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第1話 魔王ですが、映倫を呼びたい


「魔王様、大変です。勇者がこちらへ向かっています!」

「……え?」


玉座に座る僕は、思わず声を裏返した。

「なんだって? いや、ちょっと待って。僕、転生したばかりなんだけど!?」


配下は深刻な顔で深くうなずく。

「はい。ですが設定上、あなたはすでに“魔王”ですので」


「ひどいよこの設定……。普通さ、スライムから始まらない? 

いきなりラスボスって、メンタルの準備がさ……」


頭を抱えた瞬間、なぜか脳裏に濁流のように流れ込んでくる記憶があった。

白い大理石。熟成された葡萄酒の香り。

月明かりの下、輪になって愛や善について語り合う男たち。


「……あ、これか」 嫌な予感が的中する。

「どうやら作者が、プラトンの『饗宴』を読んでこの作品を書いたらしい」


配下が不思議そうに首をかしげた。

「それは……何か強力な攻撃呪文でしょうか?」

「違う。もっとたちの悪い、呪いのような概念だ」


僕は重いため息をついた。

「“エロスの完成は他者を支配しない”とか、

“善悪は外にあるものではない”とか……。魔王城の玉座で考えるには、

あまりに高尚すぎて脳がバグるやつだよ」


しばしの沈黙。 僕は配下の目をじっと見て言った。

「ねえ、聞いて。こんなの、完全に中二病じゃない?」


遠くから、重厚な扉を蹴破るような音が響いてきた。

玉座の間に、勇者の足音が近づいてくる。

「お願いだからさ、せめて剣を抜く前に、

一度くらい対話イベントを挟んでほしいんだけど……」


「魔王様、そんなことより、どういたしましょうか。

地下牢に閉じ込めている――クララ姫を」


「……えっ?」


声が、情けないほど間抜けに響いた。

「ちょっと待って。今なんて? クララ……姫?」

「はい。勇者の幼なじみであり、純潔・高貴・悲劇性を兼ね備えた、

物語的に非常に重要な存在です。現在、監禁中です」


「いやいやいやいや!」

僕は思わず玉座から立ち上がった。


「僕、転生してまだ数分なんだけど!? 記憶もないし、

動機もないし、そもそも誰もさらってないんだけど!」


「ですが設定上、魔王は姫をさらいます。それが様式美ですので」


「設定ってなに!? 誰の合意で!? 

僕のあずかり知らぬところで進む強制労働、説明責任はどこに行ったんだよ!?」


配下は一瞬、言葉に詰まったあと、小さく咳払いをした。

「……作者、です」

「やっぱりか……!」


僕は再び頭を抱えて座り込んだ。

「おかしいだろ! 転生初日に人質案件って、

倫理審査どうなってるんだよ! これBPO案件じゃないの!?」


そのとき、地下牢の方向から、かすかに鎖の音がした。

「……で、そのクララ姫は、今どんな感じ?」


「はい。とても健気に、『勇者様が必ず助けに来てくれる』と信じておられます」


「信じられてるの、僕じゃなくて勇者なんだよね?」


「はい。あなたは不倶戴天の敵ですので」


「……だよね」


僕は深くため息をついた。

「ねえ。これさ、僕が悪役を演じないと世界が進まないタイプのやつ?」


「おそらく。役割強制型ファンタジーですから」


「はい、映倫……! 映倫呼んで……!」 僕は反射的に叫んだ。


「ちょっと待って! この展開、年齢制限どうなってる!?

 転生初日・地下牢・姫監禁はアウトでしょ! R15? それとも世界観修正入るやつ!?」


配下は困ったように首をかしげる。

「申し訳ありません、魔王様。この世界には映倫が存在しません。

すべては書き手の匙加減一つです」


「最悪だ……。自主規制も審査もない、作家の独裁国家じゃん……」


そのとき、どこからともなく、凛とした、しかしどこか冷めた声が響いた。

「ただし――」 全員が、声の主を探して振り向く。


「“作者の良心”という、極めて不安定な審査機関が存在します」


「それ、一番信用できないやつ!」


声の主は、いつの間にか地下牢から出てきていたクララ姫だった。

「!? しゃべった! というか、なんで外に出てるの!?」


「私、“さらわれ姫役”には慣れているのですが、

今日のプロットは少し展開が雑だと思います」


「姫までメタ視点!? というか慣れてるって何!?君も転生組?」

「魔王様。せめて、『牢の鍵は内側からも開く』くらいの配慮は欲しいです。

あそこ、湿気がひどくてお肌に悪いですから」


僕は、崩れ落ちるように天井を仰いだ。

「ねえ……これほんとにファンタジー? ジャンル:設定事故じゃない?」


そのとき、玉座の間の巨大な扉が、轟音とともに弾け飛んだ。

「……そこまでだ、魔王!」


聖剣を構えた勇者が、いかにも「正義」といった顔で立っていた。


僕は、まだ一歩も動いていない。

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