第9話「旅立ちとASG粒子の胎動」
家族の亀裂
カオス城が咆哮を上げ、戦場へと向かって歩みを進める中、制御中枢には冷たい風が吹き抜けていた。
「……もう、限界だよ」
ルカが、愛用のギターを抱え直して言い放った。その瞳には、いつもの音楽への情熱ではなく、深い拒絶と怒りが宿っている。
「わかってた。お前はユウサクだけど、あたしの知ってる『優作』じゃない。……でも、さすがに今のこの場所は、あたしの歌える場所じゃない」
ルカの視線は、部屋の真ん中で淫靡に脈打つ「子宮の穴」に向けられていた。
ユウサクは玉座の隅で小さくなり、彼女の怒りを黙って受け止めるしかなかった。
「ふん。そちのような器の小さい小娘、わらわの揺りかごには不釣り合いよな」
浅葱が優雅に肩をすくめる。その隣では、ルナが死体から回収した小銭を弄びながら、無表情に頷いた。
「ルカの言う通りだにゃ。目的は達成したぬ。ここまで連れてきてもらっただけで感謝はするにゃ、ユウサク。でも、ここまでにゃ。今度会うときは敵同士じゃないことを祈るにゃ」
ルナはルカに向き直り、ぶっきらぼうに問いかけた。
「ルカ、ついてくるか? コンテナ・ツリーの跡地を訪れるにゃ。弟のコウに会うまでなら、付き合ってやるぬ。ルナも特にやることはないにゃ」
ルカは一瞬だけ驚いたような顔をしたが、すぐに深くお辞儀をした。
「……うん、行くよ。ありがとう、ルナ。……さよなら、ユウサク」
二人は振り返ることなく、カオス城の肉壁の隙間から、崩落したドームの外へと消えていった。
餞別のリュック
「あ……お、お達者で――」
ユウサクは力なく手を振った。何か渡せるものはないかとポケットを探ったが、あるのは安酒の空き瓶のだけだった。
「……ふん。致し方あるまい」
浅葱がどこからか小さな、けれど丈夫そうなリュックを持ち出し、ルカの背中へ近づいた。
「ほれ。そちへの餞別じゃ。道中、これでも背負っておくがよい」
浅葱は、ルカが背負っているギターの上から, 強引にそのリュックを固定した。ルカは戸惑いながらも、浅葱の意外な配慮を黙って受け入れ、今度こそ去っていった。
「……よかったのかな、あんなにあっさり送り出しちゃって」
ユウサクがポツリと漏らす。
「よいも悪いもあるまい。そちはそちの、わらわはわらわの道を行くだけのこと。……それよりも、ユウサク。感傷に浸っている暇はないぞ」
神経接続と艶めかしい起動音
浅葱の言葉が終わるか終わらないかのうちに、シズクがユウサクの肩を掴んだ。
「魔王様、お急ぎください! 聖浄軍の猟犬どもが、すぐそこまで迫っておりますわ!」
シズクは抵抗するユウサクを強引に引きずり、玉座の中央へと押し付けた。
「えっ、ちょ、何!? 何すんのシズクさん!」
「魔王様は『やればできる子』……いえ、今は『やらねばならない子』ですわ! カオス城と、完全に同期していただく必要がありますの!」
玉座の背もたれから、生き物のような細い神経束が数千本も伸び、ユウサクの背中や後頭部に突き刺さった。
「ぎぃゃぁぁぁっ!?」
叫び声を上げるユウサク。だが、その痛みは一瞬で熱へと変わる。
浅葱が「子宮の穴」の傍らに立ち、不敵に笑った。
「燃料追加だな」
浅葱は、シズクが運び込んだ聖浄軍兵士の死体を、次々と穴へ蹴り込んでいく。
穴は歓喜に震えるように脈打ち、兵士たちの肉と魂を貪り食った。
その瞬間、ユウサクの脳内に「起動音」が響いた。
それは機械的な電子音ではなく、熟れた女性が耳元で吐息を漏らすような、湿り気を帯びた艶めかしい声だった。
「……あ、はぁ……ん……起動……完了……」
「な、なんだこの音!? 気持ち悪い、というか、恥かしいんだけど!」
困惑するユウサク。だが、彼の意識は強制的に拡張されていく。
脳内に展開されたホログラム映像。
三メートルほどの白い重装アーマー――『ホワイトグレイブ』が、緑色の随伴機三体を率いて、超高速で接近していた。
『目標捕捉。ミサイル発射』
ホログラムの中で、ホワイトグレイブが肩部ランチャーを展開した。
無数のミサイルが煙を引き、カオス城に向かって放たれる。
ASG粒子の覚醒
「わわわ、どうしよう! ミサイルだ、死ぬ、死ぬって!」
玉座に縛り付けられたユウサクがわめく。
浅葱は冷徹に言い放った。
「慌てるでない。想像力を働かせろ、ユウサク。そなたの想像力を具現化する力こそが、このカオス城の真の暴力。……思え。望め。城を守る盾を!」
「盾……盾、バリア! ババ、バリアーーッ!!」
ユウサクが半狂乱で叫ぶ。
すると、カオス城の外壁全体から、薄い半透明のピンク色の膜がドーム状に展開された。
着弾したミサイルは、その膜に触れた瞬間に信じられないほど威力を減衰させ、爆発することもなくボトボトと地面に落ちていく。
「……お? 防げた?」
ユウサクは一瞬呆然としたが、脳内に流れてくる膨大な情報から、あるアイデアを閃いた。
「……そうだ。ジャミングだ。妨害電波でミサイルを無効化したんだな。……ええい、なんて言うんだっけ、こういうの……。よし、『ASG粒子』でいいや!」
「わらわの名を粒子にするとは、不敬な男よ。だが、悪くない響きだ」
ユウサクが命名したその瞬間、カオス城は全身から目に見えない高濃度の粒子――『ASG粒子』を散布し始めた。
この粒子は空間を埋め尽くし、電磁波を著しく遮断。聖浄軍のレーダーや無線誘導システムを完全に無効化し、高度な電子兵器をただの鉄屑に変えてしまう。
これによって精密射撃も長距離兵器も意味をなさなくなり、戦場に残されたのは、剥き出しの肉眼による「接近戦」という原始的な暴力の形だけだった。
「これ、めちゃくちゃ便利じゃん……。ミサイルが当たらないなら、あとは殴り合うだけだ。ご都合主義の極みだけど、今の俺にはちょうどいい」
ユウサクの口元に、これまでの卑屈さが消え、どこか吹っ切れたような不敵な笑みが浮かんだ。
「ふふ、よく言った。理屈を捨て、ただ貪り食らうのが混沌の真髄よ。さあ、行こうではないかユウサク。あの白い人形、近う寄せてその首をへし折ってくれようぞ」




