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限りの宰 かぎりのつかさ  作者: kishegh
第1章~紫の目~
1/9

お茶会

新作です。

書きかけばかりですな、申し訳ない。


「まぁだ思い出さないのかよ。さっさとしないとまずいよ、おっさん」


1人の男が虚空を見上げて喋っている。傍から見ると、完全に頭の螺子がどこかに行った人だが、どこかおかしい。ふざけている様子や、どこか混乱した様子はない。狂人の様な、どこか違う所を見ているようなところも無い。その目は、覇気は無いにせよ一点をしっかりと見据えているし、口調にもしっかりとした理性を感じる。


だが、その行動は一般的とは言いがたい。


「なぁ、そろそろ諦めなって、何時まで待ったって無理なものは無理なんだから」


虚空に向い軽く手を振ると、男は路地裏に置いてある箱から腰を上げた。恐らく、その後ろにある店の従業員が煙草でも吸うスペースなのだろう。箱の脇には、灰や吸殻の入った大き目の空き缶が置いてある、元はトマトソースの入っていた缶は、今は見る影もなく煤けている。


「お話は終わりましたか?」


立ち上がろうとした男に声がかかる。男は別段驚きもせずに、煙草に火をつけた。美味そうに紫煙を飲み込むと、革張りのジッポーを胸ポケットに仕舞う。


「まぁ、時間なんかとは縁遠い方々だからね。お待たせしてしまったかな?」


「構いません。アポイントメントも取ってはいませんでしたし」


煙草が苦手なのか、他に理由があるのかは判らないが、その声の主は近寄ってこない。男は、別段急ぐ様子も無く煙草を吸い終えると、空き缶の中に吸殻を投げ入れた。


「それで、何か御用ですか?確か初めてお会いすると思いますがね」


「私ではなく、私の主人が用事があるようです。場所を用意してありますので、付いて来て頂けますか」


「お茶の1杯でもお出しして下さるのかな?」


「お約束します」


歩き出した女性は、銀縁メガネも涼やかな長身の女性だった。動きはキビキビとしているが同時に冷たさも感じる。その後を、男は対照的にやる気の無さそうな態度で付いて行った。


「あぁ、フレーバーティーは嫌いだから、ダージリンとかが良いなぁ。コーヒーだったら何でも良いけど」


「了解しました」


恐らく軽口のつもりだったのだろうが、あっさりと女性に返された男は、どこか少し不機嫌そうだった。


いかにも威圧感のある黒塗りのベンツ、乗り心地と周囲に与える影響力をただ追求したそのコンセプトは、間違いなく成功している。国家元首が乗り込むかの様な最高級のその車は、一般的な繁華街に路上駐車されるには、あまりにもアンバランスだった。その周囲では、不思議そうに見ている喫茶店の店主や、写真を取っている中学生などが居た。


2人が何事も無いかのように乗り込むと、待っていた運転手が車を発進させる。周囲の人間は、車に乗り込む美女と、不釣合いな服装の若い男を不思議そうに見ていたが、バラバラと散っていった。恐らく、暫く食卓などで話題にされて終わるだけの事柄だろう。


走り出した車は、ある建物の中で停まった。


ホテル・グロリエンス


そのホテルができた事で、帝国やヒルトンなどのホテルは、自動的に二流に格下げされたと言われるほどの超一流ホテル。噂では、一泊するのにかかる値段は最高で億の単位、世界最高峰の名を欲しい侭にしている。最低ランクの部屋であっても、一度泊まれば王侯の気分が味わえるという話だ。


「でかいねぇ。言ってしまえば無駄なほどだ」


車から降りた男は、建物を見たとたんに軽口をつく。豪華であっても派手ではなく、重厚であっても華美ではない。技と素材、そしてデザインの粋を持って造られたその空間には、男の服装はあまりにも不釣合いだ。


明らかに吊るしと分かる安物のスーツ。ブラックスーツに黒ネクタイ、濃い黒髪に黒の革靴、唯一機械式の銀の腕時計だけが浮いている。格好だけ聞けば、まるで葬式に出席するかのようだが、覇気の無い顔と、だらしなく崩したネクタイがそんな空気はぶち壊していた。


無言でエントランスに入ってく女性を追って、男も後に続く。ホテルの従業員たちは、完全な接客態度で礼を示す。女性は、それがさも当然であるかのように受け入れ、男は周りが見えていないかのように自然体のまま続く。ホテルのロビーでくつろぐ客達が、いぶかしむ様な取り合わせだった。


女性に促され、入った部屋はホテルの中でも上階。一目で最高級と分かる調度品に囲まれた、まさにデラックスというにふさわしい部屋。男の座ったソファーも、優しく体を包みまったく違和感を感じさせない。それでいて、自然に姿勢を正す様な職人芸の一品。


