王様、税金を払ってください
「王様、税金を払ってください」
玉座の間に、静寂が落ちた。
数秒前まで談笑していた大臣たちも、護衛の騎士たちも、まるで時間を止められたかのように動かない。
玉座に座る国王も同じだった。
「……今、何と言った?」
「ですから、税金を払ってください」
俺は持ってきた書類を一枚めくった。
「国王陛下の未納税額は、今年で三百二十七年分になります。延滞金を含めまして、金貨四億八千万枚です」
玉座の間がざわめいた。
「よ、四億……?」
「金貨四億八千万だと?」
「そんな金、王家の財産を全部売っても……」
大臣たちが口々に騒ぎ始める。
俺は静かに待った。
俺は王都財務局に勤める、ただの下級役人だ。
そして今日、俺は三百二十七年ぶりに王へ税金を請求しに来た。
「お前」
国王が低い声を出した。
「余を誰だと思っている?」
「国王陛下です」
「ならば分かるだろう。国王に税金を課す者など、この国にはいない」
「はい。ですが、国王に税金を課さないという法律もありません」
「……」
俺は書類を差し出した。
「税法第十二条。
『王国に居住し、王国の領地から収入を得る者は、身分を問わず納税の義務を負う』
陛下は王宮にお住まいで、王領から毎年莫大な収入を得ています。納税してください」
「余に命令するのか?」
「法律に従ってお願いしています」
国王の顔が引きつった。
そのときだった。
「無礼者!」
大臣の一人が立ち上がった。
「貴様、王に向かってそのような口を利くとは何事だ!」
「では質問します」
俺は大臣を見る。
「大臣閣下は納税されていますか?」
「当然だ!」
「では、陛下も同じように納税していただけますね」
「それとこれとは話が違う!」
「何が違うのでしょう?」
「王は特別なのだ!」
「法律より上ですか?」
「当然――」
そこまで言って、大臣は口を閉じた。
俺は微笑んだ。
「ありがとうございます。今の発言、記録しておきます」
「なっ……!」
俺は書類に一行書き加えた。
「財務局への報告書に添付しますので」
「待て!」
玉座の間は大混乱になった。俺は別に喧嘩をしたいわけではない。ただ、税金を払ってほしいだけだ。
そもそも、この国には昔から妙な習慣があった。
農民も。商人も。貴族も。騎士も。聖職者も。みんな税金を払っている。
なのに、なぜか王だけは払っていない。理由を聞けば、いつも同じ答えだった。
「昔からそうだから」
俺はそれが嫌いだった。
税金とは、国を維持するために皆で負担するものだ。
道路を造る。橋を直す。魔物から街を守る。孤児院を運営する。そのために金が必要なのだ。
だから俺は、三年前からこの問題を調べ始めた。
そして一つの事実に気づいた。
王家は、納税義務を免除されてなどいなかった。
ただ、誰も請求していなかっただけだった。三百二十七年間、誰も、一度も。
「では陛下」
俺は最後の書類を差し出した。
「こちらが納税通知書です」
国王はそれを受け取らなかった。
「……四億八千万など払えるわけがない」
「存じています」
「ならばなぜ持ってきた!」
「分割払いがあります」
「……何?」
「年間五百万枚。約九十六年です」
国王が頭を抱えた。
「余は今年で七十二だぞ……」
「では王太子殿下に引き継いでいただければ」
「それはもっと困る!」
玉座の間に笑い声が漏れた。俺も少しだけ笑った。
ところが。国王はしばらく黙ったあと、意外なことを言った。
「……分かった。払おう」
大臣たちが一斉に国王を見る。
「陛下!」
「よろしいのですか!」
国王は苦笑した。
「三百二十七年間、誰も余に税を請求しなかった。それを当然だと思っていた。だが、今日初めて気づいた。余が国民に納税を命じておきながら、自分だけ払わないというのは、確かにおかしい」
俺は何も言わなかった。
「ただし、一つ条件がある」
「何でしょう?」
「過去三百二十七年分の税金を、本当に払わなければならないのか?」
「法律上は、そうなります」
「そうか。では、余の先祖たちが払わなかった分も含めて、全部払おう」
俺は驚いた。
「よろしいのですか?」
「ああ」
国王は立ち上がった。
「王が法律を守らない国で、民に法律を守れとは言えんからな」
その日、王家は三百二十七年ぶりに納税した。
正確には、王家の財産だけでは足りなかったため、王宮の不要な美術品や土地の一部まで売却することになった。
当然、国中が大騒ぎになった。
新聞は一面で報じた。
『国王、税金を払う。王家、四億八千万枚を納税。財務局の若手役人、国王から税金を徴収』
なぜか俺の名前まで有名になった。
数日後、俺は国王に呼び出された。
「頼みがある」
「何でしょう?」
国王は一枚の書類を差し出した。
「これを見てくれ」
そこには、王国の税制に関する大量の書類が並んでいた。
「……これは?」
「調べてみた」
国王は真顔だった。
「税金を払っていないのは、どうやら余だけではないらしい」
俺は書類をめくった。そこには、大貴族たちの名前が並んでいる。
特権。免税。古い勅令。例外規定。その数、数百。
「……陛下、これは」
俺は額を押さえた。
「かなり面倒ですね」
国王もため息をつく。
「そうだな」
そして二人で顔を見合わせた。
「やるか」
「やりましょう」
その翌月、王国財務局に、新しい部署が設立された。
名称は――
「特権整理課」
仕事は簡単。税金を払っていない者を探し出し、払ってもらう。
その最初の調査対象は、大貴族の中でも特に権力を持つ公爵家だった。
俺は書類の束を抱えて、公爵邸の門を叩いた。
「財務局です」
門番が怪訝な顔をする。
「何の用だ?」
俺は納税通知書を取り出し、そして、いつもの言葉を口にする。
「税金を払ってください」
門番の顔が青ざめた。
この国で、長い長い間誰も言わなかった言葉。
それを、俺はこれから何度でも言うことになる。
王様にも。公爵にも。大商人にも。誰に対しても。
「法律は、身分を選びませんから」
俺はそう言って、次の屋敷へ向かった。




