご機嫌である。
「28059円になります。箱をお使いになりますか?」
このスーパーでは、大目に買った客にはダンボール箱を付けてくれる。持ち運びにも都合がいい上に、商品を包んでいた箱の再利用にもなるので、エコでもある。
「ください。と言うか配送して下さい」
よく考えなくても、歩きで持っていける量ではない。幸いにもこのスーパーは近場であれば安い値段で配送してくれる。ついでに車で送ってくれもするので便利だ。本来はお年寄り向けのサービスだったが、好評だったので一般にも有料で適用させている。ちなみにお年寄りには、さらに安い値段で行っている、良心的だ。
「かしこまりました。それでは、少々お待ち下さい」
直ぐに係りの人が来てくれたので、道を案内しながら一緒に帰る。スーパーから事務所を兼ねた自宅までは、車だったら10分ほどだ。
事務所の前で降ろしてもらい、礼を言うと係りの人は帰っていった。仲間で運んでくれるのもサービスのうちだが、別に困らないので帰ってもらった。料金は品物と一緒に既に払っている。
箱二つを抱えて、家に入り台所にある冷蔵庫に品物を片付けていく。一般家庭にはあまりない大型冷蔵庫は、晃一郎がたっての希望で購入した物で、業務用としても大きい物だ。しかも2つある。簡単に説明するならば、ダイニングキッチンの壁一面を、冷蔵庫の銀色が占有している。
片付けている最中にインターホンが鳴った。商品を片付けるのを優先し、無視して片付けていると、インターホンの間隔がどんどん早くなり、ついには押しっぱなしになっている。
仕方がなく扉を開けると、目の前には2人の人物がいた。マリアとフランカである。
「貴方、嘘をつきましたね!」
顔を指差して言うフランカに対して。
「ついていません」
と言うと、扉を閉めた。そこで普通にしらをきられた上に、扉を閉められるとは思っていなかったのだろう。指差した姿勢のまま、マリアは固まった。
上着を脱いでネクタイを外して台所に戻り、たまねぎの皮をむき始めたところで、再びインターホンが激しく鳴らされる。無視して皮むきを続けていると、さらに扉を叩く音も聞こえてきた。流石に近所迷惑なので、扉を再び開ける。
「貴方、嘘をまたつきましたわね!」
「ついていません」
先ほどのやり取りを、ほぼ再現して扉を閉めようとした晃一郎だが、今回は流石に止められた。
「ついてないよ?」
心外そうにフランかを見るが、それこそ心外だとばかりにフランカが晃一郎を睨み返す。
「お爺様に連絡を取って聞きましたの。太極の目は、確かに陰と陽で得意分野に差はあるが、どちらも優れた目だと。さらには、あなた自身も優れた術者だから、少なくとも言っている事は事実と違うと」
「まぁ、面倒だけど中に入いんなよ。説明してあげるから」
そう言って中に通すと、二人にはコーヒーを出す。晃一郎自身は、なぜか青汁を飲んでいる。
「それでは、お聞きいたしますが嘘をついていないと言うのはどういう事ですの」
「別に事実と違う事はいってないから、かな?わざと言ってない事はあるし、言う順番もちょっと問題はあったかもしれないけど。でも、そのほうが現状の説明をしなくて良いから楽だし、事実は変わらないしね」
「如何言う事ですの?」
まだ分からないようで、フランカは首を傾げている。
「まぁ、良いから俺を霊視して見なさい。そしたら分かるよ」
やたらと目を凝らしながら、フランカは晃一郎を見てくる。そして、何かに気が付いたように声を上げた。
「霊力がありません!」
「そう言う事」
晃一郎は、顔をしかめながら青汁を飲んでいる。不味いのならば何で好き好んで飲んでいるのだろう?