「良いソファーだ、疲れが癒されるねぇ。このまま寝たら気持ちよさそうだ」


「ただいま主人が参ります」


一言声を掛けると、女性は奥へ入っていった。暫く待ったが、どうにも誰も出てこない。


「お茶は?」


1人寂しく呟くが、答えは返ってこない。いっそのこと本当に寝てしまおうかと、男がソファーに深く寄りかかると、奥の部屋から1人の女性が出てきた。


「お待たせいたしました。私は」


「お茶は?」


女性、いや赤毛の少女の言葉を遮って男の言葉が飛ぶ。


「お茶だよ。お茶。分からないか?TEAって言えば良いのか?」


「は?」


やや固さのある日本語で話しかけようとした少女は、完全に話の腰を折られ、呆気に取られた。明らかに日本人ではなく、少女言葉にも訛りがある。とは言え、片言であったにせよ10代の少女が母国語で無い言葉で話しているならば賞賛すべきだろう。しかし、男の発音はネイティブのそれに近い。


「分かんないなら無理に日本語使いなさんな。英語は出来ないのか?」


少女は気を取り直して話しかけようとしたが、その時再びそれは阻まれた。


「申し訳ありません。お茶でございます」


先ほどの女性が、ワゴンを押して現われた。高そうなティーセットとマフィンやクッキー、定番のティースタイルと言える。一つ例外は、洋菓子に混ざって葛餅が置いてある所だろうか。如何考えても、他のメンバーとの差は大きい、しかも他の物を押しのけて大量に用意してある。


「まぁ、出してくれるんなら文句は言わんさ。あっミルクは要らない、砂糖を少しだけ」


「蜂蜜やブランデーなどもございますが」


「いいよ、フレーバーティーはそんなに好きじゃないって言ったろ。純粋に楽しむさ」


「では」


しっかりとした手順で淹れられた紅茶が、男の前に置かれる。


「いいねぇ、アッサムか」


「はい、私の好きな銘柄です」


「アッサムにもこんなのが有ったとは知らなかったな。綺麗な紅色だ」


一般消費の多いアッサムは、ダージリンやウバなどと比べて高級な銘柄が少ない。その所為で安い茶のような扱いを受けるが、その発色と濃厚な甘い香り、力強い味は好きな者には堪らない。


「後で銘柄教えてもらえる?」


「何でしたらお土産になさいますか」


「いいねぇ、嬉しいよ」


「喜んでいただき光栄です」


和気藹々と言うには女性のほうがキツイ印象だが、話に入っていけなかった少女は、脇で仲間はずれにされていた。気分を害されたようで、やけの様に葛餅をパクついている。どうやら彼女専用に用意された物のようだ。


「それで、美味しい紅茶を淹れてくれたお姉さん。まだお名前を聞いていなかった、教えていただけるかな?」


「失礼いたしました。私は、マリア・ハイルマンと申します。マリアとお呼び下さい」


「どうも、マリア。俺は菅原晃一郎と言う。晃一郎と呼んでも良いし、コウでも良い」


「分かりました、晃一郎様」


「せめて、様は付けないでくれない?あんまり好きじゃないんだよね」


「それで」と、未だに葛餅を食べている少女の方に向き直り。


「お嬢ちゃんのお名前は?」


そう問いかけた。


少女は、いきなりの問いかけに一瞬キョトンとした顔をしていたが、直後に顔を赤くして反撃した。


「お嬢ちゃんではありません。馬鹿にしないでください!私には立派な名前がありますの」


「だが、その立派な名前をまだ聞いていないのですよ。お嬢ちゃん」


そこまで話したところで、ふと思い出したかの様に、晃一郎は天井を見上げる。


「いや、ドイツの赤毛の少女で、俺に用があるとすれば…」


晃一郎は、会話をドイツ語に切り替える。


「ハイゼンベルク家か」


少女は頷き、ドイツ語で返す。


「そうです。私はハイゼンベルク。フランカ・ハイゼンベルクですの」


晃一郎は大きくため息をつく。


「オイゲン爺さんの孫か。って事は、ゲオルグさんの娘さん?」


「いえ、姪になりますの。オイゲンは確かに私の祖父ですが、私の父はゲオルグ叔父様の兄にあたりますの」


「ああ、聞いた事はあるな。パウルさんだったか。しかし、あっちの家業を継いだのはゲオルグさんだろう。パウルさんは、会社の方を継いだはず。そうなるとなんで君が俺を呼んだのか分からないな?」


どうにも、フランカの顔が暗い。言いたくない事を無理に話そうとしている様で、何か逡巡している。5秒ほどの時間をかけて決意を固めたフランカは、ぽつぽつと話し始めた。


「元々私にも力はありましたので、御爺様の下で一緒に学んでいたのですの。ですが、実際に継ぐ筈だったフェルディナントが」


「ああ、ゲオルグさんの所の息子さんだな」


「はい、そのフェルディナントが、駆け落ちしてしまったのですの」


「駆け落ち?」


「そうです!駆け落ちしてしまったのですの」


悔しそうに歯をギリギリとかみ締めるフランカ。異様なほどに興奮しており、晃一郎は正直な所呆気にとられてしまった。面倒ごとなら、さっさと帰りたいと思ってはいたが、知り合いの名前も多く出てしまっているので、抜けるわけにも行かない。どっちつかずのまま、ただ話を聞くしかなかった。