「何故ですの?貴方は、太極の目の持ち主で、お爺様も認める術者でしょう。何で一切の霊力がないのですの」
「そこらへんを一々説明するのが面倒だから、結果だけ伝えたんじゃないか」
「どう言う事ですの?」
まだ分からないようで、しきりに首をかしげている。
「お嬢ちゃん、本当にオイゲン爺さんの孫か?ちょっとあそこの家が心配になってきたよ」
「何ですって!」
フランカが声を上げて立ち上がったが、それを制したのはマリアの声だった。
「つまり、晃一郎さんは、どちらにせよフェルディナント様を探せないと言う事でしょうか」
「ご名答」
そう言って青汁に口をつける。どうやら底の方に溜まっていた粉末を飲んだらしい。一際渋い顔をして、青汁を飲み干す、口直しとばかりに即座に水も飲んでいた。
「不味い」
どうやら、水を飲んだだけでは口直しには足りなかったらしく、冷蔵庫から日本酒の瓶を取り出してくる。
「どうです、福鳴鶴の吟醸です。マリアさんも飲みますか?」
「ご相伴に与かります」
晃一郎は、3合徳利に酒を移すと燗にかけた、ぐい飲みとつまみを添えて盆に置く。つまみの漬物は晃一郎の手製である。
「漬物は食べられます?」
マリアにはナッツでも用意すべきだろうかと思ったが。あいにく家にはない、もしやと思って聞いてみたが、返事は良いほうに裏切ってくれた。
「日本酒には合いますよね」
それならばと、さらに白菜の浅漬けと、オリーブの酢漬けも出す。オリーブはピクルスではなくあくまでも日本風の酢漬けである、これが中々日本酒に合う。酒は静かに飲むのが好きな晃一郎としては、漬物で静かに酒を飲むのに付き合ってくれる相手は貴重だ、その成果どうも何時もより機嫌が良い。久しぶりに買い物に行ったのもそれに拍車をかけている。
いきなり始まった酒宴に、フランカはただおろおろとしていたが、どうやら完全に蚊帳の外にされているのが分かると、口を尖らせて怒り出した。
「何でいきなりお酒ですの!それに、何も説明されていませんの」
「いや、何で自分の事を全部説明せにゃならんのよ?それにもう夕方だから酒飲んでもおかしくない時間だろ」
マリアは白菜の浅漬けを食べ続けている、どうやら気に入ったようだ。当初あったクールビューティーの印象はどこかに消えたが……
「美味しいですね」
「ああ、それ結構簡単に作れますよ。1日で出来ます」
「ぜひ教えていただけますか」
「ええ、紙にでも書きましょうか?」
「お願いします」
「紅茶もいただけましたしね」
「このお酒も美味しいです」
「良いでしょ。あまり有名ではないんですが、その分手ごろな価格で楽しめます。吟醸ですが、それほど吟醸香も強くなく切れ良く楽しめる酒です」
普段余り自分の趣味を理解してくれる人間がいないのか、ただ単純に人付き合いが下手なのかは分からないが、自分の趣向に同意を得て悪い気分の人間はいない。晃一郎の機嫌はさらに良くなった。
反して、無視されさらには自分の従者までもが自分の趣味に走っている状態で、フランカの機嫌は最低のラインをさらに割り込んでいった。基本的に、お嬢様で周囲にいる人間から無償の愛を注がれ続けた人間である彼女には初めての経験で、その怒りは心頭に達している。呆然としていると言うよりは、怒りに身を震わせて動けなかったと言う方が正しい。
やっとの事で自分を取り戻し、せめて何らかの形でこの怒りの報いを受けさせようと動き出した彼女の言葉は、再び阻害される事になる。その原因はいきなり部屋に駆け込んできた人間であった。
「いやぁー日本は寒いねぇー」
大荷物を持ってばたばたと入ってきたその女性は、フランカの言葉をかき消し、さらに話を続ける。
「ただいま、ただいまぁ。いやーご飯食べたいよぉー、晃ちゃんお茶漬け作って、後お漬物」
そこまで言った所で、テーブルの上にある漬物に気が付き、爪楊枝で刺して食べ始める。
「美味しいねぇー、あ、お客さん?どうもいらっしゃい」
「お邪魔しています」
マリアは冷静に返事をしたが、フランカは再び停止している。そんな事には、かけらも気にせず、漬物を食べた彼女は一つの部屋に入ると、着替えを持ってまた直ぐに出てきた。
「晃ちゃん、あたしお風呂入る。お茶漬けよろしくね、あ、大盛りね」
「ああ、ごゆっくりどうぞ」
晃一郎は、漬物がなくなった皿を取ると、漬物を追加しマリアの前に戻す。マリアはそのまま酒に意識を戻す、比較的ゆっくりしたペースで飲んでいるので、徳利にはまだ余裕がある。さすがに燗はぬるくなっているが、ぬる燗もまた良い物だ。
晃一郎は、炒ったゴマをすり鉢ですり始める、周囲にゴマの香ばしい香りが広がる。さらに山椒の粉と味噌と醤油を加え、塩昆布を細かく刻んでいく。それぞれを小皿に分け、わさびを添える。さらに別の皿に大量の漬物を載せ、ついでとばかりに近所に住む懇意のおばあさんから貰ったノビルを軽く裂いて水に晒す。金山寺味噌をすり鉢ですって少し砂糖と酢を加える、これも小皿に移しノビルと共に出す。中々日本情緒漂う膳になった。
お茶はほうじ茶だが、流石に一々ほうじるのは面倒なのでこれは普通に買ったものだ。大き目の急須に茶葉を入れていると、風呂から女性が上がってくる。客が居るのは知っているはずなのに、ショートパンツをはいているだけで、上はスポーツタイプのブラを着けたのみだ。
度重なる衝撃に、心のどこかが折れたのだろう、フランカは空中の一点を見上げ口をあけて呆けている。なんだか、いろいろな物に疲れた顔をしている。
「美味い、美味い」
喝采を上げながら、口へお茶漬けをかっこんでいく。箸と茶碗がカチャカチャと音を立てている。
「おいふい、おいふい」
口に飯を頬張ったまま漬物も食べていく。食べるか黙るか選べば良いが、一向に構わず食事を続けていく。実に下品なようだが、あっけらかんとした態度がいやみな感情は与えない。だが、そうであったとしても、決して褒められた姿ではない。少なくとも女性として。
「あ、晃ちゃん」
「ん?」
恐らくオカズの量が足りないだろうと、再び台所に立ってアジの味りん干を焼いていた晃一郎は、突然名前を呼ばれて顔を向けた。
「そう言えば何でお客さんいるの?」
「今更だな」
フランカは、既に床にのの字を書いている。
マリアは、3合徳利を開けて2杯目に突入していた。
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