「あの、馬鹿従兄弟は!そうです馬鹿従兄弟は、先だって行われたパーティーに出席しましたの」


噂の人物を馬鹿にすることで、少しは気も晴れてきたのか、だんだんと落ち着いて話し出す。


「私どもの会社主催で行われたパーティーには、各界より様々な方がいらっしゃいますの。あの馬鹿も、ホストの一族としてお客様の対応に回っていましたの。そして、そこで」


「そこで?」


「30代の富豪の未亡人と恋に落ちたのですの!」


白々とした雰囲気を味わっている中、フランカは怒りを取り戻したようで、再び怒髪が天を突いている。赤毛の髪が逆巻くのは、控えめに言っても恐ろしい光景だった。


「此処からは私がお話します」


興奮した主人が、しばらくは話に復帰できないと判断したのだろう。マリアが、話の続きを始めた。


「お相手は、非常に多額の資産を持つ未亡人でして。フェルディナント様は―真実の愛に目覚めた。これからは、愛と理想のためだけに生きる。私の人生はこの人のためにある―と仰られまして」


「はぁ」


「幸運にか不幸にか、そのお相手の未亡人も同様にフェルディナント様に一目惚れいたしまして。その一瞬で、全てを投げ打って恋に生きることにしたらしいのです」


「へぇ」


「これまた、運不運は判断致しかねますが、その未亡人は継承した遺産のほかに、ご自身も優れた証券トレーダーでして。個人としても多額の資産を持っておられました」


「ほぉ」


「その大金を投じて、一瞬にして姿をくらまし、愛の逃避行へと行ってしまったのです。僅か2日で」


「ふーん」


「そこで、継ぐ者が居なくなったので、フランカお嬢様が跡を継ぐことになったのです」


なにやら唐突な話の上に、馬鹿みたいだが、事実は小説よりも奇なりと言う所だろうか。あの真面目一辺倒の、フェルディナントがねぇ等と首をかしげながら晃一郎は如何反応してよいのか、対応に困っていた。


「しかし、オイゲン爺さんなら探せるだろう。それだけのコネもそれに力もある。最悪、能力を使えば何とかなるだろう」


「それが、皆様がそれぞれ呆れ果ててしまいまして。諦める方向で話が纏まったのです。幸いにも、フランカお嬢様も訓練はしてこられましたし、問題無いだろうと言うことで」


晃一郎はいまだに気炎を上げるフランカを見ると、気の毒そうに言った。


「まぁ、災難だったが諦めろ。そう悪い家業でもないぞ」


フランカの拳が、テーブルにたたきつけられる。置かれていた皿やカップがカチャンと音を立てる。中々良い攻撃だ。


「誰が諦めるものですか!絶対に見つけ出してやりますの」


「そうか、頑張れ」


「何を人事のように言っているんですの!貴方にそれを依頼するために態々来たんですの」


「無理だ」


あまりにもあっさりとした否定に、フランカは一瞬怒りも何もかも忘れ、ペタリとソファーに座り込んだ。

 

「無理だな。やっても良いが、そこら辺を探して歩き回るだけになるぞ。意味が無いだろ」


ゆっくりと残っていた紅茶をのどに流し込む。既に冷えてはいたが、十分に美味しく飲めた。


「あ、もう1杯もらえる?」


「少々お待ち下さい」


カップを受け取ると、マリアが紅茶を淹れ始める。蒸らしも滞りなく終わり、新たな紅茶がテーブルに置かれた所で、フランカは正気を取り戻した。


「何故ですの。貴方の噂は聞いています。見鬼の最上位、太極の目を持つ筈ではないんですの!」


「半分ハズレで半分正解。俺は確かに太極の目の持ち主。ただし、半分だけ陰の目しか持ってない。相方は陽の目持ってるからそっちに頼めば良いけど、多分それも無駄だね」


「何故ですの!」


「あいつは恋愛沙汰大好きだから、人の恋路の邪魔なんかしない」


軽く手を広げてみせる、よく外国人のやるジェスチャーだが、この場合は諦めを促す意味で使ったのだろう。


「それにあいつは、今インドだ。何時帰ってくるかは、俺も分からん」


へなへなと力なく項垂れるフランカ。暫く待ってみたが、一向に変化が無いので晃一郎は帰ることにしたようだ。


約束通り、紅茶もお土産に頂いて事務所へ帰る。


「まぁ、良いお土産も頂いたし。これはこれで良い日だな」


ホテル・グロリエンスの一室では、いまだに動かないフランカと、従者として傍に居はするが、静かに紅茶を楽しんでいるマリアが残された。


どうやら、見た目がクールなだけで内面は、結構御茶目な様だ。


「美味しい」


どうやらマリアも葛餅は好きらしい。



御意見御感想、誤字脱字など何でもどんどんお寄せ下さい。

お待ちしております。

